幕間~ディアーシュ
その日も、私は王宮へ伺候していた。
これからの行動について詰めるためにも、何度も王宮で打ち合わせをする必要があったからだ。
王宮の中を見回す。
どうしてか、少し前とは雰囲気が変わったなと思う。
装飾が変わったわけでもない。
行き交う人間の質が変わったわけでもないし、神殿に親族が多い宮廷貴族などは、物陰からこちらに鋭い目を向けてくるのでうっとうしい。
だけど温かみを感じる。
ほんのりと、白壁まで春の色が添えられているように。
「暖かいからか」
人が行き交う場所は、暖石を使って空間が温められるのだ。
三階に行くと、そこは女王一家の私的な空間だ。
私がやってきたのは、その女王の私室の一つだ。
部屋の前にいた衛兵に来訪を報告させ、中に入る。
「よう来た、ディアーシュ」
微笑んで迎え入れる女王は、大きなソファにゆったりともたれて、私を待っていた。
「お待たせいたしました、伯母上」
「呼びつけているのはこちらだ。近いとはいえ移動は面倒だろう……お茶を」
部屋に控えていたメイドが、お茶を用意してテーブルに置くと、静かに退室した。
「西のツォルン王国から、連絡が来た。鳥と早馬を使って、早々に打診していて良かったよ。あちらも喉から手が出るほど欲しいらしくてな、品を確認したいし、輸出についても検討したいというから、試作品を持たせた使者を昨日派遣した」
「ずいぶん素早い対応ですね」
女王陛下の方もだが、西のツォルン王国も急いでこちらに返信しただろうことがわかる。
「こちらの予想以上に、魔物との戦いが厄介なのだろう。調べてみれば、西の国では流炎石はこちらの五倍の値がついていた。王家以外にも欲して、手に入れようとする貴族や商人が多いのだろうな」
そこで女王陛下が息をつく。
「本当に、リズには助けられた。国を救われたと言っても過言ではない。あれほどの博愛精神を持ち合わせた人間が、精霊に愛されて聖女になっていればな、と思ってしまう」
「…………」
元はラーフェンで儀式における聖女の役をしていたというリズ。しかしラーフェンでは錬金術の力が認められず、そのせいで良さを発揮することができなかった。
結果、彼女はアインヴェイル王国へ来てくれたわけだが。
「聖女になれば、あの神殿と関わりができてしまいます。リズも嫌がっていますから」
「もちろん、神殿と関わらせる気はないよ。いずれ神殿は、弱みをついてうちの身内に支配させ改変させるつもりだが、それを恩人にさせるつもりはない。我が国の不始末だからな」
女王陛下は、今の神殿上層部を潰すつもりらしい。
一連のことへの怒りはまだ収まらないのだろう。
早々に罪を償わせたかったのだろうが、精霊がいなくなったことへの対処で手いっぱいで、手を付けられなかっただけだ。
「ただ、神殿を意のままにできるようになったところでな……。それに、年月が経つほどにリズが錬金術をもたらしたことは隠せなくなるし、隠し続けるのも彼女に失礼だろう。さもなければリズは、錬金術師の周囲に関わっているよくわからない娘とか、本が家にあっただけで優遇されているなど、不名誉な後ろ指を指されることになる」
アインヴェイル王国の錬金術師にとっての師匠は、リズだ。
彼女はあまり称賛されることにこだわりはないが、弟子やその孫弟子と人が増えて行くにつれて、彼女のことを見下す人間だって現れる。
真実を隠しているせいで。
「見下す者が増えれば、リズの身も脅かされる。その時にディアーシュ達が矢面に立ったとしても、そなたを惑わした悪女とののしられる可能性すらある。リズの立場を盤石にするには、彼女の価値を公にするしかない。しかしそのせいで、第二・第三の神殿のような組織や人間は出て来るのは想像できた。確実に保護し、全てを退けられる人間が必要だろう」
「そのために、王子殿下との結婚の話をされたのですか?」
「ああ。タダで生産させたい者や、リズに言うことを聞かせようと考える人間が、強硬手段をとった時に考えられる。もしどこからか秘密が漏れたなら、たとえ幼いうちであっても何をされるか」
おぞましい話だが、あり得ることだった。
「だから、早々に婚約だけでもすることが必要だと思っているのだ。縁続きになれば、もっと直接的に守れるからな。そのために提案した王子との結婚だったが、王子ではなくとも、リズにはいずれ、誰か王族と結婚してもらわなければな……」
女王陛下がつぶやく。
――いずれは、誰かと。
その言葉にふっと想像したのは、大人の姿になったリズが、誰かに寄り添うものだった。
比較的年回りが近いのは、他の公爵家の子息達。
リズの隣に彼らの顔があることを想像すると……なぜかむかついた。
なぜおまえたちが、という気持ちになるのは、子供の姿のリズを保護したせいなのか。でも王子と結婚の話にも、否定的な気持ちはあったのだ。
私はそこで、自分の顔を手で覆いそうになった。
(何を考えているんだ、私は)
誰に恋をしようとリズの勝手ではないか。あれこれと父親のように、誰だからいいとか、誰だからダメだとか思う方がおかしいのだ。
(気にするべきは、相手の背景と性格だ。リズを一生守っていけるのかどうか)
秘密を明かしても、きちんと守り続けること。これが王家から打診された政略でも、リズを決して裏切らずにいること。
(そうでなければ、この国は恩人を失うことになる)
考え込んでしまう私に、女王陛下が告げる。
「お前はどうなのだ?」
顔を上げると、神妙な表情で私を見ていた。
「リズを守るために結婚する相手は、お前ではだめなのか?」
「私は……」
返事を一瞬ためらった。
「私は、精霊のことにカタをつけなければなりません」
自分は盾になってやれない。
どうあっても、一生守り続けることなど不可能なのだ。
女王陛下は私をじっと見つめた。心を見透かされたような感覚に陥るが、見透かされて困ることはないはずだ。
しばらくして女王陛下は言った。
「お前は優しい子だね」
その言葉の意味は、わかっている。
責任がとれないから辞退したと、わかっているのだ。拾ったのは私なのだから、その責任も負うべきなのに。