第23話 煌く夜と、数奇な出会い
「ゼルマン?」
「知らない名前ね‥‥人違いじゃない?」
「いやいや!ほんの数時間前に戦ったじゃないか!!」
「ほら!ボクの一撃、頭に喰らってキミ出血してただろ?!」
「そのあとはボクがコテンパンにやられちゃったけど‥‥」
少し決まりが悪そうに、ゼルマンはヘイゼルへと必死に説明した。
真顔のまま5秒ほど制止した後―――ヘイゼルはようやく口を開いた。
「――――あ」
「決勝戦で当たった、やたら重装備の騎士か‥‥!」
「良かった、ようやく思い出してくれたみたいだね」
「あの時はよくも頭ぶん殴ってくれたわね――!」
「いやその辺はお互い様だろ!?」
そこでキレるのは流石に理不尽すぎる!
「というか、ゼルマンって女の子だったんだね」
司会者の口ぶりから、てっきり男だと思っていた。それが、こんなに華奢な女の子が正体だなんて、思ってもみなかったな。
「‥‥うん」
「“戦槌の騎士”として戦うときは、男として振舞っているんだ…」
些細な変化だが、彼女の表情が少し曇るのが分かった。どうやら、触れてほしくない話題みたいだ。
「それで、最強のキーパー様がこんなところで一体何をしているの?」
皮肉めいた言い方で、ヘイゼルはゼルマンへと問いかけた。
「その呼び方、やめてくれないかな」
「ボクは不敗伝説に泥を塗ったんだ、最強のキーパーなんて呼ばれる資格は無いよ」
嫌なことを思い出した―――と言った風に、ゼルマンは吐き捨てた。
「それにしても驚いたな‥‥キミ、こんなに可愛い彼氏がいたんだ」
「かっ!?」
「別にそいつは彼氏なんかじゃないわよ!」
「あれ、そうなの?」
「一緒に旅をしている仲間、だよ」
何か勘違いしているようなゼルマンに、僕はそっと説明を付け足した。ヘイゼルみたいなスーパー魔法美人に、僕みたいなへっぽこ太郎は釣り合わない。
「そうなんだ‥‥」
「ねぇ、キミたち―――もし良かったら、これから少しボクと話さない?」
「はぁ?」
「普段は素性を隠してるから、こうして他人と話すのは本当に久しぶりなんだ」
「キミたちの出会いとか、これまでの旅とか――色々聞いてみたいなーなんて思ったり‥‥」
少し気恥ずかしそうにゼルマンは呟いた。
「なんで私達がアンタの話し相手になんなきゃいけないのよ」
「第一、私今日は戦いっぱなしで疲れてるから―――」
「うん、いいよ」
嫌がるヘイゼルに構うこと無く、僕は即答した。
「本当?!」
「ちょっとジル!?」
「いいじゃん別に、悪い人じゃなさそうだし!」
「悪い人じゃなさそうって‥‥そういう軽いノリで生きてるから、ソルシエにほいほい騙されたんじゃないの?」
「・・・」
痛いとこを突いて来るな―――それを言われると、ぐうの音も出ない。
「はあ‥‥まぁいいわ」
半ば諦めた様子で、ヘイゼルは溜息をついた。
「何かあったら直ぐに私を呼びなさいよ」
「大丈夫、いざとなったら僕だって戦えるし!」
「・・・・」
え、何でそこで黙るの?
「じゃ、私は宿に戻るから」
「うん」
「おやすみ、ヘイゼル」
「二人きりだからって、変なことしたらぶっ殺すから」
「(こわっ!!)」
物騒な捨て台詞を残して、ヘイゼルは宿へと一人で帰ってしまった。トーナメントの疲れも溜まっているだろうし、彼女は早く休んだ方がいいだろう。
「すごい警戒されてたみたいだけど‥‥もしかして彼女、ボクのこと嫌いなのかな?」
「いや、そういうのじゃないと思うから大丈夫だよ」
ヘイゼルはそう簡単に他人を信じようとはしない、誰に対しても心を許すことは無いんだ。相手が誰であろうと―――ある意味平等に、同じ態度で接している。
彼女が他人を信用できるようになるには、もう少し時間が必要だろう。
「そっか、それならいいんだ」
そう言って彼女は優しく微笑む。ヘイゼルにも引けを取らない、とても美しい笑顔だ。
「おっと‥‥もうこんな時間か」
「この店はもうすぐ閉店時間だから、場所を変えようか」
ゼルマンに導かれるまま、僕は店を出た。
涼しい夜風に吹かれながら、二人は夜の町を歩く。
どこに向かっているのか分からないまま、僕はゼルマンに全てを委ねていた。
「そういえば、まだちゃんと名前を聞いていなかったね」
藪から棒に、ゼルマンは僕の名を尋ねた。
「ジルフィーネ・ロマンシア」
僕は若干口ごもりながら、自らの名前を口にする。この名前‥‥かっこいいんだけど名乗り辛いんだよなぁ。完全に名前負けしてるというか、何というか。
「なるほど、それで“ジル”って呼ばれてるのか」
いい名前だね―――と、ゼルマンは笑った。その後はとくに会話をする訳でも無く、石造りの道をただ道なりに進んでいった。
「あら?そこの坊や、可愛い顔しているわね」
「これから‥‥お姉さんといいことしない?」
「!?」
しばらく歩いていると、ネオンライトの眩しい店の前に立つ女性が、突如として僕に声をかけて来た。
刺激的な服装に、目のやり場が困る。
「えっと、大丈夫です!!」
「もう、いじわる言わないで――ほら、こっちへおいで」
「悪いけど‥‥彼はボクのモノなんだ、手を出さないでくれるかな?」
困惑する僕を助けるように、ゼルマンが間に割って入る。
「なんだ、女が居たのね」
「ふふ‥‥可愛い顔して坊やも隅に置けないわね」
「その娘に飽きたらまたいらっしゃい、その時はサービスしてあげるわ♡」
ゼルマンは僕の腕を引いて、速足でその場を離れた。
「ふぅ、危なかった‥‥あそこの客引きは悪質だから、気を付けてね」
「ありがとう―――」
ゼルマンが居なかったらどうなっていたことか―――。
「でも相手が人間でよかったよ、オーガや獣人が相手だと力ずくで連れ込まれてしまうからね」
「サービスがどうとか言ってたけど、あそこも飲食店なのか?」
「ふふ、違うよ」
「あそこの一角の店は全部娼館なんだ」
「マジで!!?」
僕は危うく貞操の危機を迎えるところだったのか。
「人間は年中発情期で大変だと思うけど‥‥ジルくんは娼館に入り浸る冒険者にはならないでね」
「ぜ、善処します…」
ん?
今、“人間は”って言ったか―――?
「さぁ、着いたよ」
そう言って、ゼルマンは小さなバーへとジルを案内する。店には僕たち以外に客はおらず、ただ一人――カウンターでバーテンがグラスを磨いていた。
いい意味で閉鎖的で、とても居心地がいい。
「マスター!奥の部屋借りるね!」
ゼルマンに手を引かれるまま、僕は奥の個室へと入った。
個室の中はほどよい暗さが保たれていて、いつまでも居たくなるような魅力的な空間が広がっていた。
「いい雰囲気でしょ?」
「ここ、ボクのお気に入りなんだ」
「なぁ、ゼルマン」
「さっき、“人間は”って言っていたけど、もしかして―――」
もしかしてキミは‥‥。
「あぁ、気づいちゃったか」
「―――—そうだよ、ボクは‥‥人間じゃない」
「ごめん、聞かない方がよかったかな?」
何だか取り返しのつかないことを聞いてしまったような気がして、いたたまれない気持ちになる。
「ううん、別にいいんだ、特に隠そうとしていたわけでもないし」
そう言って、ゼルマンは美しい女郎花色の髪をかき分け‥‥僕に“耳”を見せた。
「わぁ‥‥」
髪の下から現れたのは、先端の尖った細長い―――人間とは異なる耳であった。
「見ての通り、ボクは人間ではなく“エルフ”」
「森に住む、陰気な一族さ」
「エルフ‥‥」
ファンタジーにそこまで詳しくない僕でも、エルフくらいは知っている。耳がとがってて、妖精と人間の中間のような外見の生き物‥‥だよな?
騎士というよりは、魔法を使うイメージが強かったけど。
「そ、そんなにマジマジと見てどうしたの?」
「もしかしてキミ、エルフを見たのは初めてかい?」
少し照れくさそうにしながら、ゼルマンはさっと耳を隠した。
「まぁ、そんな感じ」
それにしても‥‥ファンタジーの世界の代表格であるエルフとこうして出会えるなんて、何だか少し夢を見ている気分だ。
僕はYFをやるとき、は決まった場所にしか居なかったから、あまりこういう異種族をじっくりと見たことが無かった。エイミーも妖精で、ファンタジーっぽくはあるんだけど―――性格がなぁ‥‥。
「エルフって森に住んでいるイメージだったんだけど、人間たちの町で騎士をしていることもあるんだね」
「うん―――基本は皆、森に住んでいるよ」
「ボクみたいに森を出て生活をしているエルフも、少なくはないけどね」
「なるほど」
へぇ…やっぱり大多数のエルフは森で暮らしているんだな。イルエラの森には居ないみたいだったけど、どんな森に住んでいるんだろう。
「さ、ボクのことはもういいだろ?今度はキミの旅の話を聞かせてほしいな」
「その前に、まずはお酒!だよね?」
「大丈夫!注文はボクがしておくから、キミは話に集中してね」
強引に話を終わらせると、ゼルマンは話題を彼女から僕へと逸らした。
「・・・」
旅なんて言えるほど大層なものでもないけれど‥‥僕はとりあえず、ルエル村での騒動を事細かにゼルマンへ語り聞かせた。
エイミーとの出会いのこと、ソルシエのこと、ベローのこと、ヘイゼルのこと―――外征騎士のこと。
長話だったにも関わらず、ゼルマンは僕から眼を逸らすことなく終始身を乗り出して、僕の話に聞き入ってくれた。
「旅を始めて約1週間、これが僕の辿ってきた軌跡の全てだ」
ゼルマンがあまりにも熱心に聞いてくれるので、ついついしゃべり過ぎてしまった感は否めないが‥‥誰かに話しを聞いてもらったことで、少し―――気持ちが楽になった気がした。
「色々――あったんだね」
優しくそう呟くと、彼女は真っ直ぐに僕を見つめる。その美しい瞳には、熱い尊敬の色が灯っていた。
「凄いなぁ、ジルは」
「‥‥弱虫なボクとは、大違いだ」
「?」
駄目だ、ゼルマンに進められるまま調子に乗ってお酒を飲み過ぎたせいで…気持ち悪い。
いま何時だ?そろそろ帰らないと‥‥。
うっ―――。
「もう、限界‥‥」
バタリと、意識を失ったようにジルは机に突っ伏した。
「ちょっと!?大丈夫―――!?」
「頭がボーっとする……」
やばい、吐きそう。
「しまった‥‥人間はドワーフや獣人よりお酒に弱いんだった!」
「ごめんよ、ボクが進めたばっかりに―――」
ゼルマンは慌ててジルを担ぎ上げると、すぐに店を出た。
「ジル、どこの宿に泊まっていたか覚えてる?」
「うう・・・」
使い物にならなくなった脳みそを回転させながら、おぼろげになった記憶を辿る。
「確か‥‥大通りから右に進んだ裏手にある、桃色の屋根の宿だったような‥‥」
「大通りの右手だね?分かった!」
ゼルマンは暴走列車のように、夜の町を駆け巡った。
「も、もう少しゆっくり走ってくれないかな――――」
走った時の振動が胃に直接伝わって吐きそうだ―――流石に彼女の上でぶちまけるわけにはいかない。
何とか耐えなければ‥‥。
「!」
「ジル、宿ってここのこと?」
「うん‥‥ここの…205号室…だったはず…」
走り続けて10数分。ようやくエイミーとヘイゼルの待つ宿へと到着した。ジルをおぶったまま、部屋の前へと駆け上がるゼルマン。
しかし、彼女は部屋の前でノックをすることもなく、ただ茫然と立ち尽くしていた。
「・・・」
ここって、若い男女御用達のちょっとアレな宿じゃないか!まさか‥‥ヘイゼルと一緒に泊まってるとか!?
いや、流石にそれはないか‥‥話を聞いた限り、二人はまだ出会って間もないし―――ジルもそんな節操のない人間には見えなかった。
この時期は冒険者で混みあって宿が取り辛くて仕方なく、だよね。仮に泊まっていたとしても―――流石に部屋は別々のはず。
「信じてるからね、ジル」
「え…?」
そう言って、ゼルマンは部屋の扉を力強くノックした。
しばらくして――――。
「遅っそい!!!」
「いま何時だと思ってんのよ!」
「まさかゼルマンと、こんな時間までよろしくやって来たんじゃないでしょうね!?」
「って‥‥え?」
勢いよく開いた扉から姿を現したのは、ヘイゼルだった。僕を背負って立ち尽くす、予想外のゼルマンの登場に驚きを隠せないようであった。
「・・・」
「―――」
無言のまま見つめ合う両者。僕は何となく気まずくなって、寝たふりを決め込んでいた。
「うるさいですねぇ―――」
「誰ですかぁ、こんな夜更けにギャーギャー騒いでるのは‥‥」
眠い目をこすりながら、奥からエイミーがのろのろと出て来た。
「妖精!?」
何人出てくるの!?
「え―――誰ですか、この人」
「まさかジル様、女の子を部屋に連れ込もうとしてる!?」
「何でそうなるんだよ‥‥」
背負われているのは僕の方だろうが。
「悪いわね、ゼルマン」
「このバカが迷惑かけたみたいで―――」
「本当に申し訳ない―――ありがとうゼルマン」
僕は背中の上から、彼女に感謝の言葉を述べた。ここまで運んでくれなければ、完全に朝帰りコースだった。もしそうなっていたら、それこそ本当に、ヘイゼルにぶち殺されていたかもしれない。
「へ?」
「あ、うん!」
「じゃあボクはもう行くね!」
「お、お邪魔しました‥‥!」
僕を背中からそっと降ろすと…その場から逃げ去るように、ゼルマンはさっさと走り去ってしまった。
「何か‥‥せわしない様子だったわね」
「というか、あの人いったい誰なんです?」
「ヘイゼルが決勝で当たったゼルマンだよ」
「マジですか!?あんな可愛らしい女の子が!?」
「って、あれ?ゼルマンって男じゃなかったんですか?」
「知らないわよ」
「なめられないように、性別を偽ってたんじゃないの?」
~ビオニエの町・とある宿~
ヘイゼルだけでなく、妖精の女の子まで部屋に連れ込んでいるなんて‥‥ちょっと予想外だったな。やっぱり、人間って夜行性なのかな。
今日一日の出来事を振り返りながら―――エルフの少女はベッドに横たわる。
それにしても‥‥ジルの話、凄かったなぁ。
記憶を失っていたところを妖精に助けられ、彼女に恩返しをするために魔王を倒す旅を始め、その後は蛙の妖精や猿の魔物、二人の魔女、外征騎士とも出会い、苦難を乗り越え、今に至る‥‥か。
たった一週間でそれだけのことを経験するなんて…まるで“物語の主人公”みたいだ。エルフであることを隠して騎士を名乗るような、日陰者のボクとは似ても似つかない。
それに、ボクとは違って彼には“仲間”がいる。これからも幸運に恵まれた、華々しい人生を送るんだろうな―――。
「ギルドからの推薦も無駄にしちゃったし―――これからどうしようかな」
森を出て5年も経つのに、結局‥‥ボクはまだこんな町でくすぶっている。
このままじゃ、いつまでたっても―――。
「はぁ‥‥」
全く―――夜は後ろ向きなことばかり浮かんできて困る。
こんな時はさっさと寝てしまうに限るよね。
少女は無慈悲な現実から逃げるように、夢の世界へと旅立った。