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電脳勇者の廻界譚 RE!~最弱勇者と導きの妖精~    作者: お団子茶々丸
第4章 砂塵舞う王国
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第100話 神話より目覚めし古き王



 ~サン・クシェートラ王国・黄金宮殿前・広場~



「意外とすんなり着いたな」


 禍々しい気配を放つ黄金宮殿を見上げながら、僕はぼんやりと呟いた。


「警戒してジル、蜥蜴たちの姿は見えないけど―――嫌な気配はそこら中から感じるよ」


 大盾を握りしめ、周囲を見渡しながらリリィが警告する。ここに辿り着くまで、僕たちは一匹も蜥蜴の魔物に遭遇しなかった。それどころか人間の姿すら見ていない‥‥この辺りに暮らしていた人々は全員逃げてしまったのだろうか。まぁそれならそれでいいんだけど―――この静けさは少し妙な感じだ。


「リリィさんの言う通りですジル様。気味の悪い熱源反応が半径10m以内に50以上は感知できます‥‥家屋の中や地下に息をひそめているだけで、蜥蜴さんたちは私たちを見ていますよ」


「こわッ!!」


 50以上って!!そんなにいるのか!?


「ですが今のところ、襲ってくる気配は感じられません。ふふ!これはジルさんから溢れ出るつよつよオーラにビビってること間違いなしですね!」


「思っても無いこと言うんじゃねぇっての」


 僕から出てるものなんてくだらない愚痴か、よわよわオーラくらいのものだ。


「ここで足踏みしていても仕方ない‥‥少し不安だけど、黄金宮殿に突入しよう」


「待ってジル」


 歩み出そうとする僕の行く手を遮るように、彼女は制止した。


「宮殿から、誰か出て来た」


 誰か。


 リリィはそう表現したが―――宮殿から出て来たのは、見紛うはずもない僕たちのよく知る人物の姿であった。


「フフ‥‥お前は来ると思っていたよ、ジル」


「よう、パーリ。蜥蜴たちと宮殿暮らしができて満足か?」


「まぁ存外、居心地は悪くない。それよりお供の数がいささか少ないようだが―――まさかたった二人で我らを止めるつもりか?」


 嘲るように薄ら笑いを浮かべながら、パーリは挑発するように言い放った。


「お前が放った蜥蜴の処理に追われてんだよ馬鹿。それにお前達を大人しくさせるくらい、僕とリリィの二人で充分だ」


「ああ、キミを叩き潰すのにボクは何の躊躇いも無い。悪いけど、命の保証はできないから」


「ハハハハ!それは怖いなぁ―――この姿のままでは、お前達の相手は手に余りそうだ」


 パーリがそう言った瞬間、彼女の肉体に変化が起こった。


「な、なんだ‥‥!?」


 いや、変化などという表現では生ぬるい。華奢な体はバキボキと不快な音を立てながら、悍ましい人外のモノへと変貌していく。人が、怪物へと変わり果てる。本来直視してはいけない、禁忌ともいうべき恐るべき光景を前に―――僕とリリィはただ茫然と立ち尽くしていた。


「フ、フフ――――フフフフ!!!アハハハハハハ!!!!」


 たった数十秒の間に、パーリは竜にも引けをとらぬほどに強大な灰色の蜥蜴(トカゲ)へと姿を変えた。


「そんな、嘘だろ―――!?」


 デカい。


 尾まで含めれば全長は30mを優に超えるだろう。砂漠の祭祀場で見た神獣アバジャナハルによく似ているが、パーリの方が腕と脚の数が一対多い。その上、尻尾の数は二本―――鱗は神獣よりも滑らかで、光を奇妙に反射している。


「そうか、メリアメンとの戦いで見せた姿は‥‥蜥蜴のモノだったのか!」


「これこそが我が真の姿―――パーリなど偽りの名に過ぎん。神話に語られし我が名は、カノラテン!!地底の太陽に仕えし、大蜥蜴である!」


 声高らかに、パーリ‥‥いや、カノラテンは名乗りを上げた。


「まさか彼女が人間ですら無かったなんて―――」


 こんな怪物のために、砂塵の牙のメンバーやハビンの人たちは踊らされていたのか。みんな、彼女を信じて散っていた。だというのに、こんな‥‥。


「ビビっちゃダメですよジル様!!心太(ところてん)だか雑貨店(ざっかてん)だか知りませんが、所詮はデケェだけの爬虫類です!人間様の相手じゃないですよ!!」


「来るよ!ジル!!」


 エイミーとリリィに檄を飛ばされ、僕はふと我に返る。そうして目の前に立ち塞がる巨大な蜥蜴に、剣を構えた。


「お前たちは特別に、私が直々に喰らいつくしてやる―――!!」


 巨大な蜥蜴の顎が、僕たちを呑み込まんとバックリと開口する。カノラテンは巨体に似合わぬスピードで、立ち塞がる全てを粉砕しながら迫って来た。


「一カ所に纏まるのは分が悪い、散開しよう!!」


「分かった!!」


 リリィの指示は的確だ。僕たちはカノラテンの攻撃から、左右バラバラに退避した。


「ハッ!!」


 リリィは華麗な受け身から、重厚な一撃へと動作を繋ぐ。受け身の反動を利用した強力な戦槌の一撃は、カノラテンの頭部へと見事に命中した。


「ゥゥ‥‥!」


 僅かに、カノラテンの巨体から力が抜ける。どれだけ巨大な生き物でも、生物であるなら頭が弱点であることに変わりは無い。スライムみたいなファンタジー要素マシマシな魔物ならともかく、蜥蜴に近い姿のコイツなら尚更だ―――!


「今なら懐に潜り込める‥‥!」


 僅かに生まれた隙を利用し、僕は地を這うカノラテンの胸元に滑り来んで胸部を力いっぱい斬り裂いた。しかし‥‥。


「浅いっ‥‥!」


 出血はした、でもダメージを与えるには剣が小さすぎる―――!


「ジル様!上です上ぇ!!」


 咄嗟に上を見上げると、カノラテンの鋭い爪がすぐ頭上にまで振り下ろされていた。


「くそっ!!」


 僕は咄嗟に身を退き、ギリギリのところで攻撃を回避する。しかし、今度はもう一本の腕が僕を鷲掴みにしようと襲い掛かった―――!


「やば‥‥!」


「ジル―――!大地よ!呻り、走り裂け!!」


 リリィは地面に戦槌を叩きつけ、魔法を大地へと放った。戦槌を介して放たれた魔力は地上に巨大な瓦礫の棘を勢いよく生成し、カノラテンの腹部へと命中する。


「ぐゥ―――!?」


 吹き飛ばされたカノラテンの巨体は宙に浮き、そのまま黄金宮殿の外壁へ凄まじい轟音を立てながら激突した。


「ありがとう、リリィ!」


「構わないよ!」


 何とか彼女のお陰で助かった‥‥やはり、僕の腕ではカノラテンに斬り込み過ぎるのは危険だな。そもそも攻撃の効果も薄いし―――狙うなら鱗に守られていない目や首の内側当たりか‥‥?


「なるほど、少しはやるようだな」


 カノラテンは何事も無かったかのように起き上がると、再び僕たちの前へ立ち塞がる。しかし、尊大なセリフとは裏腹に、腹部にはリリィの攻撃で刻まれた傷がしっかりと刻まれていた。


「このまま押し切るよ、ジル!」


「あ、ああ!」


「フフ‥‥では少し遊んでやろう!来い、我が従僕たち!!」


「!?」


 カノラテンの号令と共に、周囲に息をひそめていた蜥蜴たちが一斉に飛び出した。


「くそ、こいつら‥‥!」


 そこまで強力な魔物ではない、だが数が多い!!


「ジル様後ろ!」


「分かってるよ!」


 斬っては次が、斬っては後ろから次が―――全くキリがない。僕はバレエ選手じゃない、こう何度もクルクル回っていると、足がもつれてしまいそうだ‥‥!


「ジル様次は右!」


「はッ!!」


「次、左です!!ちょっと遅れてますよ!」


「くそ!」


「右です!!」


「この―――!」


 くそ、昔のスロットゲームみたいに右だの左だの指示ばっかりだしやがって!ピンチなのに不思議とチャンスの波に乗っている気分になって来るじゃないか‥‥!


「これじゃ埒が明かない!まとめて吹き飛ばすから、ジルはボクの後ろに隠れて!!」


「わ、分かった!」


 僕はリリィの背後に回り、姿勢を低くした。僕の様子を横目で見届けると、リリィは再び地面に戦槌を叩きつけ、無数の瓦礫の巨大な棘を蜥蜴の魔物へ繰り出す。彼女を中心に波のように広がるその攻撃は、周囲から迫りくる蜥蜴たちをたった一撃で撃退した。


「ふぅ、何とかなったね」


「お、お見事」


 あれだけうじゃうじゃと這いずり回っていた蜥蜴たちは、リリィの攻撃によって一匹残らず沈黙した。僅かに動いているところを見るに、まだ息はあるようだが―――この状態じゃしばらく動くことはできないだろう。


「パ‥‥パーリ‥‥さ‥‥ま」


「うわ!?喋るのかこいつら!?」


 仰向けに伸びきっている一匹の蜥蜴の魔物が、消え入りそうな声でパーリの名を口にした。


「パーリ‥‥助けて‥‥」


「‥‥パーリさ‥‥ん‥‥」


 次から次へと蜥蜴たちが苦悶の声を上げた。しかし、苦しむ蜥蜴たちを前にしてもカノラテンはぴくりとも動こうとしない。不気味に喉を鳴らしながらじっと僕たちの様子を見つめているだけだ。


「うへぇ、何だか気味が悪いですねぇ」


「蜥蜴の魔物に同情するわけじゃないけど、これだけ名を呼んで助けを求めてもあっさりと見捨てられるなんて少し可哀想に思えて――――」


 そこまで言いかけて、僕の脳裏に嫌なイメージが浮かび上がった。


「いや‥‥待て」


「ど、どうしたのジル?」


 パーリという名はカノラテンが人間として活動するために名乗っていた偽りの名であったはず。それなのに、何故彼女の配下である蜥蜴たちがその名を口にするんだ?もし蜥蜴たちが彼女のことを日常的にパーリと呼んでいたのだとしたら、彼らの正体は―――。


「フフフフ!!いい顔だなぁジルフィーネ‥‥!ようやくソイツらの正体に気が付いたか」


「まさか、お前―――」


「そうだ。お前達がいま叩きのめしたその蜥蜴どもは、愛おしき我らが同胞―――砂塵の牙のメンバーであった人間どもの成れの果てだ」


 耳を塞ぎたくなるほど悍ましい真実を、カノラテンはいとも簡単に吐き捨てた。


「―――」


 常にパーリと共に行動していた、彼女にとって戦友とでも呼ぶべき精鋭達。彼らはきっと、混乱の最中にあっても彼女の帰りを黄金宮殿で待ち続けたのだろう。空が赤く染まり、大地が唸りを上げても、彼らはパーリから離れようとはしなかった。しかし―――その健気な想いは、邪悪な蜥蜴の牙によっていとも簡単に噛み砕かれてしまったのだ。


「そ、そんな‥‥人間を魔物に変えるなんて‥‥うそだ‥‥」


 驚愕の事実に絶望し、リリィはがくりと膝から崩れ落ちる。彼女の背中を見ているだけで、僕にも深い悲しみが伝わってくるようだ。だが今の僕には―――悲しみよりも大きな感情が心の奥底で渦巻いている。どれだけ抑えようとしても、そのどす黒い感情は一向に鎮まる気配は無かった。


 自らを信じて戦った仲間の想いすら踏みにじる悪辣を、絶対に許してはならない。そう、僕の本能が告げている。


「ハハハハハ!!死が恐ろしいか我が同胞よ!だが案ずるな、貴様らのような虫ケラが何匹死のうと、我らが王には何の影響もない」

「しかしそうだな‥‥どうせ死ぬなら、最後に少しは役に立って見せるがいい」


 カノラテンの眼が、不意に妖しい輝きを放つ。その瞬間、戦意を喪失していた蜥蜴たちはまるで見えない何かに突き動かされているように、よろめきながら立ち上がり始めた。


「パーリ‥‥さ‥‥ま‥‥たすけ‥‥て‥‥」


「いや‥‥くるしい‥‥」


 まるで、生ける屍だ。自らの意志に反して―――彼らはカノラテンの邪悪な力によって操られている。


「やめろ‥‥!これ以上彼らの想いを弄ぶなああああ!!」


「止まれ!リリィ!!冷静さを失っては相手の思うつぼだ!!」


 何かが吹っ切れたように、リリィは一直線にカノラテンへと突貫した。怒りのあまり、もはや僕の声すら聞こえていないだろう。


「かかれ、我が従僕」


 力無く蠢いていた蜥蜴たちが、カノラテンの命を受けて一斉にリリィへと飛び掛かる―――!


「邪魔だ!!キミたちをこれ以上傷つけたくない――どいてくれ!!」


「キシャアアアア!!!」


「頼むから‥‥下がってくれ‥‥!」


「リリィ、駄目だ!」


 まずい―――彼女は自身を喰い殺さんと群がる蜥蜴たちに、危害を加えることを拒否している。あのままでは、彼女の命が危険だ‥‥!


「ほう、そこまで死に急ぐかエルフの娘!ならば望み通り、私が楽に殺してやる!!」


「しまっ――」


 ぐしゃり、と肉を断つ嫌な音が鼓膜を不気味に震わせる。研ぎ澄まされたカノラテンの鋭い鉤爪は、リリィに群がっていた蜥蜴たちもろとも彼女の体を容赦なく切り裂いた。


「少しは頭の切れるエルフだと思っていたが、私の買いかぶりだったようだな」


「リリィ!!」


 僕は一心不乱にリリィの元へ駆け寄ると、すぐさま血に濡れる彼女を抱き寄せた。


「ごめんジル‥‥ボク、どうしても我慢できなかった‥‥」


「今はそんな事どうだっていい!」


 右肩から胸部にかけて裂傷、出血しているが、意図せず大盾が防いでくれたお陰かそこまで傷口は深くない。問題は傷そのものダメージよりも、どくどくと止まらない出血の方だ。


「エイミー、お前の力で傷を塞げるか?!」


「や、やってみます!!」


 エイミーはリリィの傷口に優しく触れると、治癒魔法を展開し始めた。どれだけ効き目があるかは分からないが、今は彼女を信じるしかない。


「運のいい娘だ‥‥盾が無ければ今頃は五臓六腑を撒き散らしていただろうに」


「―――うるせーよ」


 どろどろと、心の底で何かが蠢く。黒くて暗い、口に出すのもおこがましい嫌な感情が―――波のように僕の自我へと押し寄せている。


 僕は邪な感情に支配されないよう最大限の注意を払いながら、カノラテンをじっと見据えた。


「フフ、ようやくやる気になったかジルフィーネ。良いぞ、お前の本当の力を見せてみるがいい。我が弟アバジャナハルを殺した時のように、この私に傷の一つも負わせてみせろ!」


「挑発に乗ってはリリィさんの二の舞ですジル様!ここは落ち着いて―――」


 冷静さを欠いてはいけない。そう忠告しようとしたエイミーの言葉は、最後まで紡がれることは無かった。


「―――ありがとう」


「ジル様‥‥?」


 笑っている。いや、僅かに口角が上がっているように見える‥‥と表現すべきだろう。激情に駆られていると思慮していたエイミーの予想とは裏腹に、何故だかジルの顔は奇妙なほどに穏やかであった。


「僕は根性無しだからさ――――いくらお前が酷いヤツでも、人間の姿をしていたら斬るのを躊躇っていたかもしれない」


 だから、ありがとう。


 いま僕の目の前に居るのは、ただのデカい爬虫類だ。災いを振りまくだけの排除すべき悪そのものだ。何も遠慮することは無い。ただ、思うがままに斬ればいい。あれこれと無駄な思考を張り巡らせる必要など、ありはしないのだ。


「何だ、ジルフィーネの魔力が桁違いに上昇している‥‥?」


「砂塵の牙たちの偉大なる英雄、パーリという幻想は死んだ。次に死ぬのは醜悪な現実―――お前だ、カノラテン」


 原種、解放。


 僕は自らの底に眠る強大なる力を、一息のままに呼び覚ました。




 ~サン・クシェートラ王国・居住区イスタ~


「キシャアアアア!!!」


 居住区イスタ。黄金宮殿の南に位置する大通りを擁した、サン・クシェートラ随一の居住区であり―――蜥蜴の魔物が最も多く発生した最大の激戦区でもあった。


「くそ!蜥蜴どもめ‥‥いったいどこから湧いて来るんだ!?」


「口を動かす暇があるなら手を動かせ!!ここを突破されれば、もう後がないぞ!」


 歴戦の勇士たちは迫りくる蜥蜴の群れに飛び込み、一心不乱に戦い続けた。しかし‥‥蜥蜴たちの侵攻は、次第に王国兵たちの決死の抵抗を上回っていく。この様子ではもはや、あと数分ともたぬであろう。


「衛兵長!駄目です!このままでは‥‥」


「く―――!貴方達は下がりさない!ここは私が受け持ちます!!」


「ですが――!」


 決して彼らの力が脆弱だったのではない。一対一の勝負でならば、どの王国兵でも蜥蜴の魔物に退けはとらない。だが、今回は数が多すぎた―――各々の力量だけでは覆しようのない物量を前にして、彼らに為す術などあるはずもなかった。


「大した度胸ね、でも無駄よ。ここの蜥蜴たちは全部―――私が頂いていくわ」


 尤も、その物量すらものともしない、規格外の実力者もこの世界には存在するのだが。


「!?」


「燃やし尽くせ、アグウェル」


 ヘイゼルの杖から、巨大な炎が勢いよく放たれる。居住区に群がっていた蜥蜴の魔物は抵抗すらできずに炎の渦に呑み込まれていく。


「あの女は砂塵の牙の‥‥どうして我らの味方を‥‥?!」


「無事かい、衛兵長」


「ネチェレト殿――!」


「ここはアタシとあの魔女殿の二人で何とかする。分かったら負傷兵を連れて居住区ホルまで後退するんだよ」


「は、はい!」


 ネチェレトの言葉を聞き、衛兵長を筆頭とする王国兵は撤退を始めた。彼らの奮闘のおかげで、居住区イスタの人的被害はこれ以上ないほどに抑えられた‥‥もし彼らが早々に倒れていたら、今頃蜥蜴の大群がホルを埋め尽くしていただろう。


「二人で何とかするとか‥‥全く、簡単に言ってくれるわ」


「何言ってんだ、アンタの腕なら朝飯前だろう?」


「本当に蜥蜴の相手をするだけで済むなら―――ね」



 ~サン・クシェートラ王国・黄金宮殿前~



「そうやって地に這いつくばっていると―――蜥蜴というよりまるで蛇のようだな」


「ク‥‥ソ‥‥」


 手足をズタズタに斬り裂かれ、身動きすらとれなくなったカノラテンを見下しながら、僕はありのままの感想を口にした。彼女は確かに強力な魔物だが、原種の力には遠く及ばない。僕が大太刀を軽く振るうだけで、勝敗は決した。その有様はもはや戦いと呼べるものではなく、一方的な蹂躙に他ならない―――原種と爬虫類とでは、圧倒的な差があるのだ。


「だ、大丈夫かいジル?」


「リリィ‥‥?そっちこそ、もう動いて大丈夫なのか?」


「うん、もともと傷は浅かったし―――エイミーのお陰でなんとか傷口は塞がったからね」


 そう言って、リリィは申し訳なさそうに笑った。


「そうか、ありがとなエイミー」


「別に感謝されるほどのことでもないです、雑に応急処置をしただけですし。それより‥‥パーリさんまだ生きてますよ?奥の手とか使われる前に早く決着つけちゃった方が良いんじゃないですか?」


「なかなかに鬼だな‥‥お前」


 まぁ、エイミーの言うことは正しい。四肢を斬り裂かれたとはいえ、あいては魔物だ。戦いを長引かせて下手な手を打たれても困るし、さっさとケリをつけた方が良いだろう。


「カノラテン‥‥お前、最期に何か言い残すことはあるか?」


「フフフ、これで勝ったつもりかジルフィーネ。王が滅びぬ限り、我らもまた不滅なり。たとえ一時死せるとも、すぐに黄泉から舞い戻って見せようぞ‥‥」


「‥‥そうか」


 カノラテンの呪いのような遺言を聞き終えると、僕は何のためらいも無く彼女の首を刎ねた。これでいい。これで良かったんだ。


「―――お疲れ、ジル」


「別に疲れてなんかいない」


「そういう意味じゃなくて‥‥ほら、色々さ」


 リリィはどこか悲しげな表情を浮かべ、カノラテンに斬り裂かれた蜥蜴たちの死体に目をやった。僕はそんな彼女の視線に気が付いていながら、何も言わずに歩を進めた。


「スピカさんは恐らく、黄金宮殿の中に囚われています。ジル様のつよつよモードが切れないうちに、さっさと中へ突入しましょう!」


「つよつよモード言うな」


 間違ってはいないかもだけど、そのネーミングは何だか気が抜けそうになる。


「こいつァ驚いた―――まさかもうこんなところまで来ていやがったとは」


 黄金宮殿の門前に、先ほどまではいなかったはずの男がいた。彼は柱に寄りかかりながらこちらを見つめているばかりで、僕たちが歩を進めても一向に焦る気配は無い。そして、顔が認識できるほどの距離まで近づいて―――僕はようやく男の正体を察知した。


「‥‥!?」


 間違いない、彼はパーリの兄で砂塵の牙を率いていた男――ジャワだ。


「よう、妹共々世話になったなァジルフィーネ」


「‥‥生きていたのか」


「驚いたか?この通りピンピンしてるぜ」


 当然と言えば当然だ。パーリの正体が蜥蜴の怪物であった時点で、この展開は容易に想像ができたが―――まさかこんなにも早く、現実として対面する羽目になるとは思いもしなかった。


「俺の妹‥‥カノラテンを倒したようだな」


「あぁ、死体ならそこにまだ転がっているぞ」


 こいつも人間の姿をしているが、きっとまともじゃない。パーリが蜥蜴の魔物だというのなら、恐らくジャワも―――。


「ハハハ、そうかよ。まぁ外で立ち話ってのもアレだ、さっさと上がれよジルフィーネ。災いの娘を助けに来たんだろう?」


「!?」


 ジャワはさも当然のように僕たちへ手招きすると、あくびをしながら黄金宮殿の中へと歩いて行った。


「めちゃくちゃ怪しいですね」


「どうするジル?」


「・・・」


 ジャワの提案に乗るのはいささか気が引けるが、今のところ敵意のようなものは感じない。どちらにせよ僕たちには宮殿に進むしか方法は無いのだから、彼の言う通りにしておいた方が得策かもしれない。だが‥‥罠の可能性も充分に考えられる。むしろその確率の方が高い気さえするけど・‥‥。


「どうした?来ないのかぁ?」


「―――今行く」


 くそ、頭の中であれこれ考えても仕方がない‥‥とにかく今は行動あるのみだ。



 ~サン・クシェートラ王国・黄金宮殿~


 ジャワに先導されるまま、僕たちは宮殿の中を進んで行く。宮殿内の明かりはすべて消えており、そこら中から蜥蜴の魔物たちの息遣いが聞こえてくる。浮かび上がった太陽石のせいか、いつくかの壁や天井が崩落し‥‥そこら中に瓦礫が散乱しているようだ。


「‥‥ボロボロだな」


 まるで人間の気配を感じないが、本当にここにスピカがいるのだろうか。


「ジャワさん、貴方は私たちをどこへ連れていくつもりなのですか?」


 しばらくの沈黙を破り、エイミーがジャワへと言葉を放った。


「玉座に決まっているだろ。王も娘も―――皆がそこに集まっている」


「そんな大事な場所へボクたちを連れて行くなんて、随分と余裕なんだね。カノラテンはボクたちの侵入を拒もうと必死になって戦ったというのに」


「余裕?逆だよエルフの娘―――俺はお前達の戦いっぷりをこの目で見た時から、最大の障害になり得る存在として高く評価している。本来なら、お前達がこのサン・クシェートラを去ってから王の復活を行うつもりだったくらいさ」

「だがまぁ、馬鹿な妹がコトを急ぎやがってな。こんなことなら、あの老いぼれの後始末をもっと徹底しておくべきった」


 ジャワは軽々しくそう言い放つと、自身の頭を無造作に掻きむしった。


「パニーニさんを襲撃してスピカを攫ったのは―――お前だったのか」


「ああ、そうだ。言っておくが、逆恨みは無しだぜジルフィーネ。俺は娘を大人しく渡すなら危害を加えないとあのジジイに告げた‥‥にも関わらず先に手を出してきたのはヤツの方だ。あの結末はヤツ自身が選んだ結果なのさ」


「そんな戯言で、僕が納得すると思うのか?」


「ハハ!それもそうか!」


 ジャワは噴き出すように笑うと、大きな階段の前で歩みを止めた。そうして無言のまま僕たちの方を振り返ると、まるで品定めでもするかのように一人一人の顔をまじまじと見つめ始めた。


「ふむ、どれも逸材だ―――やはり殺すには少し惜しいな」


 そして何かに納得したように、再び言葉を続けた。


「今からでも遅くはねぇ‥‥お前らも、我らが王に仕える気は無いか?」


「くだらない冗談を聞いているほど暇じゃない、さっさと親玉のところに案内しろ」


「フッ、まぁそう言うな。確かにお前たちは強い―――今の姿のジルフィーネに関しちゃ俺よりも格上だろう。並大抵の存在じゃ、お前を止めることはできん」

「だがはっきりと言おう、例えそんなお前たちが束になったとしても―――あの王には絶対に勝てねぇ」


 確信に満ちた表情で、ジャワは堂々と言い放つ。その様子からは、嘘や虚勢を張っているようにはとても見えない―――あくまで彼は、事実だけを述べているようであった。


「愚問ですね。ジル様は世界を救う勇者様ですよ?カルト蜥蜴集団の信者になんて、なるワケないでしょう」


 僕が答えるよりも早く、エイミーがジャワへと返答を突きつけた。


「そういうことだ」


「そうかい――――ま、元々期待はしてなかったけどよ」


 断られることも想定内と言わんばかりに、ジャワは不敵に笑う。そして今度こそ、玉座へと続く階段を上り―――王の元へと僕たちを導くのだった。



 ~サン・クシェートラ王国・黄金宮殿・玉座~


 サン・クシェートラの王が座する王国一豪華絢爛な場所。しかし今となっては荘厳かつ豪勢な装飾はほとんどが倒壊し、もはや見る影もない。その有様はまるで、現在のサン・クシェートラの有様を暗に表しているかのようであった。


「ようやく来たかトルロコイ!今にも王が復活なされるというのに一体どこへ―――ん?後ろに居るガキどもは誰だ?新入りか?」


 そして、王の間には数人の先客がいた。長髪の鎧姿の男は僕たちを見るなり、不思議そうな表情を浮かべながらジャワへ語りかけた。


「コイツらは臣下じゃねえ、反逆者だ。王直々に処断してもらうため、ここへ連れて来た。それよりこの姿の時はジャワと呼べと何度言ったら分かる、スコルピオン」


「も、申し訳ない」


「‥‥」


 スコルピオン―――そうか、コイツが。最初から親衛隊を裏切るつもりで、ジャワ達とグルだったのか。


「ねぇジル!あれ‥‥!」


 何かに気が付いたのか、リリィが慌ただしく僕の肩を揺らした。彼女の指さす方向を見つめると―――そこには目を見張る光景が広がっていた。


「スピカ‥‥!」


 玉座の前に、まるで神にささげる生贄のようにスピカが横たわっている。そして驚くことに、彼女の隣には、クヌム王と思わしき人物が頭を垂れて跪いていたのだ。ここからでは聞き取れないが、まるで良くないモノに取り憑かれたようにぶつぶつと何かをひたすらに呟いている。


「今助けるぞ―――!」


「おっと、動くんじゃないジルフィーネ。あの娘の首を刎ねられたくなけりゃ、大人しくしていろ」


 ジャワの言葉に反応するように、玉座の近くに控えていたシスター服の女が巨大な鎌をスピカの首へ突きつけた。下手に動けば彼女の命はない―――そう僕たちへ警告しているのだ。


「クヌム王には傀儡としての最後の仕事を遂げてもらう、邪魔立てはご遠慮願おうか」


「‥‥」


 傀儡と言ったか。となるとやはり今のクヌム王に意志はなく、何らかの力で操られていると考えるのが自然か。そして恐らく―――玉座に座らされている“人型の物体”がヤツらが目覚めさせようとしている王なのだろう。腐敗や損傷が激しくて、原型はよく分からないが‥‥アレがろくでもない存在であることは痛いほどに分かる。


「そういえばジャワ、コイツはいつ王に捧げるんだ?」


 スコルピオンは思い出したかのようにそう言い放つと、一人の男をジャワの眼前へと放り出した。男の首には鎖が繋がれており、その先端はスコルピオンが握っている。まるで奴隷のような風貌の彼は―――いやに顔なじみのある人物であった。


「ヨミ―――!?」


「‥‥ジルフィーネ‥‥何故ここまで来た‥‥?」


 弱々しい瞳で僕を見つめながら、彼はそう呟いた。胸には何重にも包帯が巻かれており、体力はかなり消耗しているように見える‥‥。


「何故こいつが生きている?狩人は始末しろと言ったはずだが?」


「王が直々に喰らわねばならぬとお告げがあったって、デネボラが‥‥」


「チッ、まぁいい」


 不機嫌そうにシスター服の女を見つめた後、ジャワはゆっくり玉座へと歩き出した。その瞬間―――周囲に立ち込めた魔力が一層濃くなるのを感じた。


「ジル様、これは‥‥」


「ああ、分かってる」


 王とやらの復活が―――もう直前にまで迫っているのだ。


「地底の太陽よ!大いなる王よ!!今こそサン・クシェートラ国王クヌムの名において、太古より借り受けしデンデラの恩恵を汝にお返しする―――!!!」


 クヌム王の言葉が、より強く、速くなる。大気は張り詰め、邪気はますます強さを増していく。何が起こるのかは分からない、想像もしたくない。だが、きっとすぐに僕は対面する羽目になるのだろう――――この大砂漠を覆うほど、巨大な災厄の元凶に。


「血、闘争、屍、太陽―――汝がこの地に蘇える条件はすべて整った!!おお!偉大なる太陽ロアよ!!再びその御姿を我らの前に現したまえ!!このサン・クシェートラの命運は、常に汝ら太陽と共にある!!!」


 それが、最後の一説であった。黄金宮殿中を―――いや、大砂漠中を目を焼くほど眩い光が一瞬にして照らしだした。


 やがて光が消え、視界が僕たちの元へと戻った時―――既に、ソレは居た。


「ふはははは!!ついに!!!ついに王が現世にお目覚めになられた!!これでようやく、穢れた地上は救われる!!!」


 狂ったように、スコルピオンが嗤う。だが、そんなことはどうでもいい。僕の意識は、突如として現れたこのロアという存在に、釘付けになっていた。


「エイミー、こいつ‥‥」


 分からない。


 こいつからは何も感じない。


 だってさっきあれほど感じていた魔力の気配も、全てがどこかへと消え去ってしまったのだ。


「すみません、私―――何故かはっきり見えなくて―――」


 はっきりと見えない。ヤツを前にして、エイミーは怯えた声色でそう口にした。


「見えないって―――どういう意味だよエイミー?」


「分かりません、でもこれは‥‥‥‥!」


「‥‥いやいい、今はこっちが先だ」


 そう呟くと、僕は大太刀を握る手に力を込めた。


 ―――エイミーの言葉がいったい何を意味していたのか‥‥この時の僕はまだ、知る由も無かった。


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