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私は一抹の不安を覚えた

「あ」


 私は気づいた。魔王は、人があまり来ないような場所にいる。

 そして魔物が多発する火山地帯など、誰も来ない。


(たしかに、魔王がいそうな場所だ)


 アインヴェイル王国の魔王は、ここにいたのか。


「魔王に会いに来たんですか? 話が……できる相手なんですか?」


 話を聞きに来たのか、と言いかけて直した。

 レド様のおかげで魔王という存在に慣れてしまっていた私は、普通に話をしに来たのかと考えているけど、普通の人はそんな発想にならないだろう。レド様と出会うまで、私だって魔王と会話なんてできないと思っていたし。

 魔物のような、会話ができない存在だとばかり考えていたから。


「話……そうね。あることを確認するためにも、公爵閣下はここへ来なければならなかったの。ずっと調べさせていて、ようやくわかったことがあったから。あの聖女アリアの足跡を」


 私はハッと息をのんだ。

 アガサさんは、少し言い難そうに続けた。


「ラーフェンから来た時には、普通の人間だったはずの者が、何をどうやって聖女と認められるような精霊を魅了する力を得たのか。それを知らなければならない。敵を知らなければ、事態をくつがえせないだろうとディアーシュ様はお考えになったのよ」


 私はうなずく。

 アリアが力を手に入れた方法は知りたい。方法がわかれば、それを奪うことだってできると考えるのは、当然だ。

 あまりにアインヴェイル王国にとって、危険な力だから。


「それで、原因は魔王だったのですか?」


「おそらく……。あの聖女が、この山へ入ったのは間違いないらしいの」


 それからアガサさんが話してくれたことを、私は頭の中で時系列に整理する。


 アリアは家出をして、ラーフェン王国へ入った。

 当時はアインヴェイル王国と国交断絶状態ではなかったので、お金さえあれば国境を越えられたのだ。

 駆け落ち相手の執事の息子が、家から貴金属を持ち出していたので、その費用も、それからしばらく落ち着き先を探すようにうろうろとしていた間の旅費も、なんとかなっていた。


 やがて駆け落ち相手は、金銭がつきかける前に仕事を見つけようと、節約した生活をしはじめたらしい。

 でもアリアが、慎ましい生活に耐えられなかった。


 平民同然の生活にがまんできずに、彼女らしいやり方でお金を得ようとした。

 あちこちの男性に恋させようと仕向け、彼らから貢がせようとしたのだ。


 やがて商家の金持ちの青年を見つけると、駆け落ち相手を捨てて、アリアは姿をくらませた。

 駆け落ち相手はその直後、川で死んでいるのを発見されたらしく……おそらく、アリアに邪魔だからと突き落とされたのか。それとも絶望してしまったのかもしれない。


 アリアは相手の金が尽きる度に男を変えるということを続けた末……手を出した男の妻によって罪人にされ、この北の地まで送られたらしい。

 労働をする罪人として。

 あの子が一番嫌いなのは、地道な労働だ。しかもきつい力仕事や汚れるような掃除などの仕事。アリアを罪人にした女性はそれをよくわかっていて、火山のふもとで採掘現場で働かせるように仕向けたそうだ。


 アリアは何度も脱走を試みた。

 捕まっても、看守を誘惑してでも脱走し、追いかけられ、逃げ惑った末に山を登ったらしい。


「なんていうか、執念っすね」


 会話に加わらず、周囲を警戒していたカイがぽつりとつぶやいた。


「そうかもしれない」


 自分のやりたくないことのためなら、努力ができる。そんな妙な人間だった。


「で、山を登った後は?」


 催促すると、アガサさんが苦笑いしながら教えてくれる。


「山から一人で降りて来たわ。そして自分を捕まえようとした人間を、精霊に命じて排除して、精霊の力で殺されたくなければ自分を敬え、と言い出したそうよ」


「うげ……」


 カイがうめく。

 一方の私は、「そこだったんだ」と思った。


「アリアは山に登って、精霊に愛される何かを手に入れたんですね?」


「そうだと思うわ」


 アガサさんがうなずく。


「公爵閣下は、あの聖女に力を与えたのだろう存在の、力を削ごうとして、ここへ来たの」


「力を与えた存在が……魔王なんですか?」


 言葉を聞き返す私に、アガサさんが言い難そうに目を閉じた。カイも、いつもの陽気さは影を潜めてしまう。

 一体、どうして。


「魔王が人に力を与えることがあるんですか?」


 私の疑問に、ゆっくりとアガサさんが答えた。


「ここの魔王だけなのかもしれない。でも、アインヴェイル王国に棲む『炎の魔王』は、特定の人間を急かすためだけに、嫌がらせのようなこともするの」


 魔王が、嫌がらせ?


「どうしてそんなことを」


 私が知っている魔王は、レド様だけだ。彼が嫌がらせをする姿なんて想像がつかないし、する必要もなさそうなのに。


「ある特定の一族は、魔王の力を抑えることができるの。だから……」


 力を抑えられないため?


「だとしたら、ディアーシュ様が危険すぎるんじゃないんですか?」


「それでも、公爵閣下にしかできない」


 断言し、アガサさんは微笑む。


「大丈夫。公爵閣下は強いわ。それに対策も置いて行っているから」


 アガサさんがそう言って、以前ディアーシュ様がくれた黒い石を見せる。


「炎の魔王の魔力は、公爵閣下の体を蝕みかねないの。それを防ぐための物よ」


「これを使えば、ディアーシュ様は大丈夫なんですか?」


「ええ」


 アガサさんはうなずいた。


「今までにもこういうことはあったの。魔王の魔力の影響を、これで取り除く治療をしてきたわ」


「そうだったんですね。それにしても、魔王の対応までディアーシュ様はしていたんですね」


 ディアーシュ様の仕事は、想像以上に多岐にわたっているみたいだ。


「公爵閣下みたいに強い人じゃないと、とてもできないことっすよ」


 そう言ったカイの口調は、誇るというよりも、どこか悲しみを感じて……私は一抹の不安を覚えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 駆け落ち相手の話出てこないなーと思っていたら、、! とんでもない悪女だな。
[一言] やっぱり行かなきゃ!
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