第28話 立ち塞ぐ絶望、芽吹く希望
体が鉛のようになって動かない。
薬の効果もそろそろ切れる頃合いだろう‥‥丸薬の力無しでは、ボクはこの重い鎧を着たまま立ち上がることすらできない。
ああ、意識がおぼろげになっていく。
まぁ‥‥それもそうか。
ただでさえ強力な副作用をもつ丸薬を、あれだけ大量に服用したんだ。心臓が止まったっておかしくはない。
ああ―――クソ。
完全に、詰みじゃないか。
「‥‥皆の者」
万策が付き、絶体絶命の状況でこの場に居る全員が混乱する中で、騎士は皆を諭すように―――淡々と呟いた。
「町に残った人々を誘導し、即刻避難せよ」
「避難ったって!」
「もう町のすぐ近くまでタイタンワームが迫ってるってのに、どうやって町の人間を避難させるんだよ!」
「どう考えても時間が足りないわ‥‥!」
「皆が逃げるまでの時間は、私が稼いで見せる」
堂々たる佇まいで、血斧の騎士は言った。
「あんた一人でか…?」
「他に誰が居る?」
「グズグズしている時間は無いぞ、さぁ―――早く行け!」
「‥‥すまない」
ゾルグの号令を聞き、冒険者たちはいっせいに町へと退散した。
勇敢なる騎士の覚悟を無駄にしないため、町の人々の命を救うため‥‥彼らはがむしゃらに駆け出した。
「ホルーラ」
ゾルグはゼルマンの元へと駆け寄ると、回復の魔法を唱えた。
「‥‥ゾルグ殿」
意識が徐々に回復し、全身から体の痛みが消えていく‥‥ボロボロの体にむち打ちながら、ゼルマンは立ち上がった。
「貴公の痛覚をシャットアウトした」
「傷が癒えたわけではないが、今の状態ならこの場から逃げ切れるはずだ」
「何を言っているのですか‥‥私も戦います!」
逃げるなんて冗談じゃない!
ボクは150人の命を預かる指揮官だ、命が尽きるまで―――最後まで戦う!
「私の回復魔法無しでは立つことすらできない、その体でか?」
ゼルマンの震える手足を見つめながら、ゾルグは言い放った。
「確かに私は手負いですが、それはゾルグ殿も同じこと!」
「貴方を置いて私だけ逃げることなど‥‥」
「二度は言わぬ」
「早く―――ここから立ち去れ」
「!」
ゾルグ殿―――。
「この60年間、騎士である以上は、いつ、どこで死のうと悔いはないよう生きて来た」
「死ぬ覚悟など、とうの昔に出来ている‥‥老兵は後進に道を示し、ただ去るのみだ」
そんな――死ぬ覚悟なんて―――。
「だが貴公は違う‥‥次世代を担う若人として、民草を守護する騎士として、生きなければならない」
「‥‥ふ」
「達者でな、戦槌の騎士よ」
「貴公と共に肩を並べられたこと、心から誇らしく思うぞ」
「ゾルグ殿‥‥待ってくれ!!」
ゼルマンの制止に聞く耳など持たず―――ゾルグは荒れ狂いながら町へ進行するタイタンワームへ最後の戦いを挑むため、ゆっくりと歩き始めた。
「ゾルグ殿・・・・!」
結局、ボクは誰も守ることができないのか。
故郷を離れ、鍛練を積み重ね、魔物を倒し―――どれほど努力しても、理想の騎士になんてなれやしなかった‥‥。
それも全部、ボクが非力なエルフなんかに生まれたせいだ。
エルフなんかに生まれなければ、ボクは今頃もっと強くなって、聖都の騎士にだってなれていたはずなのに‥‥ボクの望む全てを、守ることができたはずなのに。
遠くなっていくゾルグの背を見つめながら、ゼルマンの心は葛藤の海に呑まれていた。
「・・・・」
薬の効果が続いているうちに、さっさとここから立ち去るか‥‥ゾルグと共に、ビオニエのために玉砕するか。
ボクは‥‥ボクはいったいどうすればいい?
「キミは、キミのままでいいと思うよ」
「!」
たった一言。
唐突に、頭の中にたった一言のフレーズが浮かび上がる。
ああ、知っている。この言葉は―――あのジルとかいう少年に無責任に投げかけられた言葉だ。
取るに足らない安い同情とは違う。誰でも言ってくれそうな言葉だが、誰も言ってくれなかった言葉。
ボクが‥‥心の奥底で、最も欲していた言葉。
「ふふ‥‥」
「ボクの今までの苦労もしらないで、よく言ってくれるよ」
でも、お陰で吹っ切れた。
ボクは―――ありのままのボクで戦う。
「もう、自分を隠すことなんてするものか‥‥!!」
決意を新たに、純白の騎士は立ち上がる。
重いだけの鎧は、もう必要ない。
自らの姿を隠す兜も、もう必要ない。
女であることを隠すための偽名も―――もう、要らない!
エルフの騎士は、身にまとっていたしがらみ全てを脱ぎ捨てる。
彼女の心に迷いはない。戦槌を捨て―――ただ、皆を守るための装備。
“大盾”を手に、少女は歩き出す。
「ガァァァァ!!!!」
怒涛の勢いで進撃するタイタンワーム。町との距離はもう数十mしか残っていない。
ゾルグが止めなければ、この一撃で―――確実に町は滅び去るだろう。
「サマリの神々よ――どうか私に、悪を滅する力を授けたまえ」
「さぁ、受けてみるがいい我が最終奥義‥‥超・血斧斬を!!」
ゾルグはタイタンワームの進路に立ちふさがり、最後の一撃を放とうとしていた。
「・・・」
あと十数秒で、ヤツと私は接触する。その頃――もう私の命は‥‥。
「ふっ、今になって怖気づくとは‥‥私もまだまだ若人であったということか」
しかし―――突如として、ゾルグの視界に人影がよぎった。
「!!」
その人物は堂々とゾルグの前に立ちふさがると、迫りくるタイタンワームをただ真っ直ぐと見据えていた。
「だ、誰だ!?」
「こんなところで何をしている!?」
「下がっていてください、ゾルグさん」
「ここはボクが受け持ちます」
「?!」
女郎花色の髪に、尖った耳―――透き通るほど美しい肌に、深い藍の瞳。
そして、人間とは比較にならないほど強大な魔力。
間違いない、この少女は‥‥!
「―――エルフなのか」
「はい、エルフです」
照れくさそうにしながら、エルフの少女は頷いた。
「もう、自分を隠すのは止めたんです」
「たとえ馬鹿にされようと、ボクは―――ボクのままでいい」
「まさか貴公は‥‥!」
「ええ、ボクは戦槌の騎士ゼルマンと名乗っていたものです」
「ゼルマンが‥‥エルフだと!?」
目にする全てに驚きを隠せず、ゾルグは狼狽える。
「ボクの本当の名はリリィ―――リリィ・フロエリーゼ」
「世界樹の元より生まれた、純血のエルフです」