女王陛下お戯れが過ぎます!
2022年8月10日「薬で幼くなったおかげで冷酷公爵様に拾われました―捨てられ聖女は錬金術師に戻ります―」2巻目発売になります! 連載の方もなるべく急いで続きアップします!
「あ、はい!」
私はドレスのポケットに入れて来た、天鵞絨の小袋を出した。
小袋の中には、赤黒い結晶体が入っている。
「これが『流炎石』です。ツォルン王国との輸入の際に使うのに、これが最適だと思われます」
「美しいの。我が国がよく使う色そのものではないか」
ディアーシュ様の公爵家もそうだが、基本的にアインヴェイル王国は赤と黒を多用する。
(寒い地方だから、火山の色を選んだのかな)
視覚的に暖かそうな物を求めたり、火山によって得られる炎の恵みがあるようにと願ってのことかもしれない。
「これで、ツォルン王国の湖に出る、水棲の魔物が倒せると?」
「はい。炎の魔法では周囲の木々や農地に影響が出ますが、これなら魔物に当たりさえすれば、魔物だけに影響が出ます。弱い個体はこれだけで倒せますので、ツォルンはこの石を定期的に買い求めていますが、値段が高いので、少数しか用意できずにいるようです」
そしてツォルンは、毎年、魔物の被害のせいで多少なりと畑に損害を被っていのだとか。
被害があっても、農業国らしいだけの生産力を誇っているのだからすごいが。
「これで魔物退治が楽にできるとなれば、いつもより多く生産できた分を輸入することも可能であろうな」
女王陛下も納得してくれる。
「余剰分となれば、あちらも輸出するのにやぶさかではないでしょう。自国は足りているわけですし、その余剰分で来年の魔物を討伐が楽になるアイテムが手に入るわけですから」
「実に素晴らしいな」
女王陛下は微笑んだ。
「錬金術師というのはすごいな。流炎石は火山地帯で少数入手できる物でしかないと思っていた。それを作り出せるとは……」
「材料が色々必要になってしまうので、ディアーシュ様のお力添えがなければ、とても作れるものではありませんでした」
ついそう言って首を横に振ってしまう。
ディアーシュ様が「またか」と言いたそうな表情になった。
「謙遜しすぎだろう。材料は時間をかければ揃えられる物だ」
「そんなに普遍的な材料から、この多大な効果がある石を作れるのか?」
「私だけでは揃えるのに時間がかかったと思います。お金もかかります」
なにせ宝石が必要になる。原石でいいので、装飾品にするほどの透明度とかは必要ないんだけど、そこそこの値段がする。
「そこは気にしなくて良いぞ。公爵家や王家が背後についている利点を使わずにいてはもったいないだろう?」
合理的に考えろと女王陛下は笑った。
「しかし賢い子供よ。私の息子と同じくらいだというのに。もしよければ、息子の嫁に来ないか?」
「え!?」
待ってください。
女王陛下のご子息なら王子でしょう。しかもお子様は一人と聞いていたので、次期国王だ。
その嫁に、平民私を勧誘するって正気でしょうか。
「私が錯乱したとでも思ったか? そんなことはないぞ。そなたを息子の花嫁にするならば、大々的にそなたの功績を広く喧伝するからな。そうしたら遜色あるまい。どんなに身分の高い貴族令嬢でも成しとげられないことをし、王国のどの貴族もそなたの創り出したアイテムの恩恵を受けたのだ。誰も反対できまい」
いやそうですけど!
私は白目になりそうだった。
だからって平民を王妃にするなんて、とんでもない!
「貴族制度の根幹がゆらぎます……」
絞り出したのはそんな言葉だった。
貴族と平民は、現然とした扱いの違いがある。法律にしても、貴族が全てにおいて優遇される。
支配者と被支配者の差。
この格差の大元は、魔力の大きさだ。
貴族と平民が違う存在だという意識が育ったのは、安易な婚姻によって魔力が減る子孫ばかりになって、国が魔物に滅ぼされたりしないようにするため。
やはり魔力が少ない人との間の子孫は、魔力が減ってしまうから。
王子ともなれば、その子孫の魔力が少なくなるのは困るはずだ。ゆくゆくは「平民と変わらないじゃないか」と周囲から不満をもたれて、王朝の交代や平民の反乱を招くことになる。
なにせ魔力で守るという大義名分と有利な点があるからこそ、平民はその格差を飲み込んでいるのだから。
すると女王陛下が大笑いした。
「あははは! 面白いな。まさか社会制度のことを気にするとは思わなかった。しかも、我が国のことをそんなにも心配してくれるなど、本当に稀有な子供よ。こういう者こそ未来の王妃にふさわしいかもしれない。なぁ、ディアーシュ?」
話しかけられたディアーシュ様は……渋い表情をしていた。
「結婚はおすすめしません。翻意をお願いいたします」
ディアーシュ様は女王陛下に反論した。
「国を救った直後はまだしも、いずれその記憶が遠くなっていけば、出身を取りざたする者が出てきます。その時にリズが周囲に理不尽な対応をされても、責任がとれません」
その理由は、私を気遣ってのことだった。
私が傷つかないように……と、思ってくれている。
私自身も、王子様と結婚なんて想像もしていないし、遠慮したいと思っていたけれど、ディアーシュ様がこんな風に反対してくれるとは思わなかった。
せいぜい、平民が王妃では納得しない貴族がいるだろうとか、そんな話になるかと思ったのに。