第33話 閃光
~レグルの鍛冶屋~
ジル達が立ち去った後、レグルの心は乱れに乱れていた。店の鍵を閉め、まだ営業時間中にも関わらず、今日ばかりは一切の来客を拒絶する。今の精神状態では、仕事など手につくはずもない。
「・・・」
あの少年が持っていた、タイタンワームを両断したという剣。アレを見て以来、どうも胸騒ぎがしてならないのだ。
「‥‥あんなもの見たことが無い」
材質や性質、いつ、どのようにして造られたのか‥‥それすらも全く見当がつかない。そもそも、アレが本当に剣であるのかすら定かではない。
偶然剣に形が似ており、偶然物を斬れるというだけで本来はもっと、何か別の使い方があるのではないかと思うほどに、謎だらけであった。
あの剣は、ユフテルに存在するのかどうかも怪しい、全く未知の技術と素材で造られたものに違いない。
「彼は一体、どこであんなモノを‥‥」
~聖都グランエルディア~
ユフテル最大の覇権大国、グランエルディア。
総人口は全ての属国を合わせると数億を超える規模であり、圧倒的な軍事力と資金力を併せ持つ超大国である。
約300年前、世界を支配せんと姿を現した魔王ルドニールの軍勢を撃ち破り“勇者”が居なくとも、一国の力だけで見事世界を救ってみせた人類最強の砦。
その在り方はまさにユフテルの守護者そのもの。
例え再び魔王が現れようとも、聖都の軍勢が‥‥外征騎士達がどうにかしてくれる。
世界を救うため、自ら立ち上がり戦う者“勇者”の存在は次第に人々の記憶から消えていき‥‥もはや世界にとって不要なものであるとさえされていた。
そんな事情を知ってか知らずか、今日も多くの冒険者が勇者として聖王に認めてもらうため、グランエルディアへと列をなして訪れていた。
「止まれ、何者だ」
白亜の甲冑に身を包んだ騎士が、聖都へ訪れた大所帯の冒険者へと尋ねる。
「俺の名はバロック―――勇者として洗礼を受けるため、このグランエルディアへ参った」
「聖王へのお目通りを願いたい」
淡々と、物怖じする様子もなく男は言い放った。
鎧と呼ぶにはあまりに質素な造りの防具を身にまとい、むき出しの胸部の素肌には大きな生傷が刻まれている。鋭い瞳は獲物をどこまでも付け狙う狩人のようであった。
「フン‥‥勇者というより、まるで傭兵みたいだな」
「もともとはそっちの出身だからな」
「今は縁あって冒険者の地位に甘えているだけだ」
「後ろの者達は何者か」
バロックの後ろに控える数十人の武装した冒険者を指さして、門番は問う。
「ああ、こいつらは俺の仲間だ」
「仲間?こいつら全員が?」
「そうだ」
「戯言を‥‥」
「商団やキャラバンでもない、ただの冒険者がこれほどまで大規模なパーティを作るものか」
怪し過ぎる‥‥そう言って門番は手に持った槍をバロックへと構えた。
「貴様らの聖都への立ち入りは許可しない、怪我をする前に早々に立ち去れ」
「ただの冒険者だろうと大所帯を組むことはある」
「全く‥‥聖都の騎士でありながら、世間の常識をしらないとは」
小馬鹿にするように、バロックは呟く。ある種の挑発とも思えるその発言に、聖都の門番は神経を逆撫でられた。
「あまり調子に乗るなよ」
「私がその気になれば、いつでも貴様たちを皆殺しにすることだってできるんだからな」
「お前ごときが俺たちを?」
「止めておけ、お前の腕じゃ‥‥この中の一人にも勝てやしない」
そう言って、バロックは自身の後ろに整列する数十人の冒険者へと目をやった。
「はっはっはっは!」
「聖都の騎士が貴様らドブネズミに遅れをとる訳がないだろう!」
半ば不意打ちを仕掛けるように、門番は手に持った槍でバロックに襲い掛かった。
「!?」
しかし。門番の攻撃を予見していたかのように、バロックは槍の矛先を素手で止めて見せた。
「言っただろう、お前の腕じゃこの中の誰にも勝てやしない」
「くっ!!侵入者だ!!」
門番の叫び声を聞きつけ、多くの兵士がバロックの元へと集結する。
「面倒だな」
「異端者バロックと、その従事者全てを皆殺しにしろ!」
「な!?」
「バロックだって!?」
“バロック”の名を聞いた途端、駆けつけた兵士に動揺が広がる。
「バロックって、確かギルドのマスター級冒険者じゃ‥‥」
「マスター級だと!?」
マスター級の冒険者といえば、ワールド級に次ぐ高ランクの冒険者じゃないか‥‥!
「どうりで腕が立つわけだ!」
「この数を相手に、勝ち目は無いぞ‥‥!」
「応援を呼ぼう!マスター級が相手じゃ、俺たちだけでは分が悪すぎる!」
「防衛大隊に連絡を‥‥」
「何を騒いでいる」
混乱する衛兵たちを一喝するように、一人の騎士の声が響く。
「エ、エルネスタ様!」
眩い金の髪に、何人も寄せ付けぬ鉄壁の甲冑。
誉れある外征騎士が一人、閃光のエルネスタが姿を現した。
「も、戻っていらしたのですね‥‥」
「ベアトリス様と共に忌み魔女討伐へお出になられたと聞いておりましたが‥‥」
「黙れ」
「ひっ!」
「貴様らは戦いの邪魔だ、私の視界からさっさと消えろ」
彼女は氷のような瞳で、狼狽える兵を睨みつけた。
「ど、どうかご無事で!」
「い、行くぞ‥‥!」
「ふん、軟弱者共め」
「そのような体たらくでよく聖都の守護が務まるものだ」
逃げ行く兵士達を横目に、エルネスタは吐き捨てた。
「エルネスタ殿、我らに貴公と戦うつもりはない」
「俺たちは小競り合いをしにきたのではない、聖王への謁見の為にこの場へ参ったのだ」
バロックは臆するとことなく、正面切ってエルネスタに意見した。
「聖王様へ謁見だと?」
「何故貴様らのような下賤の者が彼の王に謁見を望む」
「勇者の洗礼を受けるためだ」
「―――くだらん」
「我らが居る限り勇者などもうユフテルには必要ない、お前の妄想に付き合っているほど、聖王は暇ではないのだ」
侮蔑の瞳で、エルネスタはバロックたちを睨みつけた。
「・・・」
聖王への謁見は難しそうだな。
「そうか、なら仕方ない‥‥実力行使といこう」
左右の腰に差した二振りの双剣を抜く。外征騎士がどれほどのモノか‥‥少し見定めてみるとするか。
「サシでやる、お前たちは手を出すな」
バロックの指示通り、後ろに控えていた冒険者たちは手に持っていた武器を収めた。
「蛮勇だな」
「そうでもないさ」
大地を力強く蹴り、目にもとまらぬ速さでエルネスタの懐へ飛び込む――!
「はぁッ!」
勢いよく振り下ろされたお互いの剣が激しく衝突した――!
耳をつんざくような金属音が周囲に鳴り響き、凄まじい衝撃が広がっていく。
「ちッ」
力だけでは圧し切れないか。
「らぁッ!」
軽い一撃で牽制し、エルネスタに僅かな隙を作る。その間に…まるで妖精のような軽い身のこなしで距離をとるバロック。
戦いのペースは、ややバロックに有利なものになっていた。
「さて、どう攻めるか」
パワーは驚異的だが、スピードは全然だ。テクニック次第でどうにでもなりそうな感じだな。
「・・・」
外征騎士とマスター級冒険者。強者同士の戦いは、図らずも予想外の結末を迎えることになる。
「長引けばこちらが不利になる‥‥悪いが早々に決めさせてもらうぞ」
戦いが長期化すれば、他の外征騎士が駆けつけてくるだろう。ワールド級の冒険者ならともかく、俺一人じゃ勝ち目名が無い。
一度出直すか‥‥。
「では、行くぞエルネスタ!見事我が奥義耐え抜いてみせろ!」
「魔力が上昇している‥‥魔法でも放つ気か?」
「残念だが、外れだ!コイツはそんなヤワなもんじゃ無い」
双剣を胸の前に構え、意識を集中させる。
「さぁ行くぞ‥‥喰らい、駆け巡れ!!」
「“地竜裂き”!!」
そう唱えると、バロックは力強く双剣を十字に切った。魔力を纏って放たれた斬撃は大地を削り、竜の形となって対象を喰らい、切り裂く!
「ッ!?」
回避をする暇もなく、バロックの一撃はエルネスタへと直撃する!!同時に激しい轟音と衝撃が周囲へほとばしった‥‥!
「ふぅ」
直撃か。いくら外征騎士とはいえ、今の一撃は相当効いたはずだ。
怯んでいる隙に、とどめを刺すとするか。
ドスッ。
「!?」
突如として、体に激痛が走る。
なんだ、一体何が起こった?
なぜ‥‥俺の体から剣が突き出ているんだ?
「痴れ者が」
エルネスタは背後から突き刺した剣を勢いよく引き抜き‥‥よろめくバロックを蹴り飛ばした。
「がはっ!」
バロックは血を吐きながら、無様にその場に倒れこむ。
「マスター級の冒険者といえど、この程度か‥‥一通り貴様の技を受けてみてはっきりした」
「貴様は、外征騎士と戦うには弱すぎる」
地に伏したバロックを見下しながら、エルネスタは冷酷に吐き捨てた。
「いつの間に背後に…!」
「お前がよく分からん技を放った頃には、もう後ろにいたぞ」
「馬鹿な!俺の技は確かにお前に直撃したはずだ‥‥!」
「私の異名を忘れたか、バロック」
「お前が技を放ったのは私ではない」
「私の残像だ」
「?!」
残像だと!?そんな馬鹿なことがあるか!
いかに閃光のエルネスタといえど、それほどのスピードで動けるはずが‥‥。
「お前の負けだ、弱き者よ」
「‥‥化け物」
化け物だ。人間というにはあまりに強い。
こんな恐ろしい生物が‥‥この世に存在するのか。
「逃げろ‥‥みんな……」
かすれた声で、仲間たちへ逃げるよう促す。エルネスタはまだまだ本気を出していない、全員で挑んだとしても―――恐らく皆殺しにされる。
早く、速く‥‥はやく逃げるんだ!
「束になれば勝てる!!かかれ!」
「バロックの仇を取るんだ!」
必死に叫ぶバロックの忠告も聞かず―――数十人の歴戦の戦士たちが、雄叫びを上げて一斉にエルネスタへと襲い掛かった。
「愚かだな」
「やめてくれエルネスタ‥‥!!」
どうか、どうか慈悲を―――!!
「散れ」
次の瞬間。周囲が眩い、青白い閃光に照らされる。
光がやんだ頃には、エルネスタ以外の人間の姿はなく‥‥ただ足元には無数の焦げ付いた死体が転がっていた。