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どうか騙されてください

 どうか騙されてほしい。

 育った家も、生活していた場も、罪人にされて名誉も何もかも奪われても、私はまだ死にたくない。 

 だけど――と、急に気が滅入って来た。


(私、どうあっても人生が上手くいかない人間なのかな)


 私の人生は、母が亡くなってからは平穏から遠ざかった。

 私のことを嫌いな継母がやってきて、父の見ていないところで何度も嫌味を言われてきた。

 父も亡くなってからは、継母がますます私をないがしろにして、普通の令嬢らしく生きることもできず。


 だから私は社交会にも出たことがない。お前には必要ないと言われて。

 ドレスは作ってもらえなくなった。

 器量もさしてよくない娘が着飾っても無駄だと言われ、召使いのように掃除を押し付けられた。


 どうせ掃除や洗濯ばかりさせられるのなら、全くの他人と暮らした方がましだと思っても、修道院行きでさえできない。

 修道院へ入るためには寄付金が必要だ。

 そのお金がもったいないから家で召使いのように暮らせばいいとか、ひどいことを言っていたのを知っている。


 だから家を出たかったけど、私は魔法もあまり上手く使えない。

 コップに水をためるとか、薪に火をつける程度の魔法しか使えない私に何ができるか考えて……。近所に住んでいた錬金術師だったというお婆さんから、手ほどきと知識を教えてもらった。


 平民には、私程度の魔法しか使えない人が沢山いる。

 だから王都から離れて、どこかの都市にでも行けば、錬金術師でも食べて行けるのではないか。

 少しずつ品物を作って売ったりして、資金を稼いで……もう少しで目標金額になるから、家からこっそり逃げ出そうと思っていたのに。


 アリアが駆け落ちして、それもダメになった。

 駆け落ちしたアリアの代理を用意しなくては、家の名誉にかかわると慌てた継母が、早々に「代わりにシェリーズを連れて行ってください」と言ってしまったからだ。


 でも聖女になるなら、家を出られるからと我慢した。

 結婚なんてできなくなってもいい。そう思うくらいに、家を出たかったから。


 なのに追放されて、殺されそうになるなんて。


 ――せめて生きていたい。

 でも奴隷とか、犯罪者として牢に入れられるのは嫌だ。

 

 あきらめが悪すぎるかもしれないけど。


(お願いだから、私の嘘を信じて……!)


 心の中で一心に願っていると、公爵様が言った。


「……子供を放り出すわけにもいかないか。しかもラーフェンの神殿の情報が少しでも入るのは利点だろう」


 そして決定を下す。


「公爵家で引き取る。アガサ、明日の帰還の際にその娘を同行させる。その後の処遇に関しては、お前に預けることにする」


 聞いた瞬間、目の前がぱっと明るくなった気がした。

 私を引き取ってくれると言った!

 あの冷酷だと噂の公爵様が! だ。


 それだけですごい奇跡が起ったように感じた。

 しかも優しいアガサさんが、私の身柄を預かる……一緒に公爵家で働け、ということだ。


(私、人生の幸運の全てを使い切ったのではないかしら)


 夢をみているみたいだ。

 アガサさんにうながされて立ち上がろうとしたら、ふらついた。

 緊張しつづけて、気疲れしていたのか。もしかしたらこれは白昼夢で、ふわっとしたこの感覚は目覚めが近いからかな?


 なんてのんきなことを考えていたら、どんどん体が傾いていく。

 ぼんやり天井を見て、机の角にだけは頭を打ちたくないなと思っていたら……倒れた私を、誰かが受け止めてくれた。


「ありがとうござ……」


「気をつけろ」


 なんと、間近で私の顔を覗き込んでいたのは、公爵様その人だった。

 公爵様は顔色も変えず、ひょいと私をその場に立たせる。

 すごい腕力だ。12歳だってそこそこ重いのに、幼児みたいに軽々と私を移動させてしまった。


「軽いな。本当にこの娘は食事をしたのか? アガサ」


「もちろんでございます、閣下。もともとこのお嬢さんは細すぎるのではないでしょうか」


「神殿は、食事もろくに与えないのか?」


 公爵様の質問が、私に向けられた。


「え、あの。ここに来るまでの間に牢にいたりして、あまり食事ができなかったせいだと……」


 答えたとたん、公爵様の形の良い眉がぴくりとひきつるように動いた。

 でも表情が変わらない。え、まさかこの人、表情筋は眉毛しか動かせないタイプ?


「子供を牢屋行きっすか、あの聖女は……」


「あとでお菓子を食べましょうね。王都までも数日かかりますもの。少し栄養をとっておかないと」


 騎士のカイが渋い表情をして、アガサさんに手を引かれる。


「ありがとう、ございます」


 お菓子は嬉しい。確かに食べなさすぎだったなと思ったから。

 思わず表情がゆるむと、アガサさんがほっとしたようにほほえんだ。

 そして公爵様は――。


「体重が軽すぎる。倍ぐらいは必要だろう。まずは食べろ」


「は、はい……?」


 冷酷公爵様から下された命令は、太ることでした。

 でも体重が倍になるのは勘弁してください。それだとさすがにまん丸になるし、腕のお肉が邪魔になって、錬金術も上手く調合できなくなりそうなので!

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