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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第3章 踊り風と共に
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第52話 強敵、副団長

「ザメル、貴様はそこの人間の相手をしろ。鮮血公と女は私がやる」


「分かってるよ。第三勢力も現れたことだし、そろそろ本気でいこうかなぁ」


「けっ、つまんねぇこと言いやがるぜ」


 まるで負け惜しみのようなザメルのセリフにカインは毒づいた。


「あはは、じゃあ試してみよっか。僕が今までどれほど手を抜いていたのか、その身をもって知るといい!!」


 言葉を言い終えると共に、ザメルの肉体が変化し始めた。歯は牙に、爪は刃に、足は脚に…体がより野生に近い“狩り”に特化した形態へと形を変えていく。筋肉量も、さきほどとは比べ物にならないほど増加し、しなやかに、より強靭に発達した。


「マジかよ…!」


 獣人というよりも、今の姿は少しの人の特徴を有しただけの獣だ。3mを超える巨体は、大型の魔物すら寄せ付けないほどの威圧感を放っている。


「ほら」


「!?」


 ザメルは瞬きの間にカインの目の前まで間合いを詰めると、凄まじい力でカインを蹴り飛ばした。


「ごっはァ!!」


 羽虫のように吹き飛ばされたカインは、眼にもとまらぬ勢いで外壁へと衝突する。全身の骨にヒビが入ったかのような激痛に、意識がとんでしまいそうだ。


「ぐっ‥‥ハァ…」


 パワーもスピードもさっきまでとは次元が違う。生物として、圧倒的にヤツの方が優れている―――!


「ほらほら、寝てていいのかなー!?」


「!」


 たった一度の跳躍で再びカインに詰め寄ると、ザメルは爪と呼ぶにはあまりにも猟奇的な凶爪を振りかざした。


「くそ!!」


 咄嗟に回避し、何とか武器を構え直すカイン。しかし、彼の前には既にザメルの姿は無かった。


「いねぇ…!?」


 まさか!


「獲ったァー!」


「!!」


 背後から襲い来る凶爪を何とかかわし、がら空きになった腹部へと思いっきり棍で一突きした。しかし、その感触はあまりに硬く―――まるで巨大な岩にぶつかったようであった。


「あはは!何かした!?」


「効いてねぇだと――!」


「そんな棒一本で僕に勝てるわけないよねぇ!!」


 一瞬の隙を突かれ、カインは武器である棍もろとも無惨に切り裂かれた。


「―――ッ」


 おびただしい量の血が雨のように舞い、血に濡れた獣は狂気に呑まれたように嗤っている。


「あっははははは!!弱い!弱いね!!」

「僕が本気を出す前にさっさと殺しておけば、こんな痛い目見なくて済んだのにね!?君って、獣よりも馬鹿なんだね!?あっははは!!」


 この姿になったザメルは最早騎士ではない。残酷な殺戮者に成り下がり、本能のままに狩り、喰らい、殺すのだ。


「‥‥」


 力無くその場に倒れこむカイン。意識は朦朧とし、血の海に沈みながら…ただ弱々しく心臓だけを動かしていた。


 ザメルの豹変した姿、あれは“原初の姿(オリジン)”と呼ばれる獣人の強化形態だ。理性を著しく低下させる代わりに、獣本来の強大な肉体を得るという禁忌の技。どの種族にも原初の姿はあるが、獣人のそれはとりわけ強力で危険なものだと―――よくアイツも言ってたっけな。


 まぁ、そんなことはどうでもいいか。今は何だか、とにかく眠い。頭もボーっとするし、何だか、死に、そうなくらい疲れた。何で、こんなに、血だらけなのか、は分からないが、とにかく眠いので、寝て、しまおう‥‥。


 血に飢えた狂気の獣を前に―――彼はついに、意識を手放した。




 外壁東部、副団長アンネの部隊はヘイゼルの奇襲により完全に混乱状態に陥っていた。


「敵は!?敵は何処だ!?」


「アンネ様!火の勢いが強すぎてこちらの攻撃が通用しません!!」


「ちっ!聖都の騎士が聞いて呆れる…もういい、アナタたちは町の中心へと向かいなさい。一刻も早く魔物どもを探し出して片っ端から捕らえるのよ!」


 狼狽える騎士達をイラつきながら一喝し、アンネは背後からまるで生き物のように迫りくる業火にただ一人で向き合った。


「城壁となって奮い立て、我がしもべ」


 静かにそう呟いて、彼女はゆっくりと右手を振り払う。その瞬間、地面から巨大な瓦礫の巨人が姿を現し、自らが盾となって炎からアンネ達を守り抜いた。丸焦げになった巨人はチリチリと焦げ付きながら風に乗って塵と消えた。


「へぇ、副団長サマは泥んこ遊びが趣味なのね」


 燃え盛る炎の中から、ヘイゼルが姿を現す。彼女の奇襲によってアンネの部隊の大半は壊滅し、甚大な損害を出した。彼女の前に立ちふさがるのはアンネのみで、考えうる限り最高の状況になったのだが―――ヘイゼルの心は穏やかではなかった。


「聖騎士様に背後から襲い掛かるなんて、どこの命知らずかと思ったけど‥‥なんだ、ただの小娘じゃない。でもさっきの魔法は大したものだったわ、死ぬ前に名前を聞いておいてあげる」


「展開、アグニーラ」


「!?」


「穿て」


 聖都の犬に名乗るなどない。ヘイゼルはありったけの殺意を込めて炎槍を展開させ、アンネの心臓目掛けて打ち放った。ゴオオオ、と何重にも爆発音が鳴り響く。周囲にはたちまち熱風がたちこめ、まるでサウナのように気温が上昇し始めた。


「―――」


 これは―――せめてもの情けだ。相手が聖都の騎士であれば、私はできうる限り苦痛を伴う手段で相手を殺すだろう。だけど、それはいけない。それでは復讐に身を焦がしたかつての“忌み魔女ヘイゼル”そのものだ。彼と共に在るためにも、私は“人”として聖都の連中と戦わなければいけない。


 だから、痛みを伴わないように‥‥一撃をもって終わらせたのだ。


「ひどいことするわねぇ、あと一歩遅ければ死んでたわよ?」


「!]


 しかし―――瓦礫を踏み砕くような轟音と共に、無傷のアンネが優雅に姿を現す。


「ありがとうね、ゴーレムちゃん」


 アンネの頭上には、彼女を庇うように活動を停止した瓦礫の巨人の姿があった。ヘイゼルが魔法を展開し、解き放つまでの一瞬の隙で即座に強固なゴーレムを作り出し、アグニーラを防いだのだ。


「さ、次はどんな魔法を見せてくれるのかしら?可愛い魔女さん?」


「―――はぁ、ほんっと面倒」


 そんな挑発的な顔をされたら‥‥本気で殺したくなるじゃない。



 西の外壁、リリィサイド。


「はぁぁ!!」


「ぬぅぅう!?」


 正面からぶつかり合う二人の騎士、二倍ほど体格差をものともせず―――リリィは必死にゲラートに食らいついてた。両者の武器が激しく激突し、鮮烈な火花を散らし合っている。


「ゲラート様!」


「お前達は手を出すな!!これは騎士と騎士の決闘だ!!」


 ゲラートへ加勢しようと意気込む騎士達を、彼は大声で制止した。いかに賊と言えども、相手が騎士を名乗る以上は相応の礼節をもって相対する。それが古き騎士たちの習わしでもあったのだ。最も、彼ほど律儀に守ろうとする者はかなり稀有な存在だが。


「・・・」


 参ったな。まさかこれほどまでに正々堂々の勝負を好む騎士道精神の持ち主だったとは。


「さぁ!行くぞ!」


 巨木と見紛う大剣を軽々と振り回し、ゲラートは怒涛の連撃をリリィへとお見舞いする。しかし―――そのどれもがヒラヒラと回避され、終いには彼女の大盾によって攻撃を跳ね返され、攻撃をしかけていた側のゲラートがあっけなく吹き飛ばされてしまった。


「ぐはあ!!」


 受け身を取ることすらできず、彼は背中から地面へと衝突する。


「―――」


 おかしい。何だこの弱さは。これじゃギルドの駆け出し冒険者とそう大差ないレベルだ。とてもエルネスタが信を置く古参の騎士とは思えない。


「まだまだぁ!!」


「遅い!!」


 体勢を立て直して勢いよく飛び掛かってきたゲラートに、リリィは最大級の力で戦槌を振るった。


「ごおおッ!」


 戦槌の一撃はゲラートの腹部に命中し、尋常じゃないスピードで彼を民家の壁へと吹き飛ばす。鎧にはひびが入り、損傷した内臓が悲鳴を上げる。それでもなお、彼は吐血を繰り返しながら再びリリィの前に立ちふさがった。


「さぁ!もっと来い!!!」


「――――」


 何なんだこの感覚は―――ボクが圧倒的に有利なはずなのに、妙に胸騒ぎがするような…。



 外壁南側、ジルサイド。



「どうなっているんだ…」


 目的地にたどり着いたジルは、予想外の光景に目を疑っていた。屈強な騎士達が待ち受けているかと思いきや、町に居たのはまるでミイラのように枯れ果てた不気味な男たちばかりだったのだ。しかもそのどれもが呻き声を上げるだけで、まるで襲ってこない。急に暴れ出すと困るので一応倒しておいたが‥‥こいつらは一体何なんだ。


「うーん、人間に酷似していますが…何やら魔力の残り香のようなものを感じますね」


 ツンツン、と指でつっつきながら不思議そうにエイミーは呟いた。


「ちょ、あんま触るなよ。また起き上がりでもしたらどうするんだよ‥‥」


 得体のしれない相手を前にして、よくそんな無防備でいられるものだ。


「それは俺の作った模造品だ、人間の真似くらいしかできねぇが持続性はピカイチだぞ」


 倒れこむミイラに気を取られていた僕を現実に連れ戻すように、どこからともなく男の声が響き渡る。僕は慌てて剣を握る手に力をこめ、声の主に意識を集中させた。


「!」


「いい顔だ、俺の名はシュレン。エルネスタの下で副団長を務めている」


 突如として僕の目の前に現れた男は、まるで鼻唄でも歌うかのように名乗りを上げる。全身を黒いローブで包み、素肌を一切見せぬその姿は聖都の騎士とは思えぬ異常な雰囲気を醸し出していた。


「エイミー、あいつ…」


「分かりません。あのローブが邪魔で、魔力すら計測できませんし」


 “あいつはどの程度の実力だ?”と尋ねようとした僕を、エイミーはばっさりと切り捨てる。僕が考えるよりも先に、彼女はシュレンの実力を探ろうとしていたようだが…どうやら無駄に終わったみたいだ。


「‥‥ここなら大丈夫か。案ずるな冒険者よ、心配せずともこの鬱陶しい布切れは脱いでやる」


 そう呟くと、シュレンはローブを引きちぎるように荒々しく脱ぎ捨てた。ビリ、ビリ、とローブが裂け―――秘められた彼の姿がジルとエイミーの前にその姿を現していく。


「この反応…!気を付けてくださいジル様!シュレンは…人間ではありません!」


「え!?」


 人間じゃないって、それってどういう―――。


「こういうことさ、少年」


 百聞は一見に如かず。ローブを完全に脱ぎ捨てた彼の姿を見て、僕はエイミーの言葉の意味を理解した。四つの眼に、四つの腕、大型の肉食獣のような両脚に、緻密な筋繊維。脱帽するほど戦闘に特化した肉体を前に、僕は思わず息を吞んだ。


「何だ?魔族を見るのは初めて…って訳でもないだろう?」


 確かに彼の言う通りだ。僕は魔族を見るのは初めてではない。バルトガピオスやヤツと一緒に居たゾンビのような女、そしてロンガルクに溢れかえっていた魔物達…僕は数だけで言えばそこそこの数の魔族を目にしたことがある。


 だけど、目の前のコイツはそのどれとも違う。今までの魔族はどこか人間らしい要素を体の内に含んでいたようだったけど、シュレンにはそれが無い。まさに化け物と呼ぶに相応しい凶器的なオーラを痛いほどに感じるのだ。


「‥‥!」


 勝てるのか、僕は―――。


「では、始めよう冒険者」


 シュレンは腰に刺さった剣を四つの腕で引き抜き、それぞれの手に握りしめた。


「四刀流って、そんなのアリかよ…!」


「私は後方でサポートに徹します!ジル様はシュレンを倒すことだけに意識を集中させてください!!」


「行くぞ!!」


 殺意に満ちた四つの眼で僕の心臓を捉えながら、シュレンは突撃する。一発でも喰らってしまえば致命傷は免れない。僕はシュレンの斬撃を受け流すように、力強く剣を振るった。


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