最初の村へ
その後の旅は、順調だった。
「いやはや。真冬だっていうのに、温かいもんだな。温石様と暖石のおかげだ」
この日、一緒の馬車に同乗したゴラールさんが機嫌よく笑った。
「でも気温が下がり過ぎると、効きが悪くなることが証明されていますよ。先日の氷の日前後は、暖石であたためた部屋にいないと、温石だけでは寒さを感じたって聞きました」
苦笑いしつつ私は言う。
実際、外に出たら思った以上に寒くて驚いた。
肌に感じる気温が寒くて、温石のおかげで冬の空気を忘れていたのだ、と思い出させられる気がしたのだ。
考えてみれば、温石を持っていても夏服では寒く感じた。身につけた温石から温かな空気の魔力が発生する、という仕組みなので、夏服では空気の層が保ちにくいせいだろう。
そこから考えると、能力以上の寒さの中では温かさが相殺されてしまい、効果が無くなったように感じるみたい。
「それでこそアインヴェイルの冬だ。あの寒さがないと、育たない薬の材料もある」
「樹氷晶ですか?」
私の問いに、ゴラールさんはうなずいた。
「高熱の薬には欠かせないからなぁ。ついでに採取できればいいんだが」
「それも目的でついてきたんですか?」
「一石二鳥三鳥を狙わなくちゃな」
フフンと自慢げに言うゴラールさん。
そんなゴラールさんがこの『農作物を密かに大量生産しよう作戦』についてきたのは、私の手伝いをしてくれる人が必要だったのもあるけど、弟子の中で最も戦闘力がある人だったからだ。
体格的にそうだとは思っていたけど、自ら魔物とやり合って材料採取をしてきた人だそうで。この計画について知った時も、万が一の場合にも役立つだろうと手を挙げてくれたのだ。
まぁ、それだけのためについていくようなお人よしではない。もちろんゴラールさん自身の利益も見込んでのことだったのだ。
ちなみにニルスさんとアレクさんは、他の弟子達と一緒に植物成長剤を作ってくれている。まだまだ必要なので、追加で私達が整備した箇所へ後日発送してもらう予定だ。
「その樹氷晶とやらを、採取できる時間があればいいですが」
私の隣に座っていたアガサさんが、そうつぶやいた。
今回の人員は、私とゴラールさん、アガサさんの他、ディアーシュ様率いる王国の騎士達がカイを筆頭にざっと三十人ほど。
本当は人海戦術で一気にやりたいところだけど、ラーフェン王国から離れている北の地方は、王都と違って魔力が回復していない。
王都の魔力回復の秘策である精霊の結晶は一つなので、持って来るわけにもいかず、魔力石をありったけと、魔力が元々高い騎士を連れて行くことになったのだ。
間違っても農作物生産のためだと思われないよう、情報漏れを警戒した結果、騎士ばかりの編成になってしまったと聞いている。
やっぱり、情報の口止めをしっかりとしたいのなら、忠誠を誓ったうえで高給取りの人間を使うのが一番だ。
今回の遠出の名目は『北方地域の魔物討伐』だ。
私が『貴族令嬢のリズ』としてついていくのは、自分の領地への道案内と、故郷の魔物を退治してもらうのなら行かねば、ということになった……という理由だ。
そういった筋書きを用意し、王宮で女王陛下とディアーシュ様が一芝居をしつつ、王国の中枢にいる貴族や官吏を納得させたらしい。
おかげで私は、貴族令嬢らしく暗い臙脂色の旅行用ドレスを着ている。髪を染めなくていいのは助かるけれど、動きにくくて窮屈だ。
アガサさんは、そんな私の侍女という名目で同行し、護衛も兼ねてくれている。ありがたい。
「さ、ついたみたいだぜ、お師匠」
馬車がゆっくりと進みを止めた。
王都から二週間。
夏なら一週間の行程を、雪で埋まった道をかき分け、吹雪をやりすごしながらここまで来たのだ。
馬にも温石を身に着けさせているので、寒さで前に進まないという心配もなく、順調な旅路だった。
普通の馬車と違い、雪上用のソリ型の馬車はガタガタと揺れたりしないので、乗り心地はとても良かった。
これからいくつもの村や町をめぐった後は、雪が溶けてくる頃になるはずなので、車輪に変えて普通の馬車の形に戻し、それに乗って王都へ戻ることになっている。
そうして最初の村へ到着した。