早速作業に入りましょう
外へ出た私は、うん、と伸びをした。
それから村を見渡した。
小さな所で試してからということで、それほど大きくない村を選んでもらっている。
ただ畑の大きさは、他の町などに出荷していることもあって、けっこう広い。
なだらかな丘陵地が作るすり鉢の中央に村があり、そこから畑だろう白い雪原が広がっている。その向こうに、ちょんちょんと数戸の家が点在しているようだ。
私達が馬車を止めたのは、村の中央部。
待ち構えていた人達と、ディアーシュ様がさっそく話をしていた。
「我が領地の村を選んでいただき、本当に本当に感謝いたします」
白髪の杖をついた老齢の男性が、ディアーシュ様と握手しながら何度もそう言っていた。深い緑のマントを羽織っていて、紳士的な雰囲気がある。
「あれは前マディラ伯爵ね。リズの親戚ということになった方だわ」
なるほど。でっちあげのジークヴィル子爵家の親戚が、マディラ伯爵家だった。
「そういえば、リズ・ジークヴィルになった私がここまで来たのは、故郷を一目見たいから、でしたね」
親戚になった家の人と顔を合わせるとは聞いていたけど、まさか最初の村で会うことになるとは。
挨拶しなくちゃいけないだろうな。
私はマディラ前伯爵と話をしている、ディアーシュ様に近づいた。
気配に敏感なディアーシュ様は、もちろんすぐに私に気づいてくれた。
「伯爵、こちらがジークヴィル子爵家の娘リズだ」
当然のように紹介するディアーシュ様。マディラ前伯爵はこころえたとばかりにうなずき、微笑んでくれた。
「こうして会えてうれしいですよ、リズ」
再会した親戚を装いながら、マディラ伯爵は挨拶した。
「はい、私も思い切ってここへ来てよかったと思いました。農作物生産のことも含めて、よろしくお願いいたします」
初めましてとは言えないので、会えてうれしかったことなどを話すにとどめる。
「いえいえ、よくこの村まで来てくださいました。あなたのおかげで錬金術が広まったことにより、例年以上に領地の民が温かい冬を過ごせています。それだけでも感謝しておりますよ」
にこにこのマディラ伯爵を交え、私達はこれから行う作業について話す。
「まずは畑がどこからどこまでなのか、印はありますか?」
「先に連絡を受けていた通り、畑の端に旗を立てています」
指さす方を見れば、点々と青に染められた布を巻きつけた棒が雪原に立っている。
「では早速作業に入りましょう」
私が言うと、ディアーシュ様が騎士達に合図をしてくれる。
私達が乗る以外にも、何台もの馬車がいたのだけど、それは荷物を運ぶためのものだ。
中には、ところどころに熱鉱石を組み込んだ鉄の枠がある。畑の大きさに合わせて組み合わせられるように、留める金具もあり、それらを騎士達に運び出してもらった。
そのまま畑の上で組み立て、設置を行う。
まずは二つの区画に枠を設置したのだけど、効果はすぐに現れた。
「あったかい」
畑の持ち主なのだろう男性が、組み立てた枠の側でそうつぶやく。
「父ちゃん、溶けて来てる!」
男性の足にしがみついていた小さな子供が、きらきらした目で畑を見ていた。
子供の言う通り、少しずつ畑の雪のかさが減っていく。
やがて均された原っぱのようだった場所に段差ができ、へこんだ部分の土がじわじわと見えてくる。
「でも吹雪いたらもとに戻るんじゃないの?」
不安そうな表情をしていたのは、その隣で畑を見守る女性だ。ご夫婦なのだろう。
(フフフ、大丈夫)
ゆるくですが風が吹き込みすぎないようにしています。
風に対する障壁の作用も組み込んである。
じゃないと吹雪にさらされて、雪に触れて作物がダメになってしまうから。
公爵邸で一番吹雪いた日も大丈夫だったので、雪解けまであと少しといった今頃なら、十分に雪と寒さを防げるだろう。
一番寒い時期を越えた今、設置と種まきをしてもらうために来たのは、それが理由だ。
すでに説明をしていた騎士によって、畑の持ち主が枠で囲んだ畑の中に入る。
「あれ、風があまりない」
吹き続けている風が、ほとんど遮られていることに気づいたらしい。
種まきやこの錬金術の枠について説明を受けている家族を見守りつつ、私はほっとする。
「王都より寒い地域ですから、どうなることかと思いました……。無事使えそうで良かったです」
さすがに寒さが厳しすぎると、熱鉱石の効果が薄くなる。
熱鉱石の生産量から、鉄と組み合わせることになり、作業量が増してこの時期に実践投入することになったのだけど、かえって良かったみたいだ。
その日は、出来得る限りの畑に設置を行った。
村の人やマディラ伯爵が連れて来ていた私兵達にも教え、畑の半分ほどはなんとかなったと思う。
そのままひと晩。
翌日には、雪原のあちこちに黒々とした畑の姿が沢山見えていた。
「おおお。あんなに寒かったというのに」
マディラ伯爵は、眼前に広がる光景に言葉を失っているようだった。
温石で寒さを感じにくくなっているけど、外はハラハラと雪がちらついているのだ。
よく見れば、熱鉱石を組み込んだ鉄枠と土が露出した畑から、ほんのりと蒸気が発生しているのがわかる。温かくなっている証拠だ。
「土の様子を見て、大丈夫だったら種まきをしていただきましょう」
早速私は畑をチェックしに行った。
うん、ちゃんと土も柔らかい。凍ったりしていないようだ。
「いかがですか?」
持ち主の方が土の状態はよくわかるだろうと、畑の主である男性に尋ねてみる。
貴族令嬢の側は居心地が悪いのか、少し離れていた男性は、土を手で触ったり、少し掘ってみたりしてぱっと表情を輝かせた。