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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第3章 踊り風と共に
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第50話 風と鮮血・猫と閃光

「化け物め―――!」


 外壁にたどり着いたカインは戦慄した。

 

 大穴だ。外壁にドラゴン一匹が余裕で入れるほどの大穴がブチ開けられている。あれほど軽々と放った技が、これだけの破壊力を持つとは―――。エルネスタの本気を想像しただけで、思わず身震いしてしまいそうになる。


「エルネスタ様が突破口を開いたぞ!突入しろ!」

「魔物どもを殲滅するんだ!」


 開いた大穴の向こうから、町を取り囲むように待機していた騎士共がなだれ込んでくる。あらかじめ待ち構えていたことから察するに、残りの三つも同じような状況だろう。


 あまり悠長にはしていられない。


「とりあえず、雑魚は吹っ飛んどけ!」


 カインは騎士たちの前に堂々と立ち塞がると、突風と共に薙ぎ払った。


「ぐわあああ!?」

「ええい敵襲だ!狼狽えるなよお前達!」


 奇襲を受けた騎士達は大きく体勢を崩したが、すぐさま立て直しカインへと剣を構えた。一人では行動せず、まるで一つの大きな生物のように部隊は統率が取れている。


「厄介だな。流石外征騎士の配下ってところか」


「相手は人間の男一人だ、確実に仕留めるぞ」


 騎士たちは大きな盾を前面に押し出しながら、大勢でカインへと突撃した!


「いいねぇ、大層な面構えだァ!」


 カインはゴミでも払いのけるかのように、たった一撃で全ての騎士を視界から吹き飛ばす。数十人規模で突撃した騎士達は、たった一人の攻撃によって為す術もなく瓦解していった。


「もう終わりか!?もっと来い!」


「ぐ――!怯むな!」


 騎士達は何度も突撃するが、風を纏った強靭な攻撃を前にはまるで歯が立たない。厳しい鍛練を積み重ね、エルネスタの騎士団に加わることを許された熟練の騎士でさえ―――踊り風の戦士カインにとっては赤子同然であった。


「‥‥終わったか」


 気がつけばもう、周りには戦闘不能状態の騎士達が転がっているだけで、カインに向かってくる相手は誰一人として居なくなっていた。


「あっけねぇな‥‥まぁこっちの方が都合はいいが」


 残りの三つの大穴から、騎士共が流れ込んできているかもしれない。それにバドスの様子も気になる。早いとこ雑魚どもを蹴散らさねえと…。




「わお、強いんだねお兄さん」


 立ち去ろうとしたカインを、不気味な声が背後から呼び止めた。


「―――」


 振り向くとそこには一人の風変わりな男が立っていた。


「僕はザメル。この騎士団の副団長を務めている者だ」


「‥‥獣人か」


「おお、鎧で顔は見えない筈のに―――良く分かったね」


 ザメルは驚いた様子で自身の兜を取って見せた。すると中からは猫のような耳と髭が生えた若い男の顔が現れた。


「匂いだ」


「匂い?ひどいな、僕毎日お風呂には入ってるんだけど」


「はぐらかすんじゃねぇよ、血だよ血」

「てめぇのその爪と牙から―――血生臭い匂いがプンプンしやがる」


 副団長でありながら、部下たちがやられようとコイツは前線に出てこなかった。それに加えて爪と牙にこびり付いた血の匂い。物腰は柔らかいが、本性は狡猾に違いない。


「ふふ、バレてたんだ」


「!」


 言葉を言い終えた瞬間のことだった。

 一瞬にして、ザメルが視界から消えた。


「!?」


 目は一瞬たりとも離していなかったはず…!どこだ、どこに消えた――!


「獲った!」


「チッ!」


 後ろから聞こえた声を頼りに、カインは大きく棍を振りかざす。

 しかしその一撃は虚しく空を切り、何者にも命中することは無かった。


「ははは!遅いね!」


 ザメルは嘲笑うように身を翻し、異常なほど鋭い爪でカインの背中を鎧もろとも切り裂いた。


「…!」


 鋭い痛みと共に鮮血が宙を舞う。


「やるじゃねぇかドラ猫…」


 最低限とはいえ、鎧を着こんでいる俺の胴体を容易く切り裂く爪と、目で追えないほどのスピード‥‥率直に言って厄介だぜ。


「当たり前だ。僕は副団長の中でも一番足が速い。キミみたいな凡人の目を欺くことなど造作もないさ」


 軽く言ってのけたザメルの発言に、カインはすかさず反応した。


「待て、副団長ってのは何人も居やがるのか?!」


「そうだとも、僕を含めて四人いる。残りの三人は今頃他の穴から町へ侵入しているだろうね」


 薄ら笑いを浮かべながらザメルは吐き捨てた。四人の副団長による四方からの襲撃、そして中心にはエルネスタ―――クソ、町の外と中から同時に攻めようってか…!


「テメェら徹底的に町を潰すつもりか」


「当たり前だろ、魔物はこの世界に一匹たりとも必要ない。こんな穢れた町はすぐに浄化しないといけないのさ」


「この町には人間だって暮らしてんだ。いきなり町を襲うなんて、崇高な思想の元に戦う騎士様にしては野蛮すぎるんじゃねえのか?」




「魔物に加担する俗人風情が、騎士を語るか」



「!」


 この声は―――。


「エルネスタ!」


 背後からゆっくりとこちらに近づいて来ている‥‥!


「何故テメェがここに居る!?バドスはどうした!」


「殺したが?」


 二つ返事で、エルネスタは即答した。


「は‥‥?」


 バドスを殺した。ヤツはいまそう言ったのか?!

 背中に嫌な汗がじわりと垂れる。アイツはそう簡単にやられるようなヤツじゃねえ――分かってはいる。分かってはいるが‥‥!


「安心しろ、お前も直ぐにヤツの元へと送ってやる」


 エルネスタは殺意のこもった言葉と共に、カインへと剣を振り下ろした。

 とっさに回避するが、隙をつくようなザメルの追撃によって再び体を切り裂かれる…!


「ッ!」


 二人がかりはマズい。何とか切り返さねえと――!


「団長、こいつは僕の獲物だよ。横取りはやめてくれないかな」


「この男は私が始末する。お前は他の副団長と同じく町の内部へ侵入し、どこかに隠れている魔物どもを探し出せ」


 不機嫌そうに抗議するザメルの意見を、エルネスタは冷酷に一蹴した。


「探し出せって言っても、今頃他の穴からゲラートたちが侵入してる頃合いじゃないか。僕の出る幕は無いよ。それより今は肉人形と遊びたい気分なんだ‥‥!」


「肉を裂きたいのなら他の穴へ向かえ。鮮血公の作り出した眷属の魔物どもが防衛にあたっているはずだ。ほとんど死に絶えたようだが、まだ数匹は残っているかもしれんぞ」


「マジ?!鮮血公の眷属って…この死にぞこないの相手よりもそっちの方が楽しそうじゃん!」

「そういうことなら早く言ってくれよ団ちょ‥‥」


 早く言ってくれよ団長。そう言い終えるはずだったザメルの言葉は、不測の事態によってプツリと途切れた。


「伏せろカイン!!」


「!?」


 突如として響き渡ったバドスの声を聴き、カインは反射的に深く姿勢を下げた。そのわずか0.1秒後上空より飛来したバドスの隕石のような一撃によって、周囲に衝撃が走った。


「ぐああ!?」


 とっさの判断で直撃こそ回避したものの、衝撃波に吹き飛ばされエルネスタとザメルは激しく外壁へと打ちつけられる。


「バドス…!やっぱ生きてたか!!」


「当たり前だ馬鹿者!エルネスタの妄言にいちいち騙されるでない!」


 しかし…強気な彼女の言葉とは裏腹に、体には痛々しい切り傷があちこちに刻まれ、彼女がどれだけ消耗しているかを残酷なほどに物語っている。対してさきほど現れたエルネスタには傷一つなく、その屈強な体は両者の圧倒的な力の差を見せつけているようにさえ感じられた。


“嘶く雷鳴”(サンダラー)


 エルネスタはこちらを指さし、何かを唱えた。


「ちっ、喋る暇も与えてくれねえか――!」


 間違いなく攻撃がくる、カインはバドスを抱えて大きく後退した。間合いがどれほどのモノかは知らねえが、距離さえとればひとまずは安心だ。


「馬鹿者、距離をとっても無駄だ!右だ!右へ回避しろ!!」


 じたばたと腕の中で暴れながらバドスは警告する。彼女の指示通り回避行動をとるカイン。その直後、自身のすぐ真横を閃光の如き勢いで“何か”が走り抜けた。


「なんだ!?」


 まるでレーザービームのようにエルネスタの指先から迸った雷撃が、馬のような生物へと姿を変えて一直線にカインへと突っ込んできたのだ。攻撃をはずした雷馬は背後の無数の民家を容易く貫通し、町の外へと消えていった。


「何て威力だよクソが…!」


 即死クラスの一撃をいとも簡単に繰り出しやがって!あんな攻撃、かすっただけで試合終了だぞ…!


「どういうことだよ団長、鮮血公まだ生きてるじゃん」


「確かに首を刎ねたのだがな。ウジ虫くらいの生命力はあったということか」


 まるで何事もなかったかのように、二人は涼し気な顔でこちらへ歩いて来る。あれほど外壁に深くめり込んでいた体には、傷一つ見つからない。


「カイン、一度しか言わぬからよく聞け。妾は今から大きな賭けに出る、成功すればエルネスタ達と副団長共を倒しうることができるかもしれん。その隙に貴様はパルミアと共に地下の住民たちを連れてロンガルクから避難せよ」


「なっ!?あの怪物を倒す手段を持ってるっていうのか!?」


「奥の手というヤツだ。成功する確率は限りなく低いゆえ、とても戦術とよべるものではないがな」


「何をするつもりだ?」


「ヤツの血を吸う。妾は血を吸った人間を眷属の魔物へと変えることができるからな。上手くいけば、ヤツを無力化し―――自我を無くすことができる」


「そうか。なら仮に住民たちの避難が成功したとして、アンタはどうする?」


 失敗した場合の話は聞かない。そんなことを聞いても意味がない、ただの時間の無駄だ。だが成功した場合の段取りは、耳をかっぽじてでも聞かねばなるまい。


「後処理を済ませた後にすぐ貴様らを追いかける」


 一歩一歩近づいて来るエルネスタを睨みつけながら、バドスはそう淡々と呟いた。そのあまりにも哀し気な彼女の瞳をみて―――それが嘘だと、カインは気が付いてしまった。


「‥‥分かった。でも絶対に無茶はするんじゃねぇ、ヤバくなったらすぐ俺を呼べ」


「ふふ、貴様の手を借りるほど妾は落ちぶれてはおらぬ。鮮血公の真の力、あますところなく見せてやるとしよう」

「だが、奥の手の発動には少し時間がかかる。エルネスタだけならともかく、もう一匹を相手取るのは難しい。発動までの間だけ、ヤツの相手を頼めるか?」


 僅かに笑みを浮かべながら、バドスはカインを見つめた。


「たりめーだ、副団長だけと言わずにエルネスタも纏めて倒してやるよ」


 カインは気合を入れ直し、硬くなった筋肉にもう一度喝を入れる。バドスの決意を踏みにじるような真似だけは絶対にさせない。そう、心に誓ったのだ。


「最期の歓談は終わったか、鮮血公」


「ああ、終わったとも」

「もっとも最期の歓談などではなく、取るに足りぬ日常の一幕が、だが」


 バドスの発言を皮切りに、二人の猛者は正面から衝突した。


「うわぁ…団長も化け物だけど、鮮血公もたいがい化け物だなぁ。正面から殴り合えるって、相当だよねぇ?」


「知らねえよバカ。御託は良いからさっさと気やがれ、てめぇの次にはエルネスタが控えてんだよ」


「へぇ、そうかい。そこまで死にたいなら―――お望み通り殺してやるとも!!」


 肉食獣のように体をしならせ、跳躍するザメル。尋常じゃないスピードだが、エルネスタよりは遅い。


「ぐ?!」


 鋭い爪を難なく流し、そのままの勢いで地面へと叩きつけた。


「腹見せやがって、もう降参か?」


「舐めるんじゃねえ…!!」


 ザメルの凶爪が目にもとまらぬ速さで何度もカインを襲う。しかし、そのどれもがいまだ命中をせずに、虚しく空を斬っている。カインの体に当たる直前に、すべて回避されているのだ。


「そんな単調な攻撃じゃ、100年たっても俺には当たらねえよ」


 飽きた、と言わんばかりにカインは棍でザメルの腹部を力強く突いた。


「ごほぁっ!!」


「てめぇの最大の武器はその爪と足、スピードと奇襲に特化したその性質だろうが」

「こんな開けた場所で殴り合おうなんざ、自分の個性を殺してるようなもんだと思うがね」


 うずくまるザメルを見下ろしながら、カインは吐き捨てた。


「黙れ!矮小な人間風情がこの僕を見下すんじゃねえ!!!」

「‥‥ぐっ!」


 カインの喉元をかき切ろうとするが、身体が思ったように動かず立ち上がることすらできない。ザメルが思っているよりも、彼が受けたダメージは強大であった。


「そこで大人しくしとけ。無理に動くと寿命が縮むだけだぜ」


 こいつはしばらく戦えない。今のうちに、バドスの援護を…。


「まだ勝負はついてねぇ!!」


「!?」


 うずくまるザメルに背を向けた瞬間。ざくり、と鋭い痛みが全身に広がった。


「ちっ!」


 咄嗟に背後を薙ぎ払うが、その一撃はザメルを捉えることはできず虚しく空を切った。


「あはは!獣に背を向けるなんて馬鹿な人間だね!!がら空きの背中、お望み通りえぐってやったよぉ?」


 手柄を見せつけるように、ザメルは血で滴った凶爪をカインへとチラつかせる。さっきのダメージは完全に消えてはいないが、今の一瞬で立ち上がれるほどには回復したようであった。


「可愛くねえニャンコも居たもんだぜ、クソ」


「そのニャンコに遊ばれている気分はどうだい?」


「悪いに決まってんだろ、馬鹿かてめぇは」


「死ね!鉄風斬!!」


 ザメルの斬撃が、いくつもの刃のように吹き荒れる!


「!」


 まるで鋭利な刃のついたブーメランだ、どれだけ回避しようと、しつこく狙ってきやがる――!


「風に舞った僕の斬撃は相手を切り刻むまで決して止まることは無い。雑魚相手に使うのは気が引けるけど、今回はサービスだ。光栄に思うと良い人間」


 勝ち誇ったように笑みを浮かべるザメル。もはや先ほどの苦悶の表情はどこにも見当たらない。勝利を確信した狩人の顔だ。


「確かにこの技はやべぇ…!」


 斬撃を打ち払おうにも、薙ぎ払えば武器ごと切断される。回避しようにも、永遠に追ってくる。おまけに相手を切り刻むまで止まらないと来た。捨て身の攻撃をしかけようにも、接近すればヤツはすかさず距離を取るだろう。


「あっははは!きみはいつまでもつのかなァ!?」


 絶対絶命。助かる術はない。


「―――—ふぅ」


 最も、相手が踊り風の戦士でなければの話だが。


「深緑の加護よ、あれ」


 そうカインが呟いた瞬間、カインの周囲に舞うように展開していた斬撃の雨が止んだ。ピタリと動きを止め、時が止まったように完全に沈黙している。


「なに!?」


「全く、風を用いた技で俺を…踊り風の戦士を倒そうなんざ片腹痛いぜ」


 ヤツはさっき“風に舞った斬撃は”と言った。この鬱陶しい斬撃の動力が風であるのなら、何も怖くない。むしろこちらの得意分野だ。


「俺は踊り風の戦士カイン。その名の通り、風を操る術には長けているのさ。」


「な!?」


「斬撃、そのままお返しするぜ」


 カインは周囲の風の軌道をザメルの元へと一点に集中させた。カインに主導権を奪われた斬撃は風に乗り、ザメルの体を切り裂いた。


「ぐぅうう!!」


 直撃したザメルの体は生傷だらけで血に濡れている。常人であれば今の斬撃で無惨な肉塊になり果てているだろうが―――流石は副団長といったところか。


「はァ、はァ‥‥」


 肩で息をし、恨めしそうにこちらを睨みつけている。


「こんどこそ勝負ありだ。もう余計な抵抗はすんなよ?俺は別にてめぇらの命が欲しい訳じゃねえ」


「‥‥」


 体は傷だらけで、必殺の一撃もカインには通用しない。完膚なきまでに叩きのめされたハズなのに、まだ彼の眼は死んではいなかった。呼吸を整えながら、今も無言でカインを見つめている。


「しゃあねぇ。一度気を失うまでボコボコに…」


 隙を見せればいつ奇襲をしかけてくるか分からない。ザメルを強引に寝かしつけようと歩き出した瞬間。目の前に何かが吹き飛んできた。


「!」

「バドス…!?」


「‥‥っ!」


 吹き飛ばされてきたのは鮮血公バドスであった。


「おい大丈夫か!」


 カインは急いで彼女に駆け寄り、肩を貸してやった。心なしか、彼女に刻まれた傷が増えているように感じられる。


「この程度で戦闘不能とは、堕ちたものだな鮮血公」


「エルネスタ‥‥!」


 カインは歩み来るエルネスタに殺意を向ける。しかし、彼女の眼にはカインの姿はなく倒れこむバドスだけを捉えていた。


「カイン、駄目だ‥‥逃げろ」


 弱々しくもはっきりと、バドスは告げた。


「何言ってやがる、血を吸っちまえばこっちの勝ちだ!」

「俺がヤツを抑えるからその隙にアンタが‥‥」


「効かなかったのだ」


「え?」


 受け入れがたい言葉を聞き、カインはバドスへと尋ね返す。


「効かなかったって、どういう意味だ」


「何度も何度も、ヤツの血を吸った‥‥でも、ヤツにはまるで効果が無かった」

「ヤツの体に流れる血は普通の人間とは一味も二味も違う、あれはもう、別の生命への領域へと足を踏み入れている‥‥!」


 バドスの顔が絶望に歪む。頼みの綱であった必殺の一撃がエルネスタには通用しない。その結果が何を意味するか、この場に居る誰もが理解していた。もはや、彼らに勝ち目はない。この先に在るのは蹂躙されるロンガルクとただひたすらの絶望のみだ。


「つまらない幕引きだが、長引かせる価値も無い」

「魔物という穢れた種に生まれた不幸を呪いながら、そこの人間共々死に果てよ」


 戦意を喪失した二人の前に、エルネスタの裁きがくだる。外征騎士の最後の一撃、悪を断罪する英雄の刃。この剣を拒むことができる者など、もはやこの世界には存在しない。


「さらばだ、鮮血公」


 冷徹な鉄の塊が、いま振り下ろされた。抵抗する暇も無く、鮮血公と踊り風の戦士はロンガルクに無惨に散った。町を守る二人の勇士は、外征騎士の手によって葬られたのだ。






「させません!!」



 ガキン!と、金属同士がぶつかる甲高い音が響き渡った。突如として割り込んできた何者かが、エルネスタの一撃を防いだのだ。


「ご無事ですか、バドス様、カイン様‥‥!」


 美しい黒髪をなびかせる給仕服の女性が、槍斧(ハルバード)を手にエルネスタの攻撃を受け止めている。


「アンタは…!」


「パルミア!?貴様なぜ出て来た!?」


「嫌な予感がしたからです、この状況を見るにどうやら私の勘は当たってしまったようですね」


 ふふふ、と笑ってはいるがその細い腕は小刻みに震えている。外征騎士の一撃は英雄の一撃。それを正面から受け止めるなぞ自殺行為にも等しい。なのに彼女はそれをやってのけた、バドスを護るというその一心だけで死地へと体一つで飛び込んだのだ。


「何者だ、女」


「野蛮な騎士様に名乗る名などありません」


 パルミアは全力で槍斧に力を加え、エルネスタの一撃を弾き返した。


「背中ががら空きだよ!!」


 息を吹き返したザメルが、パルミアの無防備な背中に飛び掛かる‥‥!


「あいつ!」


 まずい、間に合わねえ――!


「はっ!」


 しかし、後ろにも目がついているのかと疑いたくなるほど完璧なタイミングで、パルミアはザメルの顔面へ回し蹴りを炸裂させた。


「へぶっ!?」


「失礼、あまりにも殺気が剝き出しだったもので」


 吹き飛んだザメルを横目に見ながら、パルミアは涼し気に呟いた。


「意外とやるじゃねえか!」


「カイン様ほどではありません」


「神聖文字が刻まれた槍斧‥‥貴様、大聖教会の人間か」


 エルネスタは剣を下げ、パルミアに問いを投げた。敵との対話を嫌うエルネスタにしては珍しい行動であった。


「さぁ、何のことかさっぱり分かりませんね」


「とぼけるな」

「貴様が教会の悪魔狩りの一端であれば、我ら聖騎士と志を同じくする同士であるはずだ。その貴様がなぜ鮮血公の味方をする」


「うーん、すいませんが貴女の話は難しくて良く分かりません」

「そもそも私が何者であろうと、今こうして貴女と敵対しているのに変わりは無いのですし―――これ以上の対話は不要ではないでしょうか?」


 にっこりと笑顔を崩すことなく、パルミアは答えた。


「‥‥それもそうか」


 そう言って、エルネスタは天高く右手を掲げた。


「ちょ、ストップ団長!ここでそれ使ったら町が消し炭になるよ!?」

「それを使うにしても、騎士団全員避難させてからじゃないと‥‥!」


「そこの女の気配は地下から現れた、残りの魔物共もそこに居るに違いない。一カ所に集まっているのなら、今が一網打尽にする好機だろう」


 ザメルの進言に聞く耳などもたず、エルネスタは術式を展開していく。


「あら、何やらまずい展開になってしまったような…」


「だから考え無しに出てくるなと言ったであろうこのバカパルミア!!」


 状況は一変した。パルミアが加わったことにより戦力は増強したものの、エルネスタはそれを容易く上回る“何か”を発動させようとしている。エルネスタを中心として、周囲には吐き気を催すほど高密度の魔力が溢れ始めた。刻一刻と、終わりが近づいて来ている。どのような手段を尽くそうと、エルネスタの絶対的な優位は揺るぐことは無かった。なら、どうすればいい…!?


「くっ!」


考えろカイン。この底なしの絶望を打破する、最善の一手があるはずだ…!


「浄化の雨よ、来たれ」


 エルネスタの詠唱に反応し、天候が変わる。太陽の光は分厚い雲によって遮られ、心地の良い風は嵐の如き強風へと姿を変えていく。自然現象を書き換えるほどの高位の魔法だ、もし放たれれば間違いなくすべてが終わる。


「―――よし」


「カイン、何をするつもりだ…?」


 おもむろに立ち上がったカインを見て、バドスは消えそうな声で尋ねた。


「俺の風で、ヤツの魔法を止めて見せる」


「―――」


 無茶だ。バドスは口にしなかったが彼女の眼はそうカインに訴えかけていた。そんなことは分かっている。でもやるしかねぇ。俺に出来ることは、全部やりたいんだ。例え全てが無駄に終わったとしても、後悔するよりは何倍もマシだ。


「―――ふぅ」


 不穏な空を見上げ、カインは意識を集中させる。恐らく勝負は一瞬だ、タイミングを間違えればその時点で即死。ミスは絶対に許されない。


「へへ」


 全く、今になって足が震えてきやがった。こんな状況でも武者震いなんて、俺は相当な戦闘狂らしい。


「さぁ来いエルネスタ。どんな一撃も、この俺が受け止めてやる」


「裁きの時だ、穢れを浄化する神の雨に濡れるがいい」


 エルネスタの魔力が一層高まっていく。

 いよいよ、全てを滅ぼす必殺の一撃が放たれる――!


「エル・タリ――――」


 しかし、エルネスタは途中で口をつぐんだ。


「何だ今のは‥‥?」


 見えない何かに怯えるように、エルネスタは周囲を落ち着きなく見渡している。

 周囲に立ち込めた魔力は消え、術式は完全にキャンセルされたようであった。


「どうしたんだ、アイツ‥‥」


 発動まであと一歩だったってのに、何があったんだ?


「いや、考えるのは後か…!」


 どういう訳かは分からないが、ヤツの動きが止まっている今がチャンスだ。この隙にヤツの首を獲る!


「援護してくれ、パルミア!」


「了解いたしました」


 今ならやれる。

 

 二人がかりでエルネスタを仕留めようとした、その瞬間。遠くで巨大な爆発音が鳴り響いた。


「今度は何だ!?」


「エルネスタ様!!」


 突如として、エルネスタの腰にくくりつけられていた透明な石から男の声が響き渡った。


「何事だゲラート」


 彼女はそれを手にとると、まるで無線機のように使い始めた。


「敵襲です!!被害甚大、現在迎撃に当たっています!」


「敵襲だと?何を言っている。街に敵がいるのは分かり切っていたことだろう」


「町の中ではありません!町の外から来た正体不明の敵によって、我らの騎士団が奇襲を受けています!!」


「なに――?」


 心底腹立たしそうに、エルネスタは声を上げた。


「町の外から奇襲って‥‥!!」


 もしかして――――。


「バドス様、これは!」


「いや、そんなはずは…!」


 エルネスタだけでなく、カイン達にも緊張が走っていた。町の外からの奇襲。孤立無援のロンガルクの為に外征騎士へ喧嘩を売る輩など、いるはずがない。ここは外の世界から拒絶された最後の楽園だ、他の町が助けに来る道理がない。


 だけど、もし。それでも助けに来る存在が居るとすればそれはきっと―――馬車を引いたおかしな四人組くらいのものだろう。


「‥‥」


 やがて、エルネスタにくくりつけられていた別の石からも、口々に声が聞こえ始めた。


「敵襲よ団長!外に伏兵がいるなんて聞いていなかったわ!?」

「私、久しぶりに弱い魔物を実験体にできると聞いたから張り切っていたのに、町には魔物が一匹も居ない上に背後から部下たちを燃やされるとか‥‥全然話が違うわよ!」


「所属不明の敵勢力に奇襲を受けた、どうなってる?今回は町の制圧だって聞いていたんだが」


 三つの石の向こうから慌ただしい人の声が絶え間なく流れ出ている。その喧噪を聞くだけで、向こうでは既に戦闘が始まっていることが良く分かった。


しかし、エルネスタはそのどれに返答するでもなく‥‥。


「来たか」


 そう呟いて、石を握り潰した。





お久しぶりです。前回から間が開いてしまい申し訳ありませんでした。改めてよろしくお願いします。

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