第32話 旅立ちの時
今日、ボクは旅に出る。
ビオニエを離れ‥‥遠く離れた聖都を目指す旅に出るんだ。
住み慣れた町を出ていくのはとても不安で寂しいけれど、でもそれ以上にボクの胸には期待とワクワクが溢れかえっている。
これからどんな町を訪れるのか、道中はどんな話をするだのろうか、ジルの仲間たちとは上手くやっていけるだろうか‥‥。
先々のことを考え始めると、心底胸がむずがゆくなる!
「‥‥よし」
はやる心を抑えながら、ボクは分厚い部屋の扉を開いた。
~ビオニエの町・正門~
「おはようございます!ジル殿」
「馬車はこちらに用意しております、ささ‥‥どうぞ」
鉄の鎧に身を包んだ兵士が、僕たちを昨日受け取った馬車“ネルソン”の元へと案内してくれた。
「有難うございます」
ルエル村とは違って、この町の門番はとてもいい人そうだった。
「改めて見ても、すごい馬車ですね、コレ」
「中には何人くらい入れるのかしら」
「見た感じ5人くらいは余裕そうですね」
巨大な馬車を見上げながら、エイミーとヘイゼルはそれぞれに呟いた。
「あれ!?ジル達もう来てたの!?」
大通りのど真ん中を息を切らしながら、リリィが走ってくる。早起きして急いで荷物を詰め込んだのだろう。背中にはパンパンに膨れ上がったリュックを背負っていた。
「今来たところだよ」
「そっか、良かった!」
「そんなに慌てなくても良かったのに」
「無理を言って旅に同伴させてもらうのに、皆を待たせるわけにはいかないよ」
肩で息をしながら、リリィは申し訳なさそうに笑った。
「改めて、よろしくお願いします」
そう言って、リリィは丁寧に頭を下げた。
そこまで畏まらなくてもいいのに‥‥律儀なことだ。
「よろしくゼルマ‥‥じゃない、リリィ」
「ふふ、よろしくヘイゼル」
ぎこちない挨拶のヘイゼルに微笑みかけた後、エイミーの方へ向き直った。
「えっと、そちらの方は‥‥」
小さな声で、リリィは僕に尋ねた。
ああ、そっか。そういえば、リリィがエイミーと話すのは今回が初めてだった。
「こほん!」
「初めまして!私の名前はエイミー、勇者を導く妖精です!どうぞこれからよろしくお願いしますね!」
満面の笑みを浮かべ、エイミーはリリィに手を差し出す。
「リリィです、こちらこそよろしくお願いします、エイミーさん!」
リリィはエイミーの手を取り、二人は固い握手を交わした。エルフと妖精か‥‥なんだかすごいメルヘンチックな組み合わせだな。妖精の中身には難ありだけど。
「ジル殿、リリィ殿!」
突如として、背後から野太い声が聞こえてくる。慌てて振り返ってみると、そこには鎧姿の大男。血斧のゾルグが立ち尽くしていた。
「ゾルグさん!」
「聖都に行くのであれば、これを持って行くと良いでしょう」
そう言ってゾルグは、小さな封筒を手渡した。
「これは?」
「私名義の紹介状です」
「どこまで効果があるかは分かりませんが、聖都に入る際に少しは役立つはずです」
「すごいですよジル様!名の通った聖都の騎士の紹介状が手に入るなんて!」
「これはもう、勇者として認められたと同然ですね!」
封筒を見つめながら、エイミーは大いに喜んだ。
「ありがとう、ゾルグさん!」
「礼には及びません」
「さぁ‥‥善は急げ、直ぐに聖都へ向かってください」
「町の皆には、ジル殿は今日の夜に出立すると伝えておりますので…皆に感づかれる前にお早く」
もし彼らにバレてしまえば、直ぐにでも町に残るよう引き留められて少々面倒なことになるやもしれませんからなぁ、とゾルグは豪快に笑い飛ばした。
「はい、そうさせてもらいます」
「では―――お元気で」
僕は別れを済ませると、早々に馬車に乗り込んだ。僕の後に続くように、エイミー、ヘイゼルもゾルグに軽く会釈をし馬車へと乗り込む。
馬車の外に残されたのは、ゾルグとリリィ。二人の騎士だけであった。
「行ってきます、ゾルグさん」
「ああ、キミなら絶対に素晴らしい騎士になれるだろう」
「エルフの騎士の活躍がこのビオニエまでに届く日を楽しみにしているよ」
まるで愛娘の門出を見送るかのように、ゾルグはリリィを激励した。
「はい‥‥!」
リリィの心にはもう、一片の迷いすら無い。
生まれや育ちは関係ない、本当に大切なモノは心の在り方なのだと‥‥タイタンワームとの戦いを通して、彼女は身をもって知った。
これからは戦槌の騎士ゼルマンではなく、エルフの騎士リリィとして、何もかもさらけ出して生きていこう。
そしていつの日か必ず、多くの人を守護する立派な騎士になってやる。
新たなる決意を胸に‥‥純白の騎士は、ビオニエの町を旅立った。