畑に薬を撒きましょう
「大丈夫です! 種まきしてもいいと思います」
そう答えてすぐ、男性が慌てた。
「あ、貴族のお嬢様に直接話しちまった! 失礼をしてすみません! あの、ちょっとしたうっかりで」
「大丈夫ですよ。あなたの意見を聞きたかったのですから」
そう言って男性を安心させて、側にいたディアーシュ様を振り返る。
「土の確認ができたところから、種まきをしてもらいましょう」
「薬を使うのだったな?」
そのための植物成長剤も、大量に積んで持ってきていた。
「はい。一週間に一度、水で薄めたものを撒いてもらいます。それで、一カ月後には葉物も小麦も収穫できます」
「この薬は村長が一括で管理するのだったな」
「はい、はい、そのようにうかがっておりまして」
ディアーシュ様の一歩後ろにいる猫背の男性が、何度もうなずいた。
「貴重な品だ。国の施策なので横流しなどあれば発見次第処罰される。出元となる村や町についてもわかるようにしてあるので、注意するように」
「はい、はい、こころえております」
私はそれを、微笑んで見守る。
転売対策はしておかなければならない。
錬金術の品は珍しいので、たとえ自分達の食糧にもなり、いずれ来るかもしれない飢饉を回避する方法だとわかっていても、目先の利益に釣られて売る人が出る可能性があった。
だから村長に管理させる時に、「バレるからな」とくぎを刺しておくことになったのだ。
……本当は売った人を追跡できる魔法なんてかかってないし、あるわけもないのだけど。
ディアーシュ様の警告が終わったところで、私は告げておく。
「この薬を使用するにあたっての注意なのですが、雑草の根があれば一緒に育ってしまいます。草取りの頻度が高くなると思います。あと、薬をやりすぎると逆に枯れてしまいますので気を付けてください」
栄養を与えすぎてもダメになってしまう。
これを知らせておけば、むやみに与えて作物をダメにしたりはしないはず。
村長は何度もうなずいた。
早速、種がまかれはじめた。
騎士や兵士は二手に分かれ、熱鉱石の枠の設置をする組と種まきなどを手伝う組に分かれる。
その後、ゴラールさんが植物成長剤の撒き方を教えた。
「これを一瓶。桶一杯の水に混ぜる。それをじょうろで撒くだけだ」
用意した水桶にガラス瓶に入れた緑の液体を投入。すでに入っていた水に、さっと緑色が拡散していく様子を、種まきを終わった畑の持ち主達が、興味深そうに見ていた。
「じょうろで撒く方法はこうだ!」
ゴラールさんが、じょうろに移した水を畝にかけながら、畑を足早に歩く。
「え、あんなんでいいんかい?」
「ちょっとしかかからないんじゃ……」
ゴラールさんがけっこう素早く移動していくせいか、動揺する村人達。
ゴラールさんが笑った。
「ほんの少しで十分だ。やりすぎると枯れてしまうから、じっくり与える必要はない。さぁやってみてくれ!」
かけすぎると枯れると聞き、怯えた村人達に、ゴラールさんが水やり指導をしていく。
「そうそう。いい調子だ。成長剤以外の通常の水やりは、今まで通りの感覚でやってくれてかまわない。水はあたりの雪を桶に入れて畑の隅にでも置いておけば用意できるはずだ。溶けて水になってくれるから、わざわざ井戸から運ばなくていいぞ」
一通り、種まきを終えた村人達に指導し、一斉に成長剤を撒き始めた村人達の畑から畑へと飛び回り、ゴラールさんが大活躍だ。
「何か手伝えたらいいのに……」
私はそれを、遠くから見るだけ。
「ダメよ。そろそろ家の中に戻った方がいいわ」
アガサさんにうながされた。
「貴族令嬢が畑を飛び回るのは、さすがに勧められないわ。村の人達の前では、それなりの行動をしないと」
「……ですよね」
頭ではわかっている。だからアガサさんに背中を押されて、素直に歩き出したのだけど。後ろ髪を引かれる……。
「リズ殿は、真面目なお嬢さんですな」
一緒に歩き始めたマディラ前伯爵が、小声で言って笑う。
「そうでしょうか?」
正直、知的好奇心から気にしている部分も大きい。
王都では上手くいったけど、寒さが違う場所で、しかも大々的にやった場合にどうなるかを知りたいので。
もちろん失敗したくない気持ちもある。
最初の村で上手くいかなかったら、今後、もっと大きな町や村ではどうなってしまうのかと不安だから。
もし何か修正して間に合う問題があったら、すぐに対応したいし。
「問題が出ないか不安なだけなんです」
「そこを気にするのは、真面目な証拠ですよ。いい加減な者なら、そもそも不安にすらなりませんから」
「暖かい言葉をありがとうございます」
私がお礼を言うと、「なんの、なんの」とマディラ前伯爵は手を横に振る。
「とにかく、食料を倍増させる試みがなされたことだけでも、私は嬉しいのです。多少の失敗なら、あとで挽回する手を考えるなり、私どもでやりくりするなどすればよいことですよ」
そしてマディラ前伯爵は付け加える。
「そこは任せてください。せっかくあなたと縁を得たのですからな」
ありがたい申し出に、答えようとしたら……。
「厚意に感謝する、前伯爵」
なぜか側にいたディアーシュ様が応じた。