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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第2章・純白の騎士
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第25話 災害の眠る洞穴

~ビオニエの町・夜~


「明日馬車を受け取ったら、いよいよ聖都へ出発です!」

「ということで!英気を養うためにも今日はさっさと眠りましょう!」


「お休みなさーい!」


エイミーは思いっきりベッドにダイブすると、大の字の状態のまま直ぐに眠りについた。相変わらず、

こいつの寝つきの良さにだけは感心する。


「じゃ、私も寝るから」

「おやすみジル」


「おやすみ」


 いいなぁベッド。僕なんか微妙に固いソファだもんなぁ‥‥首と肩が毎日痛くて心底辛いっての。



 ~3時間後~



「・・・・」


 何故だか今夜は眠れない。冴えた目を無理やり寝かしつけようと強く瞳を閉じてみるが、一向に眠気が起こる気配は無かった。それどころか、時間がたつにつれてより睡眠から遠ざかっている気さえする。


「はぁ―――」


 僕はのっそりとソファから起き上がると、少し夜風に吹かれようとして部屋を出た。



 扉を開き、外に出ると―――冷たい夜風が温まった体に染み渡る。町にはまだいくつも明かりが灯り、昼の様子とはまた違う夜の賑わいを見せていた。


「少し歩こうかな」


 らしくない独り言をつぶやいて、僕はフラフラと歩き始めた。どこか目的地がある訳でもないが‥‥何となく、気の赴くままに歩いてみるのも、たまにはいいだろう。


 僕は一人、夜の町を歩きながら――昼間のエイミーの話を思い返していた。


「魔王を倒して、僕の世界を取り戻したらこの世界の住人達は消えてなくなるんだよな」


 この世界はもともと、アークの中に作られた“YF”という仮想空間の中だけの世界だ。言ってしまえば、ただのゲームのようなモノ。それを取り返すだけなんだから悪いことは何もしていない‥‥。


 奪われたものを奪い返すのに、罪を感じる必要はない。そう何度も自分に言い聞かせてみるが、どうにも腑に落ちないのだ。


 そもそも、チンピラ一人に苦戦するような僕なんかが魔王を倒すことなんてできるのだろうか。これからの旅を想像するだけで、何だか気が重くなる。


 普段はそんなこと考えないのに‥‥今夜は何故かひどく心が苦しい。


 昨日までは穏やかだった心が、ズキズキと痛む。寂しい。元の世界へ帰りたい。


 家族と話がしたい。お母さんのつくったご飯を食べたい。


 いつもの布団で、ゆっくりと眠りたい―――。


「――――ああ」



 もし。




「もし僕が死んだら‥‥どうなるんだろう」


 昼間エイミーに聞けなかった禁断の問いを、いま僕は口にした。


 もし、これが永い夢だとして、死ぬことで目が覚めるのだとすれば?一度死ねば、元の世界に戻れるのでは?


 どうせ僕に世界は救えない。

 

 苦しい思いをする前に、今のうちに‥‥。



「あら?」

「貴方、昨日の坊やじゃない?」


「!」


 女性に声を掛けられ、物思いに耽っていた僕はようやく我に返った。考え事をしている間に、どうやら昨日の娼館の前まで来てしまっていたようだ。


「ほらやっぱり‥‥ふふ、うれしいな」

「もしかして私に会いに来てくれたのかしら?」


「‥‥そうかもしれません」


「ふふ」

「話、聞こうか?」


 彼女はそう言って近くの花壇に腰を下ろした。


 たった一言。

 名も知らぬ他人のたった一言で‥‥僕の心に纏わりついていた茨の棘は、嘘のように解けていった。


 壊れたように、突如として目から涙が溢れかえる。何気ない優しさが、こんなにも暖かいなんて―――僕は知らなかった。


「ほら、おいで」


 そう言って、彼女は僕をぎゅっと抱きしめた。お母さん以外の誰かに泣きつくなんて、初めてだ。


 それからしばらくの間、僕は彼女の胸で静かに泣き続けた。


 何が悲しい訳でもない。ただ、どうしようもなく泣きたくなって―――泣いているのだ。


「―――」


 彼女は何も言わず、何も探らず、ただ僕の頭を撫で続けた。


 ―――――――どれくらいの間、彼女の胸で泣いていただろうか。

 

 無限に流れ続けるかと思われた涙はすっかり枯れ、僕は‥‥少しだけ落ち着きを取り戻していた。


「少しはスッキリしたかしら?」


 僕は声にすることなく、彼女の胸から離れ‥‥目を伏せたまま無言で頷いた。


「ふふ、なら良かったわ」

「ねぇ‥‥貴方、歳はいくつ?」


「16です」

「あと数ヶ月で17歳ですけど―――」


「あら、私と3つしか変わらないのね」


「お姉さん19歳なんですか?」


 もっと年上だと思ってた。


「もっとおばさんだと思ってた?」


「いや、そういう訳じゃ―――」


「ふふ、いいのよ」

「年増に見られたいから、こんな厚化粧をしている訳だし」


 そう言ってお姉さんは僕の心を見透かしたかのように、自身の髪を撫でた。


「‥‥お姉さんは、どうしてここで?」


「売られたのよ」


「―――」


「まぁ、家族に女は私しかいなかったし‥‥今思えば仕方のないことだったのだけれどね」

「でも、この店に来たばっかりの時は本当に地獄だったなぁ」


「なんで私が‥‥っていつも泣いてたっけ」

「世界で一番不幸なのは、自分だと―――ずっとそう思い込んでいたわ」


 淡々と、遠くを見つめながら彼女は語る。


「けれど、私と同じように辛い目にあっている人は世界中に沢山居て、それでも皆必死に生きようと戦っている」

「貴方だってそうでしょう?」


「え――?」


「貴方は今、自らの手に余るほど大きな何かを成し遂げようと‥‥必死にもがいてる」

「でも全てを諦めるには、まだ早すぎるんじゃない?」


 優しく―――それでいて真剣に、彼女は真っ直ぐに僕の瞳を見据えた。


「お姉さん‥‥」


「私と違って、貴方には帰るべき場所があるみたいだしね」

 

 彼女はおもむろに立ち上がると、ぐーっと、身体を伸ばした。まるで‥‥日向ぼっこをする猫のようだ。


「さ、今日はもう遅いし‥‥早く帰りなさいな」

「今の貴方に、ここは相応しくないもの」


 弾けるような、美しい微笑みをこぼす彼女。その姿があまりにも魅力的で‥‥心を奪われてしまいそうになる。


「はい!ありがとうございました―――」

「お姉さんのお陰で‥‥何だかすごく気持ちが楽になりました」


 たった10分ほどの出来事だったけど、僕にとっては忘れられない大切な思い出の一部になった。


「ふふ、それはよかった」

「やるべきことが全部片付いたら―――またいらっしゃい」


「その時は、サービスしてあげるから♡」


「は、はい!」


「――――ああ、そうそう言い忘れてたけど‥‥」


「?」


「帰る前に、突き当りの路地を覗いて行ってちょうだい?」

「随分前から倒れこんでるみたいだけど、彼女‥‥一向に目覚める気配が無くて」


 心配そうに、彼女は僕にそう告げた。


「彼女?」


 誰だ?


 その場を後にして、僕は指示通り―――突き当りの路地を恐る恐る覗いてみた。


 すると‥‥。


「!」


 そこには、車に轢かれた野良猫のように横たわるゼルマンの姿があった。


「ちょ、ゼルマン!?」


 何してんだこんなところで!?もしかして、何者かに襲われた?!いやでも‥‥彼女ほどの腕前をもつ騎士がそう簡単にやられるとは思えない。だとすれば、一体何が‥‥?


 僕は頭の中でいろいろ考えを張り巡らせながら、急いでゼルマンへと駆け寄っていった。


「――――ん」


「あれ、キミは‥‥」

「こんなところで何してるんだい‥‥?」

 

 慌てる僕の声を聴いて、彼女は頭を押さえながら辛そうに立ち上がる。数秒周囲を見渡した後、何かを察したように、ゼルマンは小さくため息をついた。


「それはこっちのセリフだ」

「こんな薄暗い路地で倒れこんで、一体何してたんだ?」


「別に‥‥キミには関係ないよ」


 放っておいてくれと言わんばかりに、ゼルマンは静かに目を伏せる。


「じゃあ、ボクはもう行くから」


 強気な態度とは裏腹に‥‥歩き出した彼女の手足は力なく、異常なほどに震えていた。壁伝いに歩かなければ、きっと立っていることすら難しいだろう。


「・・・」


 本人には煙たがられるかも知れないけど、あんな状態の彼女をこのまま放っておくわけにもいかない。


「よっ、と」


 チマチマと倒れそうになりながら歩く彼女を、僕は強引に背に乗せた。


「わわっ!」


「おぶってやるから、宿まで案内してくれ」


「な!?」

「キミの助けなんかいらない!一人で帰れるってば!」


 無理やり降りようとジタバタ暴れているが、やはり―――彼女の力は悲しくなるほどに弱かった。トーナメントでヘイゼルと派手にぶつかっていたのが、まるで嘘のようだ。


「昨日は僕がおぶってもらったし、今度は僕が宿まで送ってやるよ」


 ジルの言葉を聞いて諦めがついたのか、ゼルマンはようやく大人しくなった。そして、少し黙り込んだ後に遠くを指さしてぼやいた。


「あの遠くに見える赤い建物がボクの泊まってる宿だから」


「けっこう距離ありそうだな‥‥」


「送るって言ったのはキミの方だからね」


「ああ、分かってるよ」


 男に二言は無いとも。


 僕はゼルマンをしっかりと背負い、赤い建物目指して一直線に歩き出した。




「‥‥送ってくれてありがとう」


 宿に着くなり、ゼルマンは感謝の言葉を呟いた。さっきまでの反抗的な態度とは違って、素直で優しい声色に、思わず面食らってしまいそうになる。


「どういたしまして」

「それより、体はもう大丈夫なのか?さっきはひどく震えていたようだけど」


「うん、大丈夫‥‥」

「あれはただの、薬の副作用だから」


 消えそうな声でゼルマンは口ごもりながら答える。

 あまり人には言いたくない事なのかもしれなかったが、僕は考えるより先に言葉を発してしまっていた。


「薬?」


「虚力の丸薬だよ」

「ジルも冒険者なら、名前くらいは知っているだろ」


「全然知らん、なにそれ?」


 丸薬と名がついていることは、何かの薬なのだろうが‥‥“虚力”と言うのが良く分からない。



「服用者の筋力を一時的に著しく向上させる、古くからエルフに伝わる薬だよ」

「エルフはとても力が弱いから、丸薬無しでは重い金属の鎧はもちろん―――武器を持ち上げることすらままならいんだ‥‥」


 自らの生まれを呪うかのように、彼女は静かに喉を震わせた。


「さっき倒れてたのは、その丸薬の副作用ってこと?」


 僕の問いかけに対し、ゼルマンは弱々しく頷く。


「この薬、効果は抜群だけど体への負担がちょっと大きくてさ‥‥本来は数日に1度しか使ってはいけないんだけど‥‥」


 戦槌の騎士として戦い続ける為には、日常的に使う必要がある―――か。


 そこまで無茶を通してまで、彼女は騎士でありたいのだろうか。騎士以外にも、この世界には多くの魅力的な職業が溢れかえっているというのに。


「あと、これは前言い忘れていたことなんだけど‥‥」

「戦槌の騎士の正体が、こんな非力なエルフの女の子だってこと、誰にも言わないでほしいんだ」


「エルフが騎士の恰好をしてるなんて知られたら、きっと笑いものにされるだろうから―――」


 悲し気な表情のまま、彼女は告げる。

 その様子はまるで、自身がエルフとして生まれたこと自体を恥じているようであった。


「―――――」


 素肌を一切見せず、分厚い甲冑で全身を覆っていたのは敵の攻撃から身を守るだけではない。エルフである彼女の正体を隠すためでもあったのだ。


 誰にも真実を悟られないように、今まで必死に立ち回ってここまでやってきたんだろう。“戦槌の騎士”として名を揚げるまで、いったいどれほどの苦労があったのか‥‥想像に難くない。


「別に言いふらすつもりとかはないけど、そこまで隠すことでもないんじゃないか?」

「本当の自分をさらけ出した方が、気持ちも楽になると思うよ」


「さっきも言ったし‥‥人間であるジルには分からないと思うけど、エルフはとても力の弱い生き物なんだ」

「他の種族が軽々しく持ち運べるような物も、ボクたちは汗水たらして持ち上げるのが精々なところ」


「そんな非力なエルフが街に出て、不格好な騎士の真似事をしていたら、周りからどんな眼で見られるか‥‥分かるだろ」


 身の程を弁えないバカなエルフが居ると、笑われるに決まっている。


 僕たちは、何にでもなれる自由な人間とは違うんだ。


 悔しさとやるせなさが入り混じった顔で、ゼルマンはジルを真っ直ぐに睨みつけた。



「別に笑われたっていいじゃないか」

「誰よりも強い騎士になって、全員見返してやればいいだけだろ?」


「―――――!」


「自分を偽り続けていても辛いだけだろうし、悩むところが違うっていうか‥‥」


「キミは、キミのままでいいと思うよ」


「・・・」

 

 予想だにしなかった彼の発言に、ゼルマンは漠然とする。


 ボクの苦労も知らないで、人間のキミに一体何が分かると言うのか。本当はそう叫んでやりたかった。


 しかし、ジルの言葉は嘘のように‥‥彼女の心へと優しく染み渡っていく。



「じゃ、夜も遅いし僕帰るわ!」

「いろいろ事情もあるみたいだけど、そのヤバい薬は程々にな!」


 呆気にとられるゼルマンをよそに、ジルは飄々とした様子で大きく体を伸ばす。そして眠たそうな目をこすりながら、彼はさっさとその場から立ち去ってしまった。



「ボクは‥‥ボクのままでいい、のか‥‥?」


 ぽつんと取り残されたゼルマンは、ただ一人‥‥呆然と立ち尽くしていた。




~翌日・ビオニエの町・旅の足屋~



 僕たち三人は昨日契約した馬車を引き取るために、例の店に来ていた。



「おはようございます店主さん!馬車!!いただきに参りましたよ!!!」


 店に入るや否や、エイミーは怪盗さながらの挨拶をカウンターの店主へと投げかけた。


「ああ、貴方たちは…」

「申し訳ありませんが―――馬車はお渡しできません」


「は?」


「どういう意味ですか!?」

「お金は昨日払いましたけどッ!?」


 慌てて店主に詰め寄るエイミー。


 そりゃそうだ、全くもって意味が分からない。


「実は行商ルートに魔物が発生しておりまして、素材の入手が滞っているのです」

「それで、その‥‥」


「私たちの注文した馬車の素材が足りないから売れないっていうんですね!?」


「え、ええ―――その通りです」


 僕たちとは目も合わせようとせずに、男は何度も頭を下げた。何だ、この昨日との変わりようは‥‥。


「分かりました!じゃあ、他の馬車でいいんで値段が近いものを適当に見繕ってください」


「そ、それは‥‥」


「できない、なんて言いませんよね?」


「できません…」


 言いやがった。


「はぁ!?」


「この店にある全ての馬車、魔導車の素材が不足しているのです‥‥」


 苦し紛れに店主はエイミーへ告げる。これはもうどう見ても、様子がおかしい。


「んな訳あるかぁ!こっちは金払ってんですよ!?」

「なんでもいいからあるモン出しやがれオラああ!!!」


「ちょ、エイミー落ち着けって‥‥」


 カネにモノを言わせて店主をまくし立てる妖精とか見たくねぇわ。これじゃあこっちが悪者みたいじゃないか。


「何言ってんですか!?こういうのはガツンと言ってやらないと‥‥!」


「要するに、行商ルートの安全を確保すればいいのね」


 激昂するエイミーを見かねたように、入店してからずっと沈黙していたヘイゼルがようやく口を開いた。


「ルートが復活すれば、私たちに馬車を売れる?」


「はい、もちろんです!」


 エイミーの怒号から解放され、助かったと言わんばかりの表情で男はヘイゼルを見つめた。


「分かった、じゃあその行商ルートの場所を教えなさい」

「私たちが今から魔物を倒してきてあげるわ」


「!?」


「どうしたの?早く教えなさい」


 予想外の切り返しを受けて、店主は明らかに動揺していた。しかし‥‥。


「き、北の洞穴です‥‥」

「この店で使用する馬車の素材は、あの洞穴の向こうにある町から送られてきますから―――」


 ヘイゼルの冷酷な視線に耐えかねたのか、店主は行商ルートをあっさりと告白した。


「そう、分かったわ」

「ジル、エイミー、話は聞いての通りよ、早速北の洞穴に向かいましょう」


「・・・」


 まさに大人の対応、流石200年を生きただけのことはある。


「な、なんで私をマジマジと見つめるんですか!?」


「別にぃ‥‥エイミーもヘイゼルみたいにもう少し落ち着きがあった方がいいんじゃないかなーって思っただけ」


「は!?何ですかそれーー!!!」


「何でもいいから早く行くわよ‥‥」


 ヘイゼルの後を追うように、ジルとエイミーは旅の足屋を後にした。



「―――はぁ」


 ようやく地獄から解放されたかのように、男はその場にへたり込む。たった数分の会話であったが、彼の額からは汗が吹き出し‥‥辛そうに肩で息をしていた。


「おう大将、きちんと言われた通りにできたみたいで安心したぜ」


 店の奥から筋骨隆々のモヒカン男、ボゴスが姿を現した。


「本当に良かったんでしょうか―――」

「北の洞穴には危険な魔物が多く生息していますし、なによりあそこには“ヤツ”の巣が‥‥」


「派手に暴れなきゃあヤツが目覚めることはねえ」

「なぁに大丈夫だ、どうせ洞穴の魔物にびびってすぐに逃げ帰って来るさ」


 がっはっは、とボゴスは豪快に笑い飛ばす。

 泣きっ面で帰ってくるアイツらの顔が楽しみだ‥‥そう言い残して、彼は町の喧騒の中に姿を消した。


「ああ、どうか三人共ご無事で‥‥」





 ~ビオニエの町・近郊・北の洞穴~



 町を出て北に1時間ほど歩くと、店主の言っていた通り大きな洞穴があった。店主は他の町へと繋がっていると言っていたが‥‥。


「ここ、本当に行商ルートなのか?」


 入口はとても狭く、中は真っ暗で何も見えない。こんなところを、行商人たちが大切な荷物を持って通って来るとは思えない。


「どう見てもただの洞窟ですね‥‥地下へとひたすら広がっているタイプの嫌なやつです」

「――完全に騙されましたね、コレ」


 薄暗い洞窟の暗闇を見つめながら、僕たちは悩ましく立ち尽くしていた。


「でもここで帰っても仕方ないし、とりあえず入ってみるか」


 せっかく一時間もかけて歩いてきたんだ。帰るのは中を確かめてからでも遅くはないだろう。


「ヘイゼル、灯りお願いね」


「はいはい」


 ヘイゼルはけだるげな様子で、周囲に三つの火の玉を作り出した。火の玉は三人それぞれの近くで浮遊し、周囲を照らしている。


「洞窟探検か、何だかワクワクするな」


 ヘイゼルの火の玉を頼りに、僕たちは洞窟へと足を踏み入れた。


 狭まった入口とは想像できないほど、中は広く、先が見えなくなるくらい、道は続いているようだった。洞窟内の気温は低く、微かに肌寒く感じるほどであった。


 絵に描いたような不気味さに、思わずわくわくしてしまう。


「適当に探索してさっさと帰るわよ」

「こんな暗いところ、いつまでも居たく無いし‥‥」


「おや、もしかしてヘイゼルさん―――暗いところが苦手なんですか?」


 エイミーはいやらしく、ヘイゼルのぼやきを拾い上げた。


「は!?」

「そ、そんなわけないでしょ!?」


「・・・」


 絶対苦手じゃん。


「吹っ飛ばすわよ、ジル」


「え!?僕何も言ってないんだけど!?」


「何か余計なこと考えてたでしょ」


「そ、そんなことない!」


「‥‥まぁいいわ」

「私は後ろを守るから、貴方は先頭を歩きなさい」


「絶対暗いとこ苦手じゃん!!」


「静かに!」


 僕たちの会話を遮って、エイミーが牽制をする。三人は歩みを止めて、静かに耳を澄ませた。


「何か聞こえませんか?」


 きょろきょろと周囲を見渡すエイミー。その様子は、天敵の縄張りに迷い込んでしまった哀れな獣のようであった。


「何かって?」


 怖いこと言わないでくれよ。



「キキキキ!」


「!?」


 何だ?


 洞穴の奥から、何かの声が聞こえる。

 

 確認しようにも、ひたすらに暗闇が広がっていて‥‥数m先は何も見えなかった。


「ジル、相手のお出ましよ…戦う準備をしておきなさい」


 そう呟いたヘイゼルは、いつの間にか杖を構え、臨戦態勢へと移行していた。


「戦う準備?」


 戦うったって、一体何と‥‥。



「キシャアアアア――――!!」


 耳をつんざくような鳴き声が洞穴中に反響する!まるで真夏の森でセミの大合唱を聞いているみたいだ‥‥!


 鳴き声の量から察するに‥‥どうやら、相手は複数いるらしい。


「くっ―――」


 魔物か‥‥!

 僕は腰に差した剣を抜いて、真っ暗な前方へ構えた。この暗闇の向こうから、一体何が飛び出してくるのだろうか。



「ジル、上よ!」


「っ?!」


「アグニル!」


 ヘイゼルの放った炎の玉は、僕の真上‥‥洞穴の天井へと炸裂した。


「グギギギ・・・」


「うわっ!?」


 すると―――天井から黒焦げになった巨大なクモの魔物が死体となって降ってきた。


 いつのまに、僕の頭上に?というか気持ち悪っ!


「そいつは“ラネア”主に暗い洞窟を住処にする蜘蛛の魔物よ」

「壁や天井、至る所を駆けずり回るから‥‥よく注意して戦いなさい」


 ヘイゼルは真っ直ぐに暗闇を見つめたまま、僕に警告した。


「わ、分かった!」


「ジル様、サポートします!」


 エイミーはそう言って、僕の肩に軽く触れた。エイミーの冷たい手が触れた瞬間‥‥ふと、体が軽くなる。


「妖精の加護です!鈍重なジル様でも、これで少しは敵の攻撃を回避しやすくなりますよ!」


「ありがとう!」

「てか、さらっと鈍重って言うな!」


「キシャアアアア!」


 洞窟の奥から、さらに多数の鳴き声が響き渡る!どうやらこの洞窟は、ラネアたちの巣のようだった。


「数が多い‥‥長期戦は覚悟しなさいよ!」


「合点承知!」




 ~ビオニエの町・大通り~




「依頼されていた素材はこれで全部だ」


 ゼルマンはいつものように、依頼主である鍛冶屋の元へと狩った魔物の素材を納品した。


「おう!いつも悪いな!」

「今回の魔物は結構強かったんじゃないか?今まで5人の冒険者に依頼してきたが‥‥みんな尻尾まいて逃げやがってよ」


「やっぱり、ギルド推薦の冒険者は伊達じゃねえな!」


 鍛冶屋は、えらく上機嫌な様子でゼルマンを褒め称える。どんな依頼も決して断らないゼルマンの度量を、彼はいたく気に入っていたのだ。


「喜んでくれたなら、何よりだ」


「少し上がっていきなよ、上等な鹿肉があるんだ」


 すぐさまその場を去ろうとするゼルマンを、彼は優しく呼び止める。依頼の報酬とは別に、ゼルマンへ食事を振舞うつもりだ。


「いいや、他にも行くところがあるので‥‥今日のところは失礼させてもらう」


「そ、そうか」


「では」


「おう、また来いよ」


 しかし、ゼルマンは少しもなびくことはなく、静かにその場から立ち去ってしまった。


「まーた断られてやんの」


 鍛冶屋とゼルマンのやりとりを傍から見ていた町娘が茶化すように言った。


「うるせえ!」


「いい加減諦めなよ」

「彼、誰にも素顔を見せたことないらしいし」


「だから余計気になるんだよ」

「あの分厚い鎧の下には、どんな素顔が隠されてるのかってな」


 あれほどのツワモノだ、鋼の如き強靭な肉体を持っているに違いない。

 

「でもあそこまでひた隠しにするってことは、何か顔を見られたくない事情があるのかもしれないじゃん」

「あんまり詮索はしない方がいいんじゃないかな‥‥」




 ~北の洞穴~



「グギギ‥‥」


「よし、今ので最後だな」


 周囲には自らの体液で染まったラネアの死骸がゴロゴロと転がっている。


 奥から20匹くらい出て来た時は焦ったけど‥‥比較的弱い魔物だったのか、僕でも何とか対処することができた。


「よいしょ、っと」


「え、何してんの?」


 唐突にラネアの死骸の前でしゃがみ込むヘイゼルに、ジルは思わず声をかけた。


「何って、体液を回収してるのよ」

「魔法の研究に役立ちそうだし、深く調べれば‥‥ラネアの生態をさらに深く知るきっかけになるかも」


 そう言ってヘイゼルは小瓶の中に、ラネアの体液を採取し始めた。


「暗いとこは苦手なのに、こういうグロい虫はいけるんだな」


 僕なんか泣きそうになりながら戦ってたってのに。


「森にも虫はいっぱい居たし―――どうってことないわね」

「これでよし、と」


 数匹分の体液を回収し、彼女は満足げに小瓶をポーチの中へと閉まった。あの体液の中から無数の子グモがあふれ出てくる、とか無いよな‥‥?


「さ、魔物退治も終わったことだし町に戻りましょうか」


「ここからまた1時間歩かないといけないのか」


 さっきの戦闘で疲れたし、町へ帰るのがすごく億劫に感じる‥‥。


「最後のひと踏ん張りです!頑張りましょうジル様!」


「そんなこと言ってるけど、エイミーは疲れたら小さくなっていっつも僕の肩に座り込むじゃないか」

「たまには自分の足で歩いてみたらどうなんだよ」


「えー、いいじゃないですかぁ‥‥私、別に重たくないですし」


「重たいとか重たくないとかじゃない」

「僕が苦労してるのに、エイミーが楽をしているという事実が許せないんだよ」


「なんてちっちゃい男」



「‥‥ねぇ」



「エイミーよりはおっきいですー」


「身長の話じゃありません!“器”の話ですぅー!」



「ねぇ二人とも‥‥」



「はぁー?なんちゃって妖精の癖に器がどうとか言わないでくださいー」

「そういうのはポンコツを卒業してから言ってくださいー」


「だーれがポンコツですかこの野郎」

「昨日の晩、一人でウジウジしながら町を徘徊してたの知ってるんですからね!」


「何で知ってんだよ!!?」



「二人とも!」


 ヘイゼルは大きな声で、言い争う僕たちを呼び止めた。


「何!?」

「今大事な話してんだけど!?」


 いや大事な話ではないか。どちらかというと、めっちゃくだらない話だ。


「何か、揺れてない?」


「え?」



 ヘイゼルが言葉を発した瞬間。


 彼女に反応したかのように‥‥突如として、洞窟全体が大きく揺れ始めた。



「のわっ!?」

「なになになにごとー!!?」


 エイミーは怯えながら、すぐさま僕の肩へとへばりついて来た。

 これは‥‥地震、なのか‥‥?


「この揺れ‥‥地下で巨大な“何か”が蠢いているみたい―――!」


 ヘイゼルは地面を見つめながら、なにやらブツブツと言っているようだが‥‥あまりの轟音で何を言っているかさっぱり分から無い。


「とにかくここから出よう!!」

 

 洞穴が崩れでもしたら、三人ともペシャンコにされてしまう――!


 僕たちは急いで来た道を引き返し、洞穴から脱出した。



「はぁ、はぁ、はぁ‥‥!」


「何とか出れた!!」


 途中で何度も転んだので、僕の体は擦り傷だらけになっていた。洞窟から出た後も、揺れはおさまらず‥‥むしろ大きくなっていく。


「早くここから離れるわよ!何かヤバいのが来―――」


「げええええええええ!?」

「なにアレええええ!??」


 ヘイゼルの言葉を遮って、バカみたいな驚き方をするエイミー。


 慌てて彼女の視線の先に目をやると――――。




「何だよ―――あれ」



 地響きと共に、大地が割れる。


 さっきまで僕たちの居た洞穴は衝撃で崩れ去り、周囲の木々は次々となぎ倒されていく―――!


 そして‥‥割れた地面の中から、巨大な蛇のような生き物が姿を現した。


 視界に捉えきるのが精一杯なほどの巨体は、生き物というよりまるで“怪獣”のようであった。



「まさか、洞窟の真下にタイタンワームの巣があったなんて‥‥」


「タイタンワーム!?」


 巨大生物を見上げるヘイゼルへ、僕は説明を求めた。まったく状況が理解できない‥‥あの怪物はいったい何者なんだ?!


「暖かな地中に生息する巨大な魔物よ―――!」

「タイタンワームが移動するだけで地鳴りが起こり、その巨体で人間の町や村をいくつも滅ぼしてきた、動く災害のような存在‥‥」


「めっちゃヤバイ魔物じゃないですか!!」

「え!?これどうするんです!?」


 動揺を隠しきれず、焦りながらエイミーは狼狽えた。


「知らないわよそんなこと‥‥!」



「まずい」


 数百mはあろうかという巨体をうねらせ、轟音を立てながら怪物は進みだした。


「あの怪物‥‥町の方へ向かってる」



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