第42話 珍妙なる生物
その日の晩、僕たちはチラシを頼りにオークション会場へと訪れた。
ビオニエの闘技場とまではいかないが、会場は広いドーム型の建物で多くの怪しい客人が詰め寄せていた。
どこかしこも魔物、魔物、魔物。
彼らは危険な存在ではないと分かってはいるが、あまりにも数が多いので少し委縮してしまいそうになる。
「大丈夫、ジル?顔色悪いけど‥‥」
緊張しきった僕を心配しているのか、リリィが優しく僕の顔を覗き込んだ。
美しい翡翠の瞳は、少し不安そうな様子で真っ直ぐに僕を見つめている。
「…大丈夫だよ」
「なに怖じ気付いているのよ」
「私の魔法で武器も透明化して持ち込んでいるんだし、そこまでビクビクしなくてもいいでしょ?もっとシャンとしなさい、シャンと」
「はい・・・」
「お!?お前達も来ていたのか!」
「っ!?」
背後からの突然の大声に、思わず驚いてしまう。
この声は、確か‥‥。
「その年でもう悪い遊びを覚えてやがるたぁ、坊主も見かけに寄らねえな」
後ろを振り返ると、僕たちを町まで運んでくれた牛頭の魔物が上機嫌そうに立っていた。
「ど、どうも・・・」
「坊主たちもチラシを見てやってきたのか?」
「はい、目玉商品がどうしても欲しくて」
「ああ、確か‥‥珍妙な生物だか何かだったよな?」
「そんな得体の知れないものを求めてこんな危なっかしいオークションにまで顔を出すたぁ……相当なもの好きだな」
「そういう貴方は何がお目当てなのかしら?」
探りを入れるようにヘイゼルは牛頭の魔物へと尋ねた。
「俺か?俺はただの見物客だよ!」
「刺激の少ないこの町じゃあ、用が無くてもこういう鉄火場につい身を投じたくなるのさ!」
「ここにいるほとんどの野郎はきっと、俺みたいな野次馬ばかりだぜ?」
「へぇ‥‥じゃ、意外と競合相手は少ないかもしれないな」
「ああ、ロンガルクに金持ちは少ねえし、目玉商品とやらも坊主たちの懐次第では競り落とせるんじゃねえか?」
「少し希望が見えて来たね!」
弾けるような笑顔でリリィは笑った。
「ああ、何とかなりそうだな」
「がっはっは!まぁ精々頑張れや、坊主たちが商品を手に凱旋する姿が見られることを楽しみにしているぜ」
彼はそう言い残すと、浮足だった様子で会場の人混みの中へと消えていった。
「ボクたちも、そろそろ席へ着こうか」
リリィはポケットから受付で貰ったチケットを三枚取り出して、指定された座席へと向かうよう促す。僕たちが割り当てられた席は、幸運なことに商品が陳列される舞台から最も近い最前列であった。
この場所なら、エイミーにも気づいてもらえそうだ。
「ふぅ」
小さな溜息をこぼしながら、僕は指定された席へと腰を下ろす。
僕の左にはヘイゼル、その左にはリリィが座り込んだ。
豪華にライトアップされた壇上には、ド派手な布で覆われた巨大な箱のようなものが設置されている。
あの中にエイミーが入ってたら面白いな。なんてつまらない想像をしながら、僕は手に持ったオークションのチラシに目を落とした。
「―――」
珍妙な生物、か。
ひどい言われ様だけど、黙っていればアイツもメルヘンチックな妖精に見えるんだけどなぁ。
「ご来場の皆様、長らくお待たせいたしました」
「今宵もスマートに、公平に、清廉なオークションを開幕させていただきます」
「始まった・・!」
壇上にどこからともなく現れたフォーマルな装いの男は、簡潔に丁寧に開幕を宣言する。その瞬間あれほど賑やかだった会場は、司会の男の一声によって一瞬にして静寂に包まれた。
「早速ですが、まずは目玉商品【珍妙なる生物】からお披露目といきましょう」
「!」
いきなり!?
トップバッターに目玉商品を持ってくるとか…!
「さぁさぁ、いざご照覧あれ!!!」
男は大袈裟な仕草で壇上の箱に被せられた布を引きはがす。
そして、布の下からは巨大な檻が姿を現した。
「!」
檻の中に居たのは、乱暴に手足と口を縛られ力なくへたり込む妖精…エイミーであった。
「エイミー…!」
手足と口だけではない、背中の羽にも根本から拘束具をつけられているではないか。あまりに衝撃的な光景に、思わず言葉を失う。
そして直ぐに、煮えたぎるような怒りが腹の底からフツフツとこみ上げてきた。
エイミーが商品であることは分かっていた、しかし…。
ここまで酷い扱いを受けていたなんて。
「落ち着いて、ジル。焦っては全て取りこぼしてしまうわよ」
思わず壇上に殴り込んでしまいそうになっていた僕をなだめるように、ヘイゼルが呟いた。
「―――っ」
分かってはいる。
分かってはいるが‥‥。
「種族・属性全て不明!!人語を解する高度な知能をもち、簡易な魔法すら操って見せる謎の生物!!その天使と見紛う華奢な肉体は見るもの全てを癒し、幸運を呼び込むこと間違いなし!!」
「正に美しき珍獣!愛玩対象にも研究対象にも、用途は無限大!!」
「さぁさぁ!くすぶっている場合ではありませんよ!この機会を逃せば、もう二度とお目にかかれないほどの逸品!!身を滅ぼすほどの幸運を手にする覚悟のある方はこの中にどれほどいらっしゃるのでしょうかー!!」
「美しい‥‥あれはきっと、世界樹の麓に住むという妖精の希少種に違いない」
「いや、人間に羽をとってつけただけの紛い物にも見えるぞ」
「フフ―――可愛い人形、ちょうど欲しかったのよねえ」
司会者のデタラメな口上に乗せられたのか、“珍妙な生物”にさほど興味を示していなかった会場の客人たちは、手のひらを返し口々にどよめきだした。
あまり良くない状況だ。エイミーに関心が集まれば、それだけ手に入れようとする競合相手が増えるということだ。こちらの軍資金は300万。それを超えられると、こちらにはいよいよ手の打ちようがない。
何としてでも、競り落とさなければ‥‥。
「100万!」
後方の客席から、野太い男の声が響き渡った。
「100万!100万が出ました!他、他の勇士はいらっしゃいませんか!!?」
「100万か、よし」
これならいけそうだ!
「300ま‥‥」
「ちょ!?」
「ストーップ!」
300万!と高らかに叫ぼうとする僕の口をヘイゼルが慌てた様子でふさぎ込んだ。
「ふがっ!?」
「もごもごもご(何するんだよ!)!」
「それはこっちの台詞よ!いきなり全額はたいてどうするのよ!?」
「こういうのは相手の出方を伺って、いかに効率的に競り落とせるかが勝負でしょ!?」
「ヘイゼルの言う通りだよジル。ここは一旦様子を見よう」
「そ、そうなの?」
「とにかく、アンタは黙ってなさい。私が華麗に競り落としてあげるわ」
「ヘイゼル、こういうの慣れてるの?」
少し不安げな顔で、リリィは尋ねた。
「ええ、昔“多分きっと絶対負けない博打術のススメ(完全版)”って本を読んだことがあるの」
「あの本に書かれてあったことを思い出しながら、何とかして見せるから安心しなさい」
「それって絶対やばいヤツ‥‥」
ジルとリリィは心配そうな面持ちで同時に口走った。
ヘイゼルのドヤ顔の後に、いい結果が起こった試しがない。
すごく不安だけど、ほかに手段もない。今は彼女に任せるしかなさそうだ。
「120万!」
「135万!!」
「150万!」
次々と声を上げる客人たち。
エイミーへの注目は、想像以上に大きかった。
「150万!他は!?ほかに挑戦者は!?」
少しの静寂に包まれる会場。どうやら、150万がエイミーについた最高の値段のようだ。
これならいける‥‥。
「よし、いくわ」
「160ま‥‥‥‥」
「200万」
「げっ!」
勝利を確信した刹那。僕たちの希望を曇らせる一筋の声が、会場に響き渡った。
「200!200が出ました!!遂にここで打ち止めかー!!」
「230万!!」
負けじとヘイゼルは叫んだ。
「230!!いいですねえ!!!盛り上がってまいりましたあ!!」
「250だ」
「くっ!」
食い下がってくる!
「260万よ!」
「280万」
「なんと!!なんと!!両者一歩も食い下がらない!」
「価格と共に、会場のボルテージも爆発的に上昇しています――!!」
「おいおい、どこまでいくんだよ・・・!」
「妖精一匹に数百万たぁ‥‥すげえ戦いだな!」
会場に詰め寄せた客人たちは、白熱した様子で口々に騒ぎ立て始めた。
クソ、こんな値がつくなんて完全に予想外だ!
「300万‥‥!」
ついにヘイゼルは最後の数字を口にした。
「300!!ついに300の大台に乗ったァー!!」
「妖精に300万とは!過去最高クラスです!」
「―――ジル」
「ああ、もう後が無い」
頼む、もう超えてこないでくれ‥‥。
ヘイゼルの300万への値踏みの後。会場は時が止まったかのような静寂に包まれた。
そして――――――。
嫌な予感とは裏腹に、男の声はもう聞こえてこなかった。
「決まったああ!!」
「300万で打ち止めだーー!!」
「やった――!!」
「ふぅ――――――」
「良かった‥‥」
肩の荷がどっと下りたように―――僕は力なく、深く、座席に腰かけた。
まさか300万きっかりつかう羽目になるなんて思ってもみなかった。
「緊張したぁ‥‥」
「ふふ、何とかなったでしょ?」
「疑ってごめんよ、ヘイゼル」
「エイミー、待ってろよ」
とにかく、あの乱暴な拘束をといてあげないと。
「大白熱のスタート!」
「美しき珍獣は、今!新たなる持ち主の元へと――――」
「400万だ」
悪魔のような声色が…僕たちを現実に叩き戻すように、会場に冷たく響き渡った。
「は?」
「嘘でしょ‥‥!?」
「このタイミングで、そんな‥‥」
「400万が出ました!!なんという大番狂わせ!!!」
「まさかまさかのどんでん返し!!珍獣の新たなる持ち主は、彼に決まった!!」
司会者が指さす方向。その先には、高級そうな服装に身を包んだ一人の男が立ち尽くしていた。
「では、商品を頂くとしよう」
男はゆっくりと、壇上のエイミー目掛けて歩を進めだした。
「こんな展開ありかよ‥‥!!」
もうエイミーは目の前だってのに―――!
「ま、結局こうなるわよね」
「!」
ヘイゼル、まさか…。
「アグニル!」
一瞬にして実体化したヘイゼルの杖から、無数の火の玉が飛び出した。
ヘイゼルの魔法は、会場の天井や壁に轟音をたてて衝突する―――!
「な!!なんだ!?」
「魔法だ!魔法をつかいやがった――!!」
「壁が吹っ飛んだぞ!!に、逃げないと‥‥!!」
ヘイゼルの威嚇によって、会場は大混乱に陥る。
会場におしよせた人々は、慌てふためきながら出口へと殺到した。
オークションなどそっちのけで悲鳴や騒音に包まれた会場は、完全にパニック状態であった。
「な、ならず者が紛れていたか…!」
悔しそうな顔で、司会者は壇上から僕たちを見下ろしていた。
「その子を渡しなさい。さもなくば、貴方の顔が吹き飛ぶことになるわよ」
「ヘイゼル、撃たないで!交渉ならボクが‥‥!」
「分かってる」
「わ、私はならず者の脅しには屈しない!」
「何がならず者だ、盗品売りさばいて荒稼ぎしてるアンタらのほうがよっぽど悪党じゃないか!」
盗品を売りさばくだけじゃなく、エイミーにあんなことをするなんて。
「な、なんのことかな!適当なことを言うのはやめてくれないかね!」
「本当に撃つわよ」
「ひいっ!」
「わかった、盗んだものは返す!返すから…」
「!」
「二人とも下がって!!」
リリィが叫んだ刹那。
彼女は大盾を実体化させ、とてつもないスピードで飛来した“何か”から僕たち二人を庇った。
金属と金属が衝突したような甲高い衝突音が鳴り響く―――!
「一体何が‥‥!」
立ち込める煙が晴れ、僕は現状をようやく理解し始める。
「よく防いだな、やるじぇねえか」
目を開けるとそこには‥‥手に棒状の武器を持った男が、僕たちの目に立ち塞がっていた。
「踊り風の戦士―――よくぞ来てくれた!!」
「アンタが‥‥踊り風の戦士」
「―――騒ぎは起こすんじゃねえって忠告したんだがなぁ」
「まぁこうなっちゃ仕方ねぇ‥‥‥‥アンタらを狩るぜ」
僕たちの前に立ちふさがった踊り風の戦士と呼ばれる男。
その正体は、酒場で出くわした―――あの酔っぱらいの男その人であった。




