第15話 嘲笑うモノ
「エイミー殿」
「エイミー殿‥‥!!」
「!!」
ベローに何度も体を揺さぶられ、半ば強制的にエイミーの意識が覚醒する。
「ベローさん‥‥!?」
あれ‥‥私、なんでこんなところで倒れてるんだろう。
ジル様は‥‥?
「・・・」
だんだんと記憶がはっきりとし、じわじわと状況が思い出されてくる。
そうだ‥‥忌み魔女との戦いの途中で私だけ飛ばされちゃったんだ。
「エイミー殿、ジル殿はどこに!?」
焦燥に駆られた表情で、ベローはエイミーに問い詰める。その小さな体には、痛々しい切り傷が大量に刻まれていた。
「その傷‥‥」
「大丈夫ゲロ、あの化け猫はなんとか追い払ったゲロ」
「それより今は、忌み魔女ゲロ!」
「森にも少しずつ火が広がっている‥‥早くジル殿の加勢にいかないと、取り返しのつかないことになるゲロ!」
ベローの言う通り周囲を見渡すと、空気中に何やら小さな火の粉のようなものが舞い始めている。
どこかで木々が燃えているのだ。
「分かりました、急いでジル様の魔力を探ります‥‥!」
お願い、間に合って‥‥。
ジルの無事を祈りながら、エイミーは広大な森の中からジルの気配をサーチした。
いかにジル様の魔力が微弱なものでも、死んでさえいなければ発見可能なはず‥‥!
「見つけた!捉えました!」
「こっちです‥‥ベローさん!!」
そう言ってエイミーは姿を元のサイズへと変身させ、ジルの魔力の元へと走り出す。
「ベローさん、私の背に乗ってください―――いっきに突っ走ります!!」
「分かったゲロ!」
ジル様どうか‥‥どうかご無事で!
~イルエラの森・魔女の領域・最奥~
「焔よ、讐炎よ、沈まれ―――我らが恩讐は全て、過去のもの‥‥」
ヘイゼルが不思議な詠唱を始めると、イルエラの森を焼き尽くさんと広がり続けていた炎は一瞬にして消え去っていく。上昇していた周囲の気温はゆるやかに下がり始め、僕達を不規則に照らしていた炎も静かに消えてしまった。
森を焼き尽くすというヘイゼルの企みは、一人の少年によって‥‥水際で阻止されたのだ。
「ありがとう、ヘイゼル」
「ふん―――別にあんたの為じゃないわ」
そう言って彼女はそっぽを向く。その様子は数百年を生きた魔女とは思えない、あどけなさの残る、可愛らしい乙女の姿そのものであった。
「それで、一つ聞きたいことあるんだけど‥‥」
本当は一つどころじゃない、彼女の今までの歩みを聞いて尋ねたいことはたくさんある。
でも、今はまだその時じゃない。何よりも最優先で‥‥彼女に確認しなければいけないことがある。
「君の言っていたルエル村の人間を誑かしたという女性‥‥彼女は本当に、ソルシエと名乗っていたのか?」
“ソルシエ”
“僕に忌み魔女の討伐を依頼した女性”と、同じ名前だ。
この世界では珍しくない名前なのかもしれないし‥‥そもそもヘイゼルの言うソルシエがルエル村に居たのは100年以上前の話だ。
今も生きているはずが無い。
だけど、もしあの祭祀長がヘイゼルの言うソルシエと同一人物であるとするならば、僕に忌み魔女討伐を依頼したのにも納得がいく。別人に決まってる‥‥別人に決まってるのに‥‥何故こんなにも、胸騒ぎがするのだろう。
「はっ」
「ようやく、点と点が繋がった様ね」
「いいわ、教えてあげる――――あいつは‥‥」
「ジル様――――!!!!!」
ヘイゼルが言葉を言い終える前に、場の空気をぶち壊すかのような大声が響き渡る。
「エイミー!」
「って!」
「ぎょええええ!?」
「なに忌み魔女と仲良く座ってお喋りしてんですか!!!」
「おのれ忌み魔女‥‥ジル様を誘惑する気ゲロね!?」
「はやく離れるゲロ!!」
現状に頭が追い付いていない二人は、興奮気味にヘイゼルをまくしたてた。
「ちょ!二人とも落ち着いて!」
「勝負はついたんだ、彼女にもう敵対する意思はない」
「ほ、本当ゲロ!?」
「絶対怪しいですって!」
「降参したフリをしてジル様を油断させて、隙を見せた瞬間に後ろからブスリとする気ですよ絶対!!!」
「そんなことしないって!」
「いいえ、あの眼は狙ってます‥‥獲物を狙うハイエナの眼です!」
「ほら!弱ってる隙に、サクッとやっちゃってください!」
「・・・」
エイミー、妖精の癖に性格悪すぎないか?
メルヘンチックな見た目と中身が釣り合ってなさすぎじゃねーの?
「とにかく!ヘイゼルは大丈夫だよ‥‥彼女は信用に足る人間だ」
「どうして言い切れるゲロ?」
「直感」
「直感かいッ!」
「まぁジル様の直感はそこそこ当たりそうですが‥‥」
疑い深くヘイゼルを睨みつけるエイミーに構うこと無く、僕は話をつづけた。
「それより、急いで確かめたいことがあるんだ」
「忌み魔女はやっつけたのに、まだほかにやることが残ってるゲロ?」
不思議そうに、二人は首をかしげる。
まぁ、ヘイゼルが忌み魔女と呼ばれるに至った経緯を知らない二人からすれば、至極当然の反応だろう。
「今すぐソルシエさんに会いに行く」
「彼女は‥‥もしかしたら僕たちを利用しているのかもしれない」
「ゲロ!?」
「えっと、それは一体どういう意味ですか?」
突拍子もない言葉に、驚きを隠せない様子の二人の妖精。いきなりこんなことを言われては戸惑うのも無理はない。
だが、いま二人に事情を説明している時間は無い。
「後で全部話すから、とにかく今は‥‥」
「!」
「伏せなさい!!」
「え!?」
ヘイゼルが叫ぶと同時に、耳をつんざくような轟音が頭上で響き渡った。
‥‥爆発だ。
僕たち目掛けて降り注いできた“何か”をヘイゼルが、咄嗟に魔法で撃ち払ったのだ。
「いったい‥‥何が!?」
濃い煙を吸ってしまい、2、3度咳払いをする。
状況を呑み込めないまま、僕はふらふらと立ち上がった。
そして……。
はっきりとしない僕の頭を打ちのめすように、襲撃犯がその姿を現した。
「あれ?4人とも、全員無事ですか」
「いやぁなんとも悪運の強い‥‥流石はお告げの勇者様、といったところでしょうか」
嗤いながら、女は――――ゆっくりと歩を進める。
清らかさに溢れた神聖な祭祀長のローブは脱ぎ捨てられ‥‥その体には、普段の姿とは対照的に蠱惑的な妖しい衣服を身にまとっている。その瞳に、初めて会った時のような清廉さは欠片も残ってはいない。
そこに在るのは、ただ底の見えない邪悪のみだ。
「やっぱり、貴女だったのか」
忌み魔女の伝承とヘイゼルの証言を照らし合わせれば、ヘイゼルが善なる魔女であることは疑いようがない。
となると、本当の忌み魔女はヘイゼルではなく‥‥。
「ふふ、ええ‥‥そうですとも」
「祭祀長というのは、ただの隠れ蓑に過ぎません」
「う、嘘だゲロ―――」
「では、状況を理解すらできていない愚か者の皆々様に対して――改めて名乗りを上げておきましょうか」
「―――私の名はソルシエ」
「ルエル村に巣食う真の忌み魔女にして‥‥今は亡き“魔王”の遺志を継ぐものです」