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女王陛下と建前と

「お呼びにより参上しました。こちらがジークヴィル子爵家のリズ殿です」


 ディアーシュ様が丁寧な言葉で私を紹介する。


「ご紹介に預かりました、リズ・ジークヴィルでございます。女王陛下に謁見が叶い、光栄でございます」


 その場で、左足を一歩後ろに引いて身を低くし、一礼した。

 ラーフェン王国よりも、より深く身をかがめる作法は、厳しい環境で生きるアインヴェイル王国の人々の中には、体を壊す人が多く、場合によっては床に一度ひざをつけてもかまわないようにするためだ。


 中腰の微妙な体勢のまま十秒ほど耐えるラーフェン方式よりは楽だった。

 女王陛下は満足そうにうなずいた。


「事情は聞いておる。親族を魔物の襲撃で奪われたこと、その心痛は深かったであろう。なれど、そなただけでも無事であったことを嬉しく思う。クラージュ公爵邸での生活はどうだ? 王宮では気づまりだろうと、公爵邸で暮らすよう勧めたわけだが……」


「ありがたいご配慮でございました。公爵閣下も何かと気遣ってくださますし、家を支える人々も優しくしてくださっており、何の支障もなく過ごさせていただいており……」


 そこで私は「うっ」と小さくうめいて、手で顔を覆った。肩も小さく震えさせる。

 女王陛下の近くにいる六人に、私が泣いていると勘違いさせるためだ。

 信じてくれたなら、ほんの少しでも故郷や家族のことを思い出すだけで泣いてしまうような状態だと考えるはず。


(そうなればしめたもの。桜色の髪のリズは引きこもっていてもおかしくない、と思われるようになる。活発な茶髪のリズは別人として、印象づけられるから)


 さらにもう一つ、こんな芝居をした理由がある。

 女王陛下が、労わるような表情で私に近づき、抱きしめてくれる。


「可愛そうに。まだ王宮に来て、色々と話をするのは辛いだろう。公爵邸でゆっくりおすごしなさい。ただでさえ、そなたがもたらしてくれた錬金術の本によって、沢山の人が救われたのだ。王家はその恩を返すためにも、そなたを一生涯守るであろう」


 女王陛下の言葉に、はっと息をのむ音が複数聞こえた。


 この人達の中には、神殿に近しい人もいるはずだ。

 彼らに、『リズは錬金術師ではない』と印象付ける必要があって、こんな小芝居をしたのだ。

 女王陛下の発案通りにそんな印象を受けた人物は、神殿関係者にもそのまま伝えるはずだ。


 ――桜色の髪の少女は、家にあった書物を持って来ただけらしい。

 家族のことを思い出すだけですぐ泣いてしまうようでは、とても自ら錬金術を研究して、魔力石を作り出せるようには思えない。


 さらに追加して、ディアーシュ様が情報を与える。


「薬師ギルドの者達が解読して、作れるようになったのも幸運でした」


 おお、と声があがる。

 小さな女の子が作るよりも納得できる話だろう。


 同時に、これで薬師ギルド出身の私の弟子達がアインヴェイル王国の最初の錬金術師、ということになったはずだ。

 めでたしめでたし。


(弟子達は人数が多いから、聖女みたいに祭り上げるのもむずかしい。薬師ギルドに所属している人も多いせいで、神殿側も手を出しにくいはず)


 私が小さな女の子で、一人きりという希少さがあるからこそ、連れ去って言うことを聞かせようという発想になるのだ。だから、人数を増やし、薬師ギルド長だったゴラールさんをも巻き込んだ。


「さ、一度お茶でも飲んで落ち着いた方がいい。大人達が雁首を揃えているのも圧迫感があってよくないな。私と公爵と令嬢の三人だけにしてもらおう」


 女王陛下がすみやかに他の貴族達を退出させ、この計画は無事終了した。

 とても広い女王陛下の執務室の中、本棚で埋められていない場所に絵画が飾られ、ソファやテーブルが置かれている。

 私達はそこに着席した。

 お茶とお菓子が運ばれ、侍従達も退出して三人になったところで、女王陛下がニヤリと笑う。


「なかなか演技の上手な子供よの。見事であったぞ、リズよ」


 ほめられて、私は恐縮しながら頭を下げた。


「光栄でございます。ただの泣き真似でございましたので……」


 必要なことは全て女王陛下とディアーシュ様が言ってくれた。私は『大人しい子』と印象付けるために、泣き真似をしていただけだ。


「見知らぬ人間に囲まれて、言葉だけで打ち合わせをしたことが実行できれば御の字であろう。錬金術はかなり知識を要求される技術だそうだし、ディアーシュとの交渉の様子も聞いて賢いだろうと思ってはいたが、度胸もあるようだ」


 べた褒めされて、私は身の置き所がなくなる。


(子供だと思っているからの意見ですよね? 騙してて本当にごめんなさい!)


 女王陛下だって、私が十七歳を過ぎている元聖女役と知ったら、「これぐらいはできて当然か」とおっしゃったはずだ。


「精霊の討伐についてくるぐらいですから、度胸は折り紙付きでしょう」


 ディアーシュ様の言葉に、女王陛下は「なるほどな」とうなずいた。


「とにかく一度そなたには会っておきたかった。我が国と我が国の民を救ってくれて感謝する」


 女王陛下が座ったままとはいえ、私に一礼してみせた。


「あ、え、そんな女王陛下が! 申し訳ないです」


 国王は国の頂上にいる人だ。

 身分格差が厳然としてある世界なので、国王が頭を下げるのは神のみ、と言われているし、そうでなければ権威が示せないだろう。

 たとえそれが人間的に好ましくても、ぺこぺこしている国王を見ているうちに、悪い人は国王を見下すようになる。それは国をもあなどる態度になっていくだろう。

 慌てる私に、ディアーシュ様が落ち着くように言う。


「私的な場だ。メイドすらいない。ここだけなので気にするな」


「それはそうですが……」


「よいよい。リズよ、そう重く感じることはない。私のしたことは白昼夢のようなもの。そなたは慌てるが、外で話して回ることもできまい?」


 女王陛下に頭を下げられたなどと言って回っていたら、さすがに方々から非難されるだろう。

 そんなことをしたら、自分の立場を危うくなるのはわかるだろう? と言いたいのだと思う。


「それは、もちろんです」


「であろう? この茶を飲んで談笑する間のことは、全て夢や幻だ。さて、そなたから肝心の『アレ』の説明も聞かせてもらいたいのだが?」

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