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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第3章 踊り風と共に
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第46話 晴れない心

 ~翌朝・バドスの館~



「ん‥‥」


 朝の心地よい小鳥のさえずりで、魔女は目を覚ます。

 何となく重い身体をむくりと起き上がらせると、彼女は不思議そうに周囲を見渡した。


「・・・・」


 ここは、どこだ。


 小奇麗な部屋のフカフカなベッド、窓からは暖かな陽光が差し込む気持ちのいい朝。全く身に覚えのない場所での目覚めに、ヘイゼルは困惑していた。


「お早うございます、気持ちのいい朝ですね」


「!?」


 動揺するヘイゼルに構うこと無く、部屋の扉からメイドのような服装をした女性がニコニコとした表情で入ってきた。さも当たり前のような仕草に、こっちが面食らってしまいそうになる。


「アンタは‥‥?」


「私の名はパルミア。このバドス様の館で働く、しがない召使いでございます」


「バドス?」


 その名前‥‥どこかで聞いたことがある。

 聞き込みをしている時、確かこの町の住民が何度か口にしていたような。


「ええ、ロンガルクを治める麗しきリーダーの名にございます」


「!」


「さ、朝ごはんの支度はもう出来ていますよ。ご準備が出来たら食堂までお越しください。お連れの皆様も、既にお待ちですからね」


 彼女は深々と丁寧にお辞儀をすると、部屋から出て行ってしまった。


「どういう状況よ、これ・・・」


 まだ完全に目覚めていない脳と身体に鞭打って、ヘイゼルは食堂へと向かった。




~バドスの館・食堂~



「あ、ヘイゼル!おはよっ!!」


「なにこのサラダめっちゃ美味しい!」


「こっちの香草焼きだって負けてませんよ!やばい!止まりません!!」


 上品な食器が立ち並ぶ、大きな食堂。

 そこには見慣れた三人が、豪勢な朝の食事を幸せそうに味わっていた。


「あ、ヘイゼル起きてきたんだ」

「早く座りなよ、パルミアさんのご飯めっちゃ美味しいよ!?」


「ささ、早く早く!」

「ぼーっとしていると、全部リリィさんに食べつくされてしまいますよ?」


「ボ、ボクはそんなに食いしん坊じゃないよ!?」


「いや…その前にこの状況は何?」

「オークション会場に居たはずの私たちは何で今、こんな小奇麗な屋敷で朝ごはんを優雅に食べているのよ!?」


 席に着くなり、ヘイゼルは大声で僕たちをまくし立てた。


「ええ…さっきリリィにも説明したんだけど、また同じこと言わないと駄目?」


「丸焼きにするわよ」


「ひっ」


 ヘイゼルに促されるまま、僕はことの成り行きを簡潔に説明した。

 ひとしきり僕の説明を聞いた後、ヘイゼルはゆっくりと頷いて―――。


「なるほどね」


 理解したのかしていないのか、良く分からない返事をした。


「それじゃあ、次は東に向かうってことでいいのね?」


「そうなるよね。馬車とエイミーは何とか取り戻せたし…そもそも賢者ヨムルがいない以上、この町に留まっていても仕方がない」


「あれ、馬車帰ってきたの?」


 リリィの発言に僕は思わず聞き返した。


「僕もパルミアさんからさっき聞いたんだ。今朝この屋敷の前に綺麗そのまま放置されていたんだって」


「マジで?」


 確かにカインとは約束した。でも、オークションでは完全に敵対していたし、あの約束は反故にされたかと思っていた。まさか律儀に返しに来るなんて―――意外と真面目なのか?


「なら、今日にでも出発できるって訳ね」


「そうなるな」


 目的は果たしたし、ヨムルが居ないことも分かった。ロンガルクで成すべきことは何も残っていない。だけど何故か…僕の心にはずっとモヤモヤとしたものが残り続けていた。



~ロンガルクの町・外壁付近~


 朝食を終えると、僕はエイミーと二人で町へと繰り出した。


 ヘイゼルとリリィは、パルミアさんの「もう少し休んで行っては?長旅でお疲れでしょう?」の甘い誘惑に負け、屋敷で再び二度寝を決め込んでいた。


 まぁ要するに…二人が目覚めるまでの時間つぶし、という訳だ。


 僕たちがいるのは、町の中心から離れた外壁付近。

 町の中心は魔物達でとても賑わっており、華やかだけど…ここは、物静かでとても穏やかだった。


 何となく、今の僕には居心地の良い場所だ。


「今朝からずっと浮かない顔してますね」


「そうか?」


「そうですよ」


「―――――」


 確かにずっとモヤモヤしているけど、そこまで悩んでいる訳ではない。

 明日になれば忘れているような―――そんな程度のものだ。




「どー見ても昨日の一件を引きずってんだろ、お前さん」


「!?」


 外壁に背を預けながら僕たちを見つめる男が一人。

 

 その男の顔を、僕ははっきりと覚えていた。


「カイン――!」


「あの人って、確かオークション会場に居た‥‥!」


「よう、覚えててくれたのかいお二人さん」


 妖しげな笑みを浮かべるカイン。

 まるで僕たちを待っていたかのような登場に、思わず警戒してしまう。


「偶然バッタリ会った―――って訳じゃないよな」


「おう、朝からずっとお前さんを待ってたんだ」

「お連れの魔女とエルフの嬢ちゃんは居ねえみたいだな?」


 カインはわざとらしい仕草で背伸びをし、周囲を見渡した。


「待ってただと?」


 まさかこいつ。

 オークション会場での借りを返すために、待ち伏せしてたんじゃ…!


「そう警戒すんなって。別にお前さんを襲いに来たわけじゃねえ」

「オークション会場では争ったが…あれはあくまで仕事、ただのビジネスだ」


 僕の心情を察したのか、カインは呆れた様子で呟いた。


「じゃあ、一体何のために僕を――?」


「……」


 カインは真剣な表情で何も言わず…一切の無駄がない動きで、僕の前に跪いた。


「え!?」


「お前さんには、礼を言わなくちゃならねえ」


 どゆこと!?僕なんかしたっけ!?


「身に覚えがないっていうか、とりあえず顔あげなよ!」


 何だか申し訳ない気持ちでいっぱいになる――!


「昨晩、騎士共の放った火の矢からこの町を守ってくれただろう。お前さんが居なけりゃ、町は火の海と化していたかもしれねえ」

「ロンガルクの住民たちに代わって礼を言わせてくれ。本当に――ありがとう」


 深々と頭を下げ、感謝を述べるカイン。

 礼節を忘れぬ騎士のような彼の姿は、とても美しく。僕にはもったいないもののように感じられた。


「べ、別にいいよ!そこまでしなくても!」

「ほら、目立っちゃうから早く立って!」


「んだよ・・・意外と謙虚だな、お前さん」


 僕は周りの視線を気にして、跪くカインをしぶしぶ立ち上がらせた。


「というか、見てたんだ」


「見ちゃいねえ、パルミアから聞いただけだ」


「パルミアさんから!?」


「ほら、屋敷の前に馬車があったろ?」

「あれを届けに行ったときに、アイツが言ってたんだよ」


 パルミアさん―――屋敷から見ていたのか。


「この町の連中はお前が町を守ったことを知らねえ」

「だから、その代わりの俺って訳だ」


 町中からの感謝の方が嬉しいだろうが…ここは一つ、しがない槍使いの頭で勘弁してくれ、とカインは無邪気に笑った。


「それでお前さん、今日中にこの町を出るんだよな?」


「そ、そうだけど」


「そうか―――なら、良かった」


「?」


 良かった…?いや、そもそも――。


「何でそのこと知ってるんだよ‥‥」


 僕がこの町を発つのは、バドスの館に居た人間しか知らないはずだけど。


「ハッ、俺は踊り風の戦士だぜ?」

「噂話の一つや二つ、風に乗って聞こえてくるってもんだ」


 誇らしげに語っているが、すごく迷惑な能力だなそれ…。


「俺は雇われの傭兵だ。いつまでもロンガルクに留まっている訳じゃねえ」

「もしまた他所の町であったら、そん時は声かけてくれよな」


「ああ、短い間だったけど…アンタのこと、嫌いじゃ無かったよ」

 

 僕たちは笑顔で手を振り合い、別れを告げた。

 踊り風の戦士カイン、何となくはた迷惑なヤツではあったが―――さっぱりとしたいい男だった。


「お知り合いだったんですね?」


 僕とカインの一連のやりとりを見ていたエイミーが、不思議そうに呟いた。


「少し話した程度、だよ」


「へぇ‥‥」



「あのっ!」

 

 突然背後から、甲高い子どもの声が聞こえた。

 

 後ろを振り返ってみると、そこには額に角の生えた魔物の少年が僕たちを見上げるように立ち尽くしていた。


「お兄ちゃんたち、外から来た人だよな‥‥?」


 僕とカインの会話が終わるのを待っていたかのように、少年は尋ねた。


「そうだけど、何か用かな?」


「やっぱり!オレ、こっそり見てたんだ!」

「昨日お兄ちゃんが外壁の上で、ズバーって火の矢を振り払うところ!」


「!」


「だから―――はい、コレ!!」


 そう言って、彼は無邪気な笑みと共に一輪の花を差し出した。


「これは?」


「オレからの感謝の気持ち!」

「外の世界にはいっぱいあるんだろうけど、オレにとってはこの花が一番の宝物だからさ!お兄ちゃんにあげるよ!」


「‥‥」


 外の世界から隔絶されたロンガルクにおいて、外の世界の花は決して手に入りやすい物ではないだろう。そんな貴重なものを差し出すほど、少年のジルに対する想いは大きなものであった。


「ありがとう―――大切にする」


 僕は少年の小さな手から花を受け取り、彼の頭を優しく撫でた。

 少年は満足そうに微笑むと、何も言わず、照れくさそうに走り去ってしまった。


「いい子ですね」


「ああ――そうだな」


 僕は時間つぶしの散歩もそこそこに、バドスの館へと帰っていった。



 ~バドスの館~



「おかえりなさいませ、ジル様、エイミー様」


 館に入ると、パルミアさんが笑顔で出迎えてくれた。

 僕たちが戻って来るタイミングを察知していたかのような完璧な出迎えだ。


「ただいま戻りました、パルミアさん」


「ただいまですー!」


「あら、素敵なお土産をお持ちですね」


 パルミアさんは僕の手に鮮やかに咲いている花を見て、優しく微笑んだ。


「改めて見て回って…この町はどうでしたか?」


「中心部は華やかで、郊外は穏やか…そんな二面性が、とても美しい町だと思います」


「ふふ、外壁付近まで足を運んでくださったのですね」


「でも一番の驚きは、魔物と他種族が共存するこの大きな町をバドスさんが一人で治めているというところですね」


 腕が立つとはいえ…あんな小さな女の子が、ロンガルクに住む者全員の命を守っているなんて。


「―――バドス様にとってここは、何よりも大切な居場所なんです。何もなかった荒地を一人で開拓し、人を集め、ロンガルクをゼロから作った」

「全ては、魔物と人間が共存する世界―――虐げられた者達の楽園を作るため」


「‥‥」


 まるで聖人の思想だ。バドスは何を見て、何を感じ…そのような考えを持つようになったのだろう。


「ロンガルクは町というより一つの家族、みたいなものなのかもしれませんね」


 遠い日の思い出を語るように―――穏やかな表情でパルミアさんは笑った。


「さ、お連れの皆様を起こしてまいりますわ」

「ジル様も出立のご準備を」

 

 その後、僕たちは旅出の準備を始めた。

 馬車の荷台には旅の餞別にと、パルミアさんから貰った大量の食糧がところ狭しと並ぶ。

 

 本当はもっと用意していてくれたみたいだけど…ビオニエで買った分と合わせると流石に多すぎるので、丁重にお断りしておいた。



「よし、これで全部だな」


「準備万端!いつでも旅を再開できますよジル様!」


「パルミアさん!おいしいお食事、本当にありがとうございました――!」


「ふふ、どういたしまして」

「またいつでも食べにいらしてくださいね」


「はい是非!!!」


 パルミアさんが言い終えるよりも早くリリィは即答した。


「ほんと…食べ物のことになると人が変わるわね、アンタ」


 心底呆れた様子でヘイゼルはリリィを見て呟く。彼女の言う通り、リリィの食べ物に対する執着は一種の執念のようにすら感じられる。


「そ、そんなことない!」


「―――よね?」


「そこは言い切りなさいよ…」


 僕は全ての荷物を馬車に積み込むと、パルミアさんの前に静かに向き直った。最後の、別れの挨拶を行うためだ。


「パルミアさん、短い間だったけど…お世話になりました」


 オークションで暴れた挙句、食事や寝床まで用意してもらって―――。

 最後まで彼女には迷惑をかけっぱなしだった。また会うことがあれば、こんどは僕が力になりたいものだ。


「バドスさんにも、よろしくお伝えください」


「ふふ、承りました」

「では――――お元気で」


 パルミアさんは終始、女神のような笑顔のまま僕たちを送り出してくれた。

 この町には少しの間しかいなかったけど、彼女との別れはとてもつらいことのように感じられた。


 バドスには直接、お別れを言いたかったな。

 そんな少しの後悔を胸に、僕はロンガルクを後にした。







「最後までせわしない奴らだったのぅ」


 甲高い声と共に暗闇から姿を現したのは屋敷の主、バドスであった。


「あらバドス様、帰っていらしたんですね」

「折角なら一緒に見送ってくださればよかったのに‥‥」


「ふん、そんな義理はない」

「それより……あやつらには何も言っておらぬだろうな?」


「ええ、勿論」

「でも良かったのですか?意地を張らずに、打ち明ければ…」


「良いのだ。あんな啖呵を切っておいて、今さら頭など下げられるか」


 これで良かった…と、バドスは自身に言い聞かせるように繰り返した。


「やはり、カイン様の言っていた“噂”は本当だったのですか?」


「妾も上空から周囲を見渡したが―――目視でも確認できた、間違いない」

「外征騎士エルネスタを筆頭とする大部隊が、このロンガルクを目指して進軍している」



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