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1.夜風


 冷たい風が心地良かった。シャロンは一人テラスに出ると、火照った頬を手で押さえた。慣れない豪勢なドレスは足に絡まって歩きにくい。


 澄んだ空には、細い三日月が浮かんでいる。


 今日は兄のスペンスの婚約発表を兼ねた小さな晩餐会だ。親しい人間と家族だけが参加しているから、兄も気が緩んでいるのだろう。旧友に囲まれてすっかり酔いも回っているようだった。


 隣ではスペンスの婚約者であるフローレアが、それを微笑ましそうに見ていた。彼女の頬もうっすらと赤くなっている。勧められたワインを決して断らないから心配していたが、どうやら彼女は酒が強い。


 今度一緒にとっておきのワインを空けよう。


 フローレアとシャロンは大の仲良しだった。幼い頃から常々フローレアのような姉が欲しいと思っていた。

 兄がフローレアに好意を抱いていることも、フローレアが兄に好意を抱いていることも、シャロンは当人たちよりも早く気が付いていた。


 シャロンは純粋に二人の結婚が嬉しかった。大好きな人と家族になれるなんて幸せだ。


 幸せな夜なのに、少しだけ切ないような気持ちになってもう一度部屋の中に視線を送る。


ーー彼はどこにいってしまったのかしら。


 兄の一番の親友であるマルセル・オーガストの姿が見当たらない。いつも一緒にいるはずなのに。


 不思議に思って辺りをきょろきょろと見回していると、余所見をしていたせいで誰かに肩がぶつかってしまった。


 すみません、と慌てて謝る。マルセルだった。赤みがかった前髪を上げていると、彼のキリッとした眉と鋭い視線が際立っていて美しささえ感じる。


 シャロンはマルセルに恋をしていた。マルセルはシャロンのことを可愛がってはくれるが、親友スペンスの妹としか思っていない。むしろ"弟"のように思っていると、面と向かって言われてしまったこともある。


 もしも本当にスペンスの"弟"だったら、もっとマルセルと親しくなれただろうか。

 

「……大丈夫ですか?」


 彼もすっかり酔いが回っているようだった。こんな風に王子の前で心地良く酔えるのも、小さなローアル王国ならではなのかもしれない。


 とろんとした目も可愛い。


 無骨な彼が、シャロンを見るなり蕩けたような表情で笑った。


「ああ、すまない。ここは風が気持ちいいな」


「ええ、本当に」


 一際強い風が吹いて、シャロンの髪が風に揺れる。フローレアがつけてくれた髪飾りが落ちないように、手でそっと押さえた。はらはらと、纏めていた髪が溢れる様にほどけてしまう。


「……可憐だ」


「……え?」


 髪の乱れを治そうと上げた手を、マルセルが優しく掴んだ。


「君のような人と結婚をしたいと思っていた」


「マルセルさん……?」


「結婚を申し込みたい」


 かなり酔っているのだろうか。足元はおぼつかないようだけど、言葉ははっきりしている。


 こんな夜だから、かしら。


「……ええ、マルセルさ「ところで、君はどこのお嬢さんかな?」

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