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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第1章・旅の始まり
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第13話 ~二人の姉妹~

 その昔、とある町に一人の娘が産まれた。


 しかし、娘が産まれて早々に娘の両親は流行り病によって病死し、のこされた4つ年上の姉が、娘の面倒を見ることになった。幼い妹には、辛い思いをさせたくない。どうか、幸せに育ってほしい―――その一心で、姉は身を粉にして働き続けた。


 二人の生活は決して裕福では無かったが、何一つとして不自由は無かった。愛する姉妹がいつもそばに居てくれる……それだけで、二人は幸せであったのだ。


 とある日の夕暮れ―――娘は少し落ち着かない様子で姉の帰りを一人待っていた。今日は大好きな姉の10歳の誕生日。日ごろの感謝をこめて、今晩の夕食は腕によりをかけて作ったのだけれど‥‥姉は喜んでくれるだろうか。期待と不安で胸をいっぱいにしながら、娘は食卓に並んだいつもよりも華やかに彩られた食事に目をやる。


 しかし―――どれだけ待とうと、姉は帰ってこない。


 仕方ない、今日くらいは姉を迎えに行ってやるか、と外へ出る身支度を始めたその時‥‥。




「魔物だ!!魔物が町にいるぞ!!!!」



 窓の外から、張り裂けるような叫び声が聞こえた。


「衛兵は何をしてたんだ!!」


「嫌だァ!!死にたくない!!!」


 恐怖に怯える人々の叫び声は狂騒となって響き渡る。


「魔物?町に魔物が入ってきたの?!」


 嫌だ、怖い。死にたくない。でも、姉は‥‥姉は無事なのだろうか。もしかして一人きりで怖い思いをしているのでは…?ああそうだ、きっと外で震えているに違いない、私が助けに行かないと!


 心配で居ても立っても居られなくなり、娘は家から飛び出した。


「――――」


 しかし、扉一枚を隔てた向こうに広がっていた景色を前に―――娘は絶句する。


 血で染まった街路や花壇、散乱する痛々しい人間の死体。この世のモノとは思えない、あまりにも残酷な光景が一面に広がっていたのだ。


「誰がこんなことを‥‥」


 娘の問いかけに応えるように、この地獄の創造者が、その凶悪な姿を現した。数mの巨体に8本の長い腕、不規則に並んだ鋭い歯に、恐ろしく長い凶爪をもつ恐ろしい怪物が、我が物顔で町を練り歩いている。


 怪物の名は“キュラトス”。ここら一帯に生息する魔物の中では頂点に君臨していると言っても過言ではない、強力な魔物だ。この町の衛兵だけでは、とても太刀打ちできないだろう。怪物は娘に気が付くと、その巨体を彼女の方へと向けた。


「っ!」


 逃げなければ。速く、この化け物から離れないと。


 一刻も早く走り去ろうとするが‥‥足が動かない。死の恐怖に支配され、体が言うことを聞かないのだ。


 そんな彼女に構うこと無く、怪物は激しい雄叫びを上げて呆然と立ち尽くす娘へと飛び掛かった!


 振り下ろされた凶爪はバリバリと音をたてながら、骨ごと肉を切り裂いていく。傷口からほとばしった鮮血が溢れんばかりに宙を舞い、周囲を紅に染める。それは、脆弱な人間では耐えることすらできない無慈悲な一撃であった。




 しかし、娘は生きていた。



「!?」


 咄嗟に駆けつけた姉が娘を庇い―――怪物の一撃をその身に受けたのだ。


「そんな‥‥お姉ちゃん!!!」


 裂けた姉の体からは(おびただ)しい量の血が溢れ、剥き出しになった臓器は原型をとどめていない程に損傷していた。眼は虚ろで、何度呼び掛けても反応しない。


「お姉ちゃん――――!」


 血に染まった姉を前に、幼い娘は悟った。


 姉はもう、生きてはいない。もう二度と、私にあの優しい微笑みを向けることは無いのだと。どうしようもない重く鋭い現実を突きつけられて、娘の心は張り裂けてしまいそうになる。刹那、娘の心の奥底から一つの感情が溢れんばかりに押し寄せた。


 悲しみではない、“怒り”だ。神をも殺す怒りが―――恐怖に代わって娘の体を支配しようとしているのだ。


 “この怪物を、絶対に生かしてはおかない”


 娘の思考は、憎悪の焔で埋め尽くされていた。


「怪物から離れなさい!早くこっちへ来るんだ!」


 現場へ駆けつけた町の衛兵達が、怪物の前にたたずむ娘へ避難するように必死に訴えかけた。しかし、娘は怪物を睨みつけたまま一向に動く気配はない。そして娘は力なく立ち上がると―――右手で怪物の眉間を指さし、脳裏に浮かんだ、一つの“言葉”を呟いた。


「何をしている!?早く逃げるんだ!!」


 衛兵達が娘を助けようと口々に叫ぶ。


「シャアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」


 雄叫びを上げるキュラトス、娘へ必死に呼びかける衛兵達。血の香り、立ち上がる娘‥‥興奮状態の怪物は再び血に濡れた凶爪を娘へと振り下ろす!


 誰もが娘の死を確信した。姉と同じように、無惨に切り裂かれて死ぬのがオチだろう。衛兵達は娘の命を救えなかったことを後悔する‥‥。





 だが、現実はそうはならなかった。




「殺し尽くせ【災禍の焔】(アグル・アニグマス)」



 ただ一言、娘はそう呟いた。言葉を言い終えると同時に、周囲が激しい閃光に呑まれていく。


「な‥‥何が起こった!?」


 あまりの眩しさに目を閉じた衛兵達が目を開くと―――――。


「馬鹿な!!!」


 目の前に現れたのは、呆然と立ち尽くす娘と、焔に抱かれ、骨まで焼き尽くされた怪物キュラトスの死骸。さも当たり前のように広がる衝撃的な光景に、衛兵達は目を疑った。驚く衛兵達など気にも留めず‥‥娘は無惨に横たわる姉の死体のそばに座り込み、ただひたすらに泣き続けた。


 娘の瞳から溢れる涙が―――姉の体へと一粒、また一粒と滴り落ちる。すると、娘の涙に触れた場所から次第に傷が癒えていった。やがて姉の体からはたちまちに傷が消えてゆき‥‥。



「―――あれ、私生きてる―――の―――?」



 娘の不思議な力によって、姉は見事に息を吹き返した。



「なんてことだ‥‥!奇跡だ―――この娘は奇跡の少女なんだ!」



 数日後。衛兵たちによって、町の危機を救った一人の娘の話は瞬く間に広がった。


 娘の奇跡ともいえる力を耳にした人々は娘を、“女神イルエラ”の生まれ変わりだと確信し、壮大に騒ぎ立て、持て(はや)した。“町の所有物”として娘は町の教会へ取り上げられ、現代を生きる女神として崇められた。娘の姉は何度も、何度も娘を取り戻そうとしたけれど‥‥相手は多くの信者を擁する教会。ちっぽけな人間一人にはどうすることもできない。


 悲嘆にくれる中―――姉は独り、町を去った。



「お姉ちゃんは?お姉ちゃんはどこ?」


「姉上は、この町を出られたそうだ」


「女神の姉上として丁重にもてなそうとしたのだが‥‥人ならざる君の力に恐れをなしたようでね、どうすることもできなかった」


 淡々と、神父は娘に虚言を告げる。


「なに、心配はいらない。姉上が居なくとも、この町に住む全ての人間が君の味方だ‥‥だから安心して、その力をこの町のために役立ててくれ。それが、女神の生まれ変わりとして生を受けた君の使命なのだからね」


「・・・」


 そっか―――私、お姉ちゃんに捨てられたんだ。


 私が愛していたようには、お姉ちゃんは私を愛してくれなかったみたい。


「分かったよ、神父様」


 女神の生まれ変わりだとか、そういうことには何もピンとこなかったけれど‥‥皆が喜んでくれるのなら、私は女神にでも何にでもなろう。


 娘は、喜ぶ人々の顔が見たいがために‥‥その類いまれなる才能を人々の幸せの為に使おうと決心した。





 そして、女神の生まれ変わりとして町の人々に尽くすこと3年。


 娘が9歳の誕生日を迎えた頃に悲劇は起こった。


 娘の噂を聞きつけ、聖都から高名な司祭が村へやってきたのだ。司祭に取り入ることが出来れば、町は聖都の教会から莫大な援助を得ることができる。人々は丁重にもてなし、村で一番立派な聖堂へと招き入れ‥‥さも自らの手柄のように、自信満々に娘を差し出す。


「これが女神の生まれ変わり、奇跡の娘です。司祭様が望むのであれば―――娘をお好きなように使っていただいて構いません」


 穢れた心の神父は、司祭の機嫌を伺うように囁く。小奇麗な人形のように飾り付けられた娘の姿は、まるで哀れなピエロのよう。


 しかし‥‥娘を一目みた司祭の反応は、この場に居る誰もが予想だにしないものであった。


「魔女だ!!ここに恐ろしい魔女がいる!!貴様たちはこんな化け物をかくまっていたのかッ!!」


 ふくよかな神父は血相を変え、娘を力強く指さしながら狂ったように叫んだ。和やかなムードは一変し、場の空気は張り詰めたものへと変わり果てる。


「魔女!?」


「魔女だって!?」


 司祭の一言に感化された人々は狂乱し、化け物でも見るかのような視線を娘へと向けた。昨日まであれほど優しかった町の人々はもういない。皆、くるりと手の平を返し―――娘から離れていった。


 怯える司祭が、娘を捕らえるよう怒号を上げると、人々はたちまち暴徒と化し、小さな娘の手足や髪を無理やりに引っ張り合った。皆が司祭に気に入られようと――自らが魔女を捕らえた、という手柄を取り合っているのだ。


 誰にも手柄を渡すまいと、何十もの人間が、娘の元へと群がり始める。痛みに泣き叫ぶ娘を前にしても―――彼らが力を緩めることは無い。まさに地獄絵図とも言うべき光景が、そこには広がっていた。


 重い、痛い、苦しい‥‥引っ張らないで‥‥!今まであれだけ尽くしてきたのに‥‥辛いことも、しんどいことも、全部私に押し付けて、都合よくすがって来たくせに―――こんなにも簡単に、私を見捨てるなんて。


「誰か―――誰か助けて!!お願い!誰か!!」


 耳を覆いたくなるほど悲痛な少女の叫びが、聖堂中へと響き渡る。


 絶望に呑まれた娘の体が、人の形を保つ限界を迎えようとしていたその時―――。






「どけよ!!!お前ら―――!!!!」



 衝撃的な光景に、娘は目を疑う。


 血に濡れた若い女が、叫び声をあげながら聖堂の中へと押し入ってきたのだ。群がる人々を、手に持った鉄の棒で叩きのめしながら‥‥娘の元へと一直線に進んでくる――!


「汚い手を離せ!!」


 若い女は娘の手を掴んでいた中年の男の頭へ、鉄の凶器を力いっぱい振り下ろした!


 えぐれた男の頭部からどす黒い血が噴き出し、赤く、紅く‥‥聖堂を染め上げていく。地獄と化した聖堂から娘を救い出すように、若い女は娘を担ぎ上げ、暴徒で溢れかえった町を一心不乱に駆けだした。


 おぼつかない足取りで、彼女はひたすらに走る。若い女が血に濡れているのは返り血ばかりではない、体中のいたるところに、生々しい傷跡が見て取れる。


 恐らく、聖堂の入り口に駐留していた司祭の護衛と争ったのだろう。女は町から少し離れたところまで何とか走り抜けると、抱きかかえていた娘を地に降ろした。


「私は―――ここまでみたい」


 町の方から、怒号と共にこちらへ駆けてくる馬の足音が聞こえてくる。幼い娘にも、はっきりと分かる。司祭の追っ手が迫って来ているのだ。


「はい‥‥これ」


 血に濡れた女は、ずっしりと重たい革袋を、娘へ手渡した。


「少ないけど…慎ましく暮らせば数年はもつと思うから」


 中には大量の金貨が入っていた。これほどの額を集めるのに、いったいどれほどの苦労を強いられたのか――想像に難くない。


「それと―――迎えに来るの遅くなって、ごめん」


 力なく震える手で、彼女は小さな娘の体を抱き寄せる。この女が一体誰であるのか、何故、見ず知らずの私を助けたのか―――何故、こんなにも懐かしい気持ちになるのか。


 幼い娘には全く理解できない。ただ、どうしようもなく悲しくなって―――涙を流すことしかできないのだ。


「追っ手は私が引き受ける‥‥指一本、あなたに触れさせはしない。だから―――ここら先は、一人で走るのよ」


 ああ、間違いない。この暖かな声、私とお揃いの白銀の美しい髪。


 この血濡れの女性は私の‥‥。


「いや、いやだよ‥‥!せっかくまた会えたのに―――!こんなのって無い!私、今までお姉ちゃんに育ててもらったのに――全然恩返しだってできてないよ…!」

 

 遠い昔に私を置いて、出て行ってしまったお姉ちゃん。


 私の唯一の家族で、この世界でたった一人――私に無償の愛をくれる人。


 やっとまた、巡り合えた。今度は絶対に離れたくない。


 降りしきる雨の中‥‥泣きじゃくりながら、娘は噎び泣き続けた。


「恩返しなんて要らないよ。あなたが今日まで生きてくれていた‥‥その事実だけで、十分なんだから」


「お姉ちゃん―――」


「いい?ヘイゼル。これから先、どんなことがあろうとも‥‥今日のことを恨んではいけないよ」


「教会への怒りも、身勝手な町の人間への憎しみも、全てここに置いていきなさい。そんな暗くてドロドロとした感情は‥‥これから始まる貴女の華やかな人生には、不要なものなんだから」


 娘を優しく抱きしめたまま、血濡れの女は語る。


「いつの日か、今日の日のことも全部忘れられるくらい―――貴女を幸せにしてくれる人がきっと現れる。だから‥‥長生きしてね、ヘイゼル。貴女が生きてくれているだけで私は、どんな辛いことでも頑張れるから」


「そんなの‥‥」


 私が産まれてからずっと、お姉ちゃんに自分の時間なんて無かった。私がずっと、お姉ちゃんの自由を縛り付けていたんだ。


 なのにどうして‥‥!


「どうしてそこまで背負おうとするの?!」


 溢れる思いを止められず、娘は一心不乱に姉をまくしたてた。


「お姉ちゃんだってまだ子供だったのに、いきなり私のことお父さんとお母さんに全部押し付けられて‥‥私を捨てれば、一人で自由に生きられたのに――!」


 きっと、私なんか邪魔だったに決まってる!それなのに‥‥それなのに何故?!


「どうしてそこまで私に優しくするの!?」


 必死の妹の叫びを聞くと―――姉は優しく、ただ静かにこう答えた。



「だって私、あなたのお姉ちゃんだから」



 たったそれだけの理由で、と娘は思った。しかし‥‥姉にとっては、娘の“お姉ちゃんである”という理由こそが、他の何にも代えがたい全てだったのだ。どれだけ辛くても、哀しくても、ここまで投げ出さずに頑張れたのは、最愛の妹が居てくれたから。


 妹が姉に支えられてきたように、姉も妹の笑顔に―――救われていたのだ。



「じゃあね、私の可愛いヘイゼル。ずっとずっといつまでも、あなたを愛しているわ」


 そう耳元で呟くと、姉は妹を置いて迫りくる追っ手の元へ、たった独りで駆けだした。


 話したい事はまだまだあった。

 可能であるのならば、ずっと一緒に居たかった。


 だけど、今となっては全てが遅い。

 娘は震える体を奮い立たせ―――決意を胸に立ち上がる。


 姉の想いを踏みにじらないためにも、私は生きなければいけない。

 娘は姉から貰った革袋を手に、一心不乱に走り出した。


 決して後ろは振り返らない。

 ただただ、生き延びる為に―――前だけを見て走るのだ。




「さようなら、お姉ちゃん」

「私もずっと―――貴女を誰より愛しています」



 降りしきる大雨に紛れ、娘は遠い大地へと旅立った。



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