あれが、魔王
その後は、ディアーシュ様を待ちながら採取を続けた。
けど、採取に身が入らない。
大丈夫だとは聞かされたし、対処法もあるものの、魔王と対峙して何の怪我もなくいられるものなのだろうか。
(レド様みたいに優しい魔王……なわけがないか)
毎回、魔力の影響を受けているのだから、アインヴェイル王国の炎の魔王は、害意があるんだと思う。
私はレド様と一緒にいて、魔力の影響を受けたことがないもの。
「そもそも魔王って、近づく人間は抹殺してしまうとか聞いてるけど……。アリアは利用するために無事だったのかな。でも、何のために利用? アインヴェイル王国への嫌がらせのためだとしたら、王国を潰したいのかしら……あれ?」
赤黒い石の合間に、何か光る物を見つけた。
小さな、バラバラになった何かの破片。
金だと思う。細かな葉の装飾と青い石。石は宝石だと思う。砂ぼこりで汚れていても、半透明の美しい色をしているから。
「サファイヤかな? でもなんでこんなところに」
宝石が転がるような所じゃないはず。誰かが持ってきて、壊れたんだとしても、なんでこんな風になっているんだろう。
それでも魅かれる物を感じて、私はそれを拾った。
「あ、こっちにも」
いくつか似たような物を見つける。たぶん、ネックレスじゃないかな。蔓をかたどったモチーフの端に鎖をつないで首に飾るんだと思う。
金と宝石の高価な物だから、貴族か誰かの持ち物だったのかな。
なんとなく持っていたハンカチに包んで、私はそれをポケットに入れた。
立ち上がろうとしたところで、地面がぐらっと揺れる。
「リズ!」
斜面に倒れそうになったところで、腕を誰かに引かれた。
「危なかったっすね」
カイだ。助かった。
「ありがとう」
もう地面が揺れていないけれど、また同じことがあるのを警戒してか、カイは私の腕を掴んだまま周囲を見回している。
「あ、また地面が」
びりびりと振動が伝わって来る。
そして止んだ。
「魔王が……何かしているのかな」
ディアーシュ様が心配だ。といっても、私が行ってどうにかなるわけでもない。むしろ足手まといになってしまいかねない。
だからじっと待つしかないのだ。
唇を噛んで悔しさを押し殺す。
そうしている間にも、二度、三度と同じように地面が振動したかと思うと、強い地震が来た。
「わっ!」
「……っと」
さすがカイは身体能力に優れていて、また転びそうになる私を助けてくれる。
少し離れた場所では、アガサさんも安定した姿勢で立っていた。
アガサさんは、厳しい表情で火口の方を睨んでいる。
「いつもより遅すぎる……」
アガサさんの言葉に、カイがうなずいた。
「そうっすね。いつもなら、ちゃっちゃと戻ってきているんっすけど。こんな風に長く揺れることもない」
同意を得たアガサさんは、なにかを決意したような表情に変わり、私を振り返った。
「リズ。近くまで行きます。もしかしたら助けがすぐ必要かもしれません」
「わかりました」
私はうなずく。
ディアーシュ様の様子が知りたい。
三人でゆっくりと移動を開始した。走りたかったけれど、途中で山が揺れたら斜面を転げ落ちる自信があったので、慎重に。
赤黒い山肌の斜面は、砂礫が積もったような状態だ。
時々足を砂にとられながらも登る。
次に振動で山が揺れた時、熱波が山の上から降りて来た。
カイがマントでかばってくれる。私が小さいおかげで、カイと一緒に隠れることができた。
「これ、この山に来るためのマントなんっすよ。だから炎耐性あるから大丈夫」
笑ってそう言ってくれるカイに、少し安心する。そして炎耐性があるおかげか、カイのマントは熱で痛むこともなかった。
アガサさんも同様に、マントで熱波をやりすごせたようだ。
「急ぎましょう」
言われて、さっきよりも急ぎ足で山を登る。
先頭のアガサさんが、火口の上に上がる手前で足を止める。
そこにあった岩に身を隠すようにし、私に手招きしたので、カイとそこまで進んだ。
「進めないっすか?」
カイの問いに、アガサさんが簡潔に答えた。
「まだそこにいるわ」
何が……と思って、岩山の陰からそっと覗き込んだ私は、息をのんだ。
「あれが、魔王?」
剣を杖のようにして立つディアーシュ様に、人の姿があった。
ほぼ火口の上に浮いているようで、時折立ち昇る噴煙に姿がかすむ。
赤黒い長い髪が噴煙と共に吹く風になびき、舞い上がる。
神官にも似た服装の魔王の顔に、私は目を疑った。
「ディアーシュ様と、同じ?」
いや、全く同じじゃない。だけど、ものすごく似ている。
感情を失ったような表情は、冷酷そうな時のディアーシュ様に酷似していた。
魔王の赤い瞳は、じっとディアーシュ様だけに向けられている。
ディアーシュ様の方は厳しい表情で魔王を見上げていた。
すっと魔王の指先がディアーシュ様を指す。魔王の腕に絡んでいる赤い鎖が、ジャラリと音をたてた。
鎖の先は……ディアーシュ様の右腕に繋がっている。