第27話 タイタンワーム迎撃作戦
~北の洞穴・周辺~
「流石にアレは、どうしようもないですね」
タイタンワームが過ぎ去り、えぐれた地面を見ながらエイミーが呟いた。
「タイタンワームは魔物というより、生きる災害‥‥どうにかしようなんて考えること自体が間違っているのよ」
「辛いけど、私達にはどうすることもできないわ」
半ば諦めたように、ヘイゼルは開き直った。彼女の言う通り、この場に居る誰もがタイタンワームに対抗する手段など持ち合わせていなかった。
僕が端からチクチク攻撃したところで見向きもされないだろう。
「いや―――今すぐ戻ろう」
しかし、ジルは決意した。
「ジル、アンタ私の話聞いてた?」
「ビオニエの町はもう助からない、私達にはあの怪物を止めるすべが無いのよ‥‥!?」
気でも触れたのか、と彼女は激しくジルに詰め寄った。
「それでも、ビオニエを見捨てることなんてできない」
「ジル様‥‥」
「じゃあ聞くけど、今から町に戻ってアンタに何ができるっていうのよ」
「あんな巨大な怪物相手に、どう戦うつもり?!」
苛立ちながら、ヘイゼルはジルの真意を問う。
「分からない―――でも行かなきゃ」
「っ!」
分からない?そんな曖昧な理由で、タイタンワームと戦うつもり!?
ヘイゼルは町へと歩き出そうとするジルの肩を掴み、強引に自身の正面へと向き直させた。
「馬鹿な真似はやめて!」
「行ったらアンタも死ぬかもしれないのよ――?」
「それでも構わない」
あっさり吐き捨てたジルに、彼女の怒りは頂点に達した。
彼女に生きることの大切さを説いた男が、こうも簡単に自分の命を投げ出そうとしている事実を‥‥許すことができなかったのだ。
「アンタ本気で―――!」
「もし今ビオニエを見捨てたら、僕はもう二度と‥‥自分の事を勇者とは名乗れなくなると思うから」
ヘイゼルの言葉を強引に遮るように、ジルは彼女の瞳をじっと見据えて、力強く己の信念を告げる。
「だってそうだろ?」
「勇者ってのはみんなのヒーローで、救世主で、悪いヤツがいたらすぐに駆けつけてやっつけてくれる、憧れの存在」
「その勇者が魔物にビビって町を見捨てたりなんかしたら、町の人はいったい誰にすがればいい?」
「いったい誰に、助けを求めればいい?」
「・・・」
タイタンワームが進路を変えなければ、間違いなくビオニエの町に突っ込むだろう‥‥もしそうなれば間違いなく町は壊滅する。
ゼルマンも、酒場の陽気な冒険者たちも、旅の足屋の店主も、娼館のお姉さんも―――みんな死んでしまうかもしれない。
それだけは、絶対に嫌だ。
「できるだけのことはやりたい‥‥後悔だけはしたくないんだ」
~ビオニエの町・正門前~
「先行している者達の攻撃が失敗した場合、皆には町の外壁に取り付けられているバリスタをタイタンワーム目掛けて連射してもらう」
「ちょっと待ってくれ」
「先行しているヤツらの魔装銃が効かなったんなら、後から俺たちが撃ちまくったところで意味ねえんじゃねえか?」
不安げな顔で、一人の冒険者が声を上げた。だが、もちろんそこも問題ない。しっかりと対策を練ってある。
「先行隊の魔装銃には魔力で作られた弾丸が装填されているが、こちらには強力な麻痺毒を塗りたくった矢が装填されている」
「もしタイタンワームの進路を変えることが出来なければ、我々がこの麻痺毒によって強化されたバリスタでヤツの動きを止める」
進路を変えることができなくとも、動きを止められさえすればどうにでもなる。
まぁ‥‥そう簡単に止まってくれるとは思えないが。
「ゼルマン殿!タイタンワームが目視距離に入りました!」
物見台から様子を見ていた一人の冒険者が大きな声で叫んだ。
「‥‥来たか!」
話には聞いていたけれど、やっぱり大きい。見たところ、ヤツとの距離は約1kmほどか‥‥。
「各自、配置についてくれ」
「タイタンワームがバリスタの有効距離に入ったら、私の指示を待たずに撃ちまくってくれて構わない!」
ゼルマンの指示を受け、冒険者たちは急いで町の外壁に備え付けられたバリスタの元へと駆け寄っていく。
「あれがタイタンワーム‥‥」
「なんか不安になってきた―――この距離でも分かるって相当デカいよ‥‥?」
「怯むなよ、相手は巨大な芋虫一匹だ!」
不穏な空気を払拭するように、ゾルグが声を張り上げた。
「―――」
先行している者達からの連絡が遅い。そろそろ進展があってもいい頃合いだと思うけど―――!
「ゼルマン殿!先行隊より連絡です!」
「魔装銃による攻撃は効果なし、タイタンワームの進路を変えることは不可能とのこと‥‥!」
「くっ」
正面で迎え撃つしかないか‥‥。
しかし、バリスタを撃ち始めてから麻痺毒がヤツの体に回るまでに多少の時間がかかってしまう。
ヤツが麻痺して動けなくなるまで、誰か足止めをする人間が必要だ。
「ゾルグ殿!私と一緒に来てください!」
「うむ、分かった」
「残りの者はタイタンワームへひたすら麻痺毒を撃ちまくれ!ここで止められなければビオニエはお終いだぞ―――!」
「先行していたヤツらが失敗したのか!?」
「なんとしてでも俺たちで止めねえと…!」
先行隊の失敗を知り、周囲に緊張が走る。ゼルマンはゾルグを連れ、真剣な面持ちで正門から町の外へと歩きだした。
「皆がバリスタをタイタンワームに撃ち続けている間に、私とゾルグ殿でタイタンワームを足止めします」
「麻痺毒がタイタンワームに効くまでにどれほどの時間を要するかは不明ですが‥‥」
「やるしかない、ということだな」
「いいだろう、血斧のゾルグの実力――余すところなくお見せしよう!」
ゾルグは思いっきり地面を蹴ると、ゼルマンを置きざりに――単身でタイタンワームへと突っ込んでいった。
「ゾルグ殿!?」
もうあんなに遠くに‥‥!現役を引退した身でありながら、なんという脚力か!
「龍と見間違うほどの巨大な魔物!手にとって不足無し!」
「我が必殺の一撃、とくと味わえ――――!」
ゾルグはタイタンワームの目の前で飛び上がり、手に持った巨大な大斧を天高く掲げ―――。
「血斧斬!!!」
全ての力を動員し、多くの魔物を葬り去った必殺の一撃を放つ!
振り下ろされた大斧が、怒涛の勢いでタイタンワームの顔面を切り裂いた――!!
「ゥゥゥゥゥゥ‥‥」
巨体に刻まれた大きな傷口からは、真っ赤な鮮血が噴き出している。
「首を刎ねるつもりで放ったのだが、かすり傷一つとはな‥‥!」
「グゥゥ―――」
ギョロリとした巨大な眼が、ゾルグの姿をしっかりと捉える。
道端に散らばるゴミでしか無かった、ちっぽけな人間を‥‥怪物はようやく、排除すべき脅威だと判断したのだ。
「ようやく私を見たな、化け物め」
「いいだろう―――どこからでもかかってくるがいい!!」
「ォォォォァァァァ―――!!」
地鳴りのような雄叫びをあげながら、その破格の巨体でゾルグを圧し潰さんと、タイタンワームは体を大きくうねらせる!
「おい!」
「何だか攻撃が激しくなってきやがったぞ―――!!」
「ボゴスの兄貴!口はいいから手を!手を動かしてくだせえ!!」
「俺らの麻痺毒が効かなきゃ、ビオニエはペシャンコにされちまいますぜ!」
「ゾルグを援護するぞ―――!!」
暴れ回るタイタンワーム目掛けて何百発もの麻痺毒が冒険者によって放たれる!
しかし、タイタンワームは四方八方から吹き荒れる麻痺毒の矢には目もくれず‥‥狂ったように、執拗に、ゾルグ目がけて暴れ続けた。
「むぅ、攻撃が激しい―――!」
あの巨体から、いつまでも逃げ切れる訳がない。
多少リスクを冒そうともヤツの傷口にもう一度血斧斬を放ち、動きを鈍らせなければ!
「はッ!」
ゾルグは再び宙高く飛び上がり、大斧を天高く掲げた――!
「今度こそ決めてやる!」
彼の決死の一撃が、再びタイタンワームに炸裂するかに思えた。
しかし――――。
「ォァァァァァ――――!」
「?!」
怪物の眼は、斧を振り下ろすまでに生じるゾルグの隙を見逃さなかった。
タイタンワームの巨大な瞳から、鎧をも溶かす強力な酸がゾルグに向かって噴出される!
「ぐあッ!!」
強酸を全身に浴び、弱り切った蚊のようにあっけなく落下していくゾルグ。
「お、おい―――ゾルグが!」・
「構うな!撃ち続けろ―――!」
「ッ―――!」
体全身が焼けるように熱い‥‥早く回復を‥‥。
タイタンワームによって放たれた強酸はゾルグの体をじわじわと蝕み、徐々に体力を奪っていく。
あの一撃をまともに受けてしまっては、流石のゾルグでも、片膝をついて倒れこまないようにするのが精々のところであった。
「ゥゥゥゥゥゥ‥‥」
弱り切った老兵を無慈悲に見下ろすタイタンワーム。その様子はまさに、蛇に睨まれた蛙そのものであった。
タイタンワームは、身動きの取れなくなったゾルグ相手に最後の一撃を繰り出す‥‥!
「あの巨体で踏みつぶされれば一たまりもない‥‥くっ―――最早ここまでか!」
山のような巨体が今、ゾルグを圧し潰さんと迫りくる!
「はぁーーッ!!」
「!?」
あまりの光景に思わず自らの眼を疑う。
あのタイタンワームの巨体から繰り出された攻撃を、間に割って入ったゼルマンがたった一人で抑えているではないか―――!
「どけえええっ!!!」
ゼルマンは手に持った大盾で真っ向からタイタンワームの攻撃を防ぎきってしまった。
「ヴウウウウウウ――――!」
衝撃を跳ねのけられたタイタンワームは大地をえぐりながら、大きく姿勢を崩す。いかにギルド推薦の騎士といえど―――たった一人の人間が、タイタンワーム相手に真っ向から打ち勝てるハズが無い。
目の前に広がる現実に、ゾルグは自らの命が救われたことも忘れ‥‥ただ驚きを隠せないでいた。
「なんという‥‥」
「ゾルグ殿、しばしその場で安静に―――ヤツは私が受け持ちます」
「しかし‥‥」
ゾルグの言葉を最後まで聞くことなく、ゼルマンは単身でタイタンワームへと向かっていった。
「今のボクになら、一人でもタイタンワームを倒せるはずだ――!」
薬を大量に服用したんだ。それくらい効果が無くては困る‥‥!
「叩き潰せ、我が戦槌!!」
体勢を崩し、大きく怯んでいるタイタンワームの顔面へありったけの力で戦槌を叩きこむ――!!
大地が割れるほどの衝撃が、周囲にほとばしり、大きくタイタンワームの体を揺らす。
「もう一発!」
今が好機と言わんばかりに、ゼルマンは怒涛の連撃をタイタンワームへとお見舞いした。
「――――――ゥゥ!」
ゼルマンの攻撃を喰らったタイタンワームは脳震盪でも起こしたかのように、小刻みに震え――思うように動けずにいた。
更に、ようやく麻痺毒が体に回り始めたのだろう。次第にタイタンワームを襲う痙攣は大きくなっていき、ついにはピタリとも動かなくなってしまった。
「すげえ‥‥タイタンワームを、正面から殴り倒しやがった」
「戦槌の騎士って、あんなに強かったっけ!?」
「やった、やったぞ!!」
「戦槌の騎士があのタイタンワームを倒しやがった―――!!!」
「まさか本当に勝てるなんて‥‥夢でも見てるみたいだぜ」
冒険者たちは歓喜に震え、勝利の凱歌を口ずさむ。勝ち目が無いかに思われた戦いは、たった一人の騎士の力によって覆されたのだ。
「やったのか―――?」
タイタンワームを正面から殴り倒し、町を救った。その事実に一番驚きを隠せずにいたのは、他でもないゼルマン自身であった。
「すごい、本当にボクが‥‥!!!」
すごい、すごいぞ―――!タイタンワームを倒すなんて、まさに外征騎士レベルじゃないか!
エルフのボクでも、ここまでやれるんだ―――!
倒れこむタイタンワームの傍らで、ゼルマンは天にも昇るような達成感に包まれていた。
「これでボクも、晴れて聖都の騎士に―――」
「グゥゥゥゥ―――」
なんだ、今のうめき声は。
まさか―――。
「ガァァァァ!!!!!!!!」
「ゼルマン殿!その場から離れるんだ!」
突如として息を吹き返すタイタンワーム。
完全に油断したゼルマンは、防御すらできず―――。
「しまっ‥‥」
タイタンワームの巨大な尾による一撃を、真っ向から受けてしまった。
「ッ!!!」
ゴミのように吹き飛ばされたゼルマンは、目にもとまらぬ勢いで町の外壁へと衝突する―――!
強固な外壁は大砲でも撃ち込まれたかのように、大きくへこんでいた。
「ごはっ―――!」
内臓が損傷し、血液が口から絶えず噴き出してくる。想像を絶するほどのダメージが、ゼルマンの肉体へと刻まれた。
完全に油断した。まさか、まだヤツが生きていたなんて。
なんとか、なんとかしなければ‥‥。
「野郎また動き出しやがった!!!」
「兄貴…もしかしなくても、これってヤバいんじゃ―――」
「ど、どうしやす兄貴!?」
盗賊狩りのリーダーも、この危機的状況においてはただのちっぽけな人間。あの強大な怪物に対抗できるはずもなかった。
「ゼルマンがやられたのか!?」
「くそっ、もうバリスタの矢もなくなっちまったぞ――!」
タイタンワームが目覚めたことにより、戦況は一変する。希望に満ちた人々の顔は陰り、絶望に染められていく‥‥。
「態勢を立て直す!!」
「各自、町の正門付近まで後退するんだ――!」
動けなくなった指揮官に代わり、ゾルグが号令をかけた。彼の号令を聞きつけ、全ての冒険者が町の入り口へと集まってくる。
「どうするんだよゾルグ!」
「麻痺毒の効果があそこまで薄いなんて聞いてねーぞ!」
「もうおしまいよ―――早く町長を連れてここから離れましょう!!」
半狂乱の冒険者たちが、一斉にゾルグへと詰め寄る。
「ゼルマン殿の指示無くして、ここを離れる訳にはいかない」
恐怖に支配され、思考が汚染されていく彼らを前に――ゾルグはきっぱりと言い放った。
「ゾルグ、殿‥‥」
足を引きずり―――よろけながら、ゼルマンが姿を現した。
「貴公‥‥大丈夫か!?」
「タイタンワームの討伐は失敗だ……もう、我々に打つ手はない」
残酷な真実だけを告げ、ゼルマンはその場に倒れこんだ。