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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第3章 踊り風と共に
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第35話 悪魔の足音

~ビオニエの町~


「え!?ジルさんたち、もう出て行っちまったのか!?」


「ああ、昨日の朝無事に聖都へと旅立って行かれたぞ」


「ちょっと聞いてないわよゾルグさん!」

「私達に内緒で一人で彼らを見送ったっていうの!?」


「そりゃねーぜ!まだまだ話聞きたかったのによぅ!」


「彼には勇者としての使命がある、いつまでもこの町でくすぶっている訳には行かないのだ」


 ブツブツと不平を垂れる町の人々を相手に、ゾルグはきっぱりと言い切った。


「あーあ!オレも一緒に旅に連れてって欲しかったのになぁー!」


「何言ってんの、オーク一匹に苦戦するようなあんたの腕じゃきっとお払い箱よ」


「はは!違いねえ!」


「な、なにをー!?」


 ドッ、と町の大通りに暖かな笑いが広がった。どのような種族、身分でも関係ない。ここでは誰もが愛する隣人で、敬愛すべき友のような存在。


 町を訪れる冒険者や町に住む者たちの活気に溢れた、微笑ましいほど平和な風景が広がる町、ビオニエ。


 今日もいつもと変わらぬ穏やかな一日が始まり、終わる。




 この町に住む誰もが・・・そう思っていた。



「ごめんくださーい!」

「ちょっと、聞きたいことがあるんだけどさー!!」


 町の正門から、大通りへ一人の風変わりな女性が歩いてきた。


 風になびくエメラルドグリーンの髪、妖しく光を反射する赤黒い眼鏡をかけ、顔には満面の笑みを浮かべている。


「‥‥」


 こちらへ手を振りながら歩いてくる女性、彼女の姿を見た瞬間ゾルグは直感的に悟った。


 “アレ”は駄目だ、直視してはいけない。

 人の形をしているが中身はもっと別のモノ。口にするのも悍ましいほど邪悪な“何か”に違いない。


 ゾルグだけではない、この場に居る誰もが同じ思いであった。


「ようこそ、旅のお方」

「私の名はゾルグ、何かお困りごとですかな?」


 騒がず、落ち着いて、どうにか対処しなければ。


「ゾルグ、へぇ‥‥かっこいい名前だね」

「ぼくの名前はバルトガピオス!」


「つい先日、この町をタイタンワームが襲ったって話を聞いたんだけどさぁ…」


 バルトガピオスと名乗った女性はそう言って、禍々しく染まった紫色の瞳でゾルグを見つめる。


「!」


 怖ろしい、まるで底の無い沼のような眼だ。妖しい瞳に吸い込まれそうになり、慌てて眼を逸らす。


「ええ、そうですが‥‥それがどうかしましたか?」


「見たところ町は無傷みたいだけど、いったいどうやってタイタンワームを追い払ったのかな?」


「それは―――」


「皆で力を合わせて追い払った?」

「もしくは‥‥恐ろしく強い“誰か”が代わりに怪物をやっつけてくれたとか?」


「!」


 まさか…こいつの目的はジル殿か!?


「いやいや、そんな都合の良い話がある訳ないだろ?」

「町に居合わせた冒険者で力を合わせて、なんとか退けたんだよ」


「そうそう、町長自らも指揮をとって‥‥凄い戦いだったのよねぇ」


 この女にジルのことを教えてはいけない。誰もがそう直感し、口裏を合わせるまでもなく自然とジルを守るための嘘をつき始めていた。


「いやぁ、アンタにもタイタンワームを撃退した俺たちの活躍を見せてやりたかったぜ」


「えー?貴方はそこまで役に立っていなかったんじゃない?」


「‥‥ぷっ」

「馬鹿だろ、お前」


 眼に捉えることもままならない、ほんの一瞬の出来ことであった。


 バルトガピオスの腕が、瞬く間に黒い槍のような形状へと変化し‥‥前に立っていた女性の胸部を突き刺したのだ。


「がはっ‥‥!」


「ぷっ、うぷぷぷ!知ってるよぉ?!」

「タイタンワームをみんなの力で退けたなんて、真っ赤な嘘!」


「どこからともなく現れた“誰か”に、手っ取り早くぶった切って貰ったんだよねぇ!?」


 狂気にまみれた笑みを溢れんばかりに浮かべながら、バルトガピオスは血に染まった腕を女性の体から勢い良く引き抜いた。


「ッ―――」


 女性は悲鳴や苦悶の叫びをあげることもなく、力なくその場に倒れこんだ。


「逃げろ!!」


 ゾルグは周囲に集まった者達に逃げるよう号令をかけ、単身でバルトガピオスへと斬りかかる!


「おっせーな、オイ」


「!?」


 勢いよく振り下ろされたゾルグの渾身の一撃は、バルトガピオスのたった一本の指によっていとも簡単に受け止められた。


「馬鹿な!」


 私の一撃を、指一本で!?


「はぁ」


 軽くため息をつき、バルトガピオスは片方の腕を槍へと変形させ…ゾルグの腹を貫いた。


「ぐはっ!!」


「はい、バイバイ」


 突き刺さったゾルグを、彼女は羽虫でも払いのけるかのように吹き飛ばした。


「ッ!!」


 なんという強さ‥‥。

 こいつは一体何者だ、なぜジル殿を‥‥。


「ねぇ、死ぬ前に教えてよ」

「タイタンワームを斬ったヤツはいまどこにいるんだい?」


 血まみれで倒れこむゾルグの近くへしゃがみ込み、バルトガピオスは続けた。


「教えてくれたら‥‥そうだなぁ」

「うん!教えてくれたら、このまま町に何も危害を加えず――直ぐに出て行ってあげるよ」


「何故だ、なぜ彼を探している‥‥?」


「彼?ふーん、タイタンワームを倒した“原種”は男か」


「原種…?」


 なんのことだ‥‥?


「別になんでもいいじゃん、キミには関係ないでしょー」


 そう言ってバルトガピオスは、ナイフのように変形した指先でゾルグの顔を切り裂いた。顔を覆っていた兜はいとも簡単に破壊され、鋭い斬撃は彼の素顔を鮮血で染めていく‥‥。


「ぐああ!!!」


「ぷぷ、あっはははは!!」


 何度も、何度もゾルグの顔を切り裂くバルトガピオス。眼球、鼻孔、耳、口‥‥あらゆる部位に生々しい切り傷が刻まれていく。


 ゾルグの悲鳴を愉しむその姿は、まるで無邪気で残酷な子供のようであった。


「ぷぷぷ、危ない危ない‥‥もう少しでぶっ殺してしまうところだった」

「それにしてもひどいねえ、さっきまであんなに沢山人が居たのに、みーんな怯えて逃げちゃったじゃん」


 周囲を見渡しながら、バルトガピオスは嘲笑する。

 もう誰も助けに来ないねぇ―――と、閑散とした町を見つめて彼女は呟いた。


「みんな逃げた、か」

「ふふ‥‥それはあり得ない」


「あ?」


「たった一人になったとしても‥‥あの人は、この町を見捨てない」


 絶望的な状況にありながらも、彼の切り裂かれた瞳には希望の光が灯っていた。


「何言ってんだか」

「もういいや、お前つまんないからもう殺すね?」


 彼女は再び腕を槍へと変形させる。

 今度は腹では無い、確実に頭に狙いを定めて―――。



「ガル・サンダー!!」


「!?」


 揺らがぬ勝利に酔いしれ、隙だらけの彼女を一筋の稲妻が貫いた。


「がッ!?」


 稲妻は全身を駆け巡り、彼女の臓器を焼き尽くす……!!


「ぐアアアアッ!」

「誰だァ!?」


 予期せぬ不意打ちを受け、バルトガピオスは怒りに任せて吠えた。


「そうやかましく騒ぎ立てないでくれ、耳障りで敵わん」


 そう言って、稲妻の魔法を放った男は堂々たる態度で姿を現す。


「お見事です…やはり、かつてのお力はまだ衰えていないようだ」

「流石は元魔法騎士“麗流のモース”‥‥といったところですね」


「昔の話はやめてくれ、ゾルグ」

「今はただ、この町を愛するしがないビオニエ町長さ」


 そう言って、少し小太りの紳士。町長モースはゾルグへ微笑んだ。


「不意打ち決めたくらいでイキがってんじゃねえよ!!」


「ルガル・エレサンダー!」


「ッ!?」


 まるでレーザービームのような稲妻が、バルトガピオスの胴体を閃光と共に貫く…!回避すらできず、まともに直撃した彼女は激しく痙攣しながらその場に倒れこんだ。


「がッ――――!あッ…!」


「もはやキミが何者かは問うまい、ただ安らかに眠れ」


 モースは天高く指を掲げた。

 瞳を閉じ、バルトガピオスを滅ぼすための呪文の詠唱を始める。ビオニエの平和を脅かすものには一切の躊躇はない。ただ無慈悲に消し飛ばすだけだ。


「サマリの神々よ、今‥‥天上の箱庭より悪しきを撃ち破る雷霆を賜したまえ!」


 彼の詠唱に反応するように空が変わる。太陽は分厚い雲に覆われ、辺りには途端に雨が降り始めた。


「さぁ、轟け!ニムの雷霆よ―――!」


 彼が言葉を言い終えた刹那。


 空から激しい轟音とともに、一筋の雷霆が降り注ぐ!


「グアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」


 雷霆によって全身を焼き尽くされるバルトガピオス。耳を塞ぎたくなるような悲鳴を上げながら、雷霆を一身に受け続けている。


「―――」


 なんという凄まじい魔法か。

 空より降り注ぐ雷霆は、対象を滅ぼし尽くさぬ限り止むことは無い。


 かつて外征騎士にも匹敵する実力と謳われた魔法騎士モース、老いてもなお絶大な力を持つ彼の姿に‥‥私は畏敬の念を抱かずにはいられなかった。


「まさか‥‥これほどまでの力とはッ―――!!!」


「滅べ、悪魔よ!」


 彼の声に反応し、一層雷霆の激しさが増していく。その度に絶叫し、のたうち回るバルトガピオス。


 もはや雌雄は決した。バルトガピオスの敗因はただ一つ。ビオニエ最大の切り札である、モースという男の存在を把握していなかったことだ。


 まぁ、モース町長が元魔法騎士であることを知っているのは、ビオニエの住民でもごくわずかだが。


「もはやこれまで‥‥!」



「なんつって!」


「!?」


「いい加減うぜーんだよ、ロートル風情が」

「テメぇらごとき、ぼくが相手をするまでも無い」


 そう吐き捨てると、バルトガピオスは今までのダメージなど無かったかのように立ち上がり、空中に魔方陣を出現させた。


「来い、グラシャラ」


 魔方陣から、巨大な竜の怪物が姿を現す。


「なんという…‥‥!」


 毒々しい紫色の鱗に覆われた竜は、けたましい咆哮を上げてモースへと襲い掛かった。


「うぐッ!!」


 鋭い爪に切り裂かれ、力なく吹き飛ばされるモース。竜の一撃を生身で受けて、ただの人間が無事であるはずが無かった。


「さっきの大技で魔力を使いすぎたみたいだねぇ」

「残念ながら、ぼくにはノーダメージだったわけだけどさ!」


「モース町長‥‥!おのれ!」


「もういいって」


 けだるげな表情で、彼女はゾルグの首を斬り飛ばした。

 

 ドクドク、と切り裂かれた首元から血があふれ出る‥‥。


「ゾルグ‥‥!」


「ねぇ、死ぬ前に教えてよ」


「がはっ!」


 巨大な竜“グラシャラ”によって、体を強引に押さえつけられるモース。骨は軋み、圧迫された内臓から血が噴き出し、激痛と共に体中を駆け巡った。


「タイタンワームをぶっ倒したのは誰?」

「そいつは今、どこにいるの?」


「死んでも話すものか‥‥」

「彼は貴様のような下衆に構っているほど‥‥暇ではないんだよ…」


 肺がつぶれ、かすれた声でモースは吐き捨てた。どれほどの苦痛を受けようとも、この男は決して揺らがない‥‥バルトガピオスはそう確信した。


「あっそ、じゃあいいや」

「“狂え”」


「!!」


 バルトガピオスはモースの瞳を見つめたまま、ただ一言そう呟いた。


「う‥‥ぎぎぎぎ‥‥」


 体をバタつかせ、のたうち回るモース。白目をむき、口からは泡が噴き出すその様子は、まるで中世の悪魔憑きのようであった。


「ぷぷ‥‥そろそろだね」


 しばらくのたうち回った後。モースは死んだように、ピタリと動かなくなってしまった。


「ねぇ、教えてモース」

「タイタンワームを倒したのは誰?」


 まるで人が変わったかのような清純な声色で、バルトガピオスは優しくモースへと語りかける。先ほどの猟奇的な様子は鳴りを潜め、穏やかな表情を見せる彼女は―――まさに聖女そのものであった。


「―――」


「ジル‥‥ジルと呼ばれる少年だ‥‥」


 朧げな眼になりながら、モースはたどたどしい口調で答えた。


「少年!?それは予想外だなぁ!」

「それで、その少年は今どこに?!」


 興味津々な様子で問いかけるバルトガピオス。

 目をキラキラと輝かせ、呼吸を荒げる様子はまさに、恋に燃える乙女のようであった。


「聖都へ向かっていると言っていたが‥‥具体的な場所は分からない」

「昨日旅立ったばかりだから――そう遠くへは行っていないだろう」


「なるほどねぇ‥‥うんうん、良く分かった!」

「ありがとうね!モース!」


「よし!もうこいつ食べていいよグラシャラ!」


「グルアアア!!」


 バルトガピオスの許可を受け、竜の怪物は足元のモースに頭からかぶりついた。

 バリバリ、と骨が砕ける音‥‥ミチャミチャと肉を屠る音が静まり返った町に鳴り響く。


 元魔法騎士モース、血斧のゾルグ。両雄は今、バルトガピオスという圧倒的な存在の前に為すすべもなく敗れ去った。ビオニエ最強の二人が倒れた今、もはや町を守ることできる猛者は誰一人として存在しない。


「久しぶりに上質な餌だったんじゃない?」


「ええ、最近は騎士とは名ばかりの雑魚ばかりでしたからね」

「魔法騎士ともなると、魔力の量からしてもやはり格別です」


 グラシャラはモースをぺろりと平らげると、満足げに呟いた。


「もう少し若ければ、ぼくに傷の一つをつけることもできたかもしれないのにねぇ」


 バルトガピオスは儚げに言い放ち、おもむろに正門へと歩き始める。


「ぼくはジルとかいう少年を探しに行くからさ」

「この町の処理は任せたよ」


「御意」


「ぷぷっ‥‥原種の少年かぁ、ワクワクするなぁ!」


 大手を振り、鼻歌交じりにバルトガピオスはビオニエを後にする。


 狂気に満ちた怪物の足音は、ジルのすぐ近くまで迫っていた。


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