王宮へ
翌日、さっそく王宮へ向かった。
行くのは私とディアーシュ様、アガサさんは侍女代わりとして付き添ってくれている。
どこで誰が見ているかわからないので、公爵邸で黒塗りの馬車に乗る時から、しっかりと貴族令嬢らしい立ち居振る舞いをし、事情を知っているメイドさんや従僕さん達に丁寧に見送られて出発した。
「なかなか堂に入っていますね、リズ」
上手にできたわ、とアガサさんが優しく微笑んでくれる。私は心の中で(ごめんなさい!)と思いながら、笑って誤魔化した。
「聖女様のおふるまいを側で見てましたので、あはは」
「見ていただけにしては、完璧だわ。ラーフェン王国との作法の差もそれほどなかったし、王宮でも大丈夫でしょう」
「あ、ありがとうございます」
そんな会話をしていると、だんだん心の痛みが強くなる。
アガサさんに打ち明けられないのは、私がいくじなしだからだ。
……ちょっとだけ、ディアーシュ様が上手く話してくれていないかな、なんて期待してしまったけど。元は我が身から出た錆。人任せではいけない。
いけないんだけど。
(まだちょっと、勇気が……)
もう、公爵家の人達が『ラーフェン王国の人間だから』という理由で私を憎んだりしないのはわかっている。
今まで私がやってきたことへの評価も、変わらないだろう。驚いても、ちゃんと丁寧に説明できれば受け入れてもらえると思う。
だけど怖くなってしまうのは、やっぱりラーフェンでの経験のせいなんだろう。
仲良くしていたと思ったのに、私が罪人にされた時にも「何かの間違いでは?」と疑問を口にしてくれた人はいなかった。
巻き込まれるのが怖いから、じゃないと思う。誰も私のことを心配してくれる目すら向けてくれなかった。
ただ厄介者を見る視線だけが突き刺さったあの日。サリアン殿下がいなければ、私は絶望して、人間不信がひどい状態になっていたに違いない。
拾ってくれた公爵家の人達やディアーシュ様のことも、もっと長く疑ってかかっていたに違いないって、想像できる。
(何かきっかけがあったら、踏み出せそうなのに)
そんなことを考えているうちに、王宮へと到着した。
公爵邸から王宮まではけっこう近い。ただ公爵邸が庭や離れなどがあるくらいに広くて、近隣の館というのも大きく、それをぐるっと迂回していくから多少の時間がかかっただけだ。
そして、すごく広いわけではないらしい。
冬の寒さが厳しく雪の積もる土地なので、あまり広いと管理しきれないからだとのこと。
積もった雪を利用して、城壁を乗り越えられたり、雪に隠れられては困るものね。
だから庭を高い城壁で囲んだ中に、王宮と離宮が二つ三つあるだけで、他国よりはこじんまりしているのだそうだ。
門をくぐった後に王宮のエントランスへ到着するまで、ラーフェンよりもずっと早く着いた感じがしたのは、そのせいだ。
それでも、灰色の王宮は十分に大きく見えた。公爵家の三倍か四倍はありそうな荘厳な雰囲気の王宮だ。
馬車を降りた後は、迎えに来ていた侍従が案内してくれる。
「ようこそおいでくださいました、公爵閣下。そちらがリズ・ジークヴィル様でございますね」
「はい。お出迎えありがとうございます」
ディアーシュ様に挨拶した侍従が、私の方を向いたので、丁寧に一礼してみせる。
私の、貴族令嬢としての名前は『リズ・ジークヴィル』となった。
ちょうどジークヴィル地方に貴族の領地があり、そこは北の山脈に接した辺境地のため、そこの領地の人はほとんど王都へ来ないらしい。
また、しばらく前にジークヴィル子爵家は後継がいなくなり、血縁のある隣のマディラ伯爵家が領有することになったのだとか。
説明してくれたアガサさんによると『マディラ伯爵の了解はとってある』らしい。
王宮の広い廊下をしばらく進んだところで、階段を上る。
そこで、アガサさんとは一時お別れだ。
「ここから先は、お付きの方は控えの間にいらしてください」
侍従に言われて、アガサさんは一礼して、さらに先へ進む私たちを見送ってくれた。
王宮の二階は、執務室や会議室などがあるのだという。
そもそもこの国には、魔法と薪の暖炉しか暖をとれるものがなかった。魔法を暖房のため常に使い続けるのは効率が悪いので、一階から暖気が上がって少し暖かい二階にそういった部屋を集中させているらしい。
重要な部屋が多いからか、廊下には等間隔で衛兵が立っていた。
その間を通り抜け、木や蔦が深く彫刻された白木の扉の前に立った。
侍従さんが中に合図し、扉が開かれる。
ディアーシュ様に続くように中へ入ると、そこにいた女性に目が引きつけられた。
波打つ黒髪に琥珀色の瞳の女性は、優美な衣装を身につけていた。その衣装と同様に、美麗でありながら強さと厳しさを感じる面立ちが、ディアーシュ様に似ていると感じた。
「よう来た、ディアーシュ、そしてリズ」
微笑みは慈母のようで。一方で私を見定めようとする感覚に襲われる。
私は(ああ、この人は女王なのだ)と深く感じた。