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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第2章・純白の騎士
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第31話 勝利の宴と最後の夜景

~ビオニエの町・町長の屋敷~


 タイタンワームの危機から一夜明けた今日。


タイタンワームを倒した少年の噂は瞬く間に町中へと広がり、ジル、エイミー、ヘイゼルの三名はビオニエを救った英雄として、町長の屋敷へと招かれていた。


「わざわざ呼び出ててすまない」

「この町の長として、どうしても君たちにお礼を言いたくてね」


「ビオニエを救ってくれて‥‥本当にありがとう」


 町長はそう言って深々と頭を下げた。


「ど、どうも」


 こういう時、なんて返せばいいのかわからない。この人ってビオニエの町長なんだよな?偉い人に正面から感謝されるなんて初めてだし、逆にこっちが緊張してきた‥‥。


「その身なりから察するに騎士ではないようだね」

「さぞ名のある勇士とお見受けするが、ギルド所属の冒険者かね?」


 僕たちをまじまじと見つめながら、町長は不思議そうに問いかけた。


「そう言う訳では‥‥」


「ならば腕の立つ傭兵とか?」

「もしそうなのであれば、是非ともビオニエ専属の守護者になってほしいものだ!」


「どうだね?この町に住む気は無いかね?」


「いえ、僕たちはただの通りすがりの一般人っていうか」


 ビオニエには馬車を買うために寄っただけだし、そもそも腕の立つ傭兵でもない。


「はっはっは、またまたご冗談を」

「ただの一般人が、タイタンワームを単身で倒せるはずが無いでしょう」


 参ったな。本当にただの一般人なんだけど‥‥。


「もう!ジル様ってば謙遜しすぎです!」


 うやむやな返事ばかりする僕に腹を立てたのか、隣に突っ立っていたエイミーが突如として声を上げた。


「いいですかモース町長!彼は世界を救う勇者なんですから、強いのは当たり前です!それに、ずっとこの町に居られるほどヒマでもありません!」

「ビオニエを出たら、すぐにでも聖都に向かわないと行けないし‥‥とにかく!スカウトの話は別の冒険者にお願いします!」


 町長を前に一切怯むことなく、エイミーは少しイラつきながらまくし立てた。こんな断り方をして、気を悪くした周りの警護の人とかに刺されないかものすごく心配になる…。


「勇者?彼が?」

「はっはっはっはっは!そうかそうか、勇者ときたか!」


「それで、彼が勇者だというのなら―――君は?」


 笑いながらも、ふざけず‥‥まるでエイミーを試すかのように町長は真剣に彼女へ尋ねる。


「私はエイミー、勇者を導くキュートな妖精です」


 一見ふざけたセリフに聞こえるが、エイミーの眼はいたって真面目にモース町長を見据えていた。


「ふふ、そうか」

「世界を救う勇者を、私のわがままで引き留める訳には行かないな」


 どこか納得したような面持ちで、彼は静かに呟いた。今のエイミーの言葉のどこに納得できる要素があったのかは、とても気になる所だが。


「お力になれず申し訳ありません」


「いや、いいんだ気にしないでくれたまえ!」

「それよりこの町にはあとどれくらい居られるのかね?」


「旅の足屋で購入した馬車が手に入り次第、ですね」


 まぁでも、流石に今日出発とはいかないと思う。昨日タイタンワームと戦ったばっかりで、少しだけ体がだるい。それほど長く戦闘していた訳でも無いが“あの力”を使うと途轍もない疲労感が後になって押し寄せてくるのだ。


「そうか」


 少し悲しそうな顔をしながら、町長は続けた。


「ならば、キミたちにこれを渡しておこう」


 町長は机の引き出しから、古びた小さな小切手を取り出した。


「これは?」


「ビオニエの名誉住民切符だ」


「名誉住民?」


「ああ、この小切手を持つものはビオニエの名誉住民となる」


「名誉住民になったら、何かイイコトがあるんです?」


 金ぴかの小切手に興味津々な様子で、エイミーは町長に問いかけた。


「その切手を持っている限り、ビオニエで何か物を買う際には代金を支払なくても良いという特典付きだ」


「なんとぉ!?」


「え?タダで何でも買い放題!?」


 マジか!もうビオニエの町が終着点でいいんじゃないか!?


「代金は私が肩代わり、ということになるので正確にはタダでは無いがね」


「あっ‥‥そういう」


 本人から言われるとめっちゃ使いづらいな。


「だがまぁ、遠慮はいらないよ」

「これからの旅に備えて、必要なモノはこの町で揃えていくと良い」


「―――太っ腹ね」


 ずっと沈黙を続けていたヘイゼルがようやく口を開いた。 


 開口一番が“太っ腹ね”て。


「ジル様!こうしてはいられません!今すぐ!今すぐ町へ繰り出しましょう!!」


 鼻息を荒げ、興奮した様子でエイミーがジルへと詰め寄る。


「焦るなって、まずはキチンとお礼をだな‥‥」


 全く、お前のせいで僕まではしたない冒険者だと思われたらどうするんだ。


「はっはっはっは、構わないよ!」

「さぁ‥‥もう行くといい、ビオニエでの最後の一日を、思う存分楽しんでくれたまえ!」


「ありがとうございます!モース町長!」


「礼を言うのはこちらの方だ、キミたちの旅に数々の幸運が舞い降りることを祈っているよ」


 そう言って、モース町長は暖かな笑みをこぼした。

 飛び出すように町長の屋敷を後にしたジル達は、馬車を受け取るため、旅の足屋へと向かった。



~ビオニエの町・旅の足屋~




「おお、貴方たちは‥‥!」

「よくぞ‥‥よくぞご無事で!!!」


「なーにがよくぞご無事で、ですか」

「洞窟の魔物どころか、タイタンワームまでぶっ倒してきましたよコノヤロー!」


 エイミーはいやみったらしく店主へと絡み始めた。


「ええ、噂は聞いております!」

「私が今生きていられるのも貴方たちのお陰‥‥本当に有難うございます!」


 店主からのありったけの感謝を正面に受け、僕は少し胸がむずがゆくなった。


「あの、頼んでいた馬車はいつくらいに仕上がりそうですか?」


「その件なのですが‥‥」


「まさか、また魔物が出たとかいうんじゃないでしょうね!?」


 一瞬口ごもった店主に対して、エイミーがまた大声でまくし立てた。

 なんというか、どうでも良い所で隙が無いな‥‥こいつ。


「滅相もない!」

「ただ、ご注文の品ではなく、別の馬車を納品させていただいてもよろしいでしょうか?」


「別の品?」


「はい、とある御仁から貴方たちに送ってほしいと依頼がありまして」

「あちらの馬車なのですが――――」


 店主は店の最奥に鎮座する豪華な装飾で彩られた、いかにも高級そうな馬車を指さした。


「え、あれ?」


 滅茶苦茶高そう。


「はい“あれ”にございます」

「この店で最も高価な馬車でして‥‥魔物を寄せ付けない特殊な波動を常に放ち、矢や魔法を弾く特殊コーティングも施された優れモノ」


「高級馬車“ネルソン”に御座います」


「す、すげええええ!!」

「え!?ほんとにアレ貰っていいんですか!?」


「はい、依頼主様からはもうお金は頂いておりますので」


「神か!」


 手の平くるっくるで喜ぶエイミー。さっきまでその神に、コノヤローとか言ってたんだぞお前。


「その依頼主って誰なんだ?」


「匿名希望のため、それはお答えできません」

「ただ‥‥タイタンワームから町を救った英雄にお礼をしたい、と言っておりました」


 匿名希望、ね。


「絶対モース町長ですよ!」

「あんな高そうな馬車を買えるは町長くらいしかいないですよ絶対!」


「そうかなぁ」


 町長は僕たちが馬車を欲しがっているってことは、さっきまで知らなかったと思うけど。


「まぁ、貰えるものはありがたく貰っておきましょ」

「実際、それだけの働きをアンタはしたんだから」


 ヘイゼルは店の窓から外を眺めたまま、早く終わらせろと言わんばかりに言い放った。


「―――うん」


 まぁ、確かに断る理由も無い。ここは匿名の誰かさんのご厚意に甘え、ありがたく頂戴するとしよう。


「では‥‥町の門番に預けておきますので、町を出られる際には門番へお声がけください」


「はい、有難うございます」


 僕たちは深々と頭を下げて、店を後にした。




「町を救った英雄だってのに、随分と腰の低い奴らだな」


 ジル達が立ち去るのを見計らったように、店の奥から一人の男が姿を現した。


「これはこれはボゴス様」

「この度は“ネルソン”をお買い上げありがとうございました」


「彼らもたいそう喜んでおりましたよ」


「フン、お陰でこっちは大赤字だ…本当に散々な目にあったぜ」


「その割には、随分と清々しいお顔をされておりますが」


「けっ‥‥」

「ダズ!ギズ!仕事の時間だ、行くぞ――!」


「へい!」


「了解だぜ兄貴!」


 男は二人の子分と共に、はつらつとした表情で店から出て行ってしまった。





~ビオニエの町~



「馬車も手に入ったし、例の小切手で食料も買えたし‥‥」

「絶好調ですね!私達!」


 子供のようにはしゃぎながら、エイミーは大手を振って通りを歩く。鼻歌まじりにスキップでも始めそうなほど、今の彼女は上機嫌であった。


「ジル様は何か欲しいものとか無いんですか?」

「この際です、ぱーっと欲しいもの一気に買っちゃいましょうよ!」


「そうだな―――」


 欲しいもの、か。

 急に言われると、意外と出てこないものだな。


「鍛冶屋は?」

「アンタすぐ怪我しそうだし、ここいらで上等な装備を整えておきなさいよ」


 悩みあぐねている僕を見かねて、ヘイゼルはぶっきらぼうに呟いた。


「おお、いいなそれ」


 言われてみれば、確かに僕は初期装備のままだった。剣もエイミーから借りパクしてるままだし‥‥かっこいい鎧とかも着てみたい。


 僕はすぐさま観光マップを取り出して、良さげな店を探し始めた。


「あんまり高そうなところは町長に悪いよな‥‥」


 リーズナブルで良質な装備が手に入りそうな場所は‥‥っと。


「あ!ここなんかいいんじゃないですか!?」

「レグルの鍛冶屋!ビオニエで最も古い歴史をもつ老舗鍛冶屋で、他の追随を許さない技術で作り上げられた職人の逸品が、貴方の冒険をより豊かにしてくれるでしょう―――ですって!」


 いつの間にか観光マップを覗き込んでいたエイミーが唐突に口を挟んできた。

 

 彼女の言う通り、確かに品質は良さそうだけど―――。


「滅茶苦茶高そう」


「もう、いいですかジル様」

「武器や鎧は冒険者の安全に直結する命綱なんですから、値段よりも品質で選ぶべきです」


 ド正論過ぎてなにも言い返せない。

 エイミーの言う通り、ここは多少値が張っても良質な装備を整えることを優先しよう。



 僕たちはエイミーに促されるまま、レグルの鍛冶屋へと向かった。



 ~鍛冶屋~


 古風な石造りの建物の扉を開けると、店内には金属製の剣、槍、斧といった鋭い輝きを放つ武器たちが小奇麗に陳列されていた。


 床には何やら獣の皮が敷かれており、独特の雰囲気を醸し出している。


「らっしゃい」


 僕たちが入店すると、奥のカウンターから男の声が聞こえて来た。

 かなりの老齢だが、老いを感じさせない引き締まった肉体をしている―――恐らく、この男が店主、レグルだろう。


「これはこれは、珍しい客だな」


 顎をさすりながら、彼は目を丸くしている。


「あんたら、噂の救世主さんだろ」


「!?」


 一目見ただけで、彼は僕たちの素性をぴしゃりと言い当てた。


「タイタンワームを二枚に卸しちまうような武器持ってんなら、ここに用はないんじゃねえか」


 ニマニマとした表情で、男は笑う。まるで僕たちの来訪を予期していたみたいだ。


「貴方がレグルですか」


 ツンツンした様子でエイミーが男へ尋ねる。


「おうとも、俺が鍛冶屋のレグルだ」


 6代目だけどな―――と、男は最後に付け足した。


「それで、何が欲しい?」

「あんたらの身なりを見る限り、武器よりも防具を買いに来たって感じだが」


「その通りよお爺さん」

「こいつにピッタリな装備を見繕ってくれないかしら」


 親指でジルを指さしながら、ヘイゼルは注文を付けた。

 お爺さんと言っているが、多分ヘイゼルの方が年上‥‥いや、これは言わないでおこう。


「ははっ、それなら丁度いいのがある」

「待ってな」


 レグルはカウンターの奥へ姿を消すと、しばらくして何やら大きな木箱のようなものを持ってきた。

 そしてその箱の中から、三つの防具を取り出したかと思うと、それを次々にカウンターへと並べていく。


「これは?」


「我が家に伝わる秘密の製法書―――そこに記されていた魔法の鎧さ」


 しかし…彼の取り出した防具たちはどれも鎧と言うにはあまりに小さく、簡素であった。

 

 一つは胸当て、一つは膝当て、一つは鏝‥‥と言った風にそれぞれパーツに分かれており、それぞれ対応する部分しかガードできないような造りになっている。


 これのどこが魔法の鎧だと言うのか。


「なんか、あんまりですねぇ」


 エイミーは残念そうな顔で、三つの防具を見つめながら、ぼそぼそと呟いた。

 心の声がダダ漏れすぎるのも考えものだ。


「まぁ、見てくれはな」

「だが安心しな、効能は折り紙付きだ」


 自信満々にレグルは笑みを浮かべている。


「坊っちゃん、いっぺんこいつを装備してみろ」

「こいつの凄さは目で見るのが一番早ェんだ」


 レグルに急かされ、僕は胸と膝と腕に三つの防具を装着した。やはりこの鎧、隠れていない部分が多すぎる気がするのだが‥‥。


「おう、似合ってる似合ってる」

「妖精の嬢ちゃん、ほれ」


 レグルは小さな剣を、エイミーへと投げ渡した。


「わ!?」

「な、何ですかこれぇ!」


「どの部分でもいい、それでこの坊っちゃんを斬れ」


「え!?」


 斬る!?


「鎧で隠しきれてねぇ腹や頭なんかを狙ってくれ」


「いいんですか!?」


 キラキラと眼を輝かせながら、エイミーは羽をバタつかせた。

 

 何分かりやすく喜んでんだよこの野郎。


「それは流石に危ないのでは!?」


 僕の柔肌が、あの刃の切っ先に対抗できるとはとても思えない。

 

 血を吹きだして、多分そのまま死ぬ。


「大丈夫だ、俺を信じな」


「いや、出会って数分の他人を信じるとか絶対に無‥‥」


「ジル様!!お覚悟―っ!」


「人の話聞けーー!!!」


 エイミーは僕が言葉を言い終えるより前に、剣を思いっきり振りかざした。剣の軌道から予測するに、1秒後には僕の頭は真っ二つに割れているだろう。


 こんなくだらない死に方があってたまるか!僕は必死に逃げようとするが――やはり、間に合わなかった。



「!」



 カーン!と、甲高い金属音が建物内に鳴り響く。


「・・・あれ?」


 恐る恐る目を開けると―――僕はまだ、生きていた。

 どうやら彼女の剣は僕の頭ではなく、胸当てへと命中していたようだ。


「確かに頭を狙ったのに!?」


「殺す気か」


 ほんとに死ぬかと思ったわ。


「おかしいです、もう一度!」


「え?」


 エイミーはもう一度剣を振りかざしたが‥‥結果は変わらなかった。彼女の剣は吸い込まれるかのように、僕の胸当てへと命中する。


「何でえ!?」


「だからやめろって言ってんだろこのバカ!」


 困惑するエイミーから、僕は無理やり剣を取り上げた。このまま放置して入れば、多分当たるまで斬り続けていたに違いない。


「ちょっと何なんですかこの鎧!?ちっとも攻撃が当たらないんですけど!」


「当たり前だ、そういう風に打ったんだからよ」


 自慢気な表情で、レグルは続けた。


「その鎧は魔力を秘めた特別な金属でできている」

「普通の鎧と違って、敵の攻撃を感知すると、胸、膝、腕‥‥この3つのどこかに命中するように敵の攻撃を吸い寄せちまうのさ」


「つまり…後ろから奇襲されようが、遠くから矢を撃たれようが、装備者の意志と関係なく、自然に攻撃を防いでくれるって訳だ」


「凄い!」


 敵の攻撃の軌道を変える鎧―――まさに魔法だ。重たい甲冑を全身に着込まずとも全身を護ることができるなんて、常軌を逸している。

 

 おまけにこの布のような軽さ、鎧をつけていても普段と変わらず自由に走り回ることができそうだ。


「これ欲しいです!」


 多少値が張ったとしても、この鎧は何としてでも手に入れたい!


「そうか、ならくれてやる」

「お代はいらんから勝手に持って行っていいぞ」


 まるで興味が無くなったかのように、レグルはあっさりと鎧を僕たちに譲り渡した。


「い、いいんですか!?」


「また打てばええ」

「それより‥‥アンタの持っとるその剣、少し見せてくれんか?」


 興奮するジル達には目もくれず、彼は僕の腰に佇む剣を指さして言った。タイタンワームを斬った剣がどれほどのモノなのか、その目で確かめてみたいのだろうか。


 僕は快く了承し、剣をレグルへと手渡した。


「―――」


 レグルは剣をジルから受け取ると、無言のまま―――様々な角度から眺めたり触れたりしていた。その顔つきはあまりに険しく、まるで品物を見定める鑑定士のように見える。


「――――なるほどな」


 たった一言そう呟いて、レグルは剣をジルへと返した。

 えらく興味津々みたいだったけど‥‥エイミーから借りパクしてるだけのこの剣に一体どれだけの価値があるのだろう。


 レグルの口からどのような言葉が飛び出すか胸をドキドキさせていたが―――。


「タイタンワームを一刀両断したと聞いて期待していたが、特に何の変哲もない一般的な金属の剣だな」


 彼の言葉からはあまりにもお粗末な返答が返ってきた。よくこんな剣であの化け物を倒したものだと、逆に感心しているようにすら見える。


「そ、そうですか」


 まぁ厳密には、タイタンワームを斬ったのはこの剣じゃなくて“剣が変化した大太刀”だったのだけれど。


「なんなら手頃な武器でも見ていくか?」


「いえ、大丈夫です」


 この店に並んでいるような大きな武器は僕には扱えないだろうし、何よりこの剣は僕の手に凄く馴染んでおり、すこぶる扱いやすいのだ。


「そうかい、それじゃあ‥‥またの機会にってことで」


「はい」

「こんなに素晴らしい鎧をありがとうございました」


 僕は彼に礼を告げると、レグルの鍛冶屋を後にした。



~ビオニエの町・大通り~


「なーんかさっきの店主、やらしい目でジル様の剣を見てませんでした?」


 店を出るなり、エイミーが愚痴を吐くように呟いた。


「そうか?」


 剣をやらしい目で見る人間なんて、世界広しと言えどそうそういないと思うんだが。


「というか、それって私の私物ですよね?なに普通に借りパクしてんですか?」


 ここぞとばかりにエイミーは僕に詰め寄った。今にもこちらに唾を吐きかけてきそうな、チンピラみたいな形相をしている。


「い、いいじゃん別に」

「これもうエイミーは使わないだろ?」


「いや、使いますが」

「むしろ今ジル様を分からせるために使いたいと思っていますが」


 ならば尚更渡すわけにはいかないな。


「ねえ、あの店って何かしら?」


 僕の袖をくいくいと引っ張り、興味津々な様子でヘイゼルは声を上げた。


「どれ?」


 エイミーとの会話を強制終了し、僕はヘイゼルの言う方向へと眼をやる。


 そこには、多くの杖が並んだ屋台のような店がひっそりと営業していた。


「杖を売ってるみたいだね」


「見ていい?」


「いいよ」


 何故僕に許可を求めるのか謎だったが、とりあえず適当に返事しておいた。


「おや、いらっしゃい」

「何か探し物かい?」


 店に近づくなり、ヘイゼルは店主っぽいお婆さんに声をかけられた。


「!」


 その瞬間、ピタリとヘイゼルの体が制止した。しかしよく見れば、身体は小刻みに震えていた。


「はぁ‥‥」


 全く、そういうことか。


 極度の人見知りである彼女は、緊張と驚きのあまりパニックに陥っているのだろう。仕方ない、ここはスマートに僕が助け舟をだしてやるとするか。


「ここは何の店なんですか?」


 僕は店の方へ歩み寄り、お婆さんへと声をかけた。


「魔法屋だよ」


 魔法屋?なんだそれ。


「魔法を売ってるんですか?」


 魔法を売るって、どういう意味だ。そもそも魔法って売り買いできるのか?


「そりゃあ魔法屋だからねぇ、治癒魔法から状態魔法まで幅広く扱ってるよ」


 お婆さんはきょとんとしている僕とヘイゼルに見せつけるように、近くに陳列されていた素朴な木の杖を手に取った。


「あらかじめ魔法を発動させておいてね、時を止めるんだよ」

「そうすれば杖の中に魔法が発動寸前で封印され、解けばすぐさま発動できるって仕組みさね」


「そうやって造られた杖を一般的に“魔封杖”と呼んでるのさ」


「凄い‥‥!」


 ヘイゼルは食い入るように、お婆さんの説明を聞いていた。


「これ、お婆さんが作ってるの?」


 さっきの緊張した様子など嘘のように、ぐいぐいと迫るヘイゼル。

 お婆さんと言っているが、多分ヘイゼルの方が年上‥‥いや、やめておこう。


「はは、私は造られたモノをただ扱っているだけさ」

「時を司る魔法なんて、常人がおいそれと扱えるものではないからね」


「‥‥そう」


「何か買ってくの?」


 考え込むように沈黙を始めたヘイゼルに、僕は思わず声をかけた。


「え、ええ」

「うちには本格的な治癒魔法を使える人がいないから、いくつか見ていった方がいいかもね」


「確かに」


 ヘイゼルの言うことは最もだ。傷ついた時に回復してくれる人間が居なければ、僕達は途端に全滅してしまう。ヘイゼルもエイミーも、簡単な治癒魔法なら使えるだろうが‥‥やはりそれだけでは心細い。


 僕とヘイゼルはお婆さんと相談しながら“とある3つの杖”を購入した。


「そうそう、ちょっと待ちね」


 杖を受け取り、立ち去ろうとする僕たちをお婆さんは引き留めた。


「魔封杖を使う時は、よく場所を考えて使うんだよ」


「場所?」


「聖都の連中は、魔封杖の製造を忌むべき技術として禁止している」

「聖都の影響力が強い町なんかでそいつを持ち歩いていたら、すぐさま取り押さえられるから気を付けるんだよ」


「マジで!?」


 ということは、聖都グランエルディア近隣の町は当然として、ルエル村のようにファミリアに加わろうとしている場所もだめってことか?!


「使うならギルド連盟の勢力圏内、もしくは無派閥の地域で使うことをお勧めするよ」


 ビオニエのようなね‥‥と最後に付け足して、お婆さんは店の奥へと引っ込んでいった。


「聖都のバカ共の決めたことなんて気にすることないわ」

「私達が使いたいときに使いましょう、ジル」


 ヘイゼルは涼し気にそう呟いた。




「おい!アンタ、もしかしてジルさんじゃないか?!」


 店からしばらく歩いたところで、突如として背後から声をかけられる。


「?」


 ジルさん?もしかして、僕の名を呼んだのか?


 慌てて背後を振り返ると、そこには大勢の人だかりが出来ていた。


「妖精の少女に魔法使いの女性、間違いない!」

「タイタンワームから町を救った英雄ジルフィーネだ!」


 男の声に反応し、さらに多くの人が集まってくる‥‥。


「町長から聞いたぜ、アンタらもうすぐ町を出ていくんだってな」


「は、はい‥‥そうですけど」


 町長口軽いな。


「なら急がないとね!ほら、付いてきて!」


 そう言って、踊り子のような服装に身を包んだ女性は僕の手を引きながら、そそくさと歩き出した。


「ちょ!どこ行くんですか!?」


「この町で一番大きな酒場よ、皆貴方たちにお礼を言いたくてうずうずしてるのよ」

「町を出る前に、ビオニエを愛する者達全員から、おもてなしをさせてちょうだい!」


 困惑する僕など気にも留めず、彼女は強引に進んでいく。


「ほら、お二人さんも!」


 呆気にとられるエイミーとヘイゼルを見かねた冒険者たちが、急かすように二人を酒場へと案内する。


「わわっ!?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよー!」


「‥‥」


 冒険者や町の住民たちに促されるまま、ジル達一行は町で一番の酒場へと案内された。



~ビオニエの酒場~




「みんな~!町を救った英雄サマ、連れて来たわよ~!!」


「おお!!」

「本物か!?こっち来い少年!!」


「まあ、タイタンワームを一撃で倒したというジル様が!?」


 暖かい照明に、賑やかに響き渡る談笑。店は完全に満席状態で、数百人の客人たちが各自のテーブルで思い思いのひと時を過ごしている。


 3階まで吹き抜けの店内は、解放感に溢れ――満席状態であっても微塵の窮屈さも感じさせなかった。



「‥‥すごい」


 昔、ゲームやアニメで見たようなファンタジーな酒場の風景が、目の前に広がっていた。

 勿論、ジョッキはガラス製ではなくタルの形をしている。


「はーい、ジル様の席はあっちねー」


 女性に案内されるまま、僕たちはガタイの良い初老のおじさんの横へと座らされた。


「おお、英雄ジル殿…よくぞ来てくださった」


「ど、どうも」


 この声‥‥どこかで聞いたような。


「私の名はゾルグ」

「栄えある聖都の騎士であり、ビオニエをこよなく愛する大酒飲みさ」


「ゾルグ‥‥?」


 何か聞いたことある名前だな。


「ゾルグって、確かトーナメントでヘイゼルさんと当たったごっつい騎士の名前じゃ」


 ピンと来ていないジルとヘイゼルに、エイミーはひそひそと耳打ちした。

 

「いかにもその通り」

「お恥ずかしながら、あの時はヘイゼル殿の魔法の前に大敗を喫してしまったのですが‥‥」


 ゾルグは少し恥ずかしそうにしながら、グイっとジョッキを飲み干した。年下の僕が言うのもなんだが、いい飲みっぷりだ。


「この町を救ってくれたこと、本当に感謝している」


「君たちの助力が無ければ、町は今頃無惨な瓦礫の山と化していただろう」

「聖都の騎士でありながら、このような幼い少年に遅れをとるなど‥‥不甲斐ないばかりだ」


 酒が回り、顔は赤くなっているが、その瞳は真剣に、鋭く僕たちを見つめていた。上辺だけではない。心の底から、ゾルグはジル達に感謝しているのだ。


「しかし、タイタンワームを一撃で切り伏せるとは‥‥ジル殿はもしかすると、かの外征騎士たちに並ぶ強者かもしれませんなぁ」


「今回はたまたま上手くいったというか、ズルをしたというか、何というか‥‥」


 あの力は僕の力というより、この肉体(アバター)の本当の持ち主が持っていた力だ。


「はっはっは、またまたご謙遜を」

「今までさぞ過酷な鍛練を積まれてきたのでしょう」


 まだお若いのに、立派なものです、とゾルグは赤い顔で微笑む。


「あ、ありがとうございます」


 怒涛の勢いで褒めちぎられて、照れくさい気持ちと、少しの後ろめたさで、僕の胸はいっぱいになりそうだった。


「して、御三方はどのような関係で?」

「もしよろしければ、旅の目的を聞かせては貰えませぬか?」


「それ、私も気になってたのよね!」


「まだ若いのに両手に花、だもんなぁ兄ちゃん」


 ゾルグの一言を聞き、近くの席に座っていた冒険者たちが、待ってましたと言わんばかりに首を突っ込んでくる。そんなに期待されても、別に面白いことは言えないけど‥‥。


「えっと、その、なんていうか‥‥」


 魔王を倒すために勇者として旅をしている。


 その通りなのだが‥‥いざ口に出そうとすると、気恥ずかしくてつい尻込みしてしまう。


 冷ややかな眼で見られたり、笑われたりしないだろうか。


「ふっふーん!聞いて驚け!」

「何を隠そうジル様は、この世界を救う勇者として、魔王を倒す旅をしているのです!」


「!?」


 僕の返答よりも先に、エイミーが大きな声で高らかに宣言した。


「勇者?」


「勇者って、あの勇者?」


「魔王を倒すだって?」


 微妙な反応が周囲に広がっていく。ああ、こうなると思ったから言いたくなかったのに‥‥!

 絶対頭おかしいヤツだって思われてるよこれ‥‥。


「なるほど!そうか、勇者か!!」

「ならばここまで腕が立つのも納得がいく!!」


「え・・・?」


 しかし、ゾルグは合点がいったと言わんばかりに大声で叫んだ。


「私、生きてる勇者って初めて見た‥‥すごい、感動しちゃう‥‥」


「なんてこった、オレ‥‥勇者様と喋っちまったよ!!」


 ジルの予想とは裏腹にビオニエの住民たちの反応は、暖かなものであった。構えていた肩の力が抜け、心がじんわりとほぐれていく‥‥。


 疑っていた自分が恥ずかくなるほど、彼らは僕を歓迎してくれた。


「では、次の目的地は聖都グランエルディアという訳ですな」


 勇者になりたくば、聖都へ向かわなければいけない。ゾルグの口ぶりから察するにそれは、この世界では常識の様であった。

 

「はい」


「そうですか‥‥私はもう、聖都を離れて長い身」

「あなた方を勇者として聖王へ推薦することはできませんが、せめてその道のりが穏やかなものであるように祈っておくとしましょう」


「はーい!!お待たせー!!」


 会話を遮るように、豪華な料理を両手に担いだ店員が勢いよくテーブルに割り込んできた。


「おおー!」


 香ばしいスパイスがふんだんに振りかけられた巨大な肉が、テーブルの中央に設置され、周囲にはメインディッシュを鮮やかに彩るかのように盛り付けられた、鮮やかな野菜たちが盛り付けられている。


 まるで絵に描いたような豪勢極まる華々しい食事が、目の前に広がっていた。


「なにこれめっちゃおいしそう!!」


「いい香り――!」


「食べていいですか!?いいですよね!!」


 食欲をそそりにそそる情景に、三人のボルテージは上がりまくっていた。


「勿論だとも、これはキミたちのための宴だ!今宵は朝まで飲むとしよう!!」


「おおおおおおお!!!!!!!!!」



「かんぱーい!!!」



 こうして、町を救った英雄を労う宴は穏やかな午後、まっ昼間から開宴した。


 酒場中には笑いが溢れ、賑やかな雰囲気はこの場に居る誰もを幸福な気持ちにさせていく。


 豪快な宴はいつまでも続き、ジル達が宿に着いたのは、朝を迎える間近の深夜であった。



 ~ビオニエの町・宿屋~



「うっぷ‥‥気持ち悪い‥‥」


「なんでベロベロになるまで飲むんだよバカ!」


「飲まなきゃ損かと思って‥‥」


 二人に肩を貸しながら、僕はやっとの思いで宿にたどり着く。


「このっ――!」


 塞がった両手の代わりに、片足を器用につかい、扉を開ける。


 部屋に入るなり、エイミーとヘイゼルを雑にベッドへと放り投げた。


「もっと優しくしてくらさいよぅ」


「知るか!」

「二日酔いで頭痛くても、明日には絶対ビオニエを出るからな!!」


「ふぐぅ‥‥」


 ベッドに寝かせた途端、静かなヘイゼルの寝息が聞こえ始めた。


「・・・」


 聞いちゃいねえ。


「―――はぁ」


 何だか今日も眠れない。明日には町を出るのだし、深夜の散歩がてら‥‥最後にビオニエを見て回ろうかな。



 もしかしたら、あの娼婦のお姉さんに会えるかもしれないし。


 なんて、淡い期待を抱きながら――僕は再び夜の街へと繰り出した。




「流石にこの時間帯にもなると、町の灯りも結構少なくなってきたな」


 ふらふらと町を歩きながら、そんな独り言を口にしてみる。


 それほど長く滞在していた訳では無いが、明日にはここを去ると思うと何だか少し寂しい気持ちになってきた。


「次に訪れる場所も、ビオニエのように暖かい人が沢山いるところだといいな」


 気持ちの良い夜風に吹かれながら、僕は再びあの娼館の前に訪れる。しかし‥‥そこにあのお姉さんは居なかった。


 最後に挨拶くらいしておきたかったけど―――まぁ、居ないのなら仕方ないか。中に入れば居るかもしれないが、残念ながら今の僕にこの扉を開ける勇気はない。


 僕は娼館を通り過ぎ、あてもなく歩を進める。


 しばらく歩くと町を一望できる展望台のような場所にたどり着いた。


「―――」


 目の前に広がる光景に、思わず息をのむ。


 僅かに明かりの灯ったビオニエの夜景は、現実世界では到底味わえないほど…とても美しいものだった。


 数分間夜景に見惚れたあと、僕はようやく近くのベンチに人がいることに気が付いた。


「あれ」


 見覚えのあるシルエットに僕は思わず声をかける。


「リリィ?」


「ひっ?!」


 急に背後から声をかけられてよっぽど驚いたのか、彼女は飛び上がるようにベンチから立ち上がり、僕の方へ振り返った。


「ジ、ジル!?うそ!?何でこんなところに?!」


「いや、ただの夜の散歩だけど」


「前も夜更けに会ったよね!?」

「キミ、深夜に町を徘徊しすぎじゃないか!?」


「は、徘徊じゃないし!散歩だし‥‥」


 確かに、ビオニエについてからはよく夜に出歩いているけれど…。


「僕が言うのも何だけど、こんなところで何してるんだ?」


 酒場にも姿を見せなかったし、どこか具合でも悪いのか?


「町の景色を‥‥最後に目に焼き付けておこうと思って」


 少し口ごもったあと、彼女は町を見下ろしながら静かに呟いた。


「最後?」


「ボク、明日にはこの町を出るんだ」

「戦槌の騎士ゼルマンでは無く、エルフの騎士リリィとしてもう一度、一人で鍛え直そうと思ってね」


 夜風に髪をなびかせながら、リリィは淡々と答えた。その瞳は儚げにビオニエの町を写している。


「ボクもそれなりに腕には自信があったけどさ‥‥キミやヘイゼル、あの強大なタイタンワームを目の当たりにして、考えが変わったんだ」

「今の実力じゃ、僕は誰も守れやしない」


「もっと強くならないと‥‥って」


 リリィの勇気ある行動のお陰で、ビオニエは救われた。彼女が居なければ、きっと皆死んでいただろう。間違いなく‥‥彼女はこの町を救った英雄だ。


 しかし彼女は自身の活躍に自惚れず、更なる高みを目指そうと必死にもがいている‥‥自分本位の僕とは大違いだ。


「リリィは――さ」

「どうして騎士になろうと思ったの?」


 騎士になる者がまるで存在しないエルフという種族の中で生まれ、彼女は何を見て、何を感じ―――皆を護る騎士になろうと思い至ったのだろう。


 彼女の原動力とは、いったい何なのだろうか。


「カッコイイから」


 僕の予想とは違い、やけに軽い返答がリリィの口から帰ってきた。


「それだけの理由で‥‥?」


 僕は思わず声に出して驚いてしまった。

 

「いやいや、カッコイイって結構重要なことだよ?」

「ジルだって世界を救うカッコイイいい勇者になりたいから、旅を続けてるんでしょ?」


「‥‥」


「どんな悪いヤツにも負けないカッコいい騎士になる!それが、ボクの夢なんだ」


「―――そうか」


 曇りのない、勇敢な眼で彼女は僕をじっと見つめた。

 絶対に夢を叶えるという、確固たる決意をリリィから感じる。


「そのためには、もっともっと腕を磨かないと‥‥いつまでも、カッコ悪いままではいられないしね」


 そう言って彼女は、静かにはにかんだ。

 全く、何をそんなに謙遜しているんだか‥‥彼女は自分を過小評価しすぎている。


「確かに今のキミは、キミ自身の思い描く理想像にはまだまだ遠いのかもしれないけど」

「それでも‥‥リリィはちっとも、カッコ悪くなんかなかったよ」


 150人の冒険者たちを指揮して、タイタンワームを真正面から迎え撃つ。そんな勇気ある行動をとることができたのは、彼女が真に民を想う騎士であったからだ。


 自らの体を盾にしてでも街を守り抜こうとする覚悟は、誰にでもマネできるものじゃない。


「ジル―――」


「むしろあの場に居た誰よりも、カッコよかったんじゃない?」


「そ、そんなことないよ!」

「タイタンワームを真っ二つにしたジルの姿の方が、とってもカッコよかったんだから!」


 顔を赤らめながら慌てて否定するリリィ。


 その様子が何だか面白くって、僕はすこし揶揄ってしまいたくなった。


「でも、リリィの方がカッコよかった」


「き、きみの方こそ!」


「いや、リリィの方が輝いてた」


「違う!ボクよりもジルの方が目立ってた――!」


「それでもリリィの方がカッコよかった」


「いや、ジルだ」


「リリィだね」


「ジルだ」


「リリィだ」


「ジル」


「圧倒的リリィ」


「っ‥‥!」


「リリィしか勝たん」


「わ、わかったから!!」

「もうそれ以上はやめてくれ―――!」


 恥ずかしさで頭がどうにかなりそうだ――とリリィは両手で顔を隠してしまった。

 耳は真っ赤で、頭の上から湯気が上がりそうになるほど、彼女はアガってしまっている。


 すまないリリィ、少しからかいすぎた。あまりにも反応が面白かったので、つい。


「ごめん、大丈夫……?」


「‥‥」

「‥‥‥‥てけ」


「え?」


「‥‥に……れてけ」


 顔を隠したままぼそぼそと何か言っているみたいだが、言葉が途切れ途切れで何を言っているのか良く分からない。


「なに?」


「ボクも聖都に連れてけ!!」


 半泣き状態の真っ赤な顔で、リリィは吹っ切れたように僕へと叫んだ。


「はぁ!?」


 何でそうなるんだよ!?というか、いまそんな話してたっけ!?


「どういう意味だよそれ!?」


 話の腰が折れに折れ曲がっている気がするのだが…!!


「ジル達は、聖都を目指しているんでしょ!?」

「じゃあ、ボクも一緒に連れてってよ!」


 何がじゃあ、だ。


「聖都の騎士になりたいのは分かるが、何で僕たちにくっついてくるんだよ!」


「ジル達と一緒に居れば、ボクは何だか強くなれる気がするんだ!」


「それに、さっきあれほどボクの事カッコイイカッコイイ言ってたじゃないか!」

「聖都の騎士になって活躍するカッコイイボクの姿を見たいだろ!?」


「別に見たくない!!勝手に頑張れ!!」


「何てこと言うんだキミは!!新手のツンデレか!」


「ツンデレじゃねえ!」

「第一、さっき一人で一から鍛え直すって言ってたじゃないか!」


 滅茶苦茶真面目そうに語っていたくせに、言ってることが早速食い違ってるぞ!?


「え、そう――?」

「じゃあさっきの無し!」


「はあ!?」


 手の平くるっくるかよこいつ!!


「別にいいだろう!?雑用だって何だってするし!」

「聖都のことは、よく調べてたから情報面でも役に立てると思う――!」

「絶対にお荷物にはならない!」


 鬼気迫る表情で、詰め寄るリリィ。


 しかし、訳も分からず彼女を旅に同行させるわけには行かない。最悪の場合、巻き込まれた彼女が命を落とす可能性だってある。


 僕はリリィの夢を奪うようなことだけは、絶対にしたくない。


「駄目だ」


「ジル‥‥きみはもしかしてボクのことが嫌いなの?」


「好きとか嫌いだとか、そういうレベルの低いことを言ってるんじゃない」

「何でついて来るのか‥‥その理由を聞いているんだ」


「大した理由もなく、リリィを一緒に連れて行くわけには‥‥‥‥」


「理由ならある」


「?」



「ボクが夢を果たす瞬間を、一番近くでキミに見ていてほしいからだ」



 僕の言葉を遮って、リリィは力強く応えた。


 顔はまだ少し赤いが、瞳は真剣そのものだ。決して軽い気持ちで言っているでは無いことは、容易に見て取れる。


「どうして僕なんだ」


 知り合ってたった数日の仲の僕を、どうして‥‥。


「だって、ジルはボクが初めて全てを曝け出せた相手なんだ」


「ボクの夢を見届けるのはキミ以外‥‥ありえないよ」


 何とか言葉を最後まで言い終えて、リリィは気恥ずかしそうに眼を逸らす。

 一方の僕は、完全に呆気にとられており‥‥ただその場に立ち尽くしていた。


「――――」


 ああ、そうだ。


 そういえば、僕はエルフであることを恥じる彼女に対して“誰よりも強い騎士になって見返せ”なんて偉そうなことを言ったのだった。


 その言葉の責任は、当然果たさなければいけないだろう。


「‥‥はぁ」


「確かに‥‥リリィが夢を果たす瞬間を見届けるのは、僕以外ありえないな」


「ジル―――!!」


 リリィの顔が、煌くように明るくなる。


「やった!やったーーー!!」


 体を大きく伸ばして、歓喜するリリィ。無邪気にはしゃぐ様子は、凛とした騎士というよりも、年頃の女の子のようであった。


「じゃ!明日町の正門の前で待ってるからね!」

「荷物をまとめて、お昼くらいには着くと思うから!」


「おう」


「絶対に行くから、遅くても置いて行ったりしないでね?」


「分かってるって‥‥」


 ここまできて約束を破ったりなんかしないよ。


「ふふ、じゃあまた明日!」

「ジルも徘徊は程々にして、ゆっくり休んでね!」


「徘徊じゃねえっての」


 水を得た魚のように、彼女は元気よく走り去ってしまった。


「・・・」


 そういえば‥‥。


 リリィの加入を、エイミーやヘイゼルに相談せずに決めてしまったけど‥‥まぁ、大丈夫か。


 いちいちそんな事で怒るような心の狭い連中でもないだろうし。



 ~翌朝・宿屋~


「はぁ!?何でそんな大事なこと勝手に決めてんですかこの野郎!」


 怒られた。


「別にいいんじゃない?あのエルフ、少しは腕が立つみたいだし」


 興味なさげに、やたら眠そうな顔でヘイゼルがエイミーをなだめた。


「良くねーですよ!!」

「今思えば、ヘイゼルさんを仲間にした時も相棒であるこの私に一言も無かったですよね!?」


「あの時は事情が事情っていうか‥‥」


 悪かったとは思ってる。


「しかも、昨日の晩―――私達がぐーすか眠りこくっている間に二人で深夜に密会して決めたなんて怪し過ぎます!!」


「そういう変なのじゃないから!」


 密会って…もっとマシな言い回しがあるだろうが!


「言われてみればそうね、やっぱりさっきの無しで」


「いいだろ別に!彼女は聖都のことにも詳しいみたいだし、戦力的にも申し分ない」

「それに何より可愛…」


「あ?」


「は?」


 失言しかけた僕に対して、二つの殺意がのしかかる。

 危ない危ない、もう少し口を滑らせれば、僕の命は無かっただろう。


「とにかく!!」

「リリィはこの先の旅路で絶対に必要な存在だと思うし、今回だけは大目に見てくれないかな」


 一生のお願い、と言わんばかりに僕は深く頭を下げた。


「こいつも反省しているし‥‥今回は許してあげたら?」


「はぁ、仕方ないですねぇ」


 ヘイゼルさんがそこまで言うなら――と、エイミーはしぶしぶ了承してくれた。


「エイミー、ヘイゼル…!」


 ありがとうヘイゼル!これからもチョロい自分を大切に生きてくれ!


「見逃すのは今回だけですよ、ジル様」

「次無断で女の子を味方に引き入れたら、切り落としますからね」


「何を!?」


「ナニを」


 ふざけた会話もそこそこに、僕たちは荷物をまとめて宿屋を後にした。


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