第49話 斬って落とされた火蓋
「パルミア、住民たちの避難は?」
「全て完了しました」
「そうか」
エルネスタの襲来を察知していたバドスは、全ての住民たちを地下のシェルターへと避難させた。外壁を超えられれば、戦闘は町の中にまで及ぶ。そうなれば自衛力を持たない非力な住民たちは騎士共によって嬲り殺しにされてしまうに違いなかった。
「妾が奴らを追い払うまで、絶対に外に出すでないぞ」
「承知しています。どうかご武運を」
パルミアは淡々とバドスの指示を聞き入れ、自身もシェルターへと避難した。
「さて、問題は連中とどこまで話が通じるかだが‥‥」
妾一人の力では、エルネスタの軍勢を相手に町を守り切るのは困難だ。何故このタイミングで外征騎士がロンガルクを嗅ぎつけたのかは分からないが…倒し切るのではなく、どうかにして退けなければ、この町に未来はない。
「そんなに険しい顔してたらシワが増えるぜ、バドス」
静まり返ったバドスの館に、男の声が―――カインの声が響いた。
「貴様まだ居たのか。早く避難せねば逃げ遅れるぞ」
「俺はロンガルクの住民じゃねぇ。あのシェルターを使う気にはなれないのさ」
カインはそう言って、武器である棍をくるくると回しながらゆっくりとバドスの元へと歩み寄った。
「アンタ一人でどうにかなる相手じゃねえだろ」
「フン!余計なお世話と言いたいところだが‥‥正直今は猫の手も借りたい状況だ」
「踊り風の戦士の力、アテにして良いのだな?」
「おう!大船に乗ったつもりでいな」
カインは闘志に満ち溢れた様子で自身の胸を強く叩いた。外征騎士の軍勢を前にしても、彼は少しも怖気づく様子はない。むしろ生き生きとしているようにすら感じられる。
「で、何か作戦はあるのかい?」
「特に無い。強いて言うならば、エルネスタの戦力を消耗させるように戦え――ということくらいか」
「ヤツ自身が無傷であったとしても、部隊が壊滅状態に陥れば撤退を余儀なくされるからな」
そう簡単にいくとは思えんが、と不吉な言葉を最後に付け足してバドスは笑った。
「万が一エルネスタが町へ侵入した場合は、妾が直接相手をする。その間に貴様が他の騎士共を倒すのだぞ」
「分かった。アンタの腕を見くびる訳じゃないが‥‥くれぐれも油断するなよ」
「エルネスタはとても強力な“祝福”を持っていると聞く。ヤバくなったらすぐに下がれ」
「祝福―――選ばれし者のみが扱えるという力のことか」
どれほどのモノなのかは知らぬが、落ち着いて対処すれば問題なかろう。
「よし」
バドスは何か思いついたかのように、自らの指を鋭い爪で切り裂いた。数cmの切り傷からは、ぽたぽたと真っ赤な血が滴っている。
「な、何してんだ‥‥?」
「見ておれば分かる」
驚くカインを前にバドスは冷静に呟いた。
すると、地面に零れ落ちた血の雫から―――巨大なコウモリのような魔物が姿を現した。
「何だこれ!?」
一匹だけではない、次から次へととめどなく…魔物が精製されていく。
「妾の眷属だ。数時間の命しか持たぬ使い魔のようなモノだが戦力にはなる」
「十数体ほど生み出してやる故、何匹かはお供に付けるとよいぞ」
「全盛期であれば、もっと強力な眷属を山ほど用意できたのだが‥‥」
傷口を大事そうに手当てしながら、バドスは口惜しそうに言った。
「これだけでも十分だ。ありがとよバドス」
カインは満面の笑みを浮かべながら、彼女の頭を乱暴に撫でまわした。
「こ、こら何をするか!!やめい!わしゃわしゃするなぁ!」
「妾はロンガルクを治める鮮血公なのだぞ!?」
バドスはぽかぽかとカインを殴りつけながら、駄々をこねる子供のように喚き散らす。その愛らしい仕草が、彼女の威厳の低下に更に拍車をかけていた。
「貴様が鮮血公か」
刹那、背後から鼓膜を叩きつけるような轟音が響き渡った。
「!!」
「落雷…!?」
慌てて背後を振り返ると、そこには――――。
「ようやく見つけたぞ、穢らわしい魔族め」
雷と共に姿を現した外征騎士――閃光のエルネスタが稲光と共に佇んでいた。
「こいつがエルネスタ‥‥」
噂には聞いていたが、話に聞くのと実際に目にするとでは全く違う。
はち切れんばかりの殺意に、胸焼けしそうになるほどの魔力――これが外征騎士か…!
「“地を這う光竜”」
エルネスタは静かにそう唱えると、力強く剣を突き刺した。
「これは…!さがれカイン!」
「分かってらぁ!!」
突き刺さった剣から四方に、目を焼くほどの閃光がほとばしった!
地を這う閃光は、レーザー兵器のように一直線に突き進み、立ちふさがる全てを破壊した。
「なんて威力だ――!」
ギリギリのところで回避したカインは、焼け焦げた地面を見つめながら吠えた。
「‥‥まずい」
今の一撃は妾達を狙ったものではない。バドスはそう確信した。
「カイン!今すぐ外壁へ迎え!」
「外壁!?」
「ヤツの攻撃は四方に散会しただろう!外壁に穴を開けるために放ったに違いない!」
上下左右、ヤツを中心に真っ直ぐ広がっていった。つまり東西南北全ての外壁に直撃するということだ。ロンガルクの外壁は外からの攻撃は受け付けないが、中からの攻撃には耐性が無い…!!
「散れ、お前達!」
バドスは眷属たちを展開させ、外壁へと向かわせた。
「任せていいんだなバドス‥‥!?」
「当たり前だ、妾を誰だと思っている」
自信ありげにバドスは微笑むと、彼女は目にもとまらぬスピードでエルネスタへと突撃した。その瞬間二人は激しく衝突し――途端に姿が見えなくなってしまった。
「死ぬんじゃねえぞ…」
ここに俺の居場所はねえ。
カインは後ろ髪をひかれる思いのまま、外壁部分へと走り出した。