私はここにいます!
「大丈夫ですか!」
ディアーシュ様は呼びかけに答えない。目を閉じて、気絶してしまっているみたいだ。
「うそ……」
私はぼうぜんとしそうになる。
いつも超然としていて、誰にも倒せなさそうに思えるぐらいに強くて、なんでもできてしまいそうに感じていた。
だからこの人が気を失うなんて、思いもしなかった。
「リズ! 閣下は?」
先ほどのディアーシュ様の攻撃で魔物が一掃されたようで、アガサさんとカイがこちらに来てくれた。
「ディアーシュ様の意識がなくて!」
アガサさんはディアーシュ様の首に指をあてて脈を確認したりした後、頬を勢いよく張り飛ばした。
驚いたものの、叫ぶのはこらえた。
それぐらい強く叩かれたのに、ディアーシュ様は目を開けすらしない。
「このままだとダメだわ……」
アガサさんが唇を噛む。
「まさか命の危険が?」
首を横に振られた。そしてとんでもないことを言い出す。
「悪くすると、側にいる私達……この山の周辺まで被害が及ぶわ」
「え?」
「閣下が魔力を抑えきれなくなると、そうなる。魔王がそうして閣下を追い詰めるつもりだから……。とにかく運びましょう、カイ」
「了解っす」
カイがディアーシュ様を担ぎ上げる。
「急いで!」
アガサさんが急かす。気づけば、また火口の方から魔物が湧きだしてきていた。
二人だけでは対処ができないので、騎士達が待機している場所まで戻るのだろう。
私は二人と一緒に走った。
とにかく味方の多い場所へ行くしかない。
(でも……)
不安はある。
(何度でも魔物が湧くとしたら、どうしたらいい?)
倒し続けるのか。それでいつかは、魔物が来なくなって、安心できるようになるの?
疑問をかかえながらも走り、なんとか馬と騎士達が待機している場所へたどり着いた。
「公爵閣下!?」
「こんな風になられるなんて、今までなかったのに」
待ち構えていた騎士達も、動揺を隠せない。
「今は魔物への対処を! 閣下を守るにしろ、対応するために山小屋まで退避して!」
アガサさんの指示により、すでに荷物をまとめていた騎士達はすぐに出発する。
ディアーシュ様は他の騎士に馬に乗せられ、カイも自分の馬に飛び乗る。私はアガサさんに同乗させてもらった。
「あの、山小屋ってありましたっけ?」
「ここから少しだけ道をそれた場所にあるの。そこに閣下を置いて、周囲を守るようにするわ。ただ……場合によっては、閣下をそこに置いて私達は下山するしかない」
「……この状態のディアーシュ様を、置いて行くんですか?」
気絶したままなのに、魔物達の前に置いて行くなんて、見殺しにするってこと!?
「仕方ないの。閣下は……魔物に殺されたりしない。この山の魔物に関しては。そして私達がもし死んでしまったら、閣下がもう閣下ではいられなくなってしまうわ」
「どういうことですか?」
アガサさんは一体何を言っているのだろう。
そう思っているうちに、すぐに山小屋へと到着した。
山小屋は、ごく少人数が夜露をしのげる程度の大きさだ。だから私達は、登山後に野宿をしたのだろう。
その山小屋に、ディアーシュ様が運ばれる。
思わずついて行こうとしたら、アガサさんに引き留められた。
「リズは先に下山して。誰か、リズについて……」
「ここにいます!」
私は急いで言った。
「ぎりぎりまで、ディアーシュ様についていさせてください。魔力が必要なんですよね? 私の魔力を分けることで、ディアーシュ様の状態が改善できないか試したいんです」
おそらく、このまま見守るだけではディアーシュ様は目覚めない。そんな風に思ったからそう言ったのだけど。
アガサさんが悩んだのは、ほんの三秒くらいのものだった。
「では、リズも中に来て」
私はアガサさんに連れられて小屋の中に入った。
先にディアーシュ様を担いだカイが、小屋の中にある寝台にディアーシュ様を横たえたところだった。
かすかに瞼が動くことすらなくて、顔色は紙のように白い。
死んでしまったと言われてもおかしくはない状態だ。そんな想像をした自分に怖くなって、ぎゅっと自分の両手を握りしめる。
「魔力をディアーシュ様に分ければ、状態が改善されるんですよね?」
そうしたら、目覚めてくれるかもしれない。そんな希望をもってアガサさんに尋ねたけど、アガサさんは難しい表情を崩さなかった。
「わからないわ。ここまでの状況になったことがないから。今までは、魔王の魔力に反発することができていたの」
「魔王の魔力を……ディアーシュ様は受けたんですか? 魔王の魔力が体の中にあるから、こんな状態に?」
アガサさんがうなずく。
「でも、どうして魔王がそんなことを? 邪魔なら殺してしまうと思うんですが」
なのにあの魔王は、ディアーシュ様を魔力で苦しめようとするだけだなんて。
「それは……ディアーシュ様が『魔王の器』だから」
「うつわ?」
魔王の器。
そのまま解釈するのなら、魔王の入れ物ということになる。だとすれば、魔王は……自分の体がない? 誰かの体を入れ物として、入らなければならないということ?
「……まさか、魔王の実体が魂で、体を時々入れ替えているっていうんですか? その体になるのが、ディアーシュ様?」
半信半疑で口に出した言葉を、アガサさんが肯定した。
「そう。王家に連なる人間の中に、定期的に『魔王の器』となれる人間がいるの。その人は普通では考えられないほど魔力が高い」
「王家の人間だけ?」