第4話 ちっぽけな決意
何だそれは。困ったな…聞いてみたは良いが全然わからん。
「えっと、もうちょっと詳しく‥‥」
「外征騎士!?え!?この村、外征騎士にパイプあるんですか?!」
僕が聞くよりも先に、エイミーは鼻息を荒げながら、テンションMAX超興奮状態でソルシエに詰め寄っていた。背中の羽をせわしくバタバタと羽ばたかせている様子は、まるで尻尾を振る犬のようだった。
視界が慌ただしくて鬱陶しい‥‥とりあえずお前は座ってくれ。
「つーか、エイミー知ってるの?」
「当たり前です!外征騎士と言えば、誉れある聖都グランエルディアの英雄たち…二十一の刃を持つ最強の騎士集団ですよ!?」
いや、それはさっき聞いた。
「強いのか?」
「はぁ!?何言ってんですか?そんなの滅茶苦茶強いに決まってるでしょう!?」
軽い気持ちで聞いただけなのに、何故か逆ギレされてしまった。全く‥‥こいつは何を熱くなっているんだか。
「約300年前の戦争で“魔王”を打ち倒したのも彼らなんですから!相当な実力者たちですよ!」
ふうん。魔王を倒しためちゃくちゃ強い騎士達、ね。
ん?
「え、魔王やられたの?」
「はい、結構いい勝負だったみたいですけど」
何食わぬ、けろっとした顔でエイミーは言った。
「いやいやいや!はい、じゃねえよ!魔王がもう倒されているのなら、僕の存在価値が全く無いじゃないか!」
魔王ガイアを倒しユフテルを、ひいてはアークを取り戻すために、僕は無数のユーザーの中から選ばれたはずだ。しかし、元凶である魔王がもういないんじゃ、世界を救うも何もあったもんじゃない、根底から話が違ってくるんだが!
「え、もしかして僕たちもう詰んでる?」
「もう、違いますよジル様。外征騎士は確かに魔王を倒しましたが、それは魔王ガイアとは全く異なる別の魔王です。魔王とは魔王ガイアだけを指す言葉ではありません、むしろガイアの方はピンピンしているのでご安心ください!」
やれやれ、何を一人で取り乱しているんだこの芋虫は…と言わんばかりの蔑むような表情でエイミーは僕に事実だけを端的に言い放った。
「そ、そうだったのか」
なんだ…てっきり僕は魔王ガイアが訳の分からん連中にやられてしまったのかと。とにかく、魔王がピンピンしてるなら良かった。いや、良くはないか。
「で、ソルシエさんは何で外征騎士を頼りたくないんですか」
何事も無かったかのように、僕は大きく逸れた話を強引に引き戻す。外征騎士とかいう最強集団を頼ることができるのならば、本来それに越したことはないはずだ。どこの馬の骨とも知れない僕たちを頼るよりも確実だし、そこまで有名な人たちなら、この村の人たちも信頼しやすいだろう。だが、彼女はそれを拒んでいる。
それはつまり、外征騎士によってもたらされるであろう平和と安寧。その全てを差し引いてもマイナスになるような事柄がある、ということだ。
「彼ら外征騎士は聖都に属する騎士‥‥外征騎士の力を借りるということは、聖都の属国“グラン・ファミリア”に加盟しなければいけないということです」
悲しげな顔のまま、ソルシエさんは静かに呟いた。ファミリア。三日前にエイミーも口走っていたが、いったいどういう意味なのだろうか。
「ファミリアとは、同盟関係を結んだ国や街、村などの集合体のことですよ」
僕の心中を察したのか、問いかけるよりも先にエイミーがファミリアとやらについて語りだした。
「一言でいえば、仲の良い国や街の集まりですね。基本的には隣国や隣り合う町、共通の思想を持つコミュニティなどで形成されています。ソルシエさんの言うグラン・ファミリアは、聖都グランエルディアが主となって構成されたファミリアの名前で、ユフテルでも最大規模を誇る超スーパーファミリアなんですよ」
なるほど。ファミリアの意味はなんとなく分かった。しかし、エイミーのそこそこ分かりやすい説明を聞いても、やはり僕の疑問は消えない。いや、むしろ謎が深まってしまった。
外征騎士を頼れば忌み魔女を倒してくれるうえに、グラン・ファミリアの一員に…つまりは聖都という大国の庇護下に入れるということだ。僕からしてみれば、優良案件以外のなにものでもないような気さえするのだが。
「そんな凄いファミリアに入れるって、むしろラッキーなんじゃ?」
ソルシエさんの顔色をうかがうように、僕は恐る恐る彼女に問いかけてみた。
「確かに、グラン・ファミリアに入れば聖都の庇護の下、異国や賊、魔物に村が襲われようとも、直ぐに近くの外征騎士が駆けつけて、私たちを全ての脅威から守ってくれるでしょう‥‥しかし、その対価はあまりに重い」
悲嘆と溜息の混じったような声色で、彼女は言い放った。
「対価?」
村を守る代わりに、何か要求されるのか?
「グラン・ファミリアに加盟することによって定期的に“守護税”を聖都に納める義務が発生するのです」
守護税ってことはお金か……まぁ兵士の派遣とか軍備とかにいろいろ費用がかかるんだろうな。一方的に守ってもらえる訳では無いのだろうし、当然と言えば当然だろう。問題は――――。
「その額、実に1億ユピル」
「ぎょええええーっ!!??」
「・・・」
ユフテルの金銭感覚は良く分からないが、エイミーのバカみたいなリアクションを見る限り、やはり膨大な額の資金を要求されるみたいだ。恐らく、小さな村が定期的に払えるような金額ではないのだろう。
「守護税を払えなくなった加盟国の末路はとても悲惨なもの‥‥私は、このルエル村をそのような目に合わせたくはないのです。悲劇を見るのは、もう嫌だから‥‥」
彼女は声を震わせながら僕の手を取り、力一杯握りしめて神にすがるかのように懇願した。
「全ては祭祀長としての私の力不足が招いた結果です、関係のないお二人を危険に巻き込むなんて間違ってる―――ですが私にはもう、夢のお告げに見たお二人を頼ることしかできないのです!お願いしますジル様、エイミー様!この身がどうなろうと構わない!全てあなたがたに委ねます…!ですからどうかこの村を、忌み魔女の手から救って―――」
彼女の澄んだ瞳から、一粒の雫が零れ落ちた。
このまま何もしなければ、村人は永遠に魔女の脅威に怯えながら終わりのない悪夢を見ることになる。しかし…外征騎士に頼れば、魔女の脅威からは救われるが、今度は税金に殺される。彼女の溢れる涙を見る限り、祭祀長として今までどれほどの重責に押しつぶされそうになったのか、想像に難くない。圧倒的な理不尽に、何度も心が折れそうになっただろう。
だけど、彼女は諦めなかった。夢で見た最後の希望を信じ、今日まで生きてきたのだ。たとえ村の長、ダラスの意に背くことになろうとも、自らの危険をかえりみず―――僕達を牢屋から助けてくれた。それが、このルエル村に必ず救いをもたらすと信じているのだ。
無垢な彼女の努力に報いたい。僕は、心の底からそう思った。
「‥‥よし!」
僕は震える手で、頬を力いっぱい叩く。
「行くか!エイミー!」
重い腰を上げ、いつまでも座っていたいほどふかふかのソファから立ち上がる。この村の為じゃない、ひとえに彼女の幸せの為、僕は忌み魔女と戦おう。
「ええ、お供します!ジル様!!!」
「ジル様‥‥エイミー様!ありがとうございます!本当に‥‥ありがとう―――!!」
彼女の泣き腫れた顔が、途端に笑顔に変わっていった。
「まぁ、正直勝てるかわからないけど」
「ジル様なら大丈夫です!なんてったって、世界を救う勇者様なんですから!!」
エイミーは自分のことのように誇らしげに笑い、堂々と小さな胸を張った。信じてくれる誰かが居る。それがどれだけ心強いかを、僕は少しだけ理解できたような気がした。
「森へ入るなら、こちらをお持ちください…!」
ソルシエさんはそう言って、小瓶と、小さな白いオカリナを差し出した。小瓶の中には緑色の粉末がぎっしりと詰まっている。
「これは?」
「そちらの小瓶には、私の魔法をかけた薬草で作成した回復薬が入っております。三回分ほど入れてありますので、傷ついた時にお使いください」
彼女の言う通り、小瓶には二本の線が均等な間隔で記されており、一回の用量が分かりやすく見てとれた。ソルシエさんが作った回復薬なら効果は疑うまでも無い。僕はそっとポケットへしまい込んだ。
「そしてそのオカリナは‥‥ふふ、こちらは口で説明するよりも実際に使ってみた方が分かりやすいですね」
そう言って、彼女はにこやかにほほ笑んだ。
「そうそう、言い忘れていたのですが」
「はい?」
ほほ笑みを崩さず、彼女は口早に話を続ける。
「数日前――忌み魔女は次の満月の夜に、森ごと村を焼き尽くすと宣言してきたのです」
「は、はぁ」
何だろう。無性に嫌な予感がする。
「ちなみに、次の満月はいつ頃なんですか」
「5日後です♪」
「!?」
は?
「じょ、冗談ですよね?」
5日後って…!戦いの練習とか、剣の使い方とか、いろいろ準備をしようと思っていたのにいくら何でも早すぎる!そもそもあんな馬鹿でかい森を5日で散策できる訳が―――。
「つまり…森に入って魔女を見つけて、倒すまでのタイムリミットは5日間ということです!」
「はあああああああ!!??」
何でそんな大事なこと先に言わないんだよ!!
いや、あえてか?僕が断ると思って―――あえて言わなかったのか!?
「‥‥ふふ」
彼女は満面の笑みを浮かべ、僕の手を取って告げる。
「では‥‥忌み魔女の討伐、よろしくお願いしますね、勇者様♡」
ああ!くそッ――!
この女、思ってたよりもしたたかだ―――!
今から5日後、魔女は森を焼き尽くす。
僕とエイミーは、ソルシエの家をあとにして――早々に森へと向かう。空にはだんだんと光が戻り始め、夜明けが訪れようとしていた。冷たくも心地の良い風を切りながら…僕たちは何かに追われるように走り出す。色々と思うところはあるが…とりあえず、できるだけのことはやってみようと思う。
なにせこの村の命運は――ちっぽけな僕の両肩にかかっているのだから。