第20話 冒険者の町・ビオニエ
「では!目的も共有できたことですし‥‥次の目的地へ向かうとしましょうか!」
「次の目的地はずばり、“冒険者の町ビオニエ”です!」
エイミーの口から、力強く次の目的地が知らされる。
「冒険者の町‥‥」
“冒険者”という言葉の響きに、柄にもなく僕は心を躍らせてしまっていた。酒場では樽のジョッキに入った色とりどりのお酒や、豪勢な食事が出てくるのだろうか。
出てくるといいな‥‥。
「ビオニエでの目的は主に二つ、一つは移動手段の確保、聖都グランエルディアまではかなり距離がありますから、何かしらの“足”が必要になってきます」
「馬車なんかがあれば最適なんですけど‥‥」
「聖都?僕たち聖都へ向かうの?」
「聖都へ行かずにどうやって勇者になるっていうのよ」
呆れた顔でヘイゼルが口を挟む。
「ユフテルで勇者を名乗るには聖都の王に拝謁し、認められる必要があります」
「はるか昔から続く習わし、みたいなものでしょうか」
エイミーが説明を付け加えるように、僕へと呟いた。
「認められなかったら?」
「勇者にはなれませんね」
「・・・」
勇者って、誰かに認められないとなれないものだったのか。何か‥‥ちょっと嫌だな。
「そんな顔しなくてもジル様ならきっと大丈夫ですよ!」
「私が保証します!ジル様はきっと、立派な勇者になれます!!」
目をキラキラさせながら、エイミーは僕へ詰め寄る。
本当に‥‥こいつの僕への過剰な期待はどこからきているんだか。
「それで、二つ目の目的は?」
話を逸らすように、僕はエイミーへ尋ねた。
「食料の確保です!」
「聖都までは長旅になりますから、十分な食料は絶対に確保しなければいけません!」
「確かに」
イルエラの森では、ベローが採ってきてくれた山菜や果実なんかで空腹を満たしていたが、これからはそういう訳にもいかない。
ユフテルではお腹も減るし、喉も渇く。魔王にたどり着く前に餓死する、なんてことが無いようにしっかりと確保しなければ。
「でも‥‥お金あるの?」
お金。
どれだけファンタジーな世界でも、モノを買うには代金がいる。
どこへ行ってもお金のしがらみからは逃げられないのだ。
「ふふ、もちろん抜かりはありません――そこら辺は安心してください」
「資金についてはビオニエについてから詳しくお話ししますね‥‥」
「(怪しい)」
「(怪しいわね)」
不気味な笑みを浮かべながら、エイミーは体を縮め、僕の肩の上へとちょこんと座った。
「さぁ、ではそろそろ行きますか!!」
「道なりに進めば30分ほどで着きますので、鼻歌でも歌いながらのんびり進むとしましょう!!」
~ビオニエの町~
エイミーに言われた通り、道なりにしばらく歩いていると僕たちは巨大な町にたどり着いた。
「すっご――――!」
レンガ造りの家々に、巨大な噴水‥‥数えきれない程の出店が立ち並ぶ大通りには、多種多様な装備で身を包んだ冒険者と思わしき人々が溢れかえっていた。
町の中心部分にはひと際大きな屋敷が聳え立っている―――偉い人でも住んでいるのだろうか。
立っているだけで圧倒されそうになるほどの熱気と活気を全身に受け止めながら、僕は呆然と目の前に広がる光景に目を奪われていた。
「さあさあ!ジル様、ヘイゼルさん!ぼさっとしてる暇はありませんよ!」
「部屋が埋まってしまう前に、早く今晩の宿を押さえに行きましょう!!」
エイミーは僕の肩から飛び降りて元のサイズに戻ると、僕とへイゼルの手を引いて、人ごみの中を全速力で走り出した。
~街角の宿屋~
「年端もいかぬ少年に、妖精‥‥それから訳ありっぽいミステリアスなお嬢ちゃん」
「長く宿屋をやっているが、見たことない組み合わせだな」
宿屋の主人は物珍しそうな顔をして、僕達をまじまじと見つめた。
「まぁいい、ほら部屋の鍵だ」
「言っておくが、ハッスルしすぎて物壊すんじゃねえぞ?」
「―――ありがとうございます」
僕は主人から鍵を受け取ると、逃げるように部屋へと向かった。
~部屋~
「で、何で三人とも同じ部屋なわけ?」
「仕方ないだろ?ここしか空いてる部屋なかったんだし」
エイミーに連れられて、いくつか宿屋を回ったが‥‥どこも満員御礼状態であったのだ。流石は冒険者の町、混み具合が半端ない。
「まぁ野宿するよりはマシですし、大目に見てあげましょうよヘイゼルさん」
「お前が言うな」
「つーか、なんで僕のせいみたいになってんだよ」
「言っとくけど、私が寝てるときに胸とか触ったら承知しないから‥‥!」
「んな中学生みたいなことするか!!」
どんだけ信用ないんだよ!
「まぁいいわ」
「それより‥‥ここの宿代もそうだけど、資金はどうやって用意するの?」
「あ」
そうだ、資金。ここの宿は後払いだからとりあえずは良いとしても、食料を買う分の資金はいったいどうするつもりなんだろうか。
エイミーは、なにか策があるような口ぶりだったけれど‥‥。
「ああ、それなら―――はい、これ」
そう言ってエイミーはとあるチラシを僕とヘイゼルの前に突き付けた。
「なにこれ?」
訳も分からないまま、チラシに大きく書かれた文字を声に出して読んでみる。
「第565回ビオニエ・トーナメント開催、優勝者には賞金100万ユピル――――」
「100万!?」
「ビオニエ・トーナメントって何なの‥‥?」
不安げな様子で、ヘイゼルがエイミーへと尋ねた。
「町のコロシアムで行われる、冒険者同士の腕比べです!」
「見事優勝すれば、100万ユピルが‥‥」
「いや、これ誰が出るの?
「僕が出れば初戦敗退確実じゃない?」
町に溢れかえっていた強そうな冒険者たちを相手取って、僕が勝ち残れるはずが無い。
勝てるとすれば―――。
「――――」
「――――」
僕とエイミーはただ無言で、ヘイゼルをじっと見つめた。
「‥‥行っとくけど、私は嫌だからね」
無言の圧力を拒否するかのように、ヘイゼルはばっさりと吐き捨てる。
「私の魔法は喧嘩とか腕比べとか、そういうものの為にあるんじゃない」
「命を守るための手段として――――」
「そうだよね‥‥分かった、僕が出るよ‥‥」
「ヘイゼルに辛い思いばかりさせられないもんな‥‥」
「でも、ジルさまレベルの腕じゃ優勝なんてとても‥‥!」
「ジル様が出るくらいなら、この私が―――!」
「止めないでくれ、エイミー!」
「たとえ死ぬことになろうとも、僕は必ず、100万ユピルを――――」
「あーもう!分かった!分かったわよ!」
「出るわよ!出ればいいんでしょ!?」
「やってくれるのかヘイゼル!」
チョロいな。
「ヘイゼルさん‥‥!」
チョロいですね。
「トーナメントは明日の正午から開幕です!早速、コロシアムへエントリーをしに参りましょう!」
こうして―――半ば強制的に、ヘイゼルのトーナメント参戦が決定した。
僕たちの運命(主に胃袋)は文字通り、ヘイゼルの両肩へと託されたのだった。
~ビオニエの町・酒場~
「おい知ってるか?明日のトーナメント‥‥ギルド直々の推薦を受けた冒険者がエントリーするらしいぞ」
「ギルド直々の推薦だって!?」
「ちぇっ、なら明日のトーナメントの参加は見送った方がよさそうだな」
「ギルド推薦の冒険者が相手じゃ勝てる訳ねーよ」
「それだけじゃねぇ、これはさっき仕入れたばかりの情報なんだがよ」
「なんでも‥‥あの“忌み魔女ヘイゼル”がトーナメントに参加するらしいぞ」
「おいおい、さすがにそれは冗談だろう」
「忌み魔女ヘイゼルってのはあれだろ?」
「ずっと昔からイルエラの森に住んでるっていう―――」
「ああ、そのヘイゼルだ、お供にはガキと妖精を連れてたって話だぜ」
「マジかよ!」
「もしそれが本当なら‥‥今回のトーナメントはかなりやべぇ戦いになりそうだな!」
「こりゃあ参加するより、観戦してる方が楽しそうだ!」
「違ぇねえ!」
「ギルド推薦の冒険者と忌み魔女‥‥ははっ、これは面白くなりそうだぜ!」