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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第1章・旅の始まり
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第18話 深い森を抜けて

「エイミー、村まであとどのくらい!?」


 一心不乱にに走り続けて20分が経過した。もうそろそろ村についてもいい頃だと思うけど‥‥!


「直線距離あと数十m‥‥もう少しです!」


「っ!」


 そろそろ体力がキツい‥‥!

 ベローから貰った回復薬のお陰で少しは回復したが、まだまだ体全身には調子が戻っていない。走るたびに、体全身がズキズキと痛むのだ。


「ていうか‥‥村まであともう少しなんだから、二人ともいい加減自分で歩けよ!!!」

 

 何で僕がエイミーもヘイゼルもおぶりながら走らなくちゃいけないんだよ!


「無理ね」

「あんたにボッコボコにされたお陰で、わたし今とても歩ける状況じゃないもの」


 嫌味のように、ヘイゼルは飄々とした様子で呟いた。


「わ、私は肩にちょこんと座っているだけですから重くはないでしょう!?」


 重いか重くないかはどうだって良い。


「僕がこんなにも苦労しているのに、エイミーが楽をしているのが許せないんだ」


「なんて心の狭い…」


「ねぇ」

「―――分かっているとは思うけど、一応言っておくわ」


 耳元で、ヘイゼルが静かに囁いた。


「ソルシエが村に魔物を放ってから、少なくとも1時間は経過している」

「最悪の事態も‥‥覚悟しておきなさい」


「ああ―――分かってる」


 最初から村人全員救えるなんて思ってはいない。僕は、僕の手の平で救えるだけの命を救う‥‥それだけだ。


「ジル様、そろそろです!もうすぐ‥‥森を抜けます!」


「よし…!」


 どんな地獄が広がっていようと、取り乱さずに対処する。ベローに託された想いを無駄にしないためにも、必ず村を脅かす魔物を殺し尽くしてやる。


 鋼の決意を胸に――――ジルはルエル村へ、5日ぶりの帰還を果たした。





 ~ルエル村~



「これは――――――」


 ルエル村に到着したジル達が目にした光景は、全く予想だにしないものであった。


 魔物の姿など、まるで見当たらない。

 村は活気に溢れ、子供達は元気に外を走り回っている。魔物の襲撃が本当にあったのか疑わしいほど‥‥村は活気に溢れていた。


「あれ」

「何か話が違わない?」


 めちゃくちゃ平和じゃん。


「おかしいですね‥‥ソルシエは確かに、村に魔物を放ったと言っていましたが」


 こっちは必死になって走ってきたというのに、とんでもない肩透かしを食らった気分だ。まさかソルシエが嘘をついていたというのか?でも、あの状況で嘘をつく意味があるとは思えないけど‥‥。



「――――二人とも、早くこの村を去った方がいいわ」


「え?」


 どうしたんだよ、唐突に‥‥。


「ヘイゼルさん?急に何を言ってるんですか?」


「あれを見てみなさい」


 そう言うと、ヘイゼルはとある方向を指さした。


 ヘイゼルの指さす方向を見てみると――――そこには、豪勢な食事を次々にひと際大きな屋敷へと忙しそうに運搬する村人たちの姿があった。


 誰か、客人をもてなしているのだろうか?


「まさか‥‥!」


 何かに感づいたように、エイミーの顔が一気に青ざめる。

 一方の僕は完全に置いてけぼりで‥‥何がヤバイのか全く状況を理解できずにいた。


「え、なになに?ちょっと怖いんだけど‥‥!」


「まだ分からないんですかジル様!?」

「忌み魔女の恐怖に怯える村人たちが、唯一歓迎する相手といえば――――」


「・・・」

「っ!」


「外征騎士―――!!」


 ようやく全ての点が繋がった。


 そうか‥‥魔物の襲撃があったにも関わらず、村がこうして無事なのは外征騎士が僕たちよりも先に駆けつけていたからか!


 なるほど、それならこの歓迎ムードにも納得がいく。まさに、村を魔物から救ってくれた英雄たちを、精一杯もてなしている真っ只中という訳だ。


「でも‥‥彼らの真の狙いは村を襲う魔物ではなく“忌み魔女”だ」


 村を襲う魔物を倒しに、外征騎士ははるばる聖都からやって来た訳では無い。

 ヤツらは忌み魔女として恐れられていたヘイゼルの首を狙って、この村を訪れたのだ。


 厳密にはヘイゼルは忌み魔女では無かったが‥‥そんな事情を、彼らは知りはしない。話の分かる連中でなければ、見つかった途端に切り殺されるかもしれない。


「ええ、外征騎士の狙いは忌み魔女であるこの私だけ」

「私の近くに居ては、関係のない貴方たちまで粛清されてしまう」


「だから‥‥ここでお別れよ」


 そう言って、彼女は口惜しそうに呟いた。


「何言ってるんだ―――!」

「今すぐ一緒にこの村を出よう、そうすれば外征騎士にバレなくて済む――!」


 折角晴れて自由の身になったというのに、こんなのはあんまりだ。


「無駄よ」

「奴らは一度狙った獲物を絶対に逃さない」


「どれだけ遠くへ逃げようと‥‥私の魔力を追って、たとえ地の果てに居ようと必ず殺しに来るわ」

「こうして話をしている今でも‥‥」


「やっと自由に生きられるのに、なに簡単に諦めてんだよ‥‥!」


 今まで充分に辛いことは味わっただろう。

 ヘイゼルには‥‥これからは、自分だけの幸せを見つけて生きてほしい。


 こんなところで死ぬなんて、論外だ。


「約束する、ヘイゼル」

「僕は絶対に君のそばから離れない」


「どんなヤツからも君を守って見せる」

「だから、早くここから‥‥一緒に逃げよう!」


「――――ジル」


 啖呵を切るジルの姿を前に、ヘイゼルは思わず面食らっていた。

 ここまでの返しをされるなんて―――全く予想していなかったのだ。


「・・・」


 私なんかのために、どうしてこの男はここまで真剣になってくれるのだろう。

 見ず知らずの他人の癖に‥‥これじゃまるで、本当にお姉ちゃんみたいじゃない‥‥。


「そ、そこまで言うなら――――」




「居た!!」

「あいつらです!!あいつらが忌み魔女のしもべです!!」


 突如として背後から‥‥わずかに聞き覚えのある、野太い男の声が聞こえた。


「あんたは‥‥!」


 慌てて後ろを振り返ると、そこにはあのいけ好かない男。村長ダラスが立ち尽くしていた。


「ヤツらが忌み魔女との内通者であるソルシエと結託し、村に魔物を解き放った、悪しき者どもです!!」


 誰かに訴えかけるように、ダラスは大袈裟に叫んだ。


 ダラスの声に反応して、村人たちがざわめきだす!


「こいつらが忌み魔女の仲間か!」


「おい!もしかして、あの三角帽をかぶっている女‥‥忌み魔女ヘイゼルじゃないか!?」


「忌み魔女だ!忌み魔女が村に入ってきたぞー!」


「落ち着け!こっちには外征騎士がいるんだ、いざって時には忌み魔女なんか、ちゃちゃっとやっつけちまうさ!」


 村人たちは口々に騒ぎ立て、もはや収拾のつかない状況になっていた。


「ちょっと!!私たちは悪しき者なんかじゃありません!!」

「ソルシエを倒して村を救ったのは、うちのジル様なんですから!!」


「そうだそうだ!!」


 折角ここまで頑張ったのに、悪者扱いされてたまるか!!


 もっと言ってくれエイミー!


「ジル、こんなヤツら放っておいて、外征騎士が出てくる前に早く逃げ‥‥」






「騒がしいな」





 刹那。



 多くの部下を引き連れ‥‥村の大きな屋敷から、一人の女騎士が現れた。




「おお!!エルネスタ殿!!」

「ご覧ください!獲物のほうから、ノコノコと狩られに出向いてきましたぞ!」



「―――そのようだな」



 なんて圧だ。


 空気が張り詰め、周囲に緊張が走る。

 他を圧倒するオーラに、測り知れないほど絶大な魔力。


 間違いない、こいつが―――!



「下郎相手とは言え、騎士である以上名乗らねばなるまい」


 超常たる騎士は、腰に差した剣を地面へと突き立て――淡々と、名乗りを上げる。


「我が名はエルネスタ」

「“正義”の理を司る、誉れある聖都グランエルディアの外征騎士だ」



 外征騎士‥‥まさか、ここまでとは思ってもみなかった。

 弱小な僕にも分かる。ヤツと僕らとでは、強さの次元が違いすぎる―――これじゃまるで、蟻と恐竜だ。


「フン、200年の時を生きた忌み魔女がこの程度の魔力とは興覚めだ」

「これでは戦いにすらならんな」


「ヘイゼルは忌み魔女なんかじゃない」

「彼女は何も悪いことはしていないんだ―――!」


 どうにかして誤解を解こうと、僕は必死になって叫んだ。

 戦闘になれば絶対に勝ち目はない‥‥あいつにも、ことの真相を理解してもらわなければ―――!



「そんなことはどうでもいい」


 しかし、僕の想いが彼女に通じることは無かった。


「!?」


 どうでもいいだって‥‥!?


「ここには忌み魔女の死を望む民衆が大勢いる」

「であれば、騎士である私はただ民意に従い―――悪を罰するのみ」


「忌み魔女の事情など、知ったことではない」


 エルネスタと名乗った外征騎士は、そう吐き捨てると地面に突き立てていた剣をゆっくりと引き抜いた。


「大人しく投降せよ、ヘイゼル」

「極刑は免れないが、断頭台にて‥‥神に祈る権利くらいはくれてやる」


「はっ、魔女がお堅い騎士様の言うことなんて聞くはずないでしょ――!」


 そう告げるとヘイゼルは杖を大きく振りかざし、爆炎の魔法を発生させた!

 一瞬にして、周囲が煙と炎に包まれる―――!


「ヘイゼル‥‥ごほっ、ごほっ!」


 くそ、煙で前が見えない!


「エイミー!いるか!?」


「こちらに!」


「絶対僕の肩から離れるんじゃないぞ―――!」


 もし落っこちても、拾いに戻ってこれないからな!


「ジル!今のうちにトンズラするわよ!」


 ヘイゼルは、僕の手を掴み、一目散に走り出す!


 何としてでも、この煙が晴れる前にエルネスタから逃げなければ‥‥!





「くだらん」



 たった一振り。


 軽く剣を振るっただけで‥‥炎は静まり、たちこめる煙は跡形も無く吹き飛ばされてしまった。



「っ!!」


 隠れ蓑を剥がれ、無防備なジル達の体が、再びエルネスタの前へ姿を現す。


 もう、どこにも逃げ場はない。



「警告はした、正義の名のもとに貴様らを粛正する」

 

 エルネスタの言葉に反応するように、天から轟音とともに雷が降り注ぎ‥‥エルネスタの剣へと吸い込まれるように命中した。


 刀身には蒼い稲妻がバチバチと音を立てて走り回っている。


(いかずち)すらも自らの武器とするとは!ははは!やはり“閃光のエルネスタ”の名は伊達ではない!!」


 ダラスは興奮した様子で、何やら大声で叫んでいる。


「このバカみたいな魔力量、間違いないわ」

「ヤツは落雷のエネルギーをあの剣の中で魔力に変換し、何倍にも増幅させている――!」


「マジかよ…!」


 ヘイゼルの言うことが確かなのであれば、エルネスタが剣を一振りでもした瞬間に、周囲一帯は灰塵に帰すだろう。


 まさか‥‥この村ごと、僕たちを消すつもりなのか!?


「ジル、エイミー!私の後ろに隠れて!」


「ちょ、ヘイゼル!?」


 森での戦闘で彼女は著しく消耗している!

 魔力も僅かしか残っていないのに、一体何をするつもりだ‥‥!?


「正面から魔法をぶっ放す!!アンタ達は地面に伏せていなさい!」


 魔法を!?


「そ、それって大丈夫なヤツですか!?」


 心配そうに、エイミーがヘイゼルへと問いかけた。


「大丈夫な訳ないでしょ」


「間違いなく、反動で私の両腕が吹き飛ぶでしょうね」


「いや物騒すぎるだろ!」


 そんなことしたらヘイゼルが―――!


「この絶望的な状況から助かるには、イチかバチか賭けてみるしかない」

「それに、私のことなら大丈夫よ」


「どこかの誰かさんが、一生私のことを守ってくれるって約束してくれたから」


 そう言って振り返ると、彼女はいたずらな微笑みを僕に向けた。

 

「―――」


 ああ‥‥勢いあまって、僕は取り返しのつかない約束をしてしまったのかもしれない‥‥。



「さらばだ、何が起こったのかも理解できぬまま―――死ね」


 エルネスタの刃の輝きが、さっきより一層強くなっていく―――!

 

 来る‥‥外征騎士の一撃が!!


「さあ!歯ぁ食いしばりなさい!」


 ヘイゼルは手に持った杖を投げ捨て、両腕を胸にかざす!


「奪い、枯らし、葬り給え‥‥我が呼び覚ますは、災禍の焔」


 詠唱が始まるとともに、周囲の気温がどんどん上昇していくのが分かる。

 チリチリと焦げ付くような匂いが、つんと鼻につく。


 まるでサウナの中にいるみたいだ。


 詠唱の段階でここまでの超現象が発生するなんて規格外だ。

 ヘイゼルが発動させようとしている魔法は、本当に外征騎士を倒しうる切り札になるかもしれない…!



 ヘイゼルとエルネスタ、両者の渾身の一撃が―――いま、解き放たれようとしていた。







「待ちたまえ」







「!?」



 しかし‥‥ギリギリのタイミングで、二人の攻撃は制止する。


 信じられないことに、貴族のような服装に身を包んだ美しい男が‥‥二人の間に横から割って入って来きたのだ。


「全く、血の気が多いったら無いな君は」


 決して大きな声ではかった。

 しかし、その声が男の喉から発せられた瞬間にヘイゼルとエルネスタの両名は、攻撃の手を止めた。


 いや‥‥正確には止めたのではない。

 この男の不思議な力によって強制的に止めさせられたのだ。


「一体何が‥‥」


 超常たる力を前に、僕は完全に混乱状態に陥っていた。


「ベアトリス‥‥貴様、私の邪魔をするつもりか!」


 地面に片膝をつきながら、エルネスタは男を睨みつけた。


「ああ、するとも」

「だって彼らとは争う理由がないからね」


 ベアトリスと呼ばれた男は、そう微笑むと―――ゆっくりとジル達の元へと歩み寄ってくる。


「―――」


 エルネスタほどの殺気は感じない、でも‥‥こいつから感じる不気味さは何だ‥‥?。


「そう警戒しないでくれ」

「僕は君たちに危害を加えるつもりはない、むしろ君たちに感謝しているんだ」


「感謝だって?」


 どういう意味だ?


「おいベアトリス、貴様一体‥‥」


「さきほど、森へ向かわせていた先遣隊から連絡があってね」

「どうやら森の奥深くで“ソルシエ”の遺体を発見したそうだ」


「ソルシエの遺体だと?!」


 エルネスタは眼を見開いて、話題に喰いついた。

 反応から察するにどうやらこいつらも、ソルシエの存在を知っているようだが‥‥。


「そう、300年ほど前‥‥魔王軍の幹部として聖都の軍勢を苦しめた、あの魔女だ」

「戦争終結後、ずっと行方をくらましていたけれど―――まさか、こんなところに流れ着いていたとは驚きだよ」


「誰だ!いったいヤツは一体誰にやられた!?」


 さっきの冷静さは消え、エルネスタは子供のように取り乱している。


「誰って、森から出てきたのは彼らしかいないだろう?」


「まさかこいつらがソルシエを‥‥?」


「間違いないだろうね」

「まぁ倒したと言っても、ソルシエはとうに衰え‥‥かつての力を失っていたみたいけど」


「―――」


 恨めしい相手を見るかのような視線で、エルネスタは僕たちを見つめた。

 聖都に因縁のあるソルシエを、どこの馬の骨とも知れぬ連中に討ち取られたことに腹を立てているかのようであった。


「確かにこいつらは恩人かもしれないが、忌み魔女ヘイゼルが生きていることに変わりはない」

「ヤツは第2のソルシエに成り得る存在だ―――生かしておくには危険すぎる」


 威勢を取り戻したエルネスタは、力強く立ち上がり、再び剣の切っ先をこちらへと向ける。


「っ!」


 くそっ、まだ戦う気か‥‥!

 ヘイゼルにばかり無理はさせられない、僕も戦わなければ!


「―――言っただろう、彼らと争う必要はない」

「それとも‥‥“審判”の理を司る外征騎士である僕の判決に異を唱えるというのかい?」


「ぐっ!!」


 ベアトリスがそう言い放つと、エルネスタは膝からがくりと崩れ落ちた。


「おのれ‥‥ベアトリス!」


 強大な力に押さえつけられているかのように、その体は小刻みに震えていた。ベアトリスの抑制が外れれば、今にも飛び掛かって来そうな恐ろしい形相をしている‥‥。


「エ、エルネスタ様・・・!」


 自身の目論見が破綻し、ダラスは情けない声を上げながら、地に伏すエルネスタを見つめていた。


「さて、時間が無いので手短にいこうか」

「イルエラの森とルエル村を救ってくれたこと、ルエル村の住人に代わって礼を言う」


「本当に、ありがとう」


 そう言って、彼は全てを見透かしていたかのように‥‥深々と頭を下げた。

 あまりにも予想外な行動に、思わずこちらも動揺してしまう。


「僕たちを―――見逃してくれるんですか?」


「見逃すも何も、君たちは何一つ悪事を行っていないだろう?」

「善人を裁くわけにはいかないさ」


「さあ、エルネスタが動けるようになる前に早く行くといい」


 地に膝をつくエルネスタを横目に、ベアトリスは優しく呟いた。


「ここはお言葉に甘えましょう!ジル様!!」


 すかさずエイミーが僕の頬をぺちぺちと叩く。


「ああ!」


 言われなくてもそのつもりだ!


「ありがとう!!外征騎士の人!‥‥ほら行こうヘイゼル!」


「ちょっ!?」

「ほんとにいいの?これ!?」


 僕はヘイゼルの手を取って走り出した。

 僕たちはこんどこそ、この森を抜けて新天地へ向かう。


 ヘイゼルやソルシエのような強力な魔法使いや、メイメイマシラのような恐ろしい魔物‥‥僕はこの5日間で、多くのことを知り、経験した。


 命を落としそうになったのも、一度や二度ではない。

 これから先も勇者として戦い続ける限り、僕は何度も死闘を繰り広げることになだろう。


 だけど――――不思議と恐怖は無い。

 

 だって、僕の傍にはいつだって仲間がいる。

 共に戦う“誰か”が居る限り、僕の刃が折れることはないだろう。


 高鳴る期待と、少しの切なさを胸に‥‥僕たちはルエル村を後にする。


 勇者ジルフィーネの旅はまだ、始まったばかりだ。








「どうやら、彼は無事に窮地を切り抜けたようだね」

「外征騎士に見つかった時は本当に肝を冷やしたけど‥‥何事も無くて本当に良かった」


 イルエラの森の奥深く。

 ヘイゼルですら知り得ない“聖域”に、彼女はいた。


 いつからそこに居たのは定かではない。ただ少なくとも‥‥ジルがこの森を訪れた時には、既に彼女は居たのだろう。


「あいつが、例の人間か」

「なんというか、思っていたよりもすごく弱々しいな」


 小さくもよく通る男の声。

 聖域でジルの戦いを見ていたのは、彼女だけではなかった。


「この5日間で少しは強くなったみたいだが、まだまだヒヨッコだ」

「外征騎士とは、とてもやり合えねぇよ」


「なーに、彼はあれでいいんだ」

「ゆっくりと‥‥一歩一歩着実に進むのが一番さ」


「そういうもんかねぇ」


「それにしても、ヘイゼルを倒すのではなく仲間にしてしまうとは‥‥愚直で優しい、実に彼らしい選択だ」

「確か今は、ジルフィーネ・ロマンシアと名乗っているんだったか」


 女は誰に聞かせるでもない独り言を、ぶつぶつと呟く。

 彼女の相棒は、ジルに興味がないようで‥‥既に聖域から姿を消してしまっていた。


「私とキミが会うのはもう少し先だけれど―――それまで、どうか死なずにいてね」



 最後にそう言い残し、彼女も相棒の後を追うように姿を消した。


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