第98話 落日のサン・クシェートラ
~サン・クシェートラ王国・黄金宮殿・親衛隊詰所~
「砂塵の牙との因縁を忘れてこれからは手を取り合っていく―――ね。まったく都合の良い話だよ。クヌム王は何を考えているんだか」
「キハハハ!ネチェレトよ、心の声が口から漏れているぞ」
不機嫌さを隠そうともせず、ネチェレトはクヌム王への不満をぼやいた。
「トトメス、アンタは納得できるのかい?今まで殺し合ってきた連中と仲良くしろ、だなんて‥‥あいつらは王国の兵を何人も殺したんだぞ?」
「とは言っても、我らも砂塵の牙とその仲間を大勢殺したからなァ」
そう言って、トトメスは不敵に笑う。そんな彼の様子にネチェレトはますます腹を立て、舌打ちまじりに会話を切り上げた。
「メリアメン隊長がいれば、こんなことには―――」
サン・クシェートラ王国の守護者にして最強の戦士メリアメン。散っていった英雄の影を、ネチェレトはまだ諦めきれずにいた。
「キハハハ!!今は王国の中ばかりに目を向けている場合ではないぞネチェレト!王は捕らえた外征騎士の解放をいまだに承諾していない‥‥このままいけばグランエルディアの怒りを買うことになるだろうよ」
「聖都との戦、か」
「ハッ‥‥その時は墓を掘り起こしてでもメリアメン隊長に戦場に立ってもらうしか無いね」
「うむ?何やら物騒な会話が聞こえてくると思ったら、貴殿たちか」
二人の会話に突如として割って入ったのは、同じ親衛隊であるスコルピオンだった。
「―――スコルピオン、もう体調は万全なのか?先の戦いでは病に伏せていたため戦闘に参加できなかったと聞いているが」
「ああ、その節は申し訳なかった。今はこの通り何の問題もない!」
スコルピオンは張り付けたような笑顔を浮かべ、自身の胸をどんと叩いた。
「全く‥‥ヨミといい貴公といい、肝心な時に親衛隊が戦えぬとは何とも情けない」
「まぁそう言うな。私はともかく、死んでいったヨミを悪く言うのは―――」
「死んでいった?何言っているんだいスコルピオン、ヨミは別に死んじゃいないぞ?」
「‥‥なに?」
ネチェレトの発言を聞いた途端、スコルピオンは人が変わったかのように冷たい雰囲気を醸し出す。仲間の死を望んでいたかのような態度に若干の違和感を感じながらも、ネチェレトは続けた。
「背後から心臓を一突きにされ、ひどい有様だったみたいだけど―――何とか一命をとりとめたらしい。流石は獣人ってところだね、ただの人間だと即死だったよきっと。砂塵の牙の連中も、えげつない真似をするもんだ」
「‥‥ふむ。生きていたのは予想外だが、まぁ死にぞこないに何ができる訳でも無いか」
「スコルピオン?今なんて‥‥?」
「選択の時だ、ネチェレト―――そしてトトメス。これより目覚める真の王に、お前達は絶対の忠誠を誓うか?」
~サン・クシェートラ王国・大通り~
パニーニさんの体は、鋭利な刃物のようなモノで執拗に切り裂かれていた。そして、さっきのパニーニさんの言葉から考えるに―――犯人の真の狙いは彼では無くスピカだ。彼はきっと、スピカを守ろうとして‥‥。
「クソ―――!」
もし犯人がスピカに何らかの負の感情を持っている、若しくはイリホルが提唱していた偽りの神話の狂信者なのだとすれば――――次に狙われるのは間違いなくパーリだ。砂塵の牙のリーダーである彼女の働きによって、王国は変わった。それが連中にとっては大問題ということなのだろう。
従順な信仰心は時として恐ろしい結果をもたらす―――それは、僕の居た現実世界でも同じこと、人が人である以上、必ず避けては通れない。これ以上はない人間の愚かさの象徴だ。
「はぁ、はぁ‥‥!」
僕は一心不乱に黄金宮殿へと走る。しかし、大通りにはたくさんの人が溢れかえっていて、中々思うように先に進めない。街が賑わうのかは喜ばしいことだが、今の状況下ではただの邪魔者だ。
「急がないと、パーリが‥‥!」
「ジル!こっちだ!」
突如としてリリィが叫ぶ。そして彼女は僕の手をがっしりと掴むと、大通りから逸れて細い脇道へと走り出した。
「若干遠回りになっちゃうけど、人混みの中を走るよりはマシだと思う!」
「ああ、そうだな―――!」
急がば回れ、というヤツだ。
「それと‥‥さっきから黄金宮殿の方で異質な魔力の高まりを感じる。それもとびっきり強力な気配だ」
「え‥‥?!」
「何が起こっているのかは分からないけど、とにかく気は抜かないで。もしかしたら何者かがボクたちに攻撃を仕掛けようと機会を伺っているのかもしれない」
「それは勘弁願いたいな―――!」
やっとサン・クシェートラ王国に平穏が訪れたと思ったのに、今度はだんだん物騒になっている気がするのだが!
「聞こえるか!愛すべき我がサン・クシェートラの民よ!!我が名はクヌム!この国の王である!!」
「!?」
野太い男の声が、何の前触れも無くサン・クシェートラ王国へと響き渡った。
「演説‥‥!?」
「何だかイヤな予感がする、足を止めるなよリリィ!」
クヌム王の言葉は気になるが、わざわざ立ち止まって話に耳を傾けるだけの余裕はない。幸いにも彼の声は国中に届くように魔法か何かで拡声されている―――走りながらでも内容自体は問題なく聞き取れるはずだ。
「今日は諸君らに、新たなる王の誕生を宣言したい!!」
「・・・」
新たなる王―――だって?
「諸君らも知っての通り、このサン・クシェートラは我が祖先である初代国王アバカムと神話に名高いふたつの太陽によって興された国である。そして建国から今日に至るまで、我らは太陽を神として信仰し、崇めて来た。そしてようやく―――敬虔なる長年の祈りが成就する時がやってきたのだ!」
「国民よ!歓喜せよ!我らの祈りは太陽へと届いた!!これより、遥かなる眠りから真の王が目を覚ます!!滅びの光からサン・クシェートラを救うため、神話の時代より我らの太陽が蘇るのだ!!!」
狂ったように高揚し、クヌム王は高らかにそう告げる。僕には彼が何を言っているのかあまり理解できなかったが―――この国の住人たちは、ひどく興奮した様子で口々に騒ぎ立てた。
「ほ、本当か!?神話の太陽が新たなる王として目覚めるなんて‥‥!」
「クヌム王は最高の王だ!これで滅びの運命は回避される!!」
「ああ、太陽よ!貴方は我らを見捨てはしなかったのですね!!」
王の言葉に歓喜し涙を流すものや、半信半疑で険しい顔を浮かべるもの‥‥国民の反応はそれぞれであったが、その反響は凄まじいものだった。
「クヌム王はいったい何を企んでいるんだ‥‥」
まさか、砂塵の牙との停戦は罠だったんじゃ――――。
「ジル!見て―――あそこ!!」
「!」
リリィの指さす方向を見ると、そこには今にも黄金宮殿へ足を踏み入れようとするパーリの姿があった。
「パーリ!!」
「ジ、ジル‥‥!?」
パーリは僕の呼びかけに反応し、驚きながらもこちらを振り返って足を止めた。僕たちは急いで駆け寄ると、彼女の無事に安堵した。
「はぁ、はぁ、無事で‥‥良かった‥‥!」
「そんなに急いでどうしたんだ?というか、まだサン・クシェートラを出ていなかったのか!?」
「出ようと思ったんだけど‥‥はぁ、はぁ‥‥パーリのことが心配で‥‥!」
ヤバイ、体力も無いくせに全力疾走し過ぎた―――は、吐きそう―――。
「私のことが心配?どういう意味だ?」
「スピカがどこかへ連れ去られた‥‥!パニーニさんも襲われたみたいで、はぁ‥‥はぁ‥‥」
くそ、肺が痛い。こんな大事な時にろくに話すこともできないとは―――情けない。
「さっきのクヌム王の演説もあるし、とにかく一度黄金宮殿から離れた方が良い‥‥!」
「そ、そうか」
「さぁ、僕たちと一緒に‥‥」
僕たちと一緒に行こう。そう言って僕は彼女に手を差し伸べるハズだった。
「――――見て、しまったのか」
ほんの、一瞬の出来事であった。
パーリは言葉を聞き終えるより早く―――腰に刺した剣を僕の心臓へと突き立てた。
「‥‥え?」
「下がって!ジル!!!」
カーン、と甲高い金属音が鼓膜を激しく揺らす。まるでパーリが僕を襲うことを予期していたかのように、リリィがギリギリのタイミングで僕たちの間に割って入ったのだ。
「パーリ‥‥?」
待ってくれ。
いったい、何がどうなっているんだ。どうしてパーリが僕を‥‥?
「チッ、仕留め損ねたか」
リリィの護りを圧し崩せないと判断したパーリは、大きく身を翻して僕たちから距離を取った。
「何とも間抜けな顔だなジル―――いや、神獣殺し。何も知らずに王国を出ていれば、死なずに済んだものを」
「パーリ、どうして‥‥?」
分からない。僕たちは、彼女たちとサン・クシェートラの平和を取り戻すために戦ってきた。その彼女がどうして僕を襲う‥‥?
「何も驚くことは無いさ。不要になった手駒は処分する、ただそれだけのことだ」
「ジル、こいつを仲間と思わないで!今までの彼女は、全部見せかけの演技だったんだ‥‥!」
「鋭いじゃないかリリィ―――さてはお前、最初から私を信用していなかったな?」
「確証は無かった。だけど、キミの心の奥底に黒く渦巻く“何か”があるのは分かっていた。最初はクヌム王の圧政に対する憎しみの感情だと思ったりもしたけど‥‥どうやら違ったみたいだ‥‥!」
「なるほど―――お前が常に私の周りから離れなかったのは、監視をするためだったのか。小賢しいエルフの考えそうなことだ」
衝撃のあまり、視界が霞む。周囲から一切の音は消え去り―――頭の中が真っ白になっていく。にわかには信じがたい現実を前に、僕の脳は理解することを拒否していた。
「全部、嘘だったのか‥‥?」
パーリは僕の問いに何も答えない。ただ不気味な笑みを浮かべ、狼狽える僕の様子を嘲笑っている。その反応が、何よりも明確な答えであった。
「僕たちを騙して、多くの人を巻き込んで‥‥その先にお前は何を企んでいるんだ‥‥!」
僕はやっとの思いで声を絞り出し、パーリへ問いを投げた。どれほど非情な現実に打ちのめされても、僕は問わなければならない。王国の救済という大義名分を隠れ蓑として僕たちへ近づいた、悪しき女の本性を。
「フフ、では馬鹿なお前に教えてやろう‥‥私の目的は、偽りの神話を覆しサン・クシェートラに安寧を取り戻すことなどではない」
「我らの目的はただ一つ、サン・クシェートラを統べる真の王の復活だけだ。お前達はそのために利用されただけに過ぎない」
「‥‥真の王だって?」
クヌム王のことではない。彼女は得体のしれない何かを王として崇めているのか‥‥?
「我らの王が目覚めた時、反乱分子は少ない方が良いからな―――王国兵どもはともかく、親衛隊をどうにかする必要があった。特に太陽の祝福を持つメリアメンと、必ず障害になるであろうヨミの抹殺は絶対だったが―――ヤツらなかなか隙を見せなくてな」
「ほとほと困り果てていたところ、外からお前たちがやって来て状況を引っ掻き回してくれた。しかもお前らはあの小麦色の髪の娘と面識があったからな、ますます利用しやすかったよ」
つらつらと、パーリの口から聞くに堪えぬ雑言があふれ出る。僕たちが共に戦った彼女は、砂塵の牙たちがリーダーと慕った彼女は―――ただの空想だったのだ。この女は英雄などではない。悪辣を極めた、ただのロクデナシだ。
「反乱分子が消えれば、後は王への捧げもの――――すなわち血と闘争を用意するだけ。遺跡の森での戦いと、一週間前の戦いは、そのためのモノだ。砂塵の牙やハビンの町の連中は、王を目覚めさせるための生贄でしかない。まぁ大して期待していなかったけど、少し焚きつけただけで想像以上の働きをしてくれた点は評価してもいいな」
「まさかパニーニさんが襲われたのも、お前が関係しているのか」
溢れる怒りを必死に抑えながら、僕はパーリへ再び問いかけた。
「あの老いぼれは選択を誤ったんだ。抵抗せずに娘を渡していれば、楽に死ねたというのに」
「ふざけるな!!」
嘲るように吐き捨てたパーリを見て、リリィの怒りは頂点に達した。彼女は戦槌を手にパーリへと一気に距離を詰める。もはや言葉は必要ないと、そう決心したのだ。
「砂塵の牙のメンバーやスピカは、キミこそが悪しき王を討つ英雄だと信じていた!!それなのに、キミは―――!」
「・・・」
迫りくるリリィを前に、パーリは微動だにしない。ただぼんやりと立ち尽くしながら、不敵な笑みを浮かべている。不気味だ。自分より強い相手を前にして、何故パーリはあそこまで平然としていられるのか。僕への奇襲もリリィの手によって防がれ、万策は尽きたはず。
それでも彼女が今も余裕の表情を浮かべているということは‥‥今起こっている全てが想定の内であるということ。つまり―――パーリはまだ何か策を残している。
「止まれリリィ!!」
「ッ!!」
激情に駆られながらも、リリィは僕の言葉を聞いて反射的に歩みを止めた。いや―――止めざるを得なかった。
「地震‥‥!?」
それは、突然の出来事であった。轟くような地鳴りと共に、突如としてサン・クシェートラの大地が震えだしたのだ。
「クソ、嫌な感じだ―――!」
妙な胸騒ぎがする‥‥これはきっとただの地鳴りなんかじゃない。まるで、地の底から巨大な力を持った何かが這い上がって来るような不気味な魔力の流れを感じる。何か良くないモノが目覚める―――そんな気がしてならない。
「フフフフ!!ついに、ついに我らの王が再び地上へと顕現する!!この時を、どれほど待ち侘びたか―――!!」
「ああ、王よ!偉大なる太陽よ!!私はここにおります!!今度こそ、このサン・クシェートラを漆黒の太陽で染め上げましょう!!」
狂ったように、パーリが叫ぶ。その表情は歓喜に満ち溢れ、目には涙すら浮かんでいた。この現象は何なのか問いただしたいが、そんな悠長な暇はない。
「リリィ!ここは危険だ、一度ヘイゼルたちと合流するぞ!」
この惨状を、パーリという存在の正体を早くみんなに知らさなければ。
「ほら、早く―――!」
「ジル、あれ‥‥」
しかし、僕の言葉に聞く耳を持たず―――リリィは恐怖に怯えた目で“何か”に釘付けになっていた。若干の苛立ちを覚えながらも彼女の見つめる先に視線を移すと、そこには想像を絶する光景が広がっていた。
「嘘だろ‥‥!」
黄金宮殿の真上の上空に、巨大な魔力の結晶体―――即ち太陽石が浮かんでいた。晴天であったはずの空は赤く染まり、天空には妖しく光を放つ太陽石だけが輝いている。眩い輝きと共に膨大な魔力を放つその姿は、まさに本物の太陽そのもののようであった。
「アレは地下で厳重に保管されていたんじゃなかったのか!?なんで空に浮いてるんだよ!?」
「ボクに聞かれたって―――!」
リリィに聞いても意味が無いことくらい分かってる。でも、こんなデタラメな状況で冷静でいられるはずもないだろう!ただでさえ今はパーリのことで頭がいっぱいだってのに‥‥!
「な、なんだ空が急に赤く――――!」
「キャー!!どうして町の中に魔物がいるの?!」
「誰か助けてくれ!!蜥蜴が、蜥蜴の魔物がァ!!」
「一般人は下がれ!!魔物の相手は我々が!!」
怒号や悲鳴―――そして、何かと戦う王国兵の勇ましい唸り声。大通りから、口々に人々の叫び声が聞こえてくる。赤く染まった空に浮かぶ太陽石と、不気味な地鳴り‥‥たった一瞬にして、周囲は地獄と化した。何が起こっているのかまるで分からないが――――既に状況は始まってしまったようだ。
「キシャアアアア!!!」
そして混乱の原因である張本人が、僕たちの目の前にもその姿を現した。
「こいつら‥‥!」
1匹、2匹、3匹―――地面の裂け目や下水の中からうじゃうじゃと蜥蜴の魔物が躍り出たのだ。蜥蜴たちは我が物顔で大通りを這いずり回り、目につくもの全てに襲い掛かっている。駆けつけた王国兵たちが対処に当たっているが‥‥状況は芳しくない。
「数が多すぎる!!全部相手しているとキリがない‥‥走るぞリリィ!とにかく今はヘイゼルたちと合流することが最優先だ!」
「わ、分かった‥‥!」
僕たちは道中に群がる蜥蜴たちを蹴散らしながら、居住区ホルへと向かった。
~サン・クシェートラ王国・居住区ホル~
「みんな、無事か!?」
ホルに着くなり、僕は大慌てでパニーニさんの家へと上がりこんだ。
「ジル様!リリィさん!!」
「アンタたちこそ大丈夫なの?!変な地鳴りがするかと思ったら、空が赤くなってるし‥‥!この王国、何かとんでもないことになっているんじゃない?!」
一連の異変はエイミーやヘイゼルにも伝わっていた。彼女達にこれ以上の混乱を与えたくは無かったが、僕は先ほど大通りで知った全ての真実をありのままに告げた。
「パーリさんが黒幕って‥‥ちょ、マジですかソレ?」
「―――そう、彼女が」
「あのお嬢ちゃんの正体が王国の解放者の皮を被った外道とはな―――スピカを攫って何をするつもりだ」
人一倍怒りを滲ませていたのはカインであった。淡々と言い放った言葉の一端にまで、フツフツと燃えるような怒りが込められている。
「分からない、でも―――王の復活とやらに利用するつもりなんだと思う」
「王の復活って―――まさかパーリさん、変な神話を吹聴していたイリホルとかいうお爺さんとグルだったのでは?」
エイミーの意見はもっともだ。最初、僕はパーリもイリホルの提唱していた神話を陰ながら信仰していたのかと疑った。神話の信仰者にとって、スピカは災いの娘として恐れられている。だから王とやらの復活前の露払いとして彼女を狙ったのではないかと思った―――でも、多分それは違う。
「居場所を知らなかった王国軍と違い、パーリはその気になればいつでもスピカを手にかけることができたはずだ」
だというのに、パーリは特にスピカに危害を加えようとはしなかった。それどころか彼女はホルに砂塵の牙のメンバーを護衛として配置し、王国軍に襲われないように警護に当たらせていたほどである。今だって、スピカを殺害するのではなく誘拐という手段で踏みとどまっている‥‥スピカを災いの娘としてただ始末するのなら、一週間開けた今日ではなく先の戦い終結後でもよかっただろう。彼女はあえて今日という日までスピカを生かしておいた―――僕にはそう思えて仕方ないのだ。
「僕はもう一度、パーリのいる黄金宮殿に向かおうと思う。そしてスピカを取り返し、このサン・クシェートラに蔓延る災いに終止符を打つ」
もう、これ以上この地で余計な血が流れるのは沢山だ。一連の騒動に首を突っ込んだ以上、僕たちにも事の顛末を見届ける責任はあるだろう。
「仕方ないですねぇ‥‥最後の一仕事だと思って付き合ってあげますよ」
「ありがとう、エイミー」
「ジルの意見には賛成ね、あの娘には私たちを騙したことの責任をきっちりとってもらうわ。でも―――外には蜥蜴の魔物たちが溢れているんでしょう?先にそいつらをどうにかしないと被害が増えるばかりないじゃないかしら」
「ああ、だからヘイゼルたちには蜥蜴の魔物の相手を頼みたい」
王国軍が対処に当たっているが、指揮系統が混乱している現状では大した戦果は期待できない。先週の戦いでもかなり負傷兵が出たと聞いているし、ヘイゼルとリリィ、カインにはそっちの援護に回ってもらったほうがいいと思う。
「黄金宮殿には僕とエイミーで向かう」
「そ、それは駄目だ!今あそこに一人で向かうのは危険すぎるよ!」
リリィは僕の意見を聞いた途端、身を乗り出して反論した。
「ジル、お前の腕を疑うワケじゃねぇが―――俺もその案には反対だ。不測の事態が起こった時、誰もお前を助けてやれねえ。それに、俺の予想じゃ黄金宮殿は敵の本丸だ。途轍もない魔力があの宮殿内で渦を巻いてやがる‥‥一人で行くには危険過ぎるぜ」
「大丈夫、いざとなればエイミーだって付いているし」
そう言って、僕は誤魔化すようにカインの言葉を受け流した。分かっている―――彼が言いたいのはきっとそんなことではない。だが、今はそれしか方法は無いんだ。僕たちがこうしている間にも、サン・クシェートラに住む人々は傷ついている‥‥彼らに手を差し伸べることができるのは、ヘイゼルたちだけなんだ。
「聞き分けなさい、ジル。私たちが生き残って、アンタが死んだんじゃ何も意味が無いわ。アンタが行くなら私も行く―――一人でどうにかしようだんて、思わないことね」
気持ちはありがたい。だけど今は、無理をしてでも僕が行かなくちゃならないんだ。パーリを放っておけば、王とやらが目覚めてしまう。僕だって本当は全員で黄金宮殿に向かいたいさ‥‥でも、助けを求める人たちも無視できないじゃないか。
「みんなありがとう、でもやっぱり――――」
やっぱり、駄目なんだ。そう言い放とうとした僕の言葉は図らずも―――予想だにしない人物の声によって遮られてしまった。
「キハハハハハハ!何とも仲睦まじい冒険者パーティもいたものだ!!聞いているだけでアクビがでそうになるではないか!!」
「お前は‥‥!」
この屈強な戦士風の半裸男―――間違いない、コイツは親衛隊の‥‥!
「全くだ。よその国の事情にここまで肩入れするなんざ、ただのバカか筋金入りのお人好しくらいのもんだろうさ」
そしてもう一人、魔術師のような風貌の女性がけだるげな様子で家の中に上がりこんできた―――親衛隊にして死霊使い、ネチェレトである。
「話は聞かせてもらったぞ!!貴様ら―――黄金宮殿に攻め入るつもりだなァ!!」
両手に握られたククリ状の刃をギラつかせながら、トトメスはジル達を前に堂々と言い放った。
「だ、だったらどうした‥‥!言っとくけど、今はお前らと争っている場合じゃ‥‥」
「キハハハ!!そのくらい分かっている!!そう警戒しなくてもいい―――我らがここに来たのはただの偶然だ。この辺りは蜥蜴どもの被害が少ないからな、けが人たちを治療する臨時拠点にしようと立ち寄っただけだ!!」
「ほ、本当か‥‥!?」
「絶対怪しいですってジル様!!相手は半裸で両手に刃物持ってんですよ!?隙見せたらズバッといかれますって!!」
「確かに!」
「下がれトトメス、お前じゃ相手を無駄に委縮させるだけだ」
「むぅ‥‥」
若干不服そうな顔を浮かべながらも、トトメスは渋々と引き下がる。そんな彼の様子を横目で見つめつつ、ネチェレトは堂々と僕たちの前に歩を進めた。
「時間がないので単刀直入に言う‥‥どうか我々に、貴様たちの力を貸して欲しい」
そうして真剣な表情のまま、彼女は耳を疑うような言葉を僕たちへと言い放った。