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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第4章 砂塵舞う王国
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第102話 羽化

 私の中にいるもう一人の存在に気が付いたのは、10歳の時だった。災いの娘だと迫害され、国中からお尋ね者として追われるようになった頃―――一人で泣いていた私の脳内に、何度も女の人の声が聞こえた。


 彼女の声はお母さんのように優しげで、いつも私を心配してくれていた。初めの頃は声しか聞こえなかったけど‥‥ある日を境に、彼女の思考が私の頭にも流れ込んでくるようになった。彼女の思考はとても複雑で、膨大で、よく頭が痛くなったのを覚えている。


 だけど彼女と私が意識を共有するたび私は、変な夢を見るようになってしまった。私自身が燃え盛る太陽となってサン・クシェートラを燃やし尽くす―――そんな恐ろしい夢を。



 ~サン・クシェートラ王国・黄金宮殿前~


「どうした?動きがだいぶ鈍くなってきたようだが、もう限界か?」


「く‥‥」

 

 なんて頑丈な鱗なんだ。表面を傷つけることはできても、肉の部分にはまるで攻撃が到達していない。さっきから比較的硬度の低い箇所だけを狙い続けているというのに、まるで突破口が見えてこないぞ‥‥!


「諦めるのは早いよヨミ!アイツの攻撃はボクが受けきって見せる‥‥今は倒すことだけに集中して!」


「言われずともそのつもりだ‥‥!」


 矢をつがえ、必殺の想いで撃ち放つ。魔力を帯びた複数の矢は風を切りながらトルロコイの腕部へ命中した。だが―――それだけだ。刺さった矢は頑丈な鱗に阻まれて、ヤツの命を脅かすには到底至らない。


「全く、心底嫌になるな」


「獣風情の脳でも理解できただろう?お前の矢は俺の体にかすり傷をつけることしかできねぇ。そんなちんけな弓じゃ、このトルロコイを倒すことなど不可能なんだよ」


 トルロコイは巨体を身震いさせ、突き刺さった矢を鬱陶しそうに払い落とす。


「さて―――では今度はこちらから行くぞ」


 一角獣の如き角を振りかざしながら、トルロコイはヨミの元へと一気に突撃した。いかにヨミが卓越した弓使いであろうと、間合いを詰められてしまえばそれだけで状況は悪化する。


「っ!」


 しかし、ヤツから距離をとって回避をすれば背後の木陰で横たわるスピカたちがトルロコイに踏みつぶされてしまう。例えこの命が尽きようと、それだけは絶対に阻止しなければならないのだ。


「であれば―――正面より迎え撃つほかに、方法は無い!」


 ありったけの魔力をこめて、魔法矢を精製する。迫りくるトルロコイとの距離は約20m―――最悪、矢を放てなくてもいい。ヤツが魔法矢に触れればその時点で超強力な魔力の暴発が起こり、対象を粉々に吹き飛ばす。例えこの身が滅びようとも、あの怪物を倒すにはこの賭けにでるしかない。


「直立不動とは‥‥勝負を諦めたか!」


 怒涛の勢いで迫るトルロコイが、嘲笑う様に吐き捨てた。ヨミとの距離は僅か数mにまで迫っている。しかし―――トルロコイの巨体が、ヨミを圧し潰すことは無かった。


「はああああああ!!!!!」


 間に割って入ったエルフの騎士が、結界と共に大蜥蜴の一撃をせき止めたのだ。


「な‥‥!?」


「ボクのことはいい!今は‥‥!攻撃にだけ集中して‥‥!」


 驚きの余り集中が途切れたヨミを戒めるように、リリィは血反吐を吐きながら言い放った。体全身の筋肉が張り裂けるような激痛に見舞われながらも、エルフの騎士は決して大蜥蜴から逃げはしない。どれだけ無謀な戦いであったとしても―――全てを諦めるという選択肢だけは、最初から彼女の脳内には存在しないのだ。


「その大盾‥‥小賢しいな!」


 リリィの結界を穿とうと、トルロコイがジリジリと力を増していく。結界中にはヒビが入り、次第にリリィの魔力も力無く弱まっていった。


「ぐッ‥‥!!」


 結界が割れる。


 最悪の展開を想像するリリィの鼓膜を、背後からヨミの声が大きく振るわせた。


「伏せろ!リリィ!!」


「!?」


 反射的に地面へとしゃがみ込むリリィ。その頭上を、壮絶な魔力で編み出された魔法矢が途轍もない勢いで通過した。


「ッ!?」


 突如として結界内から撃ち放たれたヨミの渾身の一撃は、防御する暇すら与えずにトルロコイの体を一直線に穿つ。着弾と同時に発生した凄まじい衝撃と爆発により、周囲一帯は視界を覆うほどの砂煙に覆われてしまった。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ‥‥!」


 ぶっ倒れるギリギリまでに魔力を詰め込んだ、これ以上はない最高峰の一撃。リリィが時間を稼いでくれなければ、ここまでの威力は出せなかっただろう。


「凄いね‥‥まだそんなにも凄い切り札を持っていたなんて‥‥!」


「お前もな。それだけの傷を負っていながら、あの大蜥蜴の一撃を耐え凌ぐとは驚いた。我々親衛隊にも引けを取らぬ胆力と度胸だよ」


「ふふん、こう見えてもボクは騎士だからね!守るべきものは、必ず守り通して見せるさ」


 自信満々で笑うリリィ。そんな彼女を見ていると、何故だか俺のほうまで表情が綻んでしまった。エルフでありながらここまでの肉弾戦をこなして見せるとは、本当に大したヤツだ。


「一度居住区ホルにまで戻ろう。あそこはまだ安全なはず‥‥スピカと王様を避難させないと」


 そう言って、リリィはよろめきながら立ち上がった。


「無理をするな。二人は俺がホルまで連れていく―――お前はここで休んでいろ」


「オイオイ、俺を置いてどこに行くって?」


「!?」


 二度と聞くことは無いと思っていた怪物の声が、不気味に響き渡る。土煙が晴れると‥‥そこには絶望があった。


「さっきのは良い一撃だったぞ?流石は狩人、土壇場での判断力も大したものだ」


「―――馬鹿な」


 堂々と立ち尽くす、漆黒の大蜥蜴。胸部から大量に出血をしているが、致命傷には至っていない。ただ、傷を負わせただけ。対してこちらは今の一撃で満身創痍―――もはや戦う力は残っていない。状況は好転するどころか、悪化したのだ。


「はああッ‥‥!」


「すっこんでな、エルフの娘」


 果敢に飛び掛かったリリィを、たった一撃でトルロコイの巨大な腕が叩き伏せた。


「リリィ!!」


「他人の心配をする余裕があるのか?」


「コイツ―――!」


「無駄だ」


 トルロコイは圧倒的なスピードで、矢をつがえようとするヨミを鋭利な爪で切り裂いた。真っ赤な血を撒き散らしながら、ヨミは軽々と吹き飛ばされていく。もはや彼に、立ち上がるだけの力は遺されていなかった。


「ごほッ‥‥」


 地に伏しながら、自身の鮮血で顔を濡らす。もう―――体が動かない。どれだけ起き上がろうとしても、魔力が空になった傷だらけの肉体ではどうすることもできなかった。


「なんてザマだよ、おい。今のお前の姿を親父が見たら心底ガッカリするだろうな」


「ハァ、ハァ‥‥」


 まだ、何か策はあるはずだ。諦めてはいけない。考えることを辞めれば、スピカも、王も、この国も―――全てが終わってしまう。考えろ、考えろ、考えろ―――ヤツを倒す方法ではなく、この場を凌ぎ切るだけでいい。何か、何か策は‥‥。


「ヨミ‥‥?」


「スピカ‥‥起きたのか‥‥!」


 か細く震えるスピカの声が、地に伏した男の名を呼ぶ。彼女の顔には、まるでこの世の終わりでも目にしたかのような絶望の色が浮かんでいた。


「どうしてこんな‥‥」


 目覚めたばかりのスピカは、まだ現在のサン・クシェートラの惨状を知らない。戦いは終わり、これからは砂塵の牙と王国が手を取り合って平和な世の中を築いていくのだと‥‥彼女は本気で信じていた。


 だが、全ては悪しき太陽の化身の(はかりごと)であったのだ。いまや国中に蜥蜴の魔物が溢れ、赤く染まった空には禍々しい太陽石が浮かんでいる。更には目の前で血まみれになっているヨミを見て――――彼女が冷静でいられるはずが無かった。


「来るなスピカ‥‥」


 声にならない声を振り絞り、スピカを制止するヨミ。しかし、スピカは何かに取り憑かれたように、ふらふらとヨミの元へと歩いて来る。


「ヨミ‥‥今助けるから‥‥」


「―――頃合いか」


 トルロコイは密かにそう呟くと、ヨミの体をスピカの目の前で切り裂いた。


「!!」


 飛散した鮮血が、スピカの頬を濡らす。元より虫の息であったヨミの肉体に刻まれた大蜥蜴の切傷。その傷口から溢れ出る赤い液体に、スピカの全意識は釘付けになっていた。


「ヨミ?」


「―――」


「ヨミ?ねぇってば、ヨミ」


「―――」


「ヨミ‥‥」


「死んだぞ、コイツは」


 ヨミの体を揺さぶり続けるスピカに、トルロコイは残酷な真実を言い放った。


「‥‥どうして?」


 分からない。どうしていつもこんな悲しいことばかりがおこるの?


「私―――何も悪いことしてないよ」


「いいや、お前はどうしようもない悪だ。生きているだけでサン・クシェートラに災いをもたらす災厄の娘‥‥それがお前の正体なんだからな」


「違う!私は災いの娘なんかじゃない!」


「本当にそうか?」


 真っ赤な瞳で、トルロコイはスピカをじっと見据えた。


「自分でもわかっているんだろう?お前の中には、とんでもない化け物が潜んでやがる。そしてソイツの意識は日に日に強くなっているはずだ」


「化け物‥‥」


 昔から、私の中には誰かが居た。頻繁に見るあの恐ろしい夢は‥‥その化け物が思い描いている景色なのだろうか。


「―――違う」


 いいや、そんなことあるはずがない。私は私、他の誰でもないんだから‥‥!


「ヨミ、起きて!ヨミ!」


 バクバクと高まる鼓動とトルロコイの言葉から逃れるように、スピカは必死になってヨミの元へ駆け寄った。しかし、彼の体に触れた瞬間―――言い表しようのない感覚が、彼女を襲った。


「‥‥ッ!」

「頭が痛い―――!」


 頭蓋骨を内側から叩きつけられているかのような激痛が、突如としてスピカの脳内を駆け巡っていく。激しい動悸と不快感に苛まれながら、彼女は苦悶の声を上げた。得体の知れない何かが、自分という殻を食い破って外に出たがっている―――極限状態にありながらも、スピカはそう確信した。


「そう無理をするな、苦しいだろう?何も我慢する必要は無い‥‥全てを解き放て」


「ハァ‥‥ハァ‥‥!」


「災いの娘として迫害され続けたお前は、何度も心の中で願っていたはずだ。“こんな国なんて、滅茶苦茶になればいい”ってな。安心しろスピカ、お前のその願いは正しい。お前がそう願ったからこそ、今のこの状況がある」


「ッ‥‥!」


「俺たちはお前の味方だ、お前を救えるのは俺たちしか居ない。サン・クシェートラは歩む道を間違えた、お前という悲劇を二度と繰り返さない為にも、もう一度全てを作り直そう。お前の中に眠る力は、そのためのモノなのだから」


 耐えがたい苦痛に喘ぐスピカへ、トルロコイは妖しく囁いた。


「わた‥‥しは‥‥」


 鼓動が早まり、意識が大きく揺れた。ヨミを傷つけた許せない怪物の言葉に、何故だか今は妙な安心感を感じてしまう。ずっと、ずっと我慢してきた。どれだけ酷い言葉を投げかけられようと、どれだけ酷い目に遭わされようと、耐え抜いて来た。


 いつか時が経てば、災いの娘として蔑まれる地獄が終わりを迎えると信じていた。でも、本当は終わりなんてなかったんだ。例えサン・クシェートラが変わろうと、私が奪われた全てはもう戻ってこない。災いの娘の肉親として粛清されたお父さんも、優しかった親戚の皆も、ズタズタにされた私の人生も――――何もかも取り戻すことはできないんだ。


「だめ‥‥!」


 考えないようにしていた暗い感情が、絶え間なく溢れかえって来る。私が、私じゃ無くなっていく。もうこれ以上―――私の中にいる何かを抑えられない!


「そうだ、それでいい。お前の本当の姿を太陽石の元に晒すがいい!」


「あああああああああああ!!!!!!!!!!」


 スピカの小麦色の髪が鈍い黄金の輝きを放ち、みるみると肉体を作り替えていく。少女の最後の咆哮はデンデラ大砂漠中へと響き渡っただけでなく、周囲の建物を壊滅させるほどの衝撃を放った。


 やがて天まで届くほどの凄まじい魔力の光に包まれながら―――ついに、スピカの内なる存在が表へと顔を出したのだった。


「なんだよ‥‥あれ‥‥」


 傷つき朦朧とする意識の中で、リリィは黄金に輝く“それ”を見た。


「――――」


 少女の形をした、燃え盛る炎の化身‥‥それ以外に形容のしようがない。もはや生物としての生気などは一切感じられないそれは、ただ静かにゆらゆらと揺らめいていた。




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