私も子供じゃないんですけど……
「とすると、生産計画もちょっと厳しいですね。輸入が本当に頼りになってしまいます」
もちろん、来年も隣国は魔物の討伐が必要になるし、アインヴェイル王国から流炎石を買ってくれることだろう。
だけど……。
一回だけならまだ、アリアが機嫌を損ねても、言い訳のしようがある。でも二度目は、そうもいかない。同じように輸入に応じてくれない可能性は大きい。
ディアーシュ様がアリアの力をどうにかすると言っていたものの、まだ実行できるのかわからないものを、計算に入れて考えるのは甘すぎる。
(できない前提で考えないと。天秤にかかってるのは、アインヴェイル王国の国民全部なんだから)
とはいえ、確実に輸入できるようにするしか、対応策がない。
「いっそ、王国をぜんぶ布で覆って、暖石を沢山作って温めてしまいたい……」
でも暖石は屋根と壁で囲んだ場所じゃなければ効果がないのだ。布で囲むにしても、膨大な量の布が必要だし、屋根を作ったら陽の光が入らない。
万策尽きたかと思った時だった。
「お? いい案がある。この熱鉱石そのものを細長い棒状にするのだ」
思いついたらしいレド様の意見に、私は目を見張る。
「細長い鉄の棒みたいにして、畑を囲むんですか?」
「こう、枠を二つ作って、四つの柱の両端に二つの枠を結び付けたらどうだ? 少し高さがある場所にも、熱は伝わる。風が吹いても、外枠に触れた風は草を枯らすほどの冷たさにはならないだろう。作るのも、撒く量に少し足す程度で済むだろうし、粉にするのと違って持ちもいいはずだ」
「早速試してみます!」
うんうんとうなずいたレド様は、私に手を振って言った。
「それではな、我は戻るからな」
「はい。今日もありがとうございました」
私はレド様が煙になって瓶に吸い込まれるのを見送った。
きちんと蓋をして、大きく伸びをする。横目で確認した時計は、もう夜中の一時を指していた。
「今日も遅い時間になっちゃたな。でもこれで、方針は決まったし。明日からがんばらないと」
あくびをしながら、ベッドへ向かう。
すると、ノックの音がした。
「ん?」
廊下へ出る扉を振り返る。近くへ寄ってみても、特に人の気配はしない。
そしてもう一度ノックの音が。
この扉じゃない!
「え、まさか」
私は寝室の方を見る。そちらへ移動し、ディアーシュ様の部屋へと通じる扉に近づいたとたん、もう一度はっきりとノックの音が聞こえた。
ここで間違いないみたいだけど。
「な、何の用だろう」
妙にドキドキする。
きっと夜遅くまで起きていたから、ディアーシュ様が気にして訪ねてきただろうに。
普通に使う扉じゃないからかな?
廊下から来ないのは、手っ取り早かったから、ってだけだと思う。
「は、はい。どうしましたか?」
声をかけると、すぐさま扉が開いた。
現れたディアーシュ様は、あきらかに寝支度を終えた服装だった。生成り色のゆったりとした裾長の上着に、灰色のガウンを羽織っている。
いつもの赤と黒ばかりの服装と違って、ものすごく私的な時間をのぞき見してしまった気がした。
「話し声がしたからだ。あまり詮索はしたくないが、こんな夜中に誰かといたのか?」
「―――!!」
妙な気恥ずかしさは吹き飛んだ。
マズイ。
レド様との会話が漏れ聞こえていたらしい。
考えてみれば、今まで誰かと近い部屋にいなかったから、廊下を通りがかる人がいない時間にこそこそ話していても気づかれなかっただけなんだ。
(どどどどど、どうしよう!)
さすがに魔王と会話してたなんて言えない! 秘薬の話だって、レド様のことは省いたのに!
錬金術について教わってたなんていうのも言えないし。
「あの、すみません、大きな独り言で……」
「独り言?」
ディアーシュ様が首をかしげる。ああ、きっと信じてないんだろうな。
おかしいってすぐわかる嘘だけど、でも、それしかない。
「つい熱中すると、一人で会話しちゃう癖があって」
「特殊な癖だな」
ズバッと言われて背筋が凍る。
(どうしよう。これいじょう追及されたら、言い訳のしようがない)
なんとか押し切ろうと決意した私だったが……。
「とにかくもう遅い。子供は睡眠が大事だ」
ディアーシュ様はひょいと私の脇を掴んで持ち上げて、ベッドの上に私を置いた。
その時にわかったんだけど、ディアーシュ様、めずらしく眠そうだ。
「あの、ディアーシュ様も眠そうですね。起こしてしまったのなら、ごめんなさい」
うるさくしすぎたのかもしれない。今度からは、もうちょっと静かにしなければ。
「大人だからな、大丈夫だ」
ディアーシュ様の返事は淡々としたものだったが、ちょっとだけ私はモヤっとする。
「私も子供じゃないんですけど……」
ディアーシュ様よりも年下だけど、子供と言われるような年齢ではない。
それをわかっているはずなのに、子ども扱いをされるとは思わなかったのだ。いっそ普通に叱ってくれた方がいい。
私の不満を感じたのか、ディアーシュ様は困った表情になる。
「お前を大人扱いするのなら、苦情を言うために寝室をノックできないだろう」
「それとこれは別ですよ。ディアーシュ様の邪魔をしてしまったのは確かですし、苦情は言ってくださってかまわないと思います。ただ、早く寝ろと指示してくださればいいのに、ディアーシュ様自身が私を寝付かせようとしなくても」
ベッドに座った私に言われ、側に膝をついて視線を合わせていたディアーシュ様は、しばらく黙り込んでしまった。
何か、悪いことを言ってしまっただろうか?
私もつい黙って返事を待つ。
「……ではどうすれば?」
問われて、答えに困ってしまう。するとディアーシュ様が続けて言った。
「お前を子ども扱いしないでいると……。他の者の前でも、大人として対応しすぎてしまう」