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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第3章 踊り風と共に
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第38話 蚕食の賢者

「着いたよ、ヘイゼル」


 リリィに連れられ町の中を歩くこと10分。

 私達は美しい植物で彩られた大きな屋敷の前に出た。


「なんだかメルヘンチックな屋敷ね」


「彼女の趣味だよ、常に身近に自然を感じていたいんだってさ」


「ふうん‥‥ま、どうでもいいけど」


 この家に住む者の人となりには興味がない。

 八賢者にまつわる有力な情報を掴みさえすれば、それでいい。


「ミレット!いるかい!?ミレット!」


 リリィはこの家の主らしき人物の名を大声で呼びかけると、玄関の扉のドアノブをガチャガチャとひねり出した。


「はいはい、今出ますよーっと」


 軽快な声と共にガチャリ、と分厚い扉が開く。

 すると……中から若い風変わりな男がひょっこりと顔を出した。


「おや、これはこれは。見目麗しいお嬢さんがお二人も!」

「ミレットさんに御用ですか?」


「は、はい‥‥そうですけど‥‥」


 きょとんとした顔で若い男を見つめ、リリィは緊張した様子で呟いた。

 どうやら彼女もこの男を見るのは初めてらしい。


「やはりそうでしたか」


「ですが残念なことに、ミレットさんはまだ絶賛睡眠中なんですよねぇ」

「申し訳ありませんが、また時間を改めて……」


「いいよ、通してやんなクラック」

「そいつは知った顔だ」


 男が言葉を言い終える前に、扉の奥から男を仲裁する女の声が聞こえた。

 小さいながらも良く通る‥‥芯の強い声だ。


「おやおやそうでしたか」

「ミレットさんのお知り合いであれば、拒む理由はありませんね」


 男は大袈裟な仕草で扉を開くと、二人を屋敷の中へと招き入れた。



 召使いのような男クラックに連れられて、私とリリィは上品な家具が並んだ客間へと案内される。部屋へ入ると、巨大なソファに一人の女性がティーカップを片手に優雅にくつろいでいた。


 恐らく、彼女が‥‥。


「よく来たねリリィ、そして美しいお嬢さん」

「私はミレット。ユフテルの歴史を長年研究し続けている、しがない歴史家さ」


 ミレットと名乗る初老の女性は軽く自己紹介をすると、無駄のない仕草でカップに口をつける。気品に溢れたその所作は、高名な貴族と見違うほどであった。


「ミレット、今日はキミに頼みがあってきたんだ」


「ほう?」


「ボクはいいとして、まず彼女を紹介するね」

「彼女の名はヘイゼル、訳あってともに旅をしているんだ」


「は、初めまして」


 ぎこちないヘイゼルの挨拶を見て、ミレットは優しく微笑み返した。


「旅、ね」

「で‥‥‥聞きたいことってなんだい」


「八賢者について教えてほしい」

「ボクたちはどうしても、彼らに会わなくちゃいけないんだ」


 真っ直ぐにミレットを見つめたまま、リリィは堂々と言い放った。


「へぇ、珍しい。外征騎士にしか興味がなかったアンタが、八賢者について知りたいとは」

「一体どういう風の吹き回しだい?」


「ま、まぁ‥‥色々と」

「たまには違う分野を勉強するのも悪くないかなーって」


「―――ふうん」


 ミレットはリリィとヘイゼルをしばらく見つめた後、ようやく口を開いた。


「まぁいい。私も彼らについてそれほど詳しい訳じゃないが、いくらか知っていることはある」


 そう前置きをして、ミレットは静かに八賢者について語り出した。


「まず、八賢者というのは勇者を導くためサマリの神々に選ばれた存在だ」

「時代によって多少の差違はあったそうだが‥‥基本的に、人間・獣人・エルフ・ドワーフ・妖精・巨人・竜人・魔族の8つの種族で構成される」


「それはキミたちも知っているね?」


「うん、知ってるよ」

「八人全員が超常の力を持ち、単体での力は、かの外征騎士をも凌駕すると謳われている‥‥まさに、勇者側にとっての切り札のような存在だ」


「その通り」


 小さな微笑みを浮かべ、ミレットは静かに目を閉じる。


「しかし‥‥八賢者にまつわる文献や伝説はいくつも存在するが、肝心の彼らの居場所までは私にも分かりかねる」

「なにせ“勇者と同じく”おとぎ話の住人のような存在だからな、素性も謎に包まれているということだ」


「彼らに会って何をするつもりかは知らないが‥‥魔王の居ないこの時代に、会える望みは限りなく低いだろう」


 ミレットの口から、あまり聞きたくない言葉が飛び出した。

 やはり…八賢者に会うのはそう簡単にはいかないらしい。


「そんな‥‥!」

「何でもいいんだ、何か心当たりとか―――」


「無い。八賢者がどこに居るかなど、皆目見当もつかない」


 諦めろと言わんばかりに、ミレットは強気な口調で断言した。


「ううぅ‥‥」


 がっくしと項垂れるリリィ。

 頼みの綱が不発に終わり、ショックを受けているようだった。


「・・・」


 此処で落ち込んでいても仕方ない。八賢者が駄目なら、他の手を探すまでだが……。


 一つ気がかりな点がある。


 知己の仲であるリリィは気づいていなかったみたいだけれど、八賢者の名を出した途端、ミレットの口調が少し早口に変わった。


 ただの勘違いと言われればそれまでだ。しかし、私には彼女が動揺しているかのように見えた。あの様子はまるで、八賢者の話題を意図的に避けようとしているみたいじゃない‥‥。


「おや、何だかお二人とも元気のない様子」

「もしかして、ミレットさんに意地悪されました?」


 軽口を叩きながら、クラックはリリィとヘイゼルへ紅茶と茶菓子を差しだした。


「ありがとうございます‥‥」


 リリィはしょんぼりとした様子で、早速茶菓子に手を付けた。

 落ち込んでいても、やはり食べ物を見ると体が動いてしまうのだろうか…。


「ねぇ、ミレット」

「私たちはどうしても八賢者に会わなければいけないの、どれだけ小さな情報でもいい。何か、彼らの居場所について心当たりはないかしら?」


「さっきも言っただろう、私が力になれることは何も‥‥」


「おや、お二人は八賢者を探しておられるのですか?」


 ミレットの言の葉を遮るように、クラックが口を挟んだ。


「ええ、そうだけど‥‥」


「ほう、それは何故?」


 淡い青色の瞳で語りかけるクラック。

 先ほどの軽薄な態度とは打って変わり、とても厳かで落ち着いた様子に思わず面食らってしまう。


「とある男を、勇者として認めさせるためよ」


「な‥‥!?」


 私たちの予想外の思惑を知り、ミレットは少し驚いているようであった。


「なるほど」

「ですが勇者を名乗りたいのであれば、聖都に赴くのが常套手段のはず」

「なぜ聖王のもとではなく、八賢者に会うなどと回りくどいことをするのです?」


「聖都の連中は勇者の存在を否定しているわ」

「聖都に赴けば、私達は逆賊として始末される可能性すらある」


 いや、可能性があるというのは少し違うか。行けば絶対に殺される。

 昨日のリリィの話を聞く限り、こちらの表現の方が適切だろう。


「それ故、より勇者に近い存在である八賢者に会おうと言う訳ですか」


「ええ、そうよ」


「ですが、その望みもたった今潰えた」

「八賢者に会えないとなると、次はどうなさるおつもりで?」


 次はどうするつもりか、ですって?馬鹿馬鹿しい。


 そんなの決まっているじゃない。


「草の根かきわけても探すのよ」

「地の果てまで探し尽くして……あいつを、ジルを勇者として認めさせる」


 それが―――私なりのあいつへの恩返し。

 どれほどの地獄を見ることになろうが…私はあいつを絶対に勇者にしてみせる。


 諦めたりなんて、するものか。


「ヘイゼル‥‥」


「―――ふふ」

「あっはははははははは!!」


 顔を片手で覆い隠しながら、クラックは嫌味の無い清々しいほどの大声で笑いだした。

 

 一体何が可笑しいというのか‥‥私は苛立ちながら彼の次の言葉を待つ。


「…冗談を言ったつもりはないのだけれど」


「いやぁ、失敬!」

「揺さぶりをかけるつもりが、まさか手痛いカウンターを喰らうとは!」


 ひとしきり笑った後、クラックは呼吸を整えてようやく話し始めた。


「あれほどの啖呵を切られては、こちらも笑うしかないというもの」

「どうやら、貴女の言葉に偽りはないようですね」


「クラック、いいのか」


 ミレットは何かを諦めたような様子で天を見上げ、より深くソファに腰かけた。


「もちろん」

「正直、彼女がそこまで信頼を置くジルという人物にも興味がわきましたし」


「どういうこと?」


「では、改めて名乗りを上げるとしましょう」


 大袈裟に腰に手を付き、自信満々な様子でクラックは真の名を告げる。


「我が名はクラック!」

「行き倒れの所をミレットさんに拾われ、奴隷と召使いの中間としてこの屋敷で働いている者」


「今でこそ平凡な召使いですが‥‥何を隠そう、この場所に流れ着く前は偉大なる八賢者の一人“蚕食”のクラックとして名を馳せていたんですよ!えっへん!」


「は!?」


 ちょっと待って‥‥!こんな軽薄そうな男が、あの八賢者!?


「うそ……!」

「は、八賢者いたーーー!!!!」


 リリィは頬張った茶菓子を吹きだしそうな勢いで、大声で叫んだ。


「はぁ‥‥」


 やれやれと言った風に、ミレットは目頭を押さえ‥‥ことの成り行きに身を任せている。


「うんうん、いい反応ですよお二人とも」

「それでこそ私も正体を明かした甲斐があったというものです」


 あっけにとられるリリィたちを嘲笑うように、クラックは呟いた。


「どどどどどうしよう!ヘイゼル!八賢者に会っちゃったよ!!?」


 リリィは動揺しながらギュッと私の手を握りしめた。

 全く、この子は本当に流されやすいんだから‥‥。


「落ち着きなさいリリィ。まずは話を聞きましょう」


「そ、そうだね――!」


「クラック、貴方が本当に八賢者であるという証拠はあるのかしら」

「ただ単に八賢者と同じ名前‥‥もしくは嘘をついている可能性だってある」


「はは、確かに貴女の疑いは最もだ」

「一介の召使いの男が八賢者であるという戯言を、証拠も無しに信じるほうがおかしいというもの」

「本来であれば、ここで山一つ吹き飛ばすほどのド級魔法でもお見せできれば良かったのですが‥‥」


 クラックは困り果てた表情で分かりやすくため息をこぼす。

 言い回しから察するに、“今はできない”ということだろう。


「まぁ、そっちは別にいいわ」

「それよりなぜ今実力を見せられないのか。その理由を教えて」


「ううむ、話せば長くなるのですが‥‥」


「簡単なことだ」

「こいつは、自らの力のほとんどを失っている」


 険しい面持ちで、ミレットは横から口を挟んだ。


「聖都の連中が勇者という存在と決別すると決めた時、八賢者も同様に不要な存在とされた」

「そこでヤツらは、何も告げずに八賢者を呼び出し―――力を奪った」


「ユフテルに危機が訪れた際は、共に手を取り合い、何度も世界を救った盟友であるはずの八賢者を騙し‥‥その尊厳を踏みにじったのさ」


 彼女の口から語られたのは、世界を守護する聖都のやることとは思えない、卑劣極まりない行為であった。


「聖都の連中が……?」


「ひどい、どうしてそんなこと‥‥!!」


「簡単なことです。平和な今の時代に、外征騎士以上の武力をもつものが居てはいけない」

「そう聖王が判断をしただけのこと」


 暗い、静かな声色でクラックは囁くように言い放った。


「・・・」


 クラックは、行き倒れているところをミレットに拾われたと言っていた。

 聖都で力を奪われた後、命からがら逃げだし‥‥藁にも縋る思いで、ここへ逃げ込んだのだろう。


 世界の為に戦ってきた英雄の末路にしては、あまりに無惨すぎる。

 ミレットがクラックの正体を私たちに隠していたのは、私達からクラックを護る為‥‥という訳か。


「だいたい事情は分かったわ」

「要するに‥‥今の八賢者には、ジルを勇者として聖王に認めさせるほどの力はないってことね」


「ちょ、ヘイゼル言い方‥‥!」


「いやぁ、お恥ずかしい限りですがその通り」

「我ら八賢者にかつてほど強大な力はありません。外征騎士に怯えながらひっそりと余生を過ごす哀れな子羊に成り下がってしまったのです……」



「‥‥ただ一人を除いて、ね」


 ニタリ、と笑うクラック。

 その男の微笑みは、まだ希望が残っていると暗に彼女たちへと示すものであった。


「何か‥‥手があるの?」


「ええ、ありますとも」


「八賢者の一人にして竜人“神威”のヨムル」

「彼女だけは唯一、聖都の連中に力を奪われていない。いや、奪えなかったという方が正しいか」


 奪えなかった、か。


「神威のヨムル‥‥何だか強そうな名前ね」


「まぁ、実際のところ滅茶苦茶強いですからね」

「彼女の協力を得ることが出来れば、聖都に対して大きなアドバンテージを得ることができるでしょう」


 彼女が素直に協力してくれるとは限りませんが―――と微笑むクラック。

 ここまで八賢者の内情を知り尽くしているあたり、本物の八賢者とみて間違いなさそうね。


「ありがとうございます、クラックさん!」


「いえいえ」


「ミレットもありがとうね!」


「何言ってんだ、私はあまり力になれなかったよ」


「ううん、クラックさんに会えたのはミレットのお陰だ。本当に、ありがとう!」


「じゃ、ジルのとこに戻ろっか!ヘイゼル!」


 八賢者当人と出会うという大きな収穫を得て、リリィはテンション上げ上げ状態であった。


「クラック、最後に一つ聞かせて頂戴」


「はい?」


「そのヨムルって賢者はどこにいるの?」


「え、知りませんけど?」


「は?」


 何それ?!結局振り出しじゃない!?


「ぶっちゃけ彼女の事嫌いなんですよねぇ僕。今もどこで何をしているのやら」


 まるで興味がないように、クラックはあっさりと吐き捨てた。


 クソ‥‥上げて落とすタイプね、コイツ…。


「そ、そんな怖い顔しないでくださいよ!」

「そうだなぁ、確かロンガルクの街で姿を何度か見たことがあるような‥‥!」


「ロンガルク?分かったわ、そこに行けばいいのね?」

「行くわよ、リリィ」


「あ、ちょ‥‥待ってよヘイゼル!」


 まだおいしそうなお茶菓子が残っているのに…と、リリィは涙目で抵抗した。

 本当にこの子は、食べ物のことになると人が変わるんだから……。


「!」

「二人ともお待ちを。町のはずれで‥‥何やらよからぬ気配を感じます」


 穏やかなムードをぶち破るかのように、クラックは真剣な面持ちで言い放った。


 外で何か起こっているのだろうか?


「!」

「まさか、ジル‥‥!」


 嫌な予感が体中を駆け巡る。

 町のはずれには、私たちの馬車があるはずだ。


「っ!」


「あ‥‥ちょっと!どこ行くんです!?」


「どいて!」


 クラックの制止を振り切って、ヘイゼルは急いで外へと飛び出した。

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