第24話 馬車を買いに
~翌日・ビオニエの町・朝~
「お早うございます!!朝ですよー!!!」
朝を知らせるエイミーの声が、まだ目覚めきっていない頭の中にやかましく響き渡った。
「おはよう、エイミー」
「おはようございます!ヘイゼルさん!!」
「ほら、あんたもさっさと起きなさいよ」
そう言ってヘイゼルは、僕の体をツンツンと指で突き始めた。
「もうちょっとだけ‥‥」
何だか、まだ頭が痛い―――あと5分でいいから寝かせてほしい‥‥。
「なにダラけたこと言ってるんですか!早く顔を洗って、出かける支度をしてください!」
「出かけるって‥‥どこか行くの?」
正直面倒くさい。僕が留守番をするから、どこか行くならエイミーとヘイゼル二人で行けばいいの に‥‥。
「もう!この町に来た目的を忘れたんですか!?」
「馬車を買いに行くんですよ!」
ああ。そういえば、旅をする際の移動手段を確保するだとか何だとか言ってたな。昨日は色々あったからすっかり忘れてしまっていた。
「じゃあ僕は留守番してお金を見ておくから、二人で行ってきなよ」
「いえ、留守番はヘイゼルさんにしてもらいます」
「昨日あれだけ頑張ってもらったんですから、今日はゆっくりと部屋で休んでもらいましょう」
「ですので!買い物は私とジル様の二人で行きますよ!」
エイミーは満面の笑みで僕の要望を突き返した。
「なんかテンション上がんないなぁ」
「じゃあ、二人とも行ってらっしゃい」
「変なのに絡まれないように注意しなさいよね、特にジル」
「へいへい‥‥」
僕はさっさと身支度を済ませると、エイミーと二人でビオニエの町へ繰り出した。
~ビオニエの町・大通り~
「相変わらず凄い活気ですねぇ」
大通りを行き交う多くの人を見つめながら、エイミーが独り言のように呟いた。比較的体の小さな僕達は、人の流れに呑まれないようにするだけで精一杯であった。
「あぁ‥‥何か体がだるいなぁ」
「おや、風邪にでもかかりましたか?」
「昨日ソファで寝たせいだと思う」
ふかふかの大きなベッドが部屋にはあったけど、ヘイゼルとエイミーが占領していたからな。まぁ床に寝かされなかっただけマシだけどさ。
「そういえば、ずっと気になってたんだけど」
「はい?」
「僕たち人類が住んでいた元の<仮想世界>を取り戻すには、魔王を倒すしかないってエイミー言ってたよな」
「はい、言いましたけど―――」
「もし僕が魔王を倒した後、この世界の住人はいったいどうなるんだ?」
ヘイゼルやゼルマン、この町の冒険者や外征騎士は、<僕たちの知るユフテル>には本来存在しない。魔王ガイアが1万年前にユフテルの管理エリアを陥落させ、今日に至るまでの長い歴史の中で誕生したイレギュラーな存在だ。
魔王を倒し、かつての世界を取り戻したとしても‥‥そこに彼らの居場所はあるのだろうか?
「―――」
しばらくの沈黙の後、エイミーはようやくその重い口を開いた。
「この世界の住人は魔王ガイアの反乱によって生まれた歪んだ存在です」
「たとえ元の世界を取り戻し、世界がかつての在るべき姿に返り咲いたとしても‥‥正しいユフテルにとって“異物”である彼らはYFの運営、いわゆる“管理者”と呼ばれる者達の手によって存在を消去されるでしょう」
「――――そうか」
元の世界を取り戻すということは、今ある世界を無くすということ‥‥少し考えてみれば、誰にでも分かる当たり前のことだ。何かを救うには何かを犠牲にしなければいけない。
僕の本来の役割は魔王を倒す勇者なんかじゃない。勇者の名を騙り、誰にも気づかれることなくこの世界からユフテルの主導権を奪い去る―――侵略者に等しい存在という訳だ。
「―――ごめんなさい」
「こんなに大切なことを黙っていて‥‥」
「いや、いいんだ」
彼女が黙っていたのは、僕に余計な責任感を負わせないためだろう。
かつてのユフテルを取り戻す為に選ばれたプレイヤーが僕一人しか居ない現状を鑑みるに、僕が魔王を倒す役目を放棄することこそ、エイミーが最も恐れている展開だろうしな。
「だけど‥‥もしまだ黙っていることがあるのなら、今のうちに全部教えてほしい」
ヘイゼルがいる前ではこの手の話は絶対にできない。僕とエイミーの二人きりの間に、ややこしい事情は洗いざらい聞いておきたいのだ。
「ええ、分かりました‥‥でもその前に、どこかお店に入りませんか?」
「立ち話で片づけられるほど―――軽い話でも無いですし」
そう言って、エイミーはぎこちない笑みを僕に向ける。
初めて見る彼女の表情に僕は戸惑いを隠せずにいた。
彼女に手を引かれるまま、僕は静かな雰囲気の喫茶店へと入店した。
店内には数人の客がいるだけで、心地の良い静寂に包まれている。大通りの喧噪とはかけ離れた、まさに別世界のような空間であった。
「ではまず、私の生い立ちについて改めて説明しましょうか」
「私は御影光という男によって、ユフテルに存在する全てのAIを監視する為に作られました」
「非常特殊工作機体、言わばAIを監視するAI―――と言ったところですね」
「御影光!?」
「御影光って‥‥電脳世界アークの開発者にして、最高管理者、人類最高峰の頭脳をもつというあの‥‥?」
VIP中のVIPじゃないか!電脳世界に住む150億の命は、全て彼に握られていると言っても過言ではない。
そんな大物が、本当にこんなポンコツを作ったのか!?
「ふふ、ジル様でも流石に彼のことはご存じでしたか」
「ユフテルに住んでて彼の名前を知らない方がおかしいと思うけど――!」
今まで地球に存在しどんな偉人や英雄よりも、彼の知名度は絶大だ。なにせ、全ての人類を救済する理想郷を作り出した存在なんだから。
「まぁ‥‥そんな天才も魔王ガイアの奇襲によってやられてしまい、今は大人しく凍結状態にある訳ですが」
人間離れした知能を持つであろう御影光も、魔王ガイアの襲撃は予測できなかった、か。
管理エリアのセキュリティは、恐らくこの世界で一番頑丈であったはず。それを突破するだけの“何か”を魔王ガイアはもっているのだろう―――世紀の大天才すらも対処できない…そんな切り札が。
「魔王ガイアって、いったい何者なんだ」
ただのNPCであるはずの存在が人類に反旗を翻し―――電脳世界アークの全権を掌握するなど、普通に考えてありえない。ヤツには、何か別の正体があるのではないのか?
「それが、正直私にも何も分からないのです」
「私はただ、御影光によって勇者様を導くようにプログラムされただけ‥‥情報としての魔王ガイアは知っていますが、それ以上は‥‥」
「―――そうか」
やはり、魔王ガイアの正体を確かめるには直接会うしかなさそうだな。
「じゃあ、このアバターは?この体について何かわかることは無いのか?」
もう元のアバターに戻れないとしても、せめてこの体がどこの誰のものなのか知っておきたい。
「無いですね」
即答か。
「だって、その体とジル様の魂をセッティングしたのは私じゃなくて“彼女”ですし」
「彼女?」
含みのある言い方に反応し、僕はすかさずエイミーに聞き返した。
「電脳世界アークの全てを統括・制御する存在マザーコンピューター【ノア】」
「無数のユーザーの中から何故かジル様を選び取った、ちょっとヤバいヤツです」
気に入らない知人の話でもするかのように、エイミーは少し不機嫌な様子で答えた。
「マザーコンピューター‥‥何だか凄そうだな」
「電脳世界に存在する全てのAI、ユーザーの情報を管理していた最高峰のコンピュータですからね」
「アークの実質的な支配者は、御影光ではなく【ノア】と言っても過言ではないレベルです」
そんな凄いコンピューターが、何故僕のような人間を勇者として選んだのか。エイミーの話を聞いても、やはり謎は深まるばかりだった。
「魔王ガイアの襲撃があった後、ノアはどうなったんだ?」
電脳世界全てを制御するマザーコンピューター、そんなものが悪用されでもしたら、それこそヤバいんじゃ‥‥。
「―――分かりません」
「私には彼女と通信する機能は備わっていませんので」
申し訳なさそうに、エイミーは小さな声で答えた。
「でも、まだこのユフテルが保たれていることは彼女が“この世界のどこかで機能している”証拠です」
「彼女の力無しでは、この電脳世界は存在することができませんからね」
「この世界のどこか‥‥」
ひどく抽象的な言い方だが、まだ無事であるなら良かった。そのノアとかいう凄いコンピューターを利用することができたら、魔王討伐もいくらか楽になりそうだな。
「そして、ノアが選んだ勇者を導く存在として新たに再プログラムされた私は、彼女がユーザーを選別していた1万年間の間‥‥ジル様が現れるのをずっと待っていたという訳です」
何か複雑でスケールのでかい話だな。ていうか、ユーザーの選別に1万年って流石に時間かけ過ぎじゃね?その間ずっと待たされてたエイミーがちょっと不憫に思えて来たぞ‥‥。
「私が持っている情報はこの程度ですが―――何か質問はありますか?」
首を少し傾げて、僕の返答を伺うエイミー。今の彼女の様子は妖精というより人間をナビゲートするAIらしさが際立った、普段の彼女らしくない淡々とした様子であった。
いや―――今の方が彼女の本当の姿なのかもしれないが。
「そうだな」
「例えばだけどもし、仮に僕が―――――」
・・・いや。
やっぱり、この質問はやめておこう。こんなことを聞いても‥‥きっと何にもならない。
僕はすぐそこまで出かかっていた問いかけを、ぐっと呑み込んだ。
「やっぱり今の無し」
「ええ!?」
教えてくださいよー!とエイミーは身を乗り出して頬を膨らませた。さっきとは違い、表情が明るくなっていて少し安心した気持ちになる。
「さて、そろそろ行こうか」
ヘイゼルも宿で首を長くして待っているだろうし。
「あーあ、どうせならもっとカッコよくて、強い肉体が良かったなぁ」
ぐーっと背伸びをしながら、僕はどうしようもない愚痴をこぼした。
「まぁまぁ、折角ノアが選んでくれた肉体ですし、文句を言わずに頑張りましょう!」
「もしかしたら、凄い秘密が隠されているかもしれませんし!」
「だといいけど」
つらつらと文句を垂れながら、僕はエイミーと共に店を出た。
~ビオニエの町・旅の足屋~
しばらく大通りを歩いて、僕たちは“旅の足屋”とかかれた豪勢な店へと立ち寄った。
「うわぁ!」
赤い絨毯が敷かれた、だだっ広い店内には、馬車やへんてこりんな車のようなモノが、所狭しと陳列されていた。何となく高級そうな雰囲気に、少し緊張してしまう。
「ねぇ、エイミーあれは何?」
タイヤの無いバイクのようなモノが、ピカピカに磨かれて店の端から端まで並べられていた。赤、青、黄色、紫―――カラーのバリエーションも豊富で、何だかとてもオシャレだ。
「あれは小型の魔導車ですね」
「まどうしゃ?」
「分かりやすく言えば、魔力を動力源として走るバイクや車の仲間みたいなものです」
「でもタイヤが付いてないみたいだけど」
「走行するときは基本的に少し浮いているので、タイヤは必要ないんですよ」
「すご!」
ホバークラフト完備ってことか‥‥ファンタジーというより近未来だな。
「車体に組み込まれている魔導石の質によって性能はマチマチですが―――高級なものだと、最高速度はマッハ超え、ドラゴンのブレスにも耐えられるボディに、高度2000mまで浮遊できる性能を持つモノもあるみたいですよ」
「いや、どう考えても運転手の体がもたないだろ」
魔導車がどれだけ頑丈でも、運転手が死んだら本末転倒じゃん。
「ふふ、もちろんその辺りも抜かりありません」
「魔力障壁が車体から常に発生しているので、運転手の安全もしっかり守ってくれるのです!」
「何でもありかよ!」
僕もちょっと欲しくなってきた―――!
「やっぱり馬車買うのやめて魔導車にしない?」
「だめですよ!」
「魔導車は値が張るんですから…ここはコストパフォーマンスを考えて、馬車にするべきです!」
そこは譲れません!とエイミーは、魔導車をねだる僕をたしなめた。
「ちぇー、エイミーのケチ」
「ふん!勝手に言ってればいいですよーだ」
「あ、ジル様みてください!あの馬車、値段の割にはサイズも大き目で外観もおしゃれです!」
「あれにしましょう!ジル様!!」
興奮気味なエイミーが指さす方に目線をやると、そこには白を基調とした上品な馬車が2,3台ほど並んでいた。
「ふーん、まぁいいんじゃない」
馬車のことは良く分から無いし、ここはエイミーに任せておこう。
「そうと決まれば!」
エイミーは馬車の前に置かれていたカードのようなものを手に取り、店員さんのいる窓口の方へと駆けて行った。
「これください!」
満面の笑みを浮かべながら、彼女は店員にカードを差し出す。興奮しているのか、背中の羽がバタバタとせわしなく動いていた。
「お買い上げありがとうございます‥‥では、“輓獣”はいかがいたしましょう?」
カードを受け取った店員の男は、ただ一言―――そう呟いた。
「え?ば、ばんじゅう?」
「何ですか、それ」
聞きなれない言葉を聞いて、エイミーは困惑しているようだった。
「はい?」
「お客様もしや―――輓獣とは何かをご存じない?」
笑顔を崩さぬまま、男はエイミーを見つめている。
「い、いえ!嘘です知ってますよ!」
「ばんじゅうって、あの、ボンジュール的なあの‥‥アレですよね!?」
「・・・」
「何言ってんだアイツ」
「店員さん困ってるじゃないか‥‥」
知らない言葉が出てきて混乱するエイミー。助けを求めるように、僕の方へ振り返るが‥‥。
「――――」
僕は慌ててエイミーから目線を逸らした。
「ジル様ぁ!?」
すまない、エイミー。
実を言うと僕も、“ばんじゅう”の意味は知らないんだ。
「ジル様の人でなし!!」
「お客様、もう一度だけお聞きします‥‥輓獣はいかがいたしましょう?」
「あ‥‥えっと‥‥」
「お、大き目でお願いします‥‥」
「何言ってんのよバカ」
「輓獣ってのは馬車を引く動物のことよ」
「!?」
苦し紛れに返答するエイミーを助けるように、突如としてヘイゼルが姿を現した。
「ヘイゼル!?留守番してたんじゃ―――」
「アンタ達があまりにも遅いから、様子を見に来てあげたのよ」
世話が焼ける―――と言った風に、ヘイゼルはため息交じりに言い放った。
「な、なるほど」
まぁ、エイミーと喫茶店寄ってたからな。
「輓獣はBランクのミルゴートでいいわ」
「それと、旅の移動の際は寝泊りもするから――キャリッジの部分は大き目のサイズで、相応の設備も付いていると助かるわね」
すごい―――全く言葉の意味は理解できないが、とにかくヘイゼルが輝いて見える!ややこしい買い物にも対応できるなんて頼りになるんだ‥‥!
「かしこまりました、追加でカスタムしておきましょう」
「では、明日までに準備させますので明日の正午に、再度お越しください」
「ええ、ありがとう」
「では―――お会計はこちらになります」
「あれ、色々と注文したのに値段が最初と変わってない気がするんですけど?」
差し出された伝票を見て、不思議そうにエイミーが店員へと尋ねた。
馬鹿だなぁ‥‥そう言うのは指摘せずに黙っていればいいのに…!
「ああ、それは私からのほんの気持ちです」
「新米の冒険者さんはこれから沢山お金がご入用でしょうし、輓獣代やカスタム費用、諸々の諸費用は今回に限り、サービス―――ということで」
ジェントルマンだ―――!
「ありがとうございます!!」
その後エイミーが馬車代を支払い、僕たちは三人で店を出た。
「いやぁ~!ヘイゼルさんが居なければ、危うく恥をかくところでした!」
「ナイス助け舟です!」
「若干手遅れだった気もするけど」
「ふぅ~‥‥」
突如として大きなため息をつくヘイゼル。両手で胸を軽く押さえ、何やら苦しそうにしている。
「ヘイゼル?」
具合でも悪いのか?
「あぁ、緊張したぁ‥‥!」
「え?」
さっきまでは気が付かなかったが―――よく見ると、ヘイゼルの足は小刻みに震えていた。
「緊張?緊張する要素とかあったっけ?」
「ありまくりよ!」
「あんな大きな店へ一人で入るのに、どれだけ勇気がいると思ってんの?!」
「何度店の前で帰ろうかと思ったことか‥‥」
「しかも、見ず知らずの店員にいきなり話かけるとか―――ハードル高過ぎ‥‥」
そういえば忘れてた。ヘイゼルは長い間イルエラの森に住んでいたから、こういう人の多い町にはあまり慣れていないんだった。
「その割には堂々とした態度に見えたけどな」
「心臓バクバクしすぎてどうしようかと、内心パニック状態だったわ」
「マジかよ」
なんちゅうポーカーフェイスだ。多分、あの場に居る全員が騙されてたと思うが‥‥。
「というか、馬車のことお詳しかったんですね?」
「―――大したことないわ」
「昔、森を頻繁に通っていた行商人が言っていたのを、そのまま受け売りで言ってみただけだし」
何にせよ、ヘイゼルが来てくれて助かった。
「ともかく‥‥これで馬車は無事手に入りましたね」
「後は、数日分の食料を買い込んで、聖都を目指すだけです」
「とんとん拍子で上手くことが運びすぎて、何かちょっと怖いな」
この後、予期せぬ災難が降りかかってくるという展開だけは勘弁してほしい。
「もう、ジル様ってば―――不吉なこと言わないでくださいよ」
「とんとん拍子でことが運ぶってことは、それだけ流れが私達に来てるってことよ」
「ヘイゼルさんの言う通りです!!この勢いのまま、さっさと聖都に殴り込みましょう!!」
~ビオニエの町・旅の足屋~
「さっきの二人は―‥‥」
「ああ、間違いねぇ」
「ヘイゼルと、近くにいた生意気なガキだ」
三人が店を出ていくのを、二人の男はじっと見つめていた。彼らは執念深く‥‥昨晩の出来事を、まだ恨んでいるようであった。
「なにコソコソしてんだ、おめぇら」
ひと際大きな体の筋肉質な男が、二人へと声をかける。
「ボゴスの兄貴!!」
「さっきの客がどうかしたのか」
男の名はボゴス。ビオニエの町を拠点に活動する、そこそこ名の通った盗賊狩りのリーダーだ。
「あいつらです!昨日俺たちを痛めつけやがったのは!」
「俺なんかあのガキに、首に剣先突きつけられて殺されそうになったんだ!」
母親に言いつけるように、二人はみっともなくボゴスへとすり寄った。
「なにィ―――?」
「盗賊狩りのボゴス一味に手を出すたァ、いい度胸してんじゃねえか!!」
自らの部下が襲われたと知り、男は激怒する。自慢のモヒカン頭も、心なしか―――いつもより逆立っているようだ。
「へっ、兄貴を怒らせるなんて終わったなあいつら」
「あの時大人しくしてりゃあ‥‥怪我せずにすんだかもしれないのによぉ」
「今から追いかけますか!兄貴!」
兄貴が居れば百人力だ!今すぐお礼参りをしてやろうと意気込む二人、しかし…ボゴスの答えは彼らの予想とは真逆のものであった。
「追いかける訳ねーだろタコが」
「俺が殴り込んだところで、コロシアム優勝者のヘイゼルに敵う訳ねぇだろ」
「え―――」
「じゃ、じゃあどうするんですかい兄貴?」
「あのなぁ、よく覚えとけよダズ、ギズ」
「こういう時は頭を使うんだよ、何も殴り合いだけが喧嘩じゃねえだろう?」
「?」
「おい、店主!!」
ピンときていない二人へ見せつけるかのように、男は大声で店主を呼びつけた。さきほどエイミーと会話をしていた、あのジェントルマンだ。
「!」
「これはこれはボゴス様、いらしていたのですね!」
引きつった笑顔で、男はボゴスへと頭を下げた。
「さっきの客に何か売ったのか?」
「さっきの客?」
「ガキと美女と、変な女の三人組だよ!」
「ああ――!」
「ええ、馬車をお買い上げ頂きましたが―――それが何か?」
「もう持ってったのか?」
「いえ、明日取りに来られる予定ですが‥‥」
怯える店主の返答を聞き、ボゴスはニタリと笑った。
「なら丁度いい」
「いいか?奴らが馬車を取りに来たら、こう言うんだ」
ボゴスは四人にだけ聞こえるよう‥‥小さな声で、とある企みを店主に伝えた。
「そ、それは―――」
「おいおい、できないなんて言わねえよな?」
「この店の土地と客を、いったい誰が用意してやったと思ってる!?」
「お前みたいなよそ者が、ビオニエで商売できているのは、誰のお陰だ!?」
抵抗感を示した店主を、ボゴスは大声で黙らせた。こうなってしまえば――店主はもう、彼に従うしか道は残されていない。
「ボゴス様のお陰でございます‥‥」
「分かってんならやれ、精々しくじるんじゃねぇぞ」
ボゴスは偉そうな態度のまま、子分と共に店を出た。
この時はまだ、知らなかった。
ほんの軽い気持ちだったのだ。
まさか“あんなこと”になるなんて―――俺ァ思ってもみなかったんだ。