第36話 絶対狂者“バルトガピオス”
翌日の朝。ジル達は次の目的地について、リリィから説明を受けていた。
「ボクの知り合いにユフテルの歴史にとても詳しい人がいてね」
「彼女に聞けば、八賢者がどこに居るのか分かるかもしれない」
「その方はどちらに?」
「ボルスって名前の小さな街、ここからだとものの数十分で着くと思うよ」
「じゃあ次の目的地はそこで決まりだな」
そうと決まれば。
「よし、かっとばして行くぞ!!」
「いえ、ここは私が!」
運転席に向かう僕を制止し、エイミーが勢いよく立ち上がった。
「ジル様は昨日あまり寝つきがよくなかった様子ですし、ボルスにつくまではキャリッジでゆっくりと休んでいてください」
エイミーの癖に意外と気が利くな。
「それはありがたいけど、エイミー操縦できるの?」
馬が暴れ出した時、彼女の細い腕で縄を制御できるか心配だ。いや、正直僕も制御できる自信はないが…それでも彼女よりは幾分かマシだ。
「大丈夫です!」
「こう見えても私、結構力強いので!」
そう言って、エイミーは細く美しい腕に力こぶを作って見せた。
「ほんとかなぁ‥‥」
「まぁいいんじゃない?」
「次の街でも何があるか分からないんだし、今のうちにゆっくりしておきなさいよ」
そう言ってヘイゼルは少しイタズラな笑みを見せた。
「不吉なこと言うなよな…」
結局、僕はエイミーの言葉に甘えて運転を任せることにした。
「そう言えば、前から気になっていたんだけどさ」
エイミーが運転を始めてから数分後、リリィは沈黙を破って唐突に話し出した。
「ジル達って、外征騎士と戦ったことがあるんだよね?」
「まぁ一応」
外征騎士エルネスタとベアトリス。圧倒的な力を持つ二人の外征騎士と、僕たちはルエル村で遭遇した。
厳密にいえば、戦ったというより一方的にやられそうになっただけだけど。
「どんなだった!?やっぱり強かった!?いい匂いとかしたのかな!?」
身を乗り出し、興奮気味に追及してくるリリィ。
なんでここまで食い入ってくるのかは分からないが‥‥興奮した様子から察するに、外征騎士に対して並々ならぬ思いを抱いていることは明白であった。
「まぁ、勝てる気がしないくらいには強かった」
エルネスタから感じた他者を圧倒するオーラは、今でも鮮明に覚えている。
タイタンワームも十分化け物だったけど‥‥恐らく、エルネスタには敵わないだろう。
「ジルでも勝てないくらい!?そ、それは言いすぎじゃ……」
「ほんとだって」
「リリィはタイタンワームを倒した時の僕しか知らないだろうけど、通常時‥‥っていうか、本来の僕はクソ弱いから」
戦闘面で変な期待をされないように、今のうちに僕が弱いと言う認識を持ってもらわなければ。
「そ、そうなんだ」
クソ弱いんだ―――と、リリィは驚きを隠せないような、なんとも言えない表情を見せた。
「というか、何でそんなにテンション高いのよ」
横から入ってきたヘイゼルがツンツンとした態度でリリィに言い放った。
外征騎士に良いイメージが無いのは僕とヘイゼルも同じだけど‥‥多分、彼女は僕以上に外征騎士を嫌っている。
忌み魔女としてお尋ね者の毎日を送っていた際、何度か外征騎士にも襲われたことがあるのだろう。
「実はボク、外征騎士の大ファンなんだ!」
「は?」
意味が分からないとばかりに、ヘイゼルは聞き返した。
「小さいころからずっと憧れで‥‥いつか彼らと肩を並べて、聖都の為に戦うのが夢でさ。いつかお目にかかりたいと思っていたんだけど、中々機会が無くて‥‥」
「そ、そっか」
そんなに良いもんじゃないと思うけどな。
マジで殺し屋みたいな眼をしてたし、誰からも愛されるヒーローとは程遠い気がする。
もしあの場所にリリィが居れば、あの残酷な騎士の姿にきっと幻滅していたことだろう。
「ちなみに、ジルとヘイゼルはどんな外征騎士と出会ったの?」
「エルネスタとか言ういけ好かない女騎士よ」
不機嫌な様子のまま、ヘイゼルは吐き捨てるように答えた。
「閃光のエルネスタ!?」
「凄い!外征騎士の中でも特に有名な騎士じゃないか!」
「まぁ‥‥確かに相当腕は立つみたいだったわね」
「外征騎士って何人くらいいるの?」
リリィの口ぶりから察するに、複数人いるようだけど―――。
「22人だよ」
「22!?」
あんな化け物が22人も存在するっていうのか!!?
「そうだよ?」
「まぁ22人いると言っても、それぞれ強さはマチマチだから‥‥全員がエルネスタみたいに強いって訳じゃないと思うよ」
「逆を言えば、エルネスタより強い外征騎士も何人か居るってことよね?」
「そりゃあ、まぁ」
「・・・」
あのエルネスタより強い外征騎士か‥‥何だか想像するだけで胃が痛くなってきそうだ。
聖都の連中は勇者の存在を認めていない。もし、何かの拍子で外征騎士達から命を狙われるようなことになれば一巻の終わりじゃないか。
「ふふ、でもこの程度で驚いてちゃダメだよジル」
「聖都には外征騎士よりつよ‥‥」
リリィが何かを言いかけた瞬間、猛スピードの車が急ブレーキを踏んだように馬車全体が大きく揺れた。
「のわっ!?」
「何が起こったの?!」
何の前触れもなく突如として停止した馬車。操縦席のエイミーは何をしている?
外で何かあったのか!?
「ちょっと見てくる!」
僕は異様な緊張感に包まれたキャリッジを飛び出し、外の様子を見に向う。
扉を開けると、そこには手綱を握りしめたまま硬直するエイミーの姿があった。
「急に止まってどうしたんだよエイミー」
「何かあったのか?」
「ジル様、あれ……」
恐怖に怯える目で、エイミーはゆっくりと前方を指さした。
彼女の指さす方向に目をやると‥‥。
そこには、鮮やかなライムグリーンの髪が特徴的な一人の女性が、馬車の進路を塞ぐように立ち尽くしていた。
「あの人がどうかしたのか?」
「ジル様は何も感じないのですか?」
震えるような声で、エイミーは僕へ尋ねる。
いつもの元気な彼女とは正反対に、今のエイミーの様子は何かに怯えているように弱弱しいものであった。
「感じる?何を?」
「とにかく、一刻も早くこの場から‥‥」
「やぁ!キミがジルくんだね?」
にこやかな表情を浮かべながら、女は唐突にジルへと声をかけた。
「そ、そうですけど‥‥?」
誰だこの人?どうして僕の名前を?
「へぇ‥‥キミが‥‥」
独り言のように呟き、女は不敵に笑った。
「えっと、貴女は?」
綺麗だけど何だか不気味な女性だな。僕の名前を知っているということは、ビオニエの町に居た旅人か?
得体のしれない彼女の正体を考察しながら、僕は尋ねた。
「ぼくの名前はバルトガピオス。今日はキミと戦うためにここまで来たんだ」
「は?」
聞き間違いか?今とんでもないことを彼女は口走ったような気がしたのだが。
「あれ、何だかあまりピンと来ていないようだね」
「もしかして…魔族の癖に、ぼくのこと知らない?」
バルトガピオスと名乗った女は、呆れた様子で馬車へと歩み寄って来る。
「魔王ガイアに仕える最高峰の精鋭にして、怨恨の業を背負いし大悪魔!」
「なんて大層な肩書までついてるビッグネームなんだけどね、一応」
「魔王ガイアだって!?」
聞き間違いではない。
バルトガピオスと名乗った女は、確かに魔王ガイアと口にした。
しかも、彼女はその魔王の配下であるという‥‥つまりは“僕の敵”という訳だ。
「あれ?」
「キミ、うちの魔王様のことは知っているのかい?」
何とも不思議そうな面持ちで、彼女は僕に問いかけた。
「当たり前です!」
「私たちは、その魔王ガイアを倒すために旅をしているのですから!」
僕に返答する暇も与えず、エイミーが横から口を挟む。
魔王ガイアの名が出た途端、さっきまでの怯えた様子とは打って変わり‥‥急に威勢がよくなったみたいだ。
「魔王ガイアを倒す?」
「―――っぷ!」
「ぷぷぷ、あっははははは!!」
バルトガピオスはエイミーの言葉を聞いた途端、狂ったように腹を抱えて笑いだした。
「ぷぷ、原種であるキミがそんな小さな妖精をつれて魔王を倒すために旅をしているなんて‥‥ぷふふっ!」
「まるで勇者みたいなコトを言うんだね、キミたち」
「まぁ、一応勇者だし」
自称だけど。
「は‥‥?」
「勇者?キミが?」
先ほどよりも目を丸くし、驚きを隠せぬ様子でバルトガピオスは僕へと尋ねた。
「?」
何をそんなに驚いているんだ。僕が勇者として魔王ガイアを倒すのを阻止する為に、こいつはここに現れたんじゃないのか?
「そうか、なるほど…キミは原種であり、勇者でもあるということか」
「‥‥全く、皮肉なものだね」
「魔王へと至る器を持ちながら、道化に成り下がるとは――――」
僕を真っ直ぐに見据えたまま、彼女は独り言のように呟いた。
何やら一人で納得しているようだが‥‥僕には全く意味が分からない。
勇者というのは分かるが、原種って何だ?
「本当に惜しいけれど、勇者とあっては仕方ない!」
「早速で申し訳ないが‥‥キミをぶっ殺すとしよう」
妖しく輝くエメラルドの髪を風になびかせながら、バルトガピオスは不敵に笑った。
「!」
刹那。
バルトガピオスの腕が、巨大な竜の顔へと変形していく。
「さようなら」
先ほどまで彼女の腕であったもの、ドラゴンの口から燃え盛る炎が吹き荒れた。
馬車を簡単に呑み込むほどの巨大な焔が、勢いを増しながら襲い掛かって来る。
「はあああっ!!」
「リリィ!?」
外の異変を察知し、キャリッジから飛び出してきたのだろう。
リリィは僕の前に立ち塞がると、手に持った大盾で真正面から炎を受け止めた。
膨大な炎が、大盾に吸い込まれるように消えていく……。
「へぇ?」
「貧弱なエルフが騎士の真似事とは‥‥健気だねえ」
騎士として戦うリリィを嘲笑うかのように、バルトガピオスは吐き捨てた。
「他人のことを気にしている場合かしら?」
「!」
「いつの間に背後に‥‥?!」
「燃え尽きなさい」
ヘイゼルの言葉に反応し、バルトガピオスの足元から巨大な炎の柱が吹きあがる!
「ぐああああああ!!」
灼熱の炎に呑まれながら、バルトガピオスは身震いするような叫び声をあげた。
「地獄の灼熱に身を焼かれ続ける気分はどうかしら?苦痛で身動きすらとれないでしょう?」
「まだ開発中の魔法なんだけれど‥‥その様子だと、効果は上々ってところね」
勝ち誇った顔でドヤ顔を決めるヘイゼル。
彼女の魔法は敵にすると恐ろしいが‥‥味方になるととても心強い。
たいていのヤツならヘイゼル一人でもいけるんじゃね?と錯覚するくらいには、僕は彼女の力を信じ切っていた。
「うぐうううあああああああ!!!!」
燃え盛る炎に焼かれ続け‥‥何も抵抗できぬまま、バルトガピオスは地面へと力なく倒れこんだ。完全に勝負ありだ。
「で、何なのよコイツ」
丸焦げになり、足元に倒れこむバルトガピオスを見下ろしたままヘイゼルが尋ねた。
「分からない、何か急に襲い掛かってきたからさ」
右腕をドラゴンの顔に変形させたり、ヘイゼルの炎でもすぐには倒れなかったところから察するに、恐らく彼女は人間ではない。
見た目は普通の人間だったけど、本来はもっとおぞましい存在なのかもしれないな。まぁ、今となっては確かめようもないけれど。
「魔王ガイアに仕えていると‥‥彼女は言っていました」
「魔王!?」
魔王。その一言を聞き、ヘイゼルとリリィの表情が曇る。
僕にはいまいちピンとこないが‥‥この世界の住人達にとっては魔王という存在は、想像もつかないくらい強大な恐怖の象徴なのだろう。
その魔王の配下を名乗る存在が姿を現したということは―――。
「私達が思っている以上に、事態は深刻なのかもしれません」
いつにない真剣な眼差しで、エイミーは僕を見つめた。
「ああ、あまり悠長にしている時間はなさそうだ」
一刻も早く、賢者たちに会わなければ。
「ぷぷ、仲良く歓談タイムとか‥‥油断しすぎじゃねーの?」
「!?」
再起不能と思われていたバルトガピオスは、むくりと起き上がり―――。
「はい、お返し」
眼にもとまらぬスピードで、ヘイゼルを思いっきり蹴り飛ばした――!
「がはっ――!」
「ヘイゼル!!」
しまった!
完全に不意を突かれた―――!
「あれだけのダメージを受けて、まだ立てるのか‥‥!」
「え?そりゃあ、まぁ‥‥ぼくは不死身だからね」
ケロっとした表情で、女は残酷な真実を告げた。
「不死身だって!?」
「そうだよ」
「何をやってもぼくは死なない、そういう風にできているからね」
でたらめなことを言っているようにも見えるが、確かにヤツの体からはヘイゼルから受けた魔法の傷が消えている。
「くそ、そんなのありか!?」
序盤に出てくるような敵じゃないだろこれ!
「ジル!」
「ボクがヤツの動きを止める、その隙にジルはヤツの首を―――!」
そう言い残して、リリィは真正面からバルトガピオスへと突撃した。
「分かった!」
リリィは大盾を持っているとはいえ、かつてのような甲冑は着こんでいない。バルトガピオスの攻撃を直接受けたりでもすれば、まずいことになる。
「はああああ!!」
「エルフの癖に頭悪いんだね、キミ」
そう呟くと、バルトガピオスの腕は一瞬にして鋭利な槍へと変化し―――。
「ふん」
迫りくるリリィの大盾をいとも簡単に貫いた。
槍は大盾を貫通し、リリィの腹部に痛々しく突き刺さっている。
「ぐっ!?」
「リリィ‥‥!!」
こいつ――――!!
「リリィから離れろ!」
僕は剣を抜くと、思いっきりバルトガピオスの脳天へと振り下ろす!
「邪魔だなあ、もう」
彼女は自らの髪の一本一本を蛇の姿に変え、その全てで僕の体に噛みついた。
耐えがたい激痛が全身のいたる所から伝わってくる。蛇の牙は僕の骨まで到達し、ギリギリと圧力をかけ始めた。
「ぐああ!!」
駄目だ。
死ぬ‥‥。
「これで‥‥どうだ!」
リリィは強引にバルトガピオスの腕を引き抜き、大盾を捨て手に持った戦槌でバルトガピオスを叩き潰した―――!
「あばっ!!」
凄まじい衝撃が、バルトガピオスの頭に直撃する。
彼女は全身の骨が砕けたようにぺしゃりと地面へと崩れてしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ‥‥」
「ぐっ―――!」
潰された空き缶のようになってしまったバルトガピオスを見届けると、リリィは力なくその場に倒れこんだ。
「リリィ!!」
ボタボタと、えぐれたリリィの腹部から大量の血があふれ出ている。
一刻も早く治療しないと‥‥!
「ビオニエで買った治癒魔法の杖がある、あれを使えば僕にでもリリィを治療でいるはずだ」
「何言っているんだよ‥‥ジルだって、全身傷だらけじゃないか‥‥」
「僕はいい、とにかく今は何もしゃべらないでくれ」
「エイミー!」
「はい!!」
エイミーは少しだけ回復魔法が使える。僕が馬車から杖を取ってくるまでの少しの間でだけでもいい、応急処置をしてもらわなければ。
「強引に傷を塞ぎます、かなり痛みますが出血は止まるはず‥‥」
「うあああああ!!!!」
「耐えてくれ、リリィ‥‥!」
あまりの激痛に身悶えするリリィの手を、堅く握りしめる。
こんなことに意味がないのは分かっているけど‥‥彼女の辛そうな顔を見ると、こうせずにはいられなかったのだ。
「あと少し‥‥」
「いやぁ、いい声で鳴くねえ!思わず目が覚めちゃったよ」
不敵な笑みを浮かべながら、悪魔は再び立ち上がった。
リリィの一撃をまともに受け、確かに全身の骨が砕けたように見えたが―――今はもう、そんな出来ことが嘘のようにピンピンとしている。
「まだ立つのかよ‥‥!」
「言ったでしょ?」
「ぼくは不死身。キミたちがどれだけ足掻こうとも、ぼくを倒すことは不可能だ」
「くっ」
何か方法は‥‥。
「さて」
「ぼくは焦らすのは好きだが‥‥焦らされるのが嫌いでね、そろそろ本気を見せてくれないかな?」
「どういう意味だ」
「キミは勇者である前に、原種であるはずだ。さっさと力を解放して本当の姿を見せてくれ」
また原種か。こいつは一体僕に何を期待しているんだ。
「さっきから原種原種って言ってるけど‥‥原種って何のことだよ」
「お前、人違いしてるんじゃないか?」
何とか会話をつなげて、リリィの回復の時間を稼がないと。
「ええ?キミ、それ本気で言ってる?」
「原種ってのはさぁ、ぼくたち魔族の中でも飛び抜けた力を持つ“最強種”のことだよ」
「魔族‥‥?」
そうか、ようやく合点がいった。
こいつ‥‥タイタンワームを倒した時に僕が変化した時の力のことを言っているのか。
イルエラの森で初めてあの姿になった時に確かエイミーも言っていたな。あの姿は“古い魔族”の姿に類似していると。
「ということは‥‥」
つまり、僕がいま使っているこの肉体は、魔族のモノだということか?
「魔族でありながら何故キミが勇者を名乗っているのか疑問は尽きないが、とにかく我々の脅威であることには変わりない」
「そっちからこないなら、さっさと始末させてもらうよ!!」
いや、考えるのは後だ!
今はとにかくあの力を解放して‥‥こいつを倒す!!
「すまない‥‥もう一度、力を貸してくれ」
強く、強く肉体に念じる。
精神を研ぎ澄まし、全ての神経を集中させる。
僕の体がどうなろうが構わない。
どうか再び、僕に仲間を護る為の力を‥‥!!
「!!」
凄まじい衝撃と閃光が、周囲を包む‥‥!
「ジル様―――」
ジルは再び、あの異形の姿へと変化を遂げる。
禍々しい大太刀に青みのかかった肌‥‥その姿は、もはや勇者というよりも、魔王と呼ぶに相応しいものであった。
「うぷぷっ。ようやく本性を現したという感じだね」
「これは、いらぬ手加減せずに済みそうだ」
「――――ああ、準備完了だ」
「どこからでもかかってこい、バルトガピオス」
僕はそう言って、大太刀の切っ先をバルトガピオスへと向ける。
たとえこの命に代えてでも‥‥仲間に触れさせはしない。
「そうだ、ぐちゃぐちゃにぶっ殺す前に一度聞いておこう」
「ジルくん、キミ‥‥ぼくの部下になる気は無いかな?」
「・・・」
この期に及んで勧誘か?
「魔族でありながら魔王に歯向かうなんて馬鹿げてる、それも原種であれば尚更だ。キミは一度、キミ自身に自分の在り方を問いただすべきだよ」
「僕の目的は魔王ガイアを倒すことだけだ。お前らの仲間になるつもりなんて微塵もない」
さっさと魔王を倒して僕の世界を取り戻す。それだけが、僕の使命。
余計な道草を食っている暇なんてないんだ。
「そうか、うーん残念!!」
薄ら笑いを浮かべながら、彼女は芝居がかった様子で肩を落とした。
ハナから僕が首を縦に振らないことを見抜いていたような様子に、思わず嫌気がさす。
「そんな分からず屋のキミには、ビオニエの連中と同じ目にあってもらわないといけないなぁ」
「!?」
ビオニエだと?!
「お前‥‥町の連中に何かしたのか!?」
「えぇ?」
「別に大したことじゃないよ、ただキミの居場所を中々吐いてくれなかったから‥‥ちょっとイタズラしたってだけ」
ニタリ、と心の底から邪悪な笑みを浮かべるバルトガピオス。
その笑みが何を意味するのか‥‥僕は直感的に理解した。
「――そうか」
つまるところ―――僕は、ビオニエを救えなかったのだ。
もし僕がビオニエに訪れていなかったら、バルトガピオスはあの町を襲うこともなかっただろう。
ビオニエの人々は、僕のせいで‥‥。
「ごめん、皆‥‥」
バルトガピオス。こいつだけは絶対に、許さない。
「ぷぷっ、いい顔になってきたねぇ!じゃあ、そろそろ始めようか!」
「せめて1分以上は生き残って見せてねぇ!?」
バルトガピオスは両腕を巨大な鎌へと変化させ―――。
「心臓、もーらいーっと!!!」
眼にもとまらぬ速さでジルへと斬りかかった―――!
「・・・」
しかし。ジルは手に持った大太刀でバルトガピオスの斬撃を、いとも簡単に止めて見せた。
「生意気だねえ!」
バルトガピオスがそう叫んだ瞬間、彼女の口から、鋭い何かが破竹の勢いで飛び出す!
「!」
舌だ。
ナイフのように尖った舌が、ジルの喉元へと一直線に飛び出してきたのだ。
予想だにしない完全なる奇襲。常人であれば、喉元を貫かれ命果てていただろう。
「ふん」
「げぇっ!?」
だが、彼の眼は既にバルトガピオスの攻撃を見切っていた。
ジルは片腕でバルトガピオスの鋭利な舌をいとも簡単につかみ取ると、ありったけの力で彼女の口から引き抜いた。
「ギャアアアア!!!!」
苦悶の叫びをあげ‥‥ゴボゴボと溢れ出る血で顔を濡らしながら、のたうち回るバルトガピオス。これ以上の苦痛は無いと言えるほど、彼女は無様に転げまわった。
「――――」
けれど僕は攻撃の手を緩めない。
大太刀を天高く振りかざし、バルトガピオスの脳天を力いっぱい突き刺す。
「ガアッ!!あがっ…!」
割れた頭からドロドロと血やよく分からないブニョブニョとした物体がこぼれ出した。だが、そんなことに構いはしない。
「ッ!!」
突き刺した大太刀を脳天からジリジリと斬り下ろす。
バキバキと骨や内臓を抉る感触が、大太刀から僕の体へと鮮明に伝わってくる。
僕が彼女の体を真っ二つに切り裂いた頃には、もうバルトガピオスは悲鳴すら上げなくなっていた。
「死んだか?」
不死身だとか何だとか吠えていた割にはあっけない最期だったな。
その場を立ち去ろうと、倒れこむバルトガピオスに背を向けた瞬間‥‥。
「ひどいことするなぁ、もう」
「!」
何事もなかったかのように立ち尽くすバルトガピオス。彼女の体には、かすり傷ひとつ見受けられない。
「もう少しで死ぬところだったよぉ」
彼女は髪の毛一本一本を蛇の姿へと変化させ、その全てで僕の体を締め上げた。
「―――」
まるで極太のロープのように僕の体に巻き付く蛇たち。
体全身をもの凄い力でギチギチと締め上げられ、内臓が圧迫される…。
「うぷぷ、苦しいねえ?」
「でも大丈夫‥‥すぐにラクにしてあげるから」
バルトガピオスは両腕を巨大な竜の顔へと変形させる。
身動きの取れない僕に、とどめの一撃を放つつもりだ。
「吹き飛んじゃえ!」
二頭の竜の口から、紫色に染まった禍々しい炎が放たれた―――!
眼がつぶれるほどの閃光が、轟音と共に周囲を照らす。大地を揺らす衝撃が、たった一人の人間へと直撃した。
その圧倒的な威力は、SF作品に出てくるような……宇宙船へと備え付けられた、ロケットエンジンを彷彿とさせるほどであった。
これほどの威力であれば、町ひとつ消し飛ばすことも可能だろう。
「ジル様!!」
「うぷぷっ、あっははははは!!」
凄まじい衝撃が周囲に広がっていく。
ジルの立っていた大地は削れ、小規模のクレーターが形成されていた。
「ごめんごめん、ちょっと飛ばし過ぎたね!」
「ぼくももう少しキミと殴り合いをしてみたかったんだけど、勢いあまって殺しちゃったよ!」
腹を抱え、大笑いするバルトガピオス。完全な勝利を確信した、勝者の笑みだ。
「うぷぷっ…原種の割には意外と大したことなかったなぁ」
「でも折角だし、首くらいはもって帰ろっか」
「何かの実験に仕えるかもしれないしー♪」
勝利の証として、ジルの死体を確認しようとクレーターの底を覗き込む。
「!!!」
しかし。
彼女がそこで目にしたのは、黒く焼け焦げたジルの死体では無かった。
「今のが切り札か?」
何事も無かったかのように、ジルはバルトガピオスをクレーターの底から見上げていたのだ。
「はぁ!?ありえねえ!!」
「何で生きてんだよテメェ!?」
「お前の一撃が軟弱すぎるだけだ」
地面を蹴り、ジルはクレーターから抜け出した。
「チッ…!」
「今度は僕のターンだな」
「うぷぷ!」
「何だか調子に乗ってるみたいだけど‥‥キミ、大事なこと忘れてないかい?」
「?」
「ぼくは不死身だ、何度切り裂こうと、ぐちゃぐちゃに叩き潰そうとも、殺すことはできないのさ!!」
バルトガピオスは両腕を鋭利な鞭へと変形させ、絡みつけるようにジルへとしならせた!
「ああ、分かってる」
「だから‥‥こうするんだよ」
「ああ?!」
ジルは難なくバルトガピオスの攻撃をかいくぐると―――。
「!」
彼女の四肢を、バッサリと切り捨てた。
「ぐううッ!!」
再び地面へと這いつくばるように倒れこむバルトガピオス。
手足をもがれ、身動きができない彼女を見下ろしながら‥‥ジルは言い放つ。
「お前の不死性は、恐らく死んでから始めて効果を発揮するものだ」
「ヘイゼルに焼き尽くされた時、リリィに頭から全身を叩き潰された時‥‥そして、さっき僕に切り刻まれた時、お前の傷は回復した」
「この三回の攻撃全てに共通しているのは、致命傷であるということ」
「つまり、一度死ぬほどのダメージを受けなければ、お前の傷は完全には治癒しない。逆に言えば、死ぬギリギリのラインであれば、お前の不死性は発揮されないという訳だ」
「・・・」
ただの仮説にすぎないが、沈黙する彼女の反応を見るに、中らずと雖も遠からずと言ったところだろう。
「うぷぷっ…仮にそうだとして―――でも、いいのかい?」
「このままだとぼく、出血多量で死んじゃうかもよ?」
「お前ほどの化け物がそんな簡単に死にはしないだろ」
人間じゃあるまいし。
「まぁでも一応、手は打っておくか」
「はぁ…?」
「エイミー!」
「え、私ですか!?」
物陰にくれていたエイミーが、ゆるりと姿を現す。
「リリィはもう大丈夫そう?」
「はい、傷はもう完全に塞がりました」
「今は落ち着いてお眠りになっていますが‥‥一応きちんと治癒魔法をかけた方が良いかと」
「そうか」
ひとまず、山場は乗り越えたって感じか。
「じゃあ次は、こいつの手足の傷を塞いでやってくれ」
「げえ!?」
露骨に嫌そうな顔で、エイミーは踏みつぶされた蛙のように叫んだ。
「死んだらまた回復して暴れまくるだろうから…とにかく切断面だけ治療して、馬車のキャリッジに詰め込む」
「はぁ!?ちょっと待ってください!!」
「ソイツも一緒に連れて行くんですか!?」
「仕方ないだろ?ここで放置して置くわけにもいかないし」
もしまた他の街で暴れられたりでもしたら‥‥。
「いいんじゃない別に」
「どうせ私達じゃ対処しきれないし、八賢者の所に連れて行けばついでに何とかして貰えるんじゃない?」
「ヘイゼル!?」
完全に忘れてた。そう言えばバルトガピオスに吹っ飛ばされたまま放置状態だったな。
「何よその目」
「アンタ‥‥さては私のことすっかり忘れてたでしょ?」
不機嫌そうな顔で僕を見つめるヘイゼル。
すいません、完全に忘れてました。
「ま、まぁ無事だったんだしいいじゃん!」
「おーい」
「何か勝手に話を進めてるみたいだけどさぁ、ぼくの意見は聞いてくれないのかなー?」
心底嫌そうな、呆れた顔でバルトガピオスは僕たちへと尋ねた。
「当たり前でしょ、アンタに拒否権は無いから」
「えー、ひどいなぁ」
「それと、馬車の中で変な動き見せたらすぐに目玉ほじくり返すからね」
「目が無くても別に死にはしないんだから」
こっわ!それ勇者の仲間が言うセリフじゃなくね!?
残虐な悪の組織の女幹部みたいヤツが言うセリフじゃん!
「本当に大丈夫ですかね‥‥」
「八賢者に会うまでの間だけだし、きっと大丈夫だよ」
「でも‥‥」
「いざとなれば、僕が何とかして見せるから」
「もう!そういう甘いセリフでもなんでも押し通せると思わないでくださいね!」
「別にそんなつもりで言ったんじゃないけど―――」
なにプリプリしてんだよ‥‥。
「まぁ、ジル様の決定なら仕方ありません」
「リリィさんはビックリするでしょうけど‥‥その怪物も、八賢者のもとへ一緒に連れていきましょう」
「ありがとう、エイミー」
こうして、魔王の配下であるという不死身の怪物バルトガピオスの一時的な旅の同伴が決定した。
この時のジルの選択が、吉と出るか凶と出るか。今は誰にも知る由は無かった。