第22話 戦槌の騎士
トーナメント開幕から数時間。ヘイゼルは圧倒的な勝利を次々におさめ、見事決勝戦への切符を手にした。
「早くも決勝か、このままいけば100万ゲットだな!!」
この調子だと決勝戦も余裕そうだし、案外簡単に終わっちゃうかも。一時はどうなることかと思ったが、順調に勝ち上がれて良かった。
「うーん、でもこのパンフレットを見る限り‥‥エントリーしている全ての選手の試合は終わったと思うんですけど」
首を傾げながら、エイミーは不思議そうに呟いた。
「そうなの?」
「じゃあヘイゼルは誰と戦うんだ?」
「ご来場の皆様、長らくお待たせいたしました―――!」
「これより、決勝戦を開始いたします!!」
「それでは、選手の入場です!!」
「東の方角!エントリー№30!流星の如く現れた最強のチャレンジャー、ヘイゼル!!!」
「本日全ての試合において、無傷かつ一撃で相手を仕留めているぶっ壊れ新人!!怒涛の勢いで優勝に王手をかける―――!」
「ヘイゼルちゃーん!!こっち向いてー!!」
「このまま優勝しちまえー!!」
「ヘイゼルのヤツ、今日一日で凄い人気だな」
初戦の時とはえらい変わりようだ‥‥。
「しかし!そう簡単には進まないのが決勝戦!!」
「新進気鋭のチャレンジャーをぶちのめすべく、今回も最高のゲストを招待しています!!」
「西の方角!!エントリー№1!!ギルド直々の推薦を受けた凄腕冒険者!!」
「“戦槌の騎士”ゼルマン!!!」
司会者の紹介を受けて、戦槌の騎士が入場する。
体格は少し小柄だが‥‥大層な肩書き通り、手には身の丈を超える大槌を、左手には巨大な大盾を装備していた。まさに重武装という言葉がピッタリな、堂々たる佇まいであった。
「ギルド推薦の冒険者か―――」
「ちぇっ、折角おもしろい新人が出てきたと思ったのに」
「ああ‥‥これじゃあ相手が悪すぎるわい」
ゼルマンが出て来た瞬間、会場からは歓声が消え‥‥不穏などよめきに包まれた。
「ギルド推薦の冒険者!?」
「そんなのパンフレットのどこにも載っていなかったのに!!」
「そりゃあ載っていなくて当然さ、なんたって彼は今回のキーパーだからね」
動揺するエイミーを見かねたのか、隣に座っていた観客が優しく声をかけてきた。
「キーパー?何ですそれ?」
「キミ、キーパーを知らないのかい?」
「キーパーってのは、トーナメントの運営側が用意する用心棒のことだよ」
運営側が用心棒を‥‥?
「どうしてそんなものを用意するんですか?」
「そりゃあ、賞金を一般の参加者に渡したくないからだろう」
「キーパーが勝てば、優勝者に贈られる賞金は誰にも払わなくて済むしね」
「せこっ!」
そんなのアリかよ―――!?
「まぁでも、キーパーが勝てば次の大会の賞金は倍になるし、悪いことばかりではないんだけどな」
「うーむ、なかなか上手いこと考えられてますね・‥‥」
「エントリーした挑戦者で戦って、勝ち残った者がキーパーと戦うってことか」
正真正銘、最期の敵って訳だ。
「前回はゾルグに、前々回は“スター”とかいう挑戦者に二大会連続でキーパーが負けてしまったから、運営側も躍起になっているんだろう」
「今回のキーパーには<ギルド推薦の冒険者>を採用したみたいだ」
「―――強いんですか?」
聞かなくてもだいたい想像つくけど‥‥一応聞いてみよう。
「ああ、とても強い」
「ビオニエ・トーナメントの歴史上、ギルド推薦の冒険者のキーパーを倒した挑戦者は一人も居ない」
「まさに、運営側の奥の手というヤツだ」
「――――」
ギルド推薦の冒険者を倒した者は一人もいない―――か。
くそ、聞かなければよかった‥‥。
「最強のキーパーと最強のチャレンジャー!!」
「勝利の女神すら予想のつかない世紀の一戦が!!ここに開幕します!!!」
「それでは皆様、これより先は瞬き厳禁!!」
「ビオニエ・トーナメント決勝戦!!試合開始です!!!!!!」
今、トーナメント最後の一戦の火蓋が切って落とされた――――!
解き放たれたかのように、会場には爆音のような歓声が一斉に響き渡り、観客の盛り上がりは最高潮に達している。これほどのプレッシャーを受けながら、ヘイゼルはいま‥‥どんな気持ちで戦っているのだろう。
見ていることしかできない自分を恥じながら、僕はただ、戦いの行く末を見守っていた。
「展開、アグニーラ」
先に仕掛けたのはヘイゼルだった。
巨大な炎の槍が、ヘイゼルを取り囲むように複数展開する―――!
「焼き尽くしなさい」
多数の炎槍が、一斉にゼルマンへと襲い掛かった!
「立ち塞げ!」
ゼルマンは大盾を力強く地面に突き立てる!
すると、大盾の周囲の地面が隆起し‥‥巨大な壁へと変化した。
「‥‥へぇ」
大地の壁は、ヘイゼルの放った炎槍をいとも簡単に防ぎ切ってしまった。
「おーっと!!もはや攻略不可能とすら思われたヘイゼルの炎槍を、ゼルマンが上手くガードしたー!!」
「流石はギルドのお墨付き!!素晴らしい判断力です!!」
「それなら‥‥こういうのはどうかしら?」
「降り注げ――――」
「させるか!」
詠唱する隙も与えず、ゼルマンは咄嗟に手に持った大槌をゴルフクラブのように振るった。
彼によって削り取られた地面の欠片は、散弾銃によって放たれた弾丸のように勢いよくヘイゼルへと吹き荒れる――!
「!」
咄嗟に回避をするヘイゼル、しかし‥‥。
「っ―――!」
右足に鋭い痛みが走る。弾丸のような石片の数発が、彼女の柔肌を切り裂いていた。
「全く、詠唱する暇も与えてくれないなんて‥‥ね!」
「いけっ!アグニル!!」
無数の炎の玉が、雨のようにゼルマンへと降り注ぐ――!!!
「――――」
しかし‥‥大盾を傘代わりに、ゼルマンは全ての火の玉を受けきってしまった。
「流石に防がれたか―――」
詠唱無しの魔法ではダメージを与えることすら難しいわね‥‥。
それにしても‥‥あの小柄な体格でこれほどの重装備を軽々と扱うなんて、何かカラクリがあるのかしら―――。
「呻り、走り裂け!」
掛け声と共に、ゼルマンは戦槌を地面へと叩きつける――!
その瞬間、地面から無数の岩の棘が発生し、ヘイゼルの元へと一直線に走りだす!!
「!」
また魔法か!
「アギーラ!」
「おおーっと!ヘイゼルによって繰り出された扇状の炎が、迫りくる岩の棘を焼き切ったーー!!!」
「両者一歩も譲らぬ戦いに、会場のボルテージも上がりまくっています!!!」
激化する戦いを前に、興奮冷めやらぬ様子で司会者は子供のように叫んだ。
「次から次へと‥‥!」
「ハァッ!!」
「?!」
途端に距離を詰め、力任せに飛び掛かってきたゼルマンを難なく回避し―――ヘイゼルは体勢を立て直す。
「外した!?」
追い打ちをかけるように、ゼルマンは再び戦槌を振りかざした―――!!
「―――」
しかし‥‥再び、ヘイゼルは難なくゼルマンの一撃を回避する。
「ゼルマン怒涛の連撃を、ヘイゼルが易々と回避したー!」
「両者の実力は、全くの互角!!完全に拮抗しています!!」
「ああ!もうドキドキして見ていられません!!」
「ジル様!ちょっとお手洗い行ってくるんで結果が分かったら呼んでください!!」
「馬鹿!ドキドキしてるのは僕だって同じだっての!!」
「いいから座れって!」
「――――」
さっきまでつかず離れずの距離を保っていたのに、急に間合いをつめてきたわね‥‥。
「次こそ――!!」
「おーっと!!!再びゼルマンが猛攻を仕掛けるーー!!」
「しかし!またもヘイゼルに躱されてしまったー!!」
「――――ふん」
突如としてゼルマンの頭上に巨大な炎の玉が浮かび上がった。
「なっ!?」
「いつの間に――!?」
ゼルマンの猛攻をかわしながら、ヘイゼルは静かに魔法の詠唱を続けていたのだ。一撃を当てることに必死になっていたゼルマンは、彼女の魔力を感じとることができず―――反撃のチャンスを許してしまっていた。
「落ちなさい」
大気を揺らし、轟音を立てながら―――炎の玉はゼルマンに直撃した。
凄まじい熱風と閃光がコロシアムに走り抜ける―――!
「なんという爆発!!」
「今の一撃は流石に効いたかー?!」
ややゼルマンを気遣うかのように、司会者は叫んだ。
「すっげぇ火力だ!」
「もしかして、勝負あった‥‥?」
「まだだ、キーパーが負ける訳ねぇ!」
「―――」
何故だか分からないけど、試合が進むにつれて戦い方が荒々しくなり‥‥決着を急いでいるように見えた。今の一撃だって、十分距離を保っていれば対処できたはず。
戦況は若干あちらが有利だった、焦る理由なんてどこにも無かったはずなのに。
「‥‥まぁ、私の知ったことではないわね」
戦いを終え、負傷した右足の傷を手当てしようと回復の魔法を行使する。
その瞬間―――ヘイゼルの注意はゼルマンから完全に離れてしまっていた。
「はぁッ!!!!」
「!?」
彼女がゼルマンから眼を逸らした直後‥‥爆煙を突き破り、突如としてゼルマンが姿を現した!
巨大な戦槌を天高く掲げ、直線にヘイゼルへと振り下ろす――!!!
「防いで、アグニーラ!!」
しまった―――!少し出遅れた!!
ゾルグの時と同様、咄嗟に炎槍でガードするが‥‥。
「―――!」
くっ!防ぎきれない‥‥!!
「ッ!!」
振り下ろされたゼルマンの一撃は、ヘイゼルの炎槍を打ち砕き‥‥見事ヘイゼルの脳天へと直撃した。
ドゴオオオオ――――と、ド派手な轟音を立てながら、打ち付けられた戦槌の一撃がコロシアム中に響き渡る。まるで地震か大爆発かでも起こったかのような、強力極まりない一撃であった。
「なんという衝撃‥‥!」
「観客席にいる我々の骨にも響き渡るほどの一撃が、ヘイゼルに炸裂したー!!」
「今の一撃で勝負あったかーー!?」
「ヘイゼル‥‥!」
予想外の一撃を受け、力なく地に伏せるヘイゼル。
頭部からは、真紅の血が痛々しく流れ出ていた。
「ヘイゼル!!くそっ―――!!」
今の一撃はまずい。早く手当てしてやらないと‥‥!
「き、決まったーーー!!!!!!」
「ゼルマン渾身の一撃の前に、ヘイゼルが遂に倒れたーーーーーー!!!!」
「白熱の一戦がここに決着!!!やはり!!ギルドの推薦は伊達では無かったーー!!!」
今日一番の声量で、司会者が高らかに叫ぶ―――!!キーパーが勝利し、どこか安堵しているようにも見えた。
「だぁーっ!あともう少しだったのにーー!!」
「やっぱり強えなぁ、ギルドのキーパーは‥‥」
「惜しかったわねぇ‥‥」
口惜しそうな観客たち。ヘイゼルが倒れ、残念がっているが―――やはり、心の奥底ではキーパーの勝利を確信していたようだった。
「行こうエイミー、勝負はもうついた―――!」
そんな彼らを横目に‥‥僕は慌てて席を立ち、急いでヘイゼルの元へと向かう。
あんな攻撃を喰らって無事な訳がない。辛い思いをヘイゼルにさせてしまった事実に、身を焼き尽くすほどの罪悪感が襲い掛かった。
しかし――――――。
「待ってくださいジル様!!」
服の裾をつかみ、エイミーが走り出す僕を引き留める。
「まだ‥‥決着はついていません!」
「はぁ!?どう見たって――――」
「分かりませんか―――!?」
「ヘイゼルさんの魔力が、どんどん増幅していることが‥‥!」
「!?」
刹那。
肌がピリつくほどの嫌な感覚が、体全身を駆け巡った。
「うっ!」
「何だ、この妙な感じ‥‥!」
僕だけじゃない、会場全体を震撼させる魔力が、倒れるヘイゼルを中心に巻き起こっている。
「何だ、この魔力‥‥こんなの―――尋常じゃない!」
ゼルマンは倒したはずのヘイゼルを見下ろしながら、恐怖した。
自分が戦っていた相手は、ただの人間では無かったのかと自身を疑ってしまうほどに―――。
「あー、頭クラクラする――――」
傷を負った頭を押さえながら、ヘイゼルはゆっくりと立ち上がる。
「そんな――!」
確かに手ごたえはあった。なのに、彼女はまだ立てるというのか――!
それに‥‥姿が変わった…?
「な、なんと言うことでしょう!!ダウンしたかに見えたヘイゼルが、再び立ち上がったーー!!」
「しかも何やら、見た目に変化が起きている様子―――彼女の身に一体何が起こったというのかー!?」
「嘘だろ!?」
「ありえねえ!!」
どんでん返しに驚く観客たち、もう‥‥この場に居る誰も、戦いの結末を予期することはできなかった。
「あの姿は!」
真紅の髪に黄金の瞳―――変わり果てたヘイゼルの姿を見て、僕は彼女の勝利を確信した。あの姿は、間違いない。
<イルヴィナス・ヴェル・ノーラ>、神刻を発動した僕と互角以上に渡り合った、ヘイゼルの強化形態だ。
「どうして‥‥まだ立てるんだ」
ありえない。
ボクの一撃を正面から受けて、まだ立ち上がるなんて―――!
「――――気合、かしら」
「“あいつ”の前で、ダサい格好は見せられないのよ」
そう言って、ヘイゼルは手に持った杖をゼルマンへと向ける。
「穿て」
ヘイゼルの言葉に反応し、杖の先端からレーザーのような炎の魔力が発射される。
「!」
手に持った大盾でガードするが、圧倒的な火力の前にゼルマンは軽々と吹き飛ばされてしまった。
「あぁっ―――!」
目にもとまらぬ勢いで壁に打ち付けられ、体全身に激痛が走る。
「ここで‥‥倒れる訳には―――!」
戦う意志はある―――だが、ゼルマンの体は、もう限界を迎えていた、
くそ―――もう少し‥‥だったのになぁ‥‥。
膝からガクリと崩れ落ちるゼルマン。
ヘイゼルの強大な魔力の前に、遂に戦槌の騎士は敗れ去った。
「――――ふぅ」
ヘイゼルは涼し気な顔で、真紅の髪を風になびかせている。その顔には、勝者の余裕の表情が煌くように浮かび上がっていた。
「信じられない!まさかまさかの大どんでん返し!!」
「本大会初出場!!謎の美女ヘイゼルが、戦槌の騎士を討ち果たし、優勝を掴みとったあああ!!!」
「ギルド推薦の不敗伝説は今、この瞬間をもって打ち破られたのですーーー!!!」
「この歴史的な一戦は、永久に我々の胸に刻まれるでしょう―――!!!」
「ギルド推薦のキーパーが負けた!」
「すげえ!すげえよ!!ヘイゼル!!」
「意味わかんねえ!!ナニモンなんだよ!あいつ!!」
大波乱の幕引きに、会場は大盛り上がり。コロシアム全体が、ヘイゼルの勝利に興奮を隠せずにいた。
「いよっしゃああああ!!!!」
「これで100万ユピルゲットですよ!!ジル様!!!」
「いやっほーーう!!!」
エイミーは満面の笑みで体いっぱい喜びを表現していた。
「ああ、そうだな‥‥」
正直凄すぎて頭が追い付かない。緊張が解け、張り詰めていた力が全身から抜けていく‥‥。
一時はどうなるかと思ったけど、本当に―――勝ててよかった。
~ビオニエの町・宿~
トーナメントの閉会式も無事に終わり、あたりはすっかり夜になっていた。
「はい、これ」
そう言ってヘイゼルは、大量の金貨が詰め込まれた木箱を無造作に差し出した。
「すげええ!本物だーーー!!!」
ザックザクの金貨を目の前にしてエイミーは興奮を隠せない様子だった。たとえ妖精であっても、お金には目が無いらしい。
まぁ、お金に目がない妖精はこいつくらいかもしれないが。
「これでしばらくは気兼ねなく旅が出来そうだね」
「よし!じゃあ大金も手に入ったことですし!!パーッとうまいもんでも食いに行きますか!!」
「いいな!それ!」
僕たちは何もしてないけど!
「では―――はい、どうぞ!」
エイミーは笑顔のまま、僕とヘイゼルへ数枚の金貨を手渡した。
「私はここに残って金貨を数え‥‥じゃなくて、見張っておきますから、二人はどうぞビオニエでの食事を楽しんできてください!!」
「!?」
「何言ってんだよ、折角だし全員で行けばいいじゃんか」
「行きたいのは山々なんですが、その‥‥実を言うと、観戦中にお菓子食べ過ぎてもうお腹いっぱいというか‥‥」
「・・・」
アホすぎる。
「確かに馬鹿みたいにボリボリ食ってたもんな」
「それに、大金持って外をウロウロする訳にはいきませんし‥‥誰かが残って金貨を見張っていないといけませんから!」
もっともらしい理由を盾に、エイミーは鼻息を荒くしながら留守番役を買って出た。
「分かった」
「それじゃ、留守番頼んだぞ」
「はい!任されました!!命に代えても、この金貨は守り通します!」
いや、命には代えなくてもいいよ‥‥。
「じゃあ、行こうヘイゼル」
「ちょ、ちょっと待って」
「?」
「ふ、二人きりで出かけるの‥‥?」
「そうだけど、どうかした?」
「いや‥‥心の準備ができていないというか、何というか‥‥」
やけにもじもじとした様子でヘイゼルは、ジルから眼を逸らした。
「はぁ?」
ご飯食べるだけで何言ってるんだ?
「もう、鈍感ですねぇジル様は」
「ヘイゼル様は殿方と二人きりで出かけるのは初めてなんですから、優しくリードしてあげないと駄目ですよ?」
「そ、そういう意味じゃないから!!」
「あぁ、そっか」
今までずっと森に居たから、人の多い町での行動に慣れていないんだ。
「大丈夫だよヘイゼル、僕もこういう場所に来るのは初めてだし‥‥リラックスして軽い気持ちで楽しもう!!」
「あっ、そうだ!好きな食べ物とかある!?」
「この金貨はヘイゼルのお陰で手に入ったものだし、夕食はヘイゼルの好物を食べに行こうよ!!」
「そ、そうね‥‥」
「おいしいお酒が飲める場所がいいわ――」
「おいしいお酒か、確か観光マップにそんな店があったような‥‥」
「まぁいいや、とにかく行こう」
「あ、待って‥‥!」
この世界ではどんな料理が出てくるんだろう。ああ!本当に楽しみでたまらない――!
ジルとヘイゼルは慌ただしく宿を出ると、軽やかな足取りで―――夜のビオニエへと繰り出していった。
~ビオニエの町~
「お!こことかいいんじゃない!?」
二人はとある店の前で足取りを止めた。
「お酒の種類はビオニエで№1!豊富な肉料理もそろう、冒険者御用達の本格派酒場だって!」
「凄く賑わってるし、絶対おいしいよ!!」
酒場に溢れる冒険者たちの楽しそうな声が、大合唱のように響き渡っている。外に居る僕たちにも、その振動が伝わってくるほどだ。
「却下」
「何で!?」
「人が多いところは苦手なの、もう少し静かな場所がいいわ」
そう言って、彼女は興味なさげにスタスタと歩き始めた。
「それなら‥‥」
「あ、あそこは!?」
「獲れたて新鮮の魚介を使った最高級シーフード店、至福の時を彩るお洒落なお酒も用意しています‥‥だって!」
「落ち着いた雰囲気の店だし、静かに食事を楽しめると思うよ!」
ここはさっきよりも小奇麗な感じで、店もさほど大きくない。ヘイゼルが求める条件には合致していると思うんだけど――。
「却下ね」
「ここも!?」
「何で!?めっちゃいい雰囲気じゃん!!」
「私、魚嫌いなの」
「・・・」
子供か。
「いま子供っぽいとか思ったでしょ」
「おおお思う訳ないだろ?」
「誰にだって好き嫌いはあるし!仕方ないよ!うん!」
「―――まぁいいわ」
動揺する僕をじっ、と見つめた後‥‥再び彼女は歩き出した。
「おい…あいつ、トーナメントに出てた嬢ちゃんじゃねえか?」
「ほんとだ、間違いねえ‥‥確か――ヘイゼルって名前だっけか」
「へへっ、ちょっと声かけてみようぜ」
「よぉ!嬢ちゃん!」
「?」
「今日の試合凄かったなぁ!マジで優勝しちまうなんて、オレぁ感激したぜ」
「強くて美人で‥‥本当、大したもんだよアンタ!」
冒険者だろうか?
だいぶ酒の回っている男たちが、背後から声をかけて来た。
「――――どうも」
目も合わせず、ヘイゼルは静かに呟いた。
「へへっ、見れば見るほど美人だなぁ‥‥」
「なぁ、嬢ちゃん――オレたちと組まねえか?」
「は?」
「俺たちゃこの辺りではそこそこ名の通った、盗賊狩りなんだぜ?」
「腕もたつし、カネもある」
「嬢ちゃんにとって最高の条件がそろってるってわけだ」
男たちはヘイゼルに言い寄るように、ネチネチと付きまとう。
「悪いけど、その提案は受けられない」
彼女は僕の仲間だ。こんな酔っぱらいに引き抜かれては困る。
男たちを前にして、僕はきっぱりと言い放った。
「ああ?」
「なんだコイツ?」
「どいてな坊や、オレは後ろの嬢ちゃんに話があるんだ」
「っ?!」
酔っぱらった男はジルを軽々と掴み上げると、ゴミを払いのけるかのように放り投げてしまった。
「ジル‥‥!」
「今のが嬢ちゃんのボーイフレンドかい?」
「だめだめ、あんなガキとツルんでちゃ」
「ツルむなら俺たちみたいな―――」
「アグニル!」
男の言葉を聞き終える間もなく、彼女は魔法を解き放った。
ヘイゼルによって放たれた炎の玉が男を直撃し、衝撃と共に吹き飛ばす―――!
「うぎゃああ!!」
直撃した男は防御すらできず、爆風によって吹き飛ばされてしまった。
「てめぇ、よくもダズを!」
「こうなりゃ力ずくで連れて行ってやるよォ!!」
仲間をやられ、激昂した男は腰に差した曲剣を抜くと、ヘイゼルへと振りかざす―――!
「このッ!!」
しかし、咄嗟にジルが間に割り込み、男の一撃を自身の剣で受け止めた!
「ジル、どきなさい!」
「そんな雑魚、私一人で‥‥」
「ヘイゼルは手を出さないでくれ―――!」
「はぁ!?」
こんなチンピラ一人倒せないんでは‥‥この先ヘイゼルを守ることなんてできはしない。
僕だって、戦えるんだ――!
「女の前でいい格好しようってか?」
「バカなヤツだ、実力差を思い知れ――!」
「くっ―――!」
相手は僕の倍近い大男だ‥‥このままでは力負けしてしまう―――!
「どけァ!!」
男の蹴りがジルの腹部に命中する―――。
「ごほっ――!」
勢いよく吹き飛ばされ、ジルの体は地面に叩きつけられた。
「ガキが‥‥調子に乗るからだ」
男はジルの間近に迫り、大きな足で倒れこむジルを踏みつける!
「ぐあッ!」
「ジル―――!」
「オレは優しいからよお、腕の一本だけで許してやるよ――!!」
男が剣を振り下ろした刹那。
「!」
ジルは咄嗟に男の軸足を剣で切りつけた。
「いでぇ!?」
体勢を大きく崩した男に、ジルはすかさずタックルをかまして馬乗りになる。
「――――命まではとらない、早く消えろ」
剣の切っ先を男の首に突き立て、最後の警告を促した。
「ひっ‥‥」
戦意を喪失した男は、自身の武器を拾うのも忘れ‥‥一目散に退散してしまった。
「‥‥はぁ」
「飯前だってのに、口切っちゃったよ‥‥ヘイゼルならあんなヤツ、一撃で倒せるんだろうなぁ」
僕も‥‥彼女みたいに強くなりたいや。
弱くてカッコ悪い自分がたまらなく―――情けない。
「確かにアンタは強くない、でも‥‥決して弱くはないわ」
彼女は手に持ったハンカチで、血の付いた僕の口元を優しく撫でた。
「ヘイゼル‥‥」
「―――助けてくれてありがとう、私の勇者様?」
冗談交じりに、ヘイゼルは穏やかな微笑みを浮かべた。僕の胸にこびり付いていたネガティブな思考は、彼女の微笑みの前に、跡形も無く消え去っていく―――。
「ど、どういたしまして…」
「さ、もう行きましょう?」
「私―――早くおいしいお酒が飲みたいわ」
それから数分歩いて、僕たちは落ち着いた雰囲気の静かな居酒屋へと入店した。
席に着くなり僕たちは、次から次へと品物を注文し、テーブルはあっという間にご馳走で埋め尽くされていく。
最初は勢いよく食べていたが‥‥次第に胃袋が限界を迎え、二人の食のペースはどんどん落ちてきていた。
「やばい、吐きそう」
「調子にのって頼み過ぎたわね‥‥」
「うっ‥‥ちょっと席外すわ‥‥」
「ゲロぶちまけんじゃないぞ」
「うっさい!」
ヘイゼルはそう言い残すと、さっさと姿を消してしまった。
「・・・」
山のように積まれた料理の数々‥‥くそ、見ているだけで気持ち悪くなってきた。これは残飯処理係として、エイミーも連れてくるべきだったな。
「良かったら、少し手伝いましょうか?」
膨大な料理を前に啞然としている僕を見かねたのか―――突如として、背後から少し照れくさそうな声が聞こえた。振り返ってみると、そこには一人の少女が恥ずかしそうに立ち尽くしていた。
「えーっと…」
誰だか分からないけど‥‥助けてくれるんならお言葉に甘えよう。
「お、お願いします―――!」
「はい!では、失礼しますね」
そう言って少女は、僕の前に座った。
・・・そこから先のことはあまり覚えていない。
ただ、彼女の豪快な食べっぷりに見惚れていたら―――気が付いた時にはもう、全ての皿は空っぽになっていた。僅か数分で、彼女は山のような料理の数々を食べつくしたのだ。
「――――」
すげぇ。
「‥‥はっ!ごめんなさい!」
「ボク一人で全部食べちゃって‥‥!!」
我に返ったように、慌てふためく少女。よほど食事に集中していたのか、自分が料理を食べつくしたことにやっと今気が付いたようであった。
「全然いいよ」
「僕はもう限界だったし、食べてくれて本当に助かった」
「そ、そうですか‥‥なら良かった」
「食べるの好きなんだね?」
「はい!」
「食事こそがボクの何よりの楽しみですから――!」
元気いっぱい満面の笑顔で、彼女は堂々と宣言した。
「そ、そうなんだ」
「ふぅー」
「休憩したらちょっとマシになった‥‥」
頭を抑えながら、ヘイゼルがとぼとぼと帰ってきた。
「あ、お帰りヘイゼル、料理はもう全部片付いたよ」
「本当!?」
「彼女が全部食べてくれたんだ」
「うそ‥‥あれだけの量を一人で!?」
「・・・」
大食いの少女は、ヘイゼルを一目見た瞬間‥‥何故か固まってしまった。
「?」
「どうかした?」
「ヘイゼル‥‥!」
彼女は驚いた様子で、ヘイゼルの名を口にした。
「え?知り合い!?」
「知らないわよ!」
「いや、どこかで会ったかしら―――?」
「ああ、そうか素顔を見せるのは初めてだった‥‥名乗りが遅れて申し訳ない」
「ボクの名前はゼルマン―――今日キミと決勝で戦った、戦槌の騎士ゼルマンだ」