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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第1章・旅の始まり
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第2話 ルエル村へようこそ

「ああ…喉渇いた…」


「かれこれ三日は何も食べてないですよ―――」


 薄暗い部屋に石の壁、おまけに錆付いた鉄格子。まさに地下牢のお手本とも言えるような檻の中に、僕たちはいた。二人が大の字になって寝転ぶのがやっとの広さの狭っくるしい空間に、二人は死体のように転がっている。


 この地下牢に放り込まれてから、もう三日間も何も食べていない。ああ、心なしかエイミーの羽のツヤ具合も下がっているような‥‥妖精も空腹には耐えれらないのか。まぁ、妖精だって生き物だもんなぁ。


 いや、それより―――。


「エイミーってさ、羽生えてるし何だか虫みたいだよね」


「それがどうかしたんですか‥‥」


「知ってる?虫ってさ‥‥食べられるらしいよ」


「―――ジル様。お願いです、死んでください」


 か弱くも、殺意のこもった声が僕の鼓膜を力なく通り抜ける。普段の明るい彼女の姿とは全く異なる、暗い声だ。正直、こんな馬鹿なやりとりをするのも辛いほど、僕たちの体力は疲弊しきっていた。


「‥‥はぁ」


 ああ、どうしてこうなった‥‥。



   ~さかのぼること三日前、エイミーと出会って数分後~

   ~二人は宿を探すため、近くの村へ向かって歩を進めていた~



「では!めでたく勇者となったジル様に、この世界で生きるにあたって必要な基礎知識をお教えしましょう!」


「基礎知識?」


 唐突だな。


「はい!村への道中、終始無言ではつまらないと思いますので!」


「別にいいよ、長くなりそうだし」


「まず一つ目!」


「人の話全然聞いてないな?!」


「この世界の在り方についてです!ジル様は今いるこの世界がどういうモノかご存じですか?」


「僕がいた時代から一万年後のユフテルだっけ?」


 エイミーの話を鵜呑みにするのなら全てのプレイヤーは、アーク誕生20周年目前の“あの日”に死んだことになっている。そしてあの日から一万年後の今日、今回の事件の主犯である<魔王>を倒すための<勇者>として、僕は無数のユーザーの中から選ばれ、生まれ変わった。


 未だにエイミーの言うことは半信半疑だが、アークの全システムがダウンしている理由、一斉にYFからプレイヤーが消えた理由としては、彼女の言うことで一応説明がつく。


「はい、ここは確かにアークの人気ゲーム“YF”の中ですが…貴方が知っているそれとは全くの別物です。様々な空想の生物が暮らす異世界の中に、外の世界を知る人間はあなた一人だけ。頼れるフレンドも、様々なサポートをしてくれる運営も、ここにはいない。文字通り、貴方の身一つでこの夢溢れるファンタジー世界を生き抜かなければならないのです」


 ファンタジーねぇ。


「鼻血をドバドバ出すような妖精に、今更ファンタジーとか夢のようなとか言われても‥‥」


「あんなにドバッたのは私もあれが初めてですけどね!というか、いつも鼻血だしてるみたいな言い方辞めてください。不愉快です。そもそもジル様が私にヘッドバットしなければ、あんなことにはならなかったんですからね!」


 いや、寝てる人間の顔をあんなに覗き込む方がおかしいのでは。


「でもまぁ、ほら!異世界とか最近流行ってますし、今の状況を何となく想像はしやすいでしょう?」


 最近って―――異世界モノが流行っていたのは今から半世紀以上前だろ。


「とにかく、この世界の住人はAIではなく“生きている一個体の生命”と認識していただければ!」


 ぐいっと顔をにじり寄せてくるエイミー。僕はその暑苦しい視線に耐えきれず、眼を逸らした。


「あ!ジル様見てください!そろそろ目的地が見えてきましたよ!ルエル村です!」


 一段とはしゃぐエイミー、その眼線の先には、巨大な森の中に無理やり作ったかのような――自然と人工物の融合が特徴的な大きな村があった。


「すごい――!」


 あまりに幻想的な風景に、僕は思わず感嘆の音をこぼす。


 村は全体的に暖かく、落ち着いた基調の木製の民家が無作為に立ち並び、周囲は巨大な木々で囲まれていた。村の中央にはレンガ造りのひときわ立派な建物が静かに佇んでおり、素朴な村と相反して独特の雰囲気を放っている。


「まるで秘密基地みたいだ」


 ルエル村に近づくにつれて、先ほどの位置からは見えなかった“嫌なもの”が目に入る。


「エイミー、あれって」


「はい、村を警備する門番のようです。でもおかしいですね…前は門番なんていなかったのに」


 あぁ、なんだかすごく嫌な予感が…。


「止まれ」


 鎧を着た門番は僕たちに気が付くと、手に持った槍を見せつけるように僕たちの行く手を塞いだ。


「お前たち、村のものではないな?見ない顔だが、どこのファミリアのものだ?」


 こもった低い声で、門番は僕たちを問い詰める。


「えーっと」


 ファミリア?ファミリアって何だ?


「ラダ・ファミリアから観光に来たものです!」


 聞きなれない単語に困惑し、返答に困っている僕に助け舟を出すように、エイミーは会話に割り込んできた。この世界の情勢に詳しくない僕にとって、頼りになるのはAIである彼女の知識だけだ。ここは大人しく、彼女の言うことに合わせよう。


「妖精がラダ・ファミリアから?ということは“イルエラの森”を超えてきたのか」


「はい!」


 元気いっぱいに嘘をつくエイミー。


 森って、村の周りに広がるでっかい森のことだよな?僕たちは森とは真逆の方向から歩いてきたけど…とにかくここは黙っておくのが良さそうだ。


「うーむ、そうか…」


 返答を聞いた途端、何故か門番の表情が曇る。エイミーのしょうもない嘘がバレたのではないかと心臓をバクバクさせながら、僕たちは門番の次の言葉を待った。


「あの森には最近、魔女が頻繁に出没しているのだが…お前たちは何ともなかったのか?」


 僕たちの不安とは裏腹に、門番はか弱い冒険者を気遣うような口調で問いかけた。


「え?ええ!はい!勿論!私は妖精なので、森に溶け込むのは得意ですし、それに‥‥」


 エイミーはニタニタとした顔で僕の方をちらっと振り返り、先ほどよりも大きな声で元気いっぱいこう続けた。


「とっても強くて腕の立つ用心棒もいますので!怖いものはありません!」


 イヤミか!


「この少年が用心棒だと?」


 品定めをするように、まじまじと、門番は僕の顔を見つめる。


 そして―――。


「がっはっはっは!こんな弱そうな用心棒がいるものか!まだ全然ガキじゃないか!お前たちが森で魔女に襲われなかったのは、弱すぎて相手にされなかっただけであろうよ」


 門番は恥ずかしげもなく口を開けて大笑いする。弱そうなガキとは、随分な言われようだ。ふん、別にいいよ、いちいち怒ることでもない。そもそも、この肉体(アバター)は本当は僕のものではないし。実際‥‥僕は弱いんだしね。


「いささか怪しいが…まぁ、どうせ悪さもできんだろう。よし、通ってよいぞ!」


 ふう、一時はどうなるかと思ったが――何とかなったみたいだ。


「ありがとうございます!」


 エイミーはお礼をいうと、そそくさと村の中へ入っていく。彼女の後を追うように、僕も門番の横を足早に通り抜ける―――はずだった。


「む…!?待て!!止まれ!」


「え!?」


 突然、門番に腕を強引に掴まれ制止されてしまった。


「なに!?どうしたんです!?」


 慌てた様子で戻ってくるエイミー。並々ならぬ状況に、緊張感が走る。


「貴様!魔女の手先だな!?」


「はぁ!?」


 門番は鋭い目つきのまま、僕たちを見つめてそう叫んだ。何を思って僕を魔女の手先と断じたかは知らないが、訳の分からない言いがかりをつけられては困る。さっきはガキだとか何だとか言って笑ってたくせに、ひどい変わりようじゃないか!


「彼は魔女の手先などではありません!ジル様は私の―――」


「嘘をつくな!!隠していたようだが、俺の目はごまかせんぞ!」


 門番は僕たちの言葉に聞く耳をもたず、遮るように話を続けた。


「ヤツの服を見てみろ!」


 僕の体を力強く指さし、大声で怒鳴り散らす。


「服?!僕の服が一体どうしたっていうんだよ?!」


「裾の部分が鮮血に濡れているではないか!!この尋常ならざる血の量…よほど多くの人間を殺したんだろうな!」


「――――え、いや、これは!」


 いやいやいや!!!


 これ鼻血!エイミーの鼻血でボトボトになっただけだから!人殺しの返り血とかそういうんじゃないから!!


「なるほど、魔女の手先であれば森を簡単に超えられるのも納得がいく」


 変なところで納得されてるし!


「僕は魔女の手先なんかじゃありませんって!!」


「そうですよ!こんな弱そうなガキが人殺しなんてできる訳ないでしょう!?」


 くだらない誤解を解くためにエイミーは僕を指さしながら必死に叫ぶが、やはり門番の疑いの眼は晴れそうになかった。


「では、服についたその大量の血はなんだ?それこそが、貴様が人殺しである何よりの証であろうが!」


「いや!これこいつの鼻血なんです!」


 僕はエイミーを指さしながら、必死に訴える。本当に冗談じゃない!こんなしょうもない勘違いで人殺し扱いされてたまるか!


「なんと聞き苦しい‥‥妖精が鼻血など出すものか!」


 僕もつい最近までそう思ってたけど、結構ドバドバでるんだよ!!


「はぁ!?妖精だってヘッドバット喰らったら鼻血くらい出ますよ!なんならここで実演してみましょうか!?」


 そうだ言ってやれエイミー!


 でも実演だけは勘弁な!


「ええい、やかましい!おい!魔女の手先がいるぞ!!出てこいお前ら!!!」


 門番の掛け声を聞きつけて、奥から増援の兵士がぞろぞろと出向いてきた。兵士たちは僕たちを素早く囲むと、ギラギラとした槍の切っ先を向ける。


「くそ、どうすんだよこれ!」


 最悪なことに、僕たちは完全に魔女の手先扱いされてしまっているようだ。逃げようにも囲まれてしまっているし‥‥戦闘ができない僕としては、本当に打つ手がない。


「完全に包囲されましたね…くっ、ここまでですか!」


「いや諦めんなよ!何かすごい魔法とかでこの状況を打破できないのか?!」


「何かすごい魔法って何ですか!?というか、その言葉ジル様にそのままお返しします!」


「使えねぇ!」


 話は通じ無いし、戦闘は駄目だし、逃げることもできないし―――マジで絶体絶命じゃないか!


「‥‥ジル様、一つ提案があります」


「提案!?言っとくけど、また鼻血だして信じてもらうとか言ったらぶっ飛ばすから」


「いえ、彼らは興奮しています。何をやっても誤解を解くのは不可能でしょう」


「じゃあどうする!?」


 そんなことは分かってるんだ、何か具体的な方法を考えなきゃ――。


「ジル様、人を殺める覚悟はありますか?」


「は…?」


 人を殺める覚悟―――だって?



「騒がしいな、一体何の騒ぎだ!」


 門の方から、新たな男の声が聞こえる。声の主は護衛に守られながら、兵士をかき分けて包囲の中に入ってきた。


「ダラス様!魔女の手先を捉えたのです!」


「なに?」


 ダラスと呼ばれた男は兵士から報告を受け、僕とエイミーの前ににじり寄ってくる。華美な装飾の服や、両脇に護衛がついていることを考えると、この男は村では地位のある存在――ということだろう。兵士達の殺気が先ほどよりも増す。もしこの男に手を出せば、直ぐに殺すという警告のようだ。


「ふん、馬鹿が…こいつらは魔女の手先ではない」


「なっ?ですが、この者たちは森を超えてきたうえに、返り血まで―――」


「魔女の住む森とはいえ、妖精の加護があれば弱小な旅人でも森は超えられる。こいつらは森を拠点にする盗賊…といったところだろう」


 返り血は森で迷った人を襲った時のものだ―――と、男は淡々と告げる。魔女の手先の次は盗賊扱いかよ。反論の一つでもしたかったが、口を開けばすぐにでも串刺しにされそうなので、ひとまずは気持ちを押し殺し、沈黙を続ける。


「なるほど。ではこの者たちの処罰はいかがしましょう?」


「地下牢にでも入れておけ!全く‥‥いちいち構っている時間も惜しい、もうすぐ“厄払い”が始まるのだ。貴様らも気を引き締めておけ!」


「はっ!」


 ダラスは不満げな顔を浮かべながら、イライラとした様子で村の中へと戻っていった。兵士達はダラスへ向かって敬礼をし、彼の背中を必死に見つめている。この隙に逃げなくては。僕は直感的にそう感じた。


「エイミー!はやく…」


 しかし、言葉を言い終えるよりも先に、後頭部に鈍い衝撃が走る。兵士達に殴打され、ドサリとその場に倒れこむ妖精と少年。


「祭祀長に見つかると厄介だ、さっさと牢へ運び込むぞ!」


 門番、兵士達は二人を担ぎ上げ――逃げるように村の奥へと消えていった。




  ~地下牢・現在~



「あの時マジで鼻血だしたら信じてもらえたのかな」


「もう鼻血の話はいいですって」


 いけない。眠たくなってきた。空腹で思考が回らない‥‥早いけど、もう眠ってしまおうか。


「―――――――」


 空腹で目が覚めては、寝て。


 再び空腹で目が覚めては、寝て。


 精神的にも肉体的にも、限界が近づいていたその時――――。



 カツン、カツン‥‥。


 聞きなれない足音が地下牢に響き渡り、僕は目を覚ました。どうやら地下牢につながる石の階段を、誰かが下りてくるようだ。


「兵士か…?」


 今まで一度も見回りにもこなかった癖に、今更こんなところまで何をしに来たというのか。まさか、とどめを刺しに来た――とかじゃないよな。様々な憶測が脳を飛び交う中、足音の正体はついに姿を現した。


「なんてひどい‥‥」


 美しく長い金の髪に、お淑やかな佇まい。神秘的な独特の衣装に身を包んだ女性が、牢屋の前に立っていた。兵士じゃない‥‥誰だ?問いかける気力もないので、僕はただ――じっと彼女を見つめていた。


「少し待ってくださいね、すぐに出してあげますから」


 彼女はそう言うと、(ふところ)から大きな鍵束を取り出してゴソゴソと触り始める。そして一つの古びた鍵を手に取ると、牢屋の鍵穴にゆっくりと差し込んだ。


「よいしょ、と」


 ギイィ…と鈍い音を立て、もう二度と開くことは無いと思っていた、重い牢の扉が開く。眠っていたエイミーも、扉の音に反応しゆっくりと身体を起き上がらせていた。


「貴方は一体‥‥」


 声にもならないような声を腹の底から絞り出し、僕は彼女に問う。


「私の名はソルシエ。この村の祭祀長を務めている者です。貴方たち二人の到来を―――ずっと待っておりました」



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