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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第3章 踊り風と共に
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第48話 抗う心


「地図をみたところ…どうやら東には巨大な湖があるそうですよ」


 ロンガルクを出て数十分。僕達は次の目的地に狙いを定めるために、馬車を止めてキャリッジ内で作戦会議を行っていた。


「ヨムルが水に住まう竜なら、その湖にいる可能性もあるわね」


「いや、湖の向こうには大きな霊峰がある」

「ヨムルはきっとそこの頂上にいるに違いないよ」


「うーむ」


 ヘイゼルとリリィ両方の意見を聞き入れたいところだけど、二つに寄れるほど僕たちの時間に余裕はない。一刻も早く、最短距離でヨムルに接触し魔王ガイアを倒さなければならないのだ。


「ヨムルにまつわる伝承とか、そういうのは残されてないのか?」


 もしあるのならば、そこからヨムルの生態を暴くことができるのかもしれない…とジルは考えた。


「八賢者の存在自体は今の時代にも伝わっているけど、個人にまつわる詳しい伝承はあまり聞いたこと無いな‥‥」


 深く考え込むようにリリィは呻った。

 ヘイゼルとリリィ二人ともがクラックの名前すら知らなかったことを鑑みるに、八賢者の個人を特定するような情報は、意図的に統制されているのかもしれない。


「名前と種族以外は何も分からない、か」


 僕の知っているYFには賢者ヨムルなんて存在しなかった。竜人なんてのも見たこと無いし、正直どこに居るのか皆目見当もつかない‥‥。


 こういう時、ハムさんが居てくれたら頼りになるんだけどな。



「‥‥ねぇ、何か聞こえない?」


 張り詰めた様子で、ヘイゼルは誰に向けてでもなく唐突に呟いた。


「え?」


 彼女に言われて、キャリッジに居た全員が黙りこむ。

 すると―――さっきまではみんなの声で聞こえなかったとある音に気が付いた。


「馬…?」


 遠くでドタバタと地面を蹴るような音が、何十にも折り重なって聞こえてくる。

 大河ドラマや時代劇でよく耳にするような…何となく聞き馴染みのある音だ。


 僕は外の様子を確認する為に、一度キャリッジを出た。慎重に周囲を渡すと、街道を西に進む大勢の騎士達の姿が目に留まった。


「凄い数だな‥‥」


 ざっと見ただけでも100人以上は確実だ。

 怒涛の勢いで駆けているが、一体どこに向かっているのだろう。


「あれって―――エルネスタの騎士団じゃないか!!」

「ほら、あの竜と雷の紋章で彩られた旗‥‥!間違いない!」


 興奮した様子のリリィが後ろから大声で叫んだ。


「エルネスタ‥‥」


 嫌な名前だ。その響きを聞くだけで、あの恐ろしい情景が思い起こされる。


「外征騎士がこんなへんぴな場所まで出張って来るなんて―――妙ね」


 遠くの騎士達を注意深く見つめながら、ヘイゼルは独り言のように言った。

 彼女の発言を聞いた途端、僕の背中に冷たい汗がじわりと流れる。


「まさか―――」


 あいつら、ロンガルクに向かってる?!


「ジル様!!」


 何かを察したように、エイミーはジルへと鬼気迫る表情で呼びかけた。

 どうやら彼女も僕と同じ答えを導きだしたらしい。


「分かってる!」


 最悪の状況だ。

 もしエルネスタがロンガルクを襲撃すれば、ビオニエの二の舞になってしまう…!


「ちょっとジル!どうしたのよ?」


 慌てる僕とエイミーを不審に思い、ヘイゼルは説明を求めた。


「エルネスタは‥‥多分ロンガルクに向かってる」


「!?」


 僕の言葉を聞いたヘイゼルとリリィは深刻な表情を浮かべて、走り去った騎士団の居た方へと眼をやった。


「嘘でしょ…!?」


「二人が眠っている間、一度ロンガルクへ聖都の騎士たちが炎の矢を放ったんだ。バドスと僕で何とか対処したけれど、騎士たちは皆逃げるように去ってしまった」


 多分、そいつらがエルネスタに報告したに違いない。


「そんなことが……やっぱり聖都の連中はクズばかりね…!」


 心底腹を立てているのか、ヘイゼルは特大の火の玉を近くの岩石へと撃ち放った。

 八つ当たりのように発動した彼女の魔法は、轟音と共に岩石を粉々に打ち砕く。


 迫害されたモノ達の楽園であるロンガルク。同じく迫害された過去をもつヘイゼルにとって、あの町には並々ならぬ想いがあるのだろう。彼女の怒りは、僕たちの中の誰よりも強く熱いものだった。


「‥‥どうするのよ、ジル」


 彼女は粉砕された岩石から立ち込める煙を見つめ、手には血が出るほど力が入っている。

 逸る気持ちを抑えながら―――僕からの指示を待っているのだ。



「まさか、今からロンガルクへ戻るなんて言わないよね」



 しかし――冷たい目で、リリィは突き放すように異を唱えた。


「ここでロンガルクの為にエルネスタと戦っても、意味は無いと思う」

「ボクたちにはあまり時間がない。今は一刻も早くヨムルを探す方が先だ」


 らしくない彼女の言動に戸惑ってしまい、僕は返す言葉を見つけられずにいた。


「ロンガルクを見捨てろって言うの?」


 苛立ちながらヘイゼルがリリィに喰いついた。


「そうだ」


「!?」


「パルミアさんたちには悪いけど‥‥上手く町から逃げ出せるように祈ることしか、ボクたちにはできない」


「リリィ…」


「そもそもロンガルクにはエイミーと馬車の回収、そして情報収集で寄っただけだ。無駄に命を捨てるより時間を有効に使った方が良いよ」


「アンタそれ本気で言ってるの…?」


「本気だ、今のボクたちには時間がない。」

「そもそもロンガルクを助ける理由なんてないじゃないか」


「っ!」


 それは突然のことだった。


 ヘイゼルはリリィの言葉を聞き終える暇もなく、彼女の頬を力いっぱい殴った。


「ぐっ!」


 まともに一撃をくらったリリィは、跳ね飛ばされるようにその場に倒れこむ。


「ヘイゼル‥‥!」


「待ってください、ジル様」


 仲裁に入ろうとした僕を、エイミーが制止した。

 僕の目を見つめ、二人の成り行きを見守るよう必死に訴えかけている。


「‥‥特に助ける理由がないなんて、そんなふざけたセリフ二度と言わないで…!」

「アンタは弱き人々を護る騎士様なんでしょ‥‥?」


「・・・」


 リリィはヘイゼルを睨みつけたまま、ゆっくりと立ち上がった。


「騎士である前に―――ボクは一人のエルフだ」

「怯えもするし、逃げもする。恐怖の感情だって‥‥人並みに持っているんだ」


「……!」


 らしくないリリィの弱音を聞いて、ヘイゼルは驚きを隠せないでいた。

 

「でも、それはジルだって同じはずだ」


「!?」


「今からロンガルクに向かって玉砕しても、眼を逸らしてヨムルの元へ向かっても―――正直ボクはどちらでもいい。だってボクたちには選ぶ自由があるんだから」


「何が言いたいのよ」


「善良な勇者であることを、ジルに強要するなと言っているんだ」


 凛とした目つきで、リリィは堂々とヘイゼルに言い放った。


「ボクたちと違って、ジルには選ぶ権利がない。勇者であれば、常に“誰かを救う”方法を選択し続けなければいけない」

「たとえ、怖くて逃げだしたくても―――彼は勇者だからと、自らを死地に追い込むだろう」


「―――」


 リリィ、キミは―――。


「だから、仲間であるボクたちが―――選ぶことさえ許されない彼を…死の選択から救い出さないといけないんだ。勇者である前に、彼は一人の人間なんだから」


「‥‥違う」

「私は、別にそういうつもりで言ったんじゃ―――」


「ありがとう、ヘイゼル」


 ジルは動揺するヘイゼルをなだめ、二人の間に割って入る。今の彼女の言葉を聞いて、リリィの真意は何となく理解できたつもりだ。


「少しリリィと話がしたい、この後どうするかは直ぐに伝えるから―――少し待っていてくれないかな」


「――ええ、分かったわ」


 僕はエイミーに目配せをして、ヘイゼルの様子を見るように伝える。


「行こう、リリィ」


 リリィに軽く声をかけ、僕たちはキャリッジの中へと入っていった。




「臆病者だって…幻滅したかい」


 キャリッジへ入るなり、リリィは俯きながら呟いた。


「幻滅?どうして?」


 ジルは立ち尽くすリリィに目もくれず、何やら備品の山をごそごそと漁っていた。


「さっきの話聞いてただろ…?ボクはキミを言い訳に使って、外征騎士と戦うことから逃げようとしたんだ―――」


「でも、僕は救われたよ」


「え―――?」


 予想外の返答に、リリィは思わず目を丸くした。


「だって、リリィは僕に逃げ道を作ってくれようとしただろ?」


 選択肢などあってないような勇者という存在に、彼女は“仲間に言われたので仕方なく”という強敵から逃げるための抜け道を示してくれた。

 リリィがそう想ってくれているというだけで―――僕は何故か、心が軽くなったのだ。


「リリィのあの言葉が無かったら、僕の気持ちは張り詰めたままだったと思う」


「ジル‥‥」


「お、あったあった」

「こっち座ってリリィ、ほっぺた見てあげるから」


 僕は備え付けの医療キットを取り出して、リリィをそばに座らせた。


「ちょっと冷やっとするぞ」


 少し腫れたように赤みを帯びた頬に、僕はとりあえずの治療を施した。


「――――」


 正座のまま…恥ずかし気な様子でリリィは僕から眼を逸らし続けている。

 さっきはやせ我慢をしていたのか、今になって少し涙ぐんでいるようであった。


「‥‥ヘイゼルのパンチ痛かった?」


「・・・」


 こくり、とリリィは静かに頷いた。


「‥‥ふ」


 その様子が何だかおかしくって、僕は少し吹き出しそうになる。


「―――殴るよ」


「ごめんなさい」


 なんという洞察力。流石はエルフと言ったところか―――。


「なぁ、リリィ」

「やっぱり、僕はロンガルクに戻ろうと思う」


 たった数日とはいえ、バドスやパルミアさん、そしてあの町に住む魔物達を見捨てる気にはどうしてもなれない。


 勇者ではなく、一人の人間として―――僕はあの町を救いたいと思っているのだ。


「―――そうか」

「結局ボクは、キミを死地から救い出すことはできなかったんだね」


「それは違うよ」


 半ば諦めるように呟いたリリィをジルは優しく、しかし力強く否定した。


「ロンガルクへ向かうことは、僕にとっての死地でもなんでもないよ」


「ジル‥‥?」


「何故なら僕たちは、エルネスタを倒し…全員生きて明日を迎えるんだからさ」


 そう言って、ジルは優しくリリィへと微笑みかけた。


 聖都の外征騎士、閃光のエルネスタ。

 かつて魔王を打ち倒したという外征騎士の一角にして、正義の理をもつ女。


 かの英雄を相手に、ジルは正面切って戦うことを決意した。

 良くも悪くも、この決断によって彼の運命が大きく変わることになるとは―――ただ一人を除き、今はまだ。誰も知る由は無かった。


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