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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第3章 踊り風と共に
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第45話 月明りの外壁にて

 バドスに連れられるまま、僕たちは立派な館へと案内された。


 広い応接間の大きなソファに、僕一人だけが座らされる。

 さっきの戦闘でダウンしているヘイゼルとリリィは、パルミアさんが別室で療養してくれているみたいだ。


 エイミーだけでなく二人の面倒も見てもらえるなんて、こちらとしては願ったり叶ったり…と言いたいところだけど、そう喜んでばかりもいられない。僕たちがこの館へ連れてこられたのは、あくまで事情聴取のため。

 

 オークション会場で戦闘行為を行った罪を咎められる可能性も十二分にあるのだ。


「さて、まずは貴様の素性を吐いてもらおうか」

「貴様はいったい、何をしにこのロンガルクへと足を踏み入れた?」

「居場所を失い、ここへ逃げ延びて来たようにも見えぬが」


 テーブルを挟んだ向かいに優雅に座るバドスが、高圧的に言い放つ。


 尋問を受けている危機的状況だが…バドスの姿があまりにも愛らしい子どもそのものなので、思わず気が緩んでしまいそうになった。


「僕たちがこの町を訪れた理由は二つ、一つは奪われたエイミーを取り戻すため」

「もう一つは、八賢者の一人。神威のヨムルに会うためです」


「!」


 分かりやすく、バドスの眉がぴくりと動く。

 神威のヨムル‥‥やはりこの名に心当たりがあるようであった。


「会って、どうするのだ」


「魔王を倒すために、助力を請うつもりです」


「――――」


 僕の返答を聞き、バドスは驚いたように目を丸くする。


 そして――――。


「ふ―――ハハハハハ!!!」

「真剣な顔をして何を言い出すかと思えば、魔王を倒すだと?貴様のような小童が、外征騎士の真似事でもするつもりか!?」」

「フフ、フフフハハハ!!」


 キュートな外観に似合わず、彼女は壮大な態度で大きく笑い飛ばした。


「何がそんなにおかしいんだ」


 こっちはいたって真剣だ、そこまで馬鹿にされる筋合いはない。

 僕は思わず口調を強めてしまっていた。


「全てだよ、少年」

「魔王の恐ろしさを知らぬ分際で―――よくそんな妄言を恥ずかしげもなく吐けるものだ」


「・・・」


「よいか?魔王というのは世界を滅ぼす大いなる災厄、大地震や大洪水といった天災のようなものだ。一人の人間風情がどうこうできるような、そこら辺の魔物とはわけが違う」

「それを倒そうなど‥‥頭がおかしいと思われても仕方ないと思うがな?」


「―――っ」


 言い返せるものなら言い返してみろと言わんばかりに、彼女は僕を嘲笑った。


「そもそも魔王の居ないこの平和ボケした時代に、貴様は何故そんなバカげたことを言うのだ?」


「それは‥‥」



「それは、近い将来――魔王が再びこの世界に現れるからです」


「!」


 僕とバドスとの間に割って入った一つの力強い声。

 それは他の誰でもない―――エイミーのものであった。


「エイミー!」


「貴様、パルミアの部屋で眠っていたのではなかったのか?」


「ええ、さっきまでグッスリでしたけど…ジル様のピンチな予感を察知して、駆けつけてきました」


 エイミーはズカズカと部屋へ入りこむと、ドスン。と僕の隣に座り込む。


 オークションの時はかなり弱りこんでいたようだけど、今のエイミーからはそんな弱々しい気配は感じられなかった。


「貴女がこのロンガルクを治めるリーダー、バドスですね?」


「その通りだ、妖精」

「妾こそがロンガルクを支配する最恐の悪魔!鮮血公、バドス様であるぞ!」


 綺麗な桃色の髪をなびかせて、彼女はさも誇らしげに名乗りを上げた。

 自己紹介の時だけ、やたらテンションが上がるのは何故なのだろう。


「して―――魔王が復活する、というのはどういう意味だ」


「そのままの意味です」


「フン。馬鹿馬鹿しい、妾がそのような戯言を信じるわけなかろう」


「何も僕たちだけが言っている訳じゃない。ボルスの町で出会った賢者クラック、彼も魔王の復活を危惧していた」

「賢者ヨムルに会うように、この町の存在を教えてくれたのも彼なんだ」


「賢者クラック―――」


 ふむ・・・とバドスは何かを納得したように、さっきよりも深く腰掛けた。

 眉間にしわを寄せ、何やら深く考え込んでいるようにも見える。


「確かに、こやつらが嘘をついているようには見えぬ」

「しかし‥‥本当にこやつが、ヨムルの言っていた―――」


 バドスはぶつぶつと独り言を呟き始め、うーん、うーんと呻っている。

 いったい何をそんなに気にしているのか、問いを投げようと喉を震わせた瞬間‥‥。



「た、大変です!!バドス様!!」



 バン!!と突然に部屋の扉が勢いよく開く。

 すると、外から息を切らした一人の魔物が慌てた様子でバドスの元へと駆け寄ってきた。


「騒々しいな、いったい何事だ」


 考えごとを邪魔されたのが気に喰わなかったのか、バドスは叱りつけるように魔物を睨みつけた。


「そ、それが大変なんです!!」

「町の外に、聖都の騎士たちが!」


「聖都の騎士だって!?」


 もう何年も来ていないって話だったんじゃないのか……?


「―――噂通り、か」


「ど、どうしましょうバドス様!」

「このままじゃ私達殺されちゃう……!!」


「狼狽えるな馬鹿者」

「妾が行く、外壁付近の者どもには何も言うな。不安が広まるだけだからな」


「は、はい!」


 はぁ、と小さくため息をつき――バドスはじっとジルを見つめた。


「聞いての通りだ、妾は愚か者共を蹴散らすため、しばらく席を外す」

「その間、貴様らは絶対にここを動くでないぞ」


「僕も一緒に行きます!」


 腕に自信がある訳じゃないが、僕だって少しは戦えるんだ。

 魔王を倒す勇者であることを証明するためにも、一緒に戦った方が良いに決まってる。


「要らぬ」


「え」


「貴様らはオークション会場で暴れた悪党として、妾の尋問を受けておるのだ」

「この場から離れることは許さぬ」


 そう言い残すと、バドスは背中に生えたコウモリのような羽で窓から飛び去ってしまった。



~ロンガルク・外壁付近~



「やはりここは地図には載っていない町のようだな」

「どこのファミリアにも属していないところを見るに、親ギルド派の連中の町かもしれん」


「外壁に囲まれているせいで、町の中の様子が全く見えねえ」

「怪しい匂いがぷんぷんしやがるぜ」


「こりゃあ…ブロード隊長の勘が当たったのかもしれねえな」


 ロンガルクの前でたむろする数十人の騎士達。

 彼らはエルネスタの命を受け、ビオニエ周辺を調査しているところ、ロンガルクを発見した。


 しかし、町の中の様子が見えないほど高く築かれた外壁を前に不信感を抱き、足を止めたのだ。


「問題はどうやって接触を図るかだな」

「外から呼びかけても返事は一向に返ってこぬし‥‥」


「門から入ればいいだろ?」


「それが…外壁のどこを見ても、入り口が一つも見当たらないのだ」


「マジかよ。いよいよヤバそうだな」



「チッ、だらしねえな」

「オイ!オレが今から外壁に穴を開ける、貴様らは離れていろ」


 不甲斐ない部下を見かねたように、一人の男が乱暴に吐き捨てた。


「ブロード隊長!?そ、そんなことをしては、町の住民たちに被害が‥‥」


「知ったことか!我らの呼びかけに応えない以上、この町の者どもは聖都に仇なす罪人だ。たとえ死人が出ようと、気にすることはねえ」


「し、しかし―――」


「ああ?まだ食い下がる気かてめえ?」


 自身の意見に異を唱える部下を、ブロードは高圧的に睨みつける。

 彼の強さを知っている騎士は…その瞳を見ただけで委縮してしまうのだ。


「い、いえ――――」


「はっ、それでいいんだよ腰抜け共が」

「弱いやつは強いやつに従ってりゃあいい」


 ブロードは外壁のすぐ近くまで接近すると、柱と見紛うほどの巨大な大剣を天高く掲げた。


「さあ!ぶっ潰れろ…!」


 そして、外壁を両断するように勢いよく振り下ろす!!

 尋常ならざる力で放たれた一撃は、いとも簡単に外壁を粉々に破壊した‥‥。




 そう、この場に居る誰もが思っていた。



「こんなガラクタで妾の町に傷をつけようとは…とんでもない愚か者もいたものだ」


 しかし。ブロードの振り下ろした刃は、一人の魔物の手によっていとも簡単に受け止められた。


「な、何がおこった!?」

「ブロード様の一撃が止められただと!?」



「はあっ!」


「ぐッ!?」


 不意を突かれたブロードは、防御もできぬままバドスの蹴りを正面から受けてしまう。

 しかし、ブロードは勢いよく吹き飛ばされながらも、大剣を地面へと深く突き刺し、なんとか姿勢を立て直した。


「この外壁は内側から以外は絶対に破れぬ、出直すがいい――小僧」


「ケッ、やっぱり魔物が居やがったか…なら、もう容赦はいらねえな」

「お前ら!火だ!町の中へ火を放て!!魔物の町へ火の雨を降らせてやれ!」


「はっ!」


 ブロードの指示を受け、配下の騎士たちは、火の矢を次々に町の中へと撃ち放つ!!


 並みの矢であれば、ロンガルクの外壁を超えることはできない。しかしながら、聖都の連中の使う弓には魔法でエンチャントが施されている。例え数百mの標的でも、腕が確かであれば射貫くことができるだろう。


「やらせはせん‥‥!」


「おっと!?お前の相手はオレだろうが!」


 矢を弾き落とそうと飛翔体勢に入ったバドスを、すかさずブロードが妨害する。


「退け!!」


「そうはいくか――よ!!」


 つかず離れず間合いを保ち、バドスを翻弄するブロード。

 倒すのが目的ではない。矢が町に降り注いでいる間、バドスを拘束できればそれでいいのだ。


「ほらほら、早くしないと町が黒焦げになっちまうぜ?」


「貴様…!」


「撃てええ!!」


 数十の火の矢が、目にもとまらぬ勢いで一斉に放たれた。

 矢は外壁を超え、町の中へと雨のように降り注いでいく―――!


「しまった…!」


「はっははは!!」

「そうだ、焼き払っちまえ――!」





「させるか!」



 しかし…少年の放った斬撃によって、全ての火の矢はいとも簡単に弾き落とされた。


「上だ!外壁の上に誰か居やがるぞ!」


「矢をぜんぶ切っちまうとは――!」


 予想外の展開に狼狽える騎士達。すぐさま第二の矢を装填し、発射体勢に移る。


「ちっ、次から次へと‥‥!」


「よそ見をしている場合か、小僧」


 ブロードが眼を逸らした一瞬の隙を、バドスは見逃さなかった。


「しまっ・・・!」


 渾身のかかと落としが、無防備なブロードの脳天へと炸裂する―――!!


「あがァッ!!!」


 耳をつんざく轟音と共に、ブロードの身体が地面へとめりこんでいく!


「ふん、痴れ者が」


 完全なるノックアウト。ブロードにはもう、意識すら残っていなかった。


「ブロード隊長がやられた!」

「撤退だ!撤退!!」


「魔物達の町…噂は本当だったのか!」


 ブロードが討ち取られ、混乱する騎士団。

 リーダー無き彼らは成す術もなく、傷ついたブロードを連れて一目散に逃げだしてしまった。



「ふぅ、何とかなったみたいだな」


 急いで駆けつけたは良いものの、いきなり炎の矢が飛んできたのは流石にびっくりした。


「もう!へっぽこ勇者の癖に無茶しすぎです!」

「数十の火の矢を同時に斬り落とすとか…いつの間にそんな技覚えたんです?」


「技とかそんなじゃないと思う」

「恐怖に負けじと必死に剣を振ったら、何とかなった――みたいな」


 今の一瞬だけ、自分が自分じゃ無くなったみたいだった。

 原種の力を解放した時と同じような感覚を‥‥何故だかジルは味わっていたのだ。


「おい貴様ら」


 ファサッ――――と突然二人の目の前にバドスが舞い降りた。


「館に居ろと言ったはずだが?」


 腕を組みながら僕とエイミーを上目遣いで睨みつけるバドス。

 睨んではいるが、不思議と怒っているようには感じられなかった。


「ごめん、でも放っておけなくて」


「おぬし‥‥」


「ふ、ふん!反省しているようだし、今回は許しておいてやる!」

「あの騎士共から町を守ってくれた事実もあるし…今回だけ特別に、だからな!」

「我の寛大さに感謝するがいいぞ!」


「はいはい…」


 何か権力にふんぞり返ってる王様が言いそうなセリフだな。


「おい何だ!その生暖かい目つきは!」

「さては貴様、妾を面倒くさいヤツだと思っておるな!?」


「思ってませんよ」


「いや、思っているな!貴様の目はそういう目だ!」


「だから思ってないって言ってるでしょ―――めんどくさいなぁ‥‥もう」


「めんどくさいって言ったー!!!」


「はいはい、もういいですから」


 見かねたエイミーが間に入って、何とか場を沈めてくれた。

 そうして僕は、ようやく本題に入る。


「一つ聞いていいか?」


「なんだ」


「この町に、兵士はいないのか?」


「そう言えば…武器を持っている人をこの町では一人も見かけませんでしたね」


 立派な外壁に囲まれたこれだけ大きな町に、兵士が一人も居ないのは少し不自然だ。

 今だって、敵襲があったのに町から出て来たのはバドスだけだった。門番どころか衛兵すらいない。


「兵士なぞおらぬ」

「この町は行き場を無くしたモノ達が流れ着く場所。そのようなか弱きモノ達を凶悪な外敵と戦わせるなど、あってはならぬからな」


 バドスは外壁の上から町を見下ろしたまま、眉一つ動かさずに呟いた。


「ロンガルクに流れ着いた者は、誰であろうと妾の子同然だ」

「恐ろしい外の世界など、もう見なくても良い。我が子の幸せを脅かすものは全て――妾が潰す」

「妾の寵愛に守られながら何も考えず、ただただ幸せに生きておればそれでいい」


「―――それじゃあ、貴女が傷つくばかりじゃないか」


「我が子が傷つかずに済むのなら、それでよい」


 彼女の語る言葉は決して多くは無かった。

 けれどその全てが慈愛に満ちていて、その穏やかな佇まいは…神々しい聖母そのものであった。


「でもさ」


 だけど僕は、彼女の在り方は間違っていると思う。


「貴女が居なくなった時、この町はどうなるのかな」


「―――なに」


「この町の人々は、誰かに守られて暮らすことに慣れてしまっている」

「もし今日のような出来事がまた起こったら、彼らは自分自身で戦えるのだろうか」


 戦えるはずなんてない。

 戦う術を知らぬロンガルクは―――きっと一夜にして滅ぼされてしまうだろう。


「はっ、我が子らを残して先に死ぬなど‥‥妾はそのような無責任なことはせぬよ」

「妾が滅びる時は、ロンガルクが滅ぼる時。この命が尽きる前に、町を一瞬にして消し飛ばすだけだ」


「!」

「そんな身勝手なこと――」


「身勝手だと?」

「戦う術を知らぬ赤子を野に放ったまま死ぬ方が、身勝手ではないのか?」


 声色はとても落ち着いている。だけど、彼女の目には揺らがぬ強い意志が見て取れた。


「身勝手だよ‥‥」

「貴女が本当に彼らを子だと思っているのなら、戦う術を―――この世界で生きる術を、彼らに伝えていかなければいけないんじゃないのか?!」


「――――」


「子はいずれ、親の手から離れる」

「そうして、逞しく、強く、自分の力で生き抜いていくんだ。その可能性を他でもない貴女自身が閉じてしまうなんて、そんなの……」


 あまりにも、哀しすぎるじゃないか。


「――――少し、話し過ぎたな」

「貴様たちは館に戻れ。パルミアが部屋を擁してくれているハズだ…今宵はそこで眠るがいい。そして、明日にはこの町を発て」


「・・・」


「この町にお前たちの求める賢者ヨムルはおらぬ」

「ヤツを追うならば―――ひたすら東を目指すことだな」


 そう言い残すとバドスは羽を大きく広げ、どこかへと飛び去ってしまった。


「――――」


 ああ、やってしまった。 

 ポツンと取り残されたジルは、なんとも言えない気まずさを心に抱えていた。


「ジル様って‥‥変なところで熱くなる癖ありますよね」


「悪かったな、頑固者で」


 昔からそうだ。

 放っておけばいい。気にしないでおけば何事もなく済むようなことに、ついつい首を突っ込んでしまう。


 他人の事情に介入するなんて、それこそ身勝手じゃないか‥‥。


「はぁ・・・」


 バドス、絶対怒ってるよなぁ‥‥。

 彼女を怒らせなければ、賢者ヨムルの有益な情報をもっと聞き出せたかもしれないのに。


「僕ってほんと、だめだめだなぁ」


「ダメダメなんかじゃありませんよ」


 エイミーは僕の瞳を真っ直ぐ捉えて断言した。


「え?」


「他人の事に必死になれるって、とても素敵なことだと思います」

「だって…それだけ相手のことを想ってるってことなんですから」


「でもそれは押しつけがましいことだと思わないか…?」


 彼女には彼女なりの理由があったのかもしれない。

 それなのに、自分の意見をさも正論かのように押し付けるなんて―――本当に、迷惑な話だ。


「じゃあ、見て見ぬフリをするんですか?」


「!」


「無関心に放っておくなんて、誰でもできます」

「だって、そっちのほうが何も考えなくても済むし‥‥何より楽ですから」


「でも貴方はそれをしない。良くも悪くも、人のことを自分のことのように気にかけてしまう」

「それは貴方の何より素晴らしい長所で――――尊いものだと、私は思います」


「エイミー・・・」


「だから、もっと胸を張って下さい」


 そう言って、彼女は優しく微笑んだ。


「さ、戻りましょうジル様」

「もうすっかり夜も更けていますよ」


「ああ―――そうだな」


 僕とエイミーは、ゆっくりと、螺旋階段をくだる。

 町を覆い隠すように建てられた数十mの外壁に守られた町の内部は、騎士の襲来など無かったかのように静まりかえっていた。


バドスの庇護のもとに生きる彼らは外での戦闘など、知る由もないのだろう。


「――――静かだな」


「ええ、静かです」


「そういえば身体はもう大丈夫なのか?」


 ほんの数時間程度しか眠っていなかったようだけど…傷が癒えたのか心配だ。


「身体?」


「ほら、オークションに出品されてた時、拘束具で縛られていただろ?」

「すげー衰弱してるみたいで、めっちゃ心配だったんだけど」


「あー…あの程度の拘束具、なんともないですよ」

「むしろジル様とずっと離れていた方が問題っていうか」


「どういう意味だよ、それ?」


「実は私、長時間ジル様から離れていると―――塵となって消えてしまうんです」


「は!?」


 思ってたより重い返事が返ってきたな?!


「何それ初耳なんだけど!?」


「まぁ、今はじめて言いましからね」


 平然と言ってのけるエイミー。

 何故そんな大事なことを今まで黙っていたのか。


「どういう原理なんだよそれ」

「アレか?ウサギが寂しいと死んじゃうー、みたいなアレか?」


「んな訳ないでしょう馬鹿ですか」


「じゃあどういう理屈なんだよ、僕から長時間離れていると消えるなんて」


 物騒にもほどがあるぞ‥‥。


「まぁ、単純なことですよ。私は本来、この世界には存在しないハズの異物」

「ジル様のお供の妖精という型に当てはまる形で、私という存在は成立しています」


「つまり、ジル様から離れてしまえば私はただの名無しの妖精に成り下がる」

「そうなると、私はこの世界に居るはずのない、ただの異物に戻ってしまい不要なモノとして消え去ってしまうという訳です」


「はい、説明終わり!」


 軽く手を叩いて、エイミーは強引に話を終わらせた。


「いや、めっちゃ重要な内容じゃん!」

「何で今まで黙ってたんだよ?!」


「えー、何か縁起でもない話はするべきじゃないかなーって思って…」


「事前に情報を共有しておかないと、縁起でもないことが現実になっちゃうだろーが!」


 危機感ゼロかよ!


「もういいじゃないですか、ちゃんと話したんですから」


 むすっとした様子で呟くエイミー。いや、何で僕がそんな顔されなくちゃいけないんだよ。


 むすっとしたいのはこっちだわ。


「というか―――その理屈でいくなら、僕もこの世界にはもともと居なかったんだし、異物ってことになるんじゃないか?」


 エイミーだけ消えるのは不自然な気がする。


「もう、何言ってるんですか」

「異物としてジル様が弾き出されないために、その“肉体(アバター)”があるんじゃないですか」


「そうなの?」


「私の推測ですが、その肉体は恐らく…この歪んだユフテルで生まれ、死んでいった“誰か”の体なのでしょう。その体をジル様の魂の容れ物として、マザーコンピューターが選んだ」

「本来は異物として消え去るジル様の人格も、この世界で生きていた者の体に宿すことによって、自由に活動することができるのです」


 なるほど‥‥?


 良く分からないけど、この歪んだユフテルで生まれた存在ということは、ヘイゼルやリリィのような“本来のユフテル”には存在しない人物のモノということか。


「要するに、僕は孤立していても消えることはない」

「でも、エイミーは僕から離れたままだと消えてしまう…って認識でいいのかな?」


「ええ、要約するとそんな感じです」


「ジル様は私の存在証明、絶対に私を一人にしないでくださいね!」


 さっきの不貞腐れた態度とは急変し、今度はにかっと明るく微笑むエイミー。


「・・・えい」


 微笑む彼女の額に、僕は軽くデコピンをした。


「あいたぁっ!?」

「もう!いきなり何するんで――――」


「一人にする訳ないだろ」


「!」


「僕とお前は一心同体だ、この旅が終わるまで―――一緒に居よう」


「もう―――なんですか、それ―――」

 

 しばらく見つめ合った後、何だかおかしくなって…僕たちは大いに笑い合った。

 魔王ガイア討伐に向けて、まだまだ何も進んじゃいないけど―――。

  

 今は、これでいい。ここから一歩ずつ、絆を深めて歩んでいくんだ。

 蒼く輝く満月は、無垢な少年と妖精の姿をいつまでも優しく照らしていた。


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