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出発時のおかしな注意

 その出発時、私はおかしな注意を受けた。


「王都を出るまで、馬車にカーテンを引いて決して外を見ないようにしてね」


 アガサさんに言われて、馬車のステップを上がった私は首をかしげた。


「何か、王都の状況が良くないんですか?」


 見てはいけない、ということは、王都が酷い状況になっているということで……。

 暖石や温石では解決できないことがあって、行き倒れる人がいるとか、恐ろしいことを考えてしまった。


「そういうわけではないのよ。でも顔を晒さない方がいいと思うの」


 ますますわからない。

 心当たりは一つあったけど。


「聖女がうんぬんというお話は、もう解消されたのでは?」


 実は、二週間前ぐらいに「実は私達が錬金術師です」と私の弟子三人がお披露目みたいなことをしていた。

 ゴラールさん、ニルスさんアレクさんの三人だ。


 彼らは私がもたらした『錬金術の本』を解読し、三人で力を合わせて書かれていたアイテムを作り出しているのだ、ということになっている。

 これで私が表に出る必要はない、とほっとしていたのだけど。


「神殿もしつこいのよ。『錬金術師達に知識をもたらしたリズこそが、神の意を受けた御使いだったのだ』とふれまわっているの。最初の、リズが錬金術師だという話を忘れていない人達の中に、そちらに同調する人がいるみたいで」


「まだあの話、くすぶってるんですね……」


 苦笑いするしかない。


「ここ数日『聖女になってほしいと直談判したい』と、神殿関係者と煽られた一部の王都民が公爵邸の周りに集まっているのよ」


「そこまでしなくても」


 聖女さえ置けば、なんとかなるとでも思っているのだろうか?

 アインヴェイル王国の神殿関係者も、追い詰められておかしくなっているのかもしれない。

 私が話しながら馬車に乗ると、なぜかアガサさんに続いてディアーシュ様まで乗り込んでくる。アガサさんも、これは予定外だったようだ。


「閣下は騎乗される予定では?」


 不思議そうなアガサさん。私もディアーシュ様は自分の愛馬に乗っていくのだとばかり思っていた。

 ディアーシュ様は短く答える。


「念のためだ」


「左様でございますか」


 アガサさんは納得したようにうなずくが、私は全く想像がつかない。

 内心で首をかしげている間にも、私達を乗せた馬車は出発する。

 公爵家の騎士と王家から派遣された騎士達に前後をはさまれ、後ろには運搬用の馬車がいくつも連なるので、かなりの所帯だ。


 馬車が門を出ると、すぐに前方で騒ぎが起こったのがわかる。

 きっと待ち構えていた人達が、馬車を止めようとしているのだ。

 けれど馬車の歩みは止まらない。

 このまま、聖女を擁立したい人達の間をすり抜けていけるのではないかと思ったのだけど。


 ガタン。

 馬車が横に大きく揺れて、止まった。


「え、何?」


 馬車の窓にはカーテンをしているので、外の様子は見えない。けれど、状況から考えて、誰かが横から体当たりしてきたのだろうか。

 轢くわけにもいかないので、馬車は止まるしかなかったのだと思う。

 案の定、すぐ近くで叫ぶ声がした。


「どうぞお願いいたします! 話を、話だけでもお聞きくださいジークヴィル子爵令嬢!」


 やっぱりか、という表情をして、私とディアーシュ様、アガサさんが顔を見合わせた。


「一応、こちらの設定を踏襲してくださるようですね?」


 リズという名前の公爵家にいる少女は、ジークヴィル子爵家の令嬢であるらしいという認識にはなったようだ。


「どこからかやってきた錬金術師の娘、という認識ではなくなって良かったです。平民相手なら、どんな方法をとるかわかりませんから」


 拉致しても、平民の少女なら公爵家も抗議しにくい。

 雇っているのだと主張したところで、神殿に対して粗相があったのでと言われてしまえば、無理やり連れだすわけにもいかなくなるからだ。

 その点、貴族令嬢としてあちらが認識しているなら、無理やり拉致をすることはないけれど。


「どちらにせよ、子供ならば言いくるめるのも簡単だ、と思っているようだ。哀れっぽく訴えるとか、威圧するなど、子供を黙らせて意に従わせる方法はいくらでもあるからな」


 話を聞いていたら、急に「ドン!」と扉に何かがぶつかる音がした。

 思わず体をすくませた。でも、ディアーシュ様が肩に手を置いたので、少し落ち着く。大丈夫、私は守ってもらえている。


「ひどい!」


「横暴だ!」


 抗議の声が聞こえて来た。

 被害者だと訴えることで馬車の周りを守っている人達をうろたえさせて、そのすきに押しのけようとしているんだと思う。

 普通の令嬢……しかも両親を失って傷心の中、心が弱っている状態だったら、驚きと恐怖とで混乱して、非難の声に逆らえなくなっていたかもしれない。


 私は静かに深呼吸して自分を落ち着かせる。

 なにより、最高の保護者が隣にいるのだ。


 だからもう一度、馬車が揺れるほどに強く扉が叩かれた時も、うろたえずにいられた。

 そんな私の上に、ふわっと黒い布が被せられる。

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