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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第4章 砂塵舞う王国
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第105話 立ち上がる者たち



 ~サン・クシェートラ王国・北郊外上空~


「自身の生命活動の意地に回していた全ての魔力を使い、暗黒太陽の爆発がサン・クシェートラに直撃しないよう受け切った――――カ」


 大したものだ、とロアは嗤った。


「咄嗟の判断とは思えぬ素晴らしい選択ダ。やはり彼は、私の下で力を振るうべきでしたヨ」


「アグニーラ!!!」


「!?」


 突如として、ロアの頭上に燃え盛る巨大な炎の槍が浮かぶ。完全に不意を突いた攻撃はロアに抵抗する暇すら与えず、凄まじい勢いでロアを貫きながら大地へと叩きつけた。着弾点には業火の柱が巻き起こり、休む暇なくロアを苦しめ続ける。


「これはこれは驚きましタ‥‥何とも素晴らし―――」


「アギーラ!!」


 下郎相手に聞く耳はもたない。鋭利な扇状に放たれた炎の刃が、有無を言わさずロアの肉体を切り刻んだ。


「許さない‥‥!よくも‥‥よくも‥‥!!」


 無数の火柱がロアを覆いつくすように噴き上がる。白銀であったヘイゼルの髪は徐々に紅く染まり、瞳は黄金に輝き始める―――激情に駆られた彼女は、もはや冷静さを失ってしまっていた。


「燃やし尽くせ―――我が炎!!」


 苦悶の声を上げるロアの姿など、今のヘイゼルの目には映っていない。むしろロアの声が彼女の鼓膜に響くたび、火に油を注ぐがごとく炎の勢いが苛烈になっていく。怒りのあまり気が狂いそうになりながらも、彼女はひたすらに業火を放ち続けた。


「落ち着けヘイゼル!!急に走り出したと思ったら、姿まで変わっちまって‥‥一体どうしたってんだ?!」


「下がっていてネチェレト。貴女を巻き込まずに戦う自信が、私にはない」


 空で大爆発が起こった瞬間、ジルの気配が消えた。アイツがそう簡単にやられるはずが無いって信じてる。きっとすぐに復活してピンチに駆けつけてくれるに違いない。分かってる、でも――――。


「あんなの見せられて、冷静でいられるワケないでしょうが―――!!」


「ヘイゼル‥‥」


「展開、アグニーラ!!!!」


 無数の炎の槍が雨となってロアへ降り注ぐ。絶え間なく、休みなく―――炎はロアを焼き続ける。炎に照らされるヘイゼルの横顔を見て―――ネチェレトは居ても立っても居られなくなった。


「そこまでだ、ヘイゼル」


「‥‥いいえ、ヤツはまだ生きている。攻撃の手を休める必要はないわ」


「それでもだ‥‥!」


 ネチェレトはがしりとヘイゼルの肩を掴むと、強制的に攻撃を中止させた。


「あんたも知っての通り―――メリアメン隊長が敗れ、復讐に駆られたアタシはハビンの町に単身乗り込んだ。そうして罪のない一般人を人質にとり、ろくに戦うこともできないあんたとジルフィーネを嬲り殺しにしようとした」


「・・・・」


「でも、敗北したアタシをあんたたちは殺さなかった。よく頭を冷やしてあの夜のことを考えると、今でも自分が恐ろしくてぞっとするよ‥‥。王を守る親衛隊でありながら、あんな非道な手段に打って出るなんてね。人間、感情に身を任せちまえばどんな悪魔にだって負けない残忍さを秘めてるもんだ」

「‥‥アタシにそのことを教えてくれた他でもないあんたが復讐に歪んでいく姿は見たくない。ただ、それだけだ」


 真っ直ぐにヘイゼルを見つめるネチェレトの瞳。そのあまりにも気高い眼差しに耐えられず、ヘイゼルは振りかざしていた杖をようやく降ろした。


「ごめんなさい―――少し、熱くなり過ぎたわ」


「気にすんな、誰も見ちゃいないよ」


「お話は終わりましたカ?」


 燃え盛る火柱の中から、悠々とロアが姿を現した。


「とんがり帽子の貴女、さきほどの魔法は大変良いモノでしたヨ。殺意と憎悪、そして急所のみを狙った正確性―――全てが一級品でス。力を取り戻す前の私なら、先ほどの魔法で焼き殺されていたかもしれませんネェ」


「ほんと、嫌になるわね」


「死霊たち!ヤツの魂を刈り取りな!!」


 死霊使いの掛け声に呼応し、魂無き悪霊たちはおぞましい叫び声を上げる。無数の霊たちは生者を呑み込む黒い竜巻となってロアの元へと襲い掛かった。


「ネクロマンサー、ですカ」


「そこらの死霊使いと一緒にすんじゃないよ!お前の前に居るのは、超一流の死霊使いだ!!」


「これほどの力を持っていながら弱き王の子守りに甘んじているとハ‥‥理解に苦しム」


「力だけが人間の本質じゃないってんだよ!」


「愚かナ」


 目も眩むような閃光が、一瞬にして周囲一帯を照らし出す。その光に触れた瞬間、悪霊の群れは成す術も無く消え去ってしまった。


「私の悪霊を一撃で‥‥!?やったのは後ろに居るヤツか!?」


「紹介しましょウ。我が半身ラル・ス――――これより貴女の命を奪う者の名でス」


 ロアがそう言い放った瞬間、ラル・スはレーザー状に凝縮した太陽光を撃ち放った。


「!?」


「させないわよ」


 ネチェレトの眉間目掛けて放たれた一撃を、ヘイゼルは炎の柱で防ぎきった。そうしてすぐさま無数の炎の玉を縦横無尽に炸裂させた。炎の玉は爆炎を引き起こし、周囲を土煙で覆っていく。


「いい反応ですが、判断が惜しイ―――視界が悪くなればラル・スの狙撃は鈍ると考えたのは早計でしたネ」


「!?」


 ロアの言葉の意味を、ヘイゼルは身をもって思い知った。


「光が―――ネチェレト!!」


「くそ‥‥」


 光が見えたかと思えば、それは既にネチェレトの腹部を貫通していた。ヘイゼルは苦悶の表情を浮かべるネチェレトを抱きかかえると、周囲に炎の槍を展開し追撃に備える。


「血が止まらない‥‥!止血してくれヘイゼル!」


「かなり痛むわよ――!」


 ヘイゼルはネチェレトの腹部に触れて、傷口を焼いて強引に塞いだ。


「ぐっ‥‥はぁ‥‥!よし‥‥これでまだ戦える!」


 ネチェレトは夥しい数の死霊を召喚し、ロアの元へと解き放つ。しかし、死霊たちの凶爪がロアの肉体に触れることは無かった。ロアが軽く腕を薙ぎ、その圧倒的なオーラに触れただけで霊たちは次々に霧散していってしまったのだ。


「その程度の攻撃デ―――」


「よく見な間抜け!」


 ネチェレトの言葉が終わるより早く―――突如として、燃えるような鋭い痛みがロアの右肩を走り抜ける。その予想外の一撃はヘイゼルの放った炎の槍、アグニーラによるものであった。


「炎の槍―――なるほド、死霊の群れの中に隠していたカ。だが、こんな攻撃一つで―――」


「あら、槍が一本だなんて誰がいったのかしら?」


 ロアの死角から再び炎の槍が飛来し、爆炎と共に両肩を穿った。例え超常的な力を手にしようとも、見えない攻撃は防ぎようがない。ヘイゼルは今が好機とばかりに更なる追撃へと打って出る‥‥!


「ネチェレト!!」


「任せな!」


 ヘイゼルが叫ぶより早く、ネチェレトはロアの足元から無数の死霊を呼び寄せた。死霊たちは神に縋るかのようにロアの足にしがみつき、一時的に自由を奪う。低級の死霊の力など太陽の化身にとっては小さな羽虫に等しい‥‥ほんの数秒拘束できればいい方だろう。


 だが、それでも構わない。


「小癪ナ‥‥」


「急げヘイゼル!長くは持たないぞ!」


 たとえ羽虫による刹那の拘束であったとしても、1秒でもヤツに隙が出来たのなら―――そこから先は、一流魔法使いの腕の見せ所だ。


「貫いて―――アグル・アニグマス!!」


 ヘイゼルの魔杖から、凄まじい勢いで光熱を帯びた鋭い閃光が放たれる。光の矢の如きその一撃は音速すら超え、射線上の全てを焼き尽くしながら一寸の狂いなくロアの頭部を貫いた。


 がくり、と膝をつき沈黙するロア。ヘイゼルが扱う魔法の中でも最高峰の火力を持つ殲滅魔法、アグル・アニグマス。詠唱を全て省略した簡易的な発動ではあったが、それでも太陽の化身の頭を射貫くには充分な威力であった。


「ラル・スとかいう化物の動きも止まった‥‥もしかしてやったのか?!」


「分からない、でも今の一撃で相当なダメージを負わせたはず。例え生きていたとしても、戦闘を継続できるだけの力は残っていないでしょう」


 そう言って、ヘイゼルもその場にへたりこんだ。


「おいおい、大丈夫か?」


「正直もうダメ‥‥燃費の悪い魔法を連発したせいで、魔力が空になりかけてる‥‥悪いけど、少し休ませて‥‥」


「居住区でもずっと蜥蜴を追っ払ってくれてたしな―――あんたは一度ホルまで後退して、しっかり休息をとった方が良い」


「そうね―――一番の問題は片付いたし、ここはお言葉に甘えさせていただこうかしら」


 震える声でヘイゼルはそう言った。先ほどまで果敢に戦っていたヘイゼルらしからぬその様子に、ネチェレトは彼女の胸の内を察した。そうして自身もヘイゼルの横へと静かに座り込むと――――ただぼんやりと空を眺めた。


「あの少年は生きているよ‥‥きっとね」


 ジルフィーネがあの怪物に負けたと知った時、ヘイゼルは自分を見失っていた。ただ復讐の為だけに力を振るい、殺意に身を任せる―――まさに復讐鬼だ。冷静沈着な彼女をあそこまで変貌させてしまうほどだ‥‥彼の存在がどれだけヘイゼルにとって大きなモノであったのかは容易に想像がつく。


 本来ならこんな甘い言葉をかけるべきではないのだろうけど―――彼女はまだ、希望を抱いていたいはずだ。


「全てを諦めるにはまだ早い、ってね」


 そう言ってネチェレトは優しくヘイゼルへと微笑みかけた。


「ネチェレト‥‥」


「さ、一旦退くよ。市街地の蜥蜴もかなり数が減った‥‥後はトトメスたちが何とかしてくれるだろうさ」


「おや―――それはいけませんネェ。蜥蜴たちは私に信仰を捧げる大切な信徒たち―――あまり数を減らされてしまっては困りますヨ」


「!?」


 二度と聞くことは無いと思っていた忌々しい声が、二人の鼓膜を震わせる。二人は咄嗟に臨戦態勢に入ったが―――その時にはもう、全てが遅かった。




 ~サン・クシェートラ王国・黄金宮殿前~


 瓦礫にまみれ、かつての雄大さなど見る影も無くなった黄金宮殿の前で繰り広げられる大蜥蜴との死闘。その決着の時は、すぐそこまで迫っていた。


「俺にここまで傷をつけるとは―――流石に戦士を自称するだけのことはある。だが、ここまでだ。我が王は新たなる階段を上られた‥‥いつまでもお前達に構っている暇はない」


「はっ、こっちは別に構ってくれなんて頼んでねーよ。テメェがさっさとぶっ倒れりゃ全て上手くいくってんだ―――!!」


 踊り風の加護を纏い、分厚い魔力の層で身を固めながらカインはトルロコイへと勢いよく突貫した。


「ぐっ‥‥!」


 あまりの衝撃に、大蜥蜴の巨体が僅かに浮かぶ。しかし、驚異的な硬度を持つトルロコイの鱗に物理攻撃は有効打といえるほど意味をなさない。トルロコイは大きく頭を振り上げると、自慢の角を縦横無尽に叩きつけた。


「くそ、馬鹿みたいに暴れ回りやがって!やっぱり俺の攻撃だけじゃ決め手に欠けるか‥‥!」


「おい棍使い」


 瓦礫の下から血まみれのトトメスが姿を現す。体中あちこちが目を背けたくなるほど生傷だらけだが‥‥自らの負傷を感じさせないほど、トトメスは堂々としたオーラを放っていた。


「なんだ二刀使い」


「さっきから見ていたが――お前は風を操ることができるようだな」


「おうよ、踊り風の戦士の名は伊達じゃねーぞ?まぁ、正直今はジリ貧状態だが」


「ならば問おう。お前の風の力で、ヤツを上空に吹き上げることはできるか?」


「出来なくはないだろうが‥‥あれだけの巨体を持ち上げるにはかなり魔力を溜めなきゃいけない上に、隙が生じる。落下の衝撃くらいのダメージじゃアイツは倒せねーぞ」


「キハハハハ!!そうか!ならばこの勝負、我らが勝ったぞ!!」


 途端に機嫌が良くなったと言わんばかりに、トトメスは大きく口を開けてそう言い放つ。そうして傷だらけの肉体を労わろうともせずに、トルロコイへと飛び掛かった。


「あ!ちょ、おい!何なんだよ急に!?」


「ベラベラと喋っている時間は無いぞ!!お前はさっさと風を起こせばいい!」


 振り返ることなく、トトメスは叫んだ。


「くそ、全く話が通じねえじゃねーか!」


 半ばやけくそになりながらも、カインは魔方陣を展開し風を巻き起こす準備に取り掛かる。しかし、トトメスがただの狂人ではないことを、カインは遺跡の森での戦いで僅かながら理解していた。何をするつもりかは知らないが、賭けるだけの価値はある―――そう考えたのだ。


「よし‥‥」


 あのトカゲ野郎の重さはどれだけ少なく見積もっても30トンはくだらない。残ってる魔力をフルで回しても、持ち上がるかはかなり怪しいな‥‥。トトメスほどじゃないにしても、俺も手傷を負わされちまっている訳だし。


「ま、男に二言はねーけどな」


 できないからといって、やめる理由にはならない。踊り風の戦士は極限まで意識を集中させ、自身の魔力を高め始めた。


「何か企んでいるのか―――?」


「キハハハハ!!!貴様の相手はこの俺だ!!!」


 振り下ろされたトトメスの刃がトルロコイの漆黒の鱗を抉っていく。だが、それだけではタダのかすり傷に過ぎない。トルロコイはすぐさま体を翻し、人知を超えた剛腕でトトメスを瓦礫の山へと叩きつけた。


「矮小な人間風情が―――このまま圧し潰してやろうかァ?」


 ぐりぐりと、トルロコイは更に力を強めていった。手の平にびっしりと生え揃った鋭く尖った鱗はトトメスの肉体に喰い込み、肉を裂いて骨を砕く。自らの何百倍もの体躯を誇る生物に完全に捕えられてしまえば、もはや何人たりとも逃げ出すことは不可能であった。


「トトメス‥‥!」


 今の一撃はマズい。反射的に助太刀へ入ろうとしたカインを諫めるように、それは起こった。


「キハハハハ!!!貰ったぞ!!貴様の右腕ェ!!!」


「!?」


 トルロコイの顔が僅かに苦痛に歪む。次の瞬間、圧し潰していたハズのトルロコイの右手首が勢い良く宙を舞った。


「ぐああッ‥‥!貴様‥‥!」


「キハハハハ!!!さァ、どんどん来いィ!!」


 生きていられるのが不思議なほど全身を真っ赤に染めながら、男は笑う。


「わざと喰らったってのかよ‥‥」


 トルロコイの鱗は嫌になるくらいに頑丈だ。動き回るヤツの身体に刃を振り下ろしたところで、軽く出血させる程度がいいところ―――だから、トトメスはヤツの力を逆に利用した。力いっぱい振り下ろされたヤツの手が自身に触れる寸前に刃を突き立て、その勢いを利用して鱗の下の柔らかい肉へと突き刺す。


 刺さってしまえば、後は簡単だ。トトメスは想像するのも馬鹿らしいほどの怪力で刃を滑らせ、トルロコイの手首を削ぎ落したのだ。


「調子に乗り過ぎだ―――人間!!」


 尾を大きくうねらせ、トルロコイは駄々をこねる子供のように暴れ回った。


「キハハハハ!!!それだけ沢山ぶら下げているのだ、一本くらい無くなっても問題ないだろう!!!」


 迫りくる怒涛の連撃を回避しながら、トトメスは手際よくトルロコイに斬撃を浴びせた。


「棍使い!まだか!?」


「ああ、待たせたな‥‥!ぶっ放すからちょっと離れてろ!」


 カインはそう言い放つと、棍を大地へと叩きつけ―――全ての魔力を解放した。


「さぁ―――ぶち上げろ!!」


「!?」


 トルロコイの足元が、突如として淡く輝きだす。光はやがて全てを吹き飛ばす突風へと変化し―――大蜥蜴の巨体を勢いよく上空へと打ち上げた。


「お、おおおおお‥‥!何だこの風は―――!!」


「キハハハハ!!!良くやったぞ棍使いィ!!」


 吹き飛んだトルロコイの後を追うように、トトメスは大地を蹴って宙を舞う。


「柔らかいお腹が丸見えだなァトカゲ野郎!!キハハハハ!!!」


「‥‥!!」


 一度狙った獲物を、トトメスは逃さない。舞い上がった風の中で踊るように、剥き出しになったトルロコイの腹部をズタズタに斬り裂いた。鮮血は風に乗って雨のように降り注ぐ―――。


「ぐああ‥‥!!」


「キハハハハ!!!これで終いだァ!!」


 全身全霊の最後の一撃を放つトトメス。その一太刀は自身すらも血に染めながら、的確にトルロコイの心臓を真っ二つに両断した。



「グアアアアアア!!!!」


 耳をつんざく断末魔を上げながら、トルロコイは大地へと落下した。どれほど強力な魔物であっても、それが生物である以上主要な臓器を全て切り裂かれてしまえば一たまりも無い。漆黒の大蜥蜴はついに、二人の戦士の手によって討ち取られたのだ。


「キハハハハ!!!我が凶剣に屠れぬ獲物は無い!!」


「やるじゃねーか狂戦士!お疲れさん」


「この程度造作も無い!さぁ次なる獲物を狩りに行くとしよう!!」


「おいおいおい!まずは手当てが先だろうが!そんな体で次もクソもあるか!」


 カインはトトメスを無理やり座らせると、応急処置を施してやった。


「ほう?お前、治癒魔法が使えるのか」


「初歩的なもんだ‥‥大した効果はねーよ。それより―――」


 そこまで言って、カインは静かに空を見上げた。


 十数分前、上空で巨大な爆発が起こったかと思えば、その途端にジルの気配が消えた。アイツに限ってやられるなんてことはねーだろうが‥‥ともかく何かマズい状況に陥っているのは間違いない。


「リリィ、お前は一度ヨミとクヌム王を連れてホルに戻れ」


「カインはどうするの?」


「ジルと合流する。まだ異変が収まっていないってことは、敵の親玉が生きている証拠だからな」


「―――ジルフィーネならもう始末しましたヨ」


「!?」


 おぞましい声と共に、突如として周囲に衝撃が走る―――空から猛スピードで何かが降って来たのだ。


「もはやサン・クシェートラは我が手中にあル。降伏しなさい、人間たちヨ」


「何だコイツ!?」


「ロアだ‥‥姿が変わったけど、間違いない!」


「ロア!?誰だソイツは?!」


「敵の親玉だよ―――!」


「コイツが‥‥!」


 リリィの言葉を聞き、カインは今にも飛び掛かろうと武器を構える。しかし、ロアの腕に囚われている二つの人影を見た途端、彼は臨戦態勢を解いた。力無く項垂れていたのは他でもない、ヘイゼルとネチェレトであったのだ。


「テメェ‥‥!!よくも‥‥!」


「安心してください、彼女達はまだ生きていますヨ。貴重な生贄を殺してしまっては勿体ないですからネ」


 そう言って、ロアは二人をゴミのようにカイン達の元へと放り投げた。


「ちっ!リリィ!」


「分かってる!」


 カインとリリィは咄嗟にヘイゼルとネチェレトを受け止め、そっと木陰へと寝かせてった。


「テメェは一体何者だ‥‥何の目的があってこんな真似しやがる‥‥!」


「私は大砂漠の大いなる意志そのもの―――我が宿願は、この地に無限の繁栄と安寧を取り戻すことであル」


「無限の安寧だと?笑わせんじゃねーよ、こんな血生臭いやり方で得られるモンなんざ何もない。人の上に立ちたいのなら、よくやり方を考えるこったな!」


 言葉を言い終えるより早く、カインはロアへと棍を振るう。しかし、その渾身の一撃はいとも簡単に受け止められてしまった。


「ッ!?」


「キハハハハ!!!相手は一人じゃないぞ化物!!!!」


 ロアの意識がカインに向いた―――その隙を、トトメスは見逃さなかった。背後から勢いよく飛び掛かり、首元へと刃を振り下ろす。そんな完全なる不意打ちすらも、ロアにとっては何ら脅威では無かった。


「遅いですヨ」


「!?」


 カインを思いきり地面へ叩きつけるとロアは鮮やかに身を翻し、強烈な回し蹴りをトトメスの頭部へと炸裂させた。決してトトメスの狙いが甘かったわけではない。ただシンプルに、両者の間では圧倒的な実力差があったのだ。


「やはりこんなものですカ。これでは生贄意外に利用価値はありませんネ」


「勝った気になるのはまだ早ぇーぞ‥‥俺はまだ戦える‥‥!」


「キハハハハ!!!今の蹴りは効いたぞ!!」


 肉体の限界が近くとも、尚も立ち上がるカインとトトメス。しかしロアの意識は、とうに別の方向へと移り変わっていた。


「これ以上貴方達に興味はなイ。余計な寄り道も、これにて終いにしましょウ」


 そう言って、ロアは力強く両手を叩く。周囲には不気味な紋様が浮かび上がり、空気がピリピリと震えだした。赤い空はいっそう淀みを増し、居住区方面から聞こえてくる蜥蜴の呻き声がいっそう強くなる。


 今から一体何が起こるというのか。もはやこの場に居る誰もが、1秒先の未来を予測できずにいた。


「さぁ、今一度我が元に勇姿を晒セ――太陽の傀儡(ソル・スクラヴォス)


 目では到底とらえきれぬほどの速度で、ロアの全身から邪悪な波動が迸る。それはすぐさまサン・クシェートラ中を駆け巡り、あっという間に国中を包んでしまったかと思うと、すぐに霧散し消えてしまった。


「何をしたの‥‥?」


 恐怖のあまり独り言をこぼすリリィ―――その答えは、最悪な現実となって訪れた。


「まさか‥‥」


 倒したはずのトルロコイの死骸から傷がみるみる内に消えていく。避けた腹は元通りに塞がり、切断された腕もより強靭に生え変わった。まるで時が戻ったかのようにトルロコイは目を覚ますと、不敵な笑みを浮かべた。


「さぁ、第二ラウンドと行こうか。人間諸君」


「死者を蘇らせただと―――!?」


「キハハハハ!!同じ相手を二度も斬ることになるとはな!!」


 トルロコイの前に堂々と立ちふさがるトトメス。しかし、蘇ったのは彼だけでは無かった。


「まさか兄貴までやられていたとはな―――とんでもない人間もいたもんだ!」


「カノラテン‥‥!ジルに倒されたはずの彼女までもが‥‥!」


「なんてこった、クソが‥‥!」


 再び目覚めた二体の大蜥蜴。そのあまりにも強大過ぎる存在を前に立ち上がる力は、もはや誰にも残されていなかった。


「来イ―――ラル・ス」


 ロアの呼びかけに呼応し、空より炎の鳥が舞い降りる。鳥はやがて人の形へと姿を変え、意思無き炎のようにゆらゆらと揺らめいていた。


「私は今より霊廟へと降りル。後のことは任せましたヨ」


「―――」


 たったそれだけを言い残し、ロアは瓦礫にまみれた黄金宮殿の中へと姿を消した。


「形勢逆転―――いや、最初からお前達に有利な状況など一度も訪れていなかったか。哀れなものだな、仕えるべき王を見誤ったがためにこの始末‥‥やはり人間ごときではこの大砂漠を統べることなどできんということか」


 どこか納得したようにトルロコイは静かに呟く。それは敵対者への侮蔑の言葉では無く、これより散っていく者たちへの哀れみを込めた手向けの言葉であった。


「なぁ兄貴、あのエルフの小娘は私に喰わせてくれ。アイツには借りがあるんだ」


「好きにしろ、カノラテン。だが負ければ次は無いぞ」


「ははははは!!笑わせないでくれよ兄貴!こんな死にかけの雑魚ども、何匹いようと敵じゃない!」


 舌なめずりをし、カノラテンは大きな口で嗤った。


「‥‥クソ」


 状況は完全にひっくり返された‥‥今の俺たちにあの大蜥蜴どもを相手取るだけの余力は無い。せめてリリィたちを逃がす時間を稼いでやりたいが、俺一人じゃもって数分がいいところ―――とても現実的じゃねぇ。増援も見込めない今、俺に出来る最善の策は‥‥。


「大地よ―――呻り、走り裂け!!」


「!?」


 カインの思考をかき消すように、リリィの声が響き渡る。リリィは大地へ戦槌を叩きつけ、魔力を炸裂させた。放たれた魔力は地を這う蛇のようにカノラテンの足元へ駆け巡り、鋭い棘となって彼女の心臓を狙う。


 しかし、その一撃はカノラテンを覆う強固な鱗を貫くことはできなかった。カノラテンは余裕の表情を浮かべ、不敵な笑みを浮かべているばかり。だが、そんなことは今のリリィにとってはどうでもいいことであった。


「リリィ、お前―――」


「情けないよ、カイン!そんな絶望に染まった顔、踊り風の戦士には似合わない!!」


「!!」


「どれだけ苦しく、絶望的な状況でもボクは諦めてなんかやらない‥‥!この手足が動く限り、何度でも立ち上がってやる!!ここに“彼”が居たなら、きっとそうするはずだ!」


 限界などとうに超えている。全身の筋肉は傷つき、体全身から震えが止まることは無い。だが、エルフの騎士は再び立ち上がった。負けたくないから立ったのではない―――自らが騎士であり続けるために、立ったのだ。


 彼女一人が叫んだところで、状況は何も変わらない。だがそれでも―――踊り風の戦士を奮い立たせるには、それだけで十分であった。


「ったく‥‥一番ボロボロの癖にカッコつけやがって」


 これじゃ俺が、本当にカッコ悪い奴になっちまうじゃねーか。


「あー!全くめんどくせえー!こんな爬虫類ども相手にこの俺が本気を出さなくちゃなんねーとはなァ!!」


「キハハハハ!!!さっきからお前は本気だっただろう!だが、その闘志は気に入った!面白いぞ棍使い!!再び我が凶剣と並び立つ栄誉を与えてやる!」


 満身創痍であったはずの男たちが、再び得物を手に立ち上がる。体は既に傷つき、魔力が尽き果てていようとも―――彼らが止まることはない。胸の奥に燃える闘志の火が消えぬ限り、何度でも立ち上がる。それこそが、戦士と呼ばれる者達の(さが)なのだから。


「フフ、いいぞ!そうこなくちゃ面白くない!お前達の迎える結末は変わらないが、意地汚く足掻いてこその人間だもんなァ!」


「私たちに歯向かおうなんざ千年早いんだよ―――!!」


 漆黒と灰色の二頭の大蜥蜴はついに、戦士たちへと牙を剥く。眠れる狩人の目覚めは―――もうすぐそこにまで迫っていた。


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