このままじゃ、目覚めない気がするから
どうしてそんなことに。
困惑する私に、アガサさんが説明してくれる。
「正確なところは、私も知らないの。だけどアインヴェイル王国は魔王が災いを起こさないように、そうする契約をしているのだと閣下のお父上から教えられたわ」
「魔王の災いを抑えるため……なんですか」
だからアインヴェイル王国は契約をした。
きっと魔王を魂だけの状態にすると、とてもマズイことが起るんだと思う。
ディアーシュ様は、それをわかっていて、何度も魔王と相対して来た。
いつ魔王に圧倒されて、自分が自分ではなくなるかもしれないのに。怖かっただろうに……。
「だから外部から、本来の公爵閣下の魔力を足す対処をしたの。自分の魔力の方が優勢になれば、魔王の魔力を追い出せるから」
あの黒い石を使った理由だ。自分の魔力を込めておける特別な物だったらしい。
「いつもなら、石が一つあれば……そうではなくても、二つ分の魔力があれば大丈夫だったの。でも今回は、どうしてかダメだった」
アガサさんが唇をかみしめる。
一秒、二秒と、沈黙が続いた。
カイが歩き出す。
「魔物の対応してるっす。アガサさん、状況を見て撤退するか戦い続けるか判断お願いするっす」
そしてカイは、小屋から出て行った。
アガサさんが長いため息をつく。
「私は、さっきからの戦闘で魔力をけっこう使っているわ。あとの魔力は今後、あなたを守るために使わなければならない、リズ」
そしてアガサさんも戸口へ向かった。
「でもそうなるまでの間に、リズの魔力を分けてみてもいいと思うわ。もちろん、無理せず見守るだけでもいい。公爵閣下が自力で抑えて、目覚めてくれるかもしれないから」
「わかりました」
アガサさんは微笑んで小屋を出て行った。
私は、横たわるディアーシュ様の側に膝をつく。
「魔力……どれだけ必要なんだろう」
私の少ない魔力で、ディアーシュ様の足しになるんだろうか。でも、やらずに諦めてしまいたくない。
「このままじゃ、目覚めない気がするから……」
よくわからないけど、このままだとディアーシュ様を失ってしまう気がするのだ。
私はディアーシュ様の手を握った。
それだけで、彼の中の魔力が荒れ狂っているのを感じる。
怖くて離しそうになる自分を抑えて、ぎゅっと大きな手を両手で包み込んだ。
そして少しずつ魔力を押し込む。
魔王の力に抵抗するために、手伝うつもりで……。
「……っ」
とたんに、荒れ狂う海の中に引きずり込まれるような、そんな怖さに襲われる。
そのまま私の魔力が吸い取られていく。
「え、ちょっ!」
何かがおかしい。魔力の流れが変だ。
自分の意識まで魔力のうねりの中に巻き込まれる感覚に陥り、その先で、異質な力とぶつかっては火花が散る痛みを感じた。
「いたっ、どうしてこんな」
一度止めよう。変だ。
そう思ったのだけど、ふと温かな水の中に受け止められるような感触が訪れた。
(――知ってる、これ)
何度も私は、これに救われてきた。守られてきた。
(ディアーシュ様の魔力)
水のようなディアーシュ様の魔力は、全てを受け止めようとしていた。そうして、魔王の力を自分の魔力に同化させようとしていた。こうなるのは、もしかしたら魔王の器だというディアーシュ様の魔力だからなのかもしれないけど。
(池に、溶岩がなだれ込んでいるみたい)
このままだとすぐに干上がってしまう。
ただ私の魔力が加わると、魔王の力とディアーシュ様の魔力の馴染みがいいみたい。溶岩を取り込むとさらさらの水へと変え、だんだんと池が湖のように広がって行く。
こんな風に変化をする要因は、まさか。
「私が、魔王の秘薬を飲んだから?」
それで魔王の力との親和性があるのかもしれない。
「私の魔力でなら、ディアーシュ様が目覚めてくれるかもしれない」
やらないという選択はなかった。
魔力を引きずり出される感覚に耐えて、唇をかみしめる。
「うっ……」
ざわりと鳥肌が立つ。体の中から何かがあふれてしまいそうな感覚がした。
これはだめだ、きっと魔力の底が見えてきたんだと思う。だから、魔王の秘薬による姿の変化が解けかけてる。
でもあと少し。
少しで、ディアーシュ様の魔力の方が勝つから。
「後で、アガサさんに手伝ってもらえばいいからっ」
気合を入れたところで、自分の体の変化を感じた。
重くなった気がしたかと思うと、急にディアーシュ様の手が一回り小さくなった。いや、私の手が急に大きくなったんだ。
体が元に戻ってしまった。だけど。
(何か変。少なくなっていた魔力が戻ったような?)
むしろ、少し楽になった。
いや錯覚かもしれない。なんだかすごく眠い。
目を閉じそうになったら、怒られた。
「まだ眠るな」
「えっ」
驚いて顔を上げると、横たわったままだけど目を開けたディアーシュ様が見えた。