今後の細かな打ち合わせは大事です
「あります」
「そんなに神殿が、錬金術師に執着しているんですね」
おおよそニルスは察したようだ。そもそも引っ越しの時に、神殿が私を担ぎ上げる動きがあると知らせているので。
「王都の外にまで私が出没しそうなところに人をやっていたんです。髪を染めていても特定してきますが、これはまぁ、別人であるという実績作りをしているだけなので」
「実績とは?」
近くで木の実を乳鉢で潰していたアレクが反応する。調合時に邪魔にならないよう袖をまくっているところからしても、なかなか几帳面な人だ。
最初はやむなく錬金術を覚えることにした、という感じだったのに、今では嬉々として魔力図を描いたりしている。
「二重生活をすることになりまして。領地が潰れて公爵家に保護された貴族令嬢……というのが元の髪色の私。そしてメイド服姿の茶色の髪にした場合は、アガサさんの親族のリズ、という感じで分けるんです」
「そういえば、魔力石なんかを広めた錬金術師は、師匠以外の人に役割を頼むと言われていたんですが……。誤魔化すにしても、師匠は顔を見てる人が多いですし、それで大丈夫なんですかね?」
アレクの疑問に、私は苦笑いする。
「そのための貴族令嬢、なんですよ『小さな女の子が錬金術師だ』というのを、『錬金術の本が家にあった貴族令嬢の子』にするらしくて」
貴族の家になら、様々な本があってもおかしくはない。そして高価だ。逃げて来る時に財産の一つとして本を持ち出すのも不自然ではなかった。
アレクは納得してくれた。
「うやむやにするんですね。そして公爵家には別に錬金術師がいた、みたいに」
「では代わりの錬金術師は? 私達がやるんでしょうか」
首を傾げたニルスに、アレクが笑う。
「わかりましたよ、師匠。その本を薬師達に解読させて、彼らが錬金術師として魔力石なんかを作った、ということにするんでしょう」
「正解です」
私はにんまりと笑う。
弟子達が表舞台に立てば、みんなそちらを信じるはずだ。なにせ小さな女の子が魔力石を作ったと言われるより、薬師として信頼感や知識がある人達が、本を解読してみずから錬金術を身に着けたことにした方が、信ぴょう性が高い。
私が精霊を倒す時にいたのは、錬金術師の手伝いが私しかいなかったからとか、理由はいくらでもつけられる。
「よし」
魔力図を描き、錬金盤の上に置く。
染粉をその上に置き、魔力図に魔力を流した後、魔力がこもった粉をアルコールに混ぜる。
魔法の作用でとろんとした液体になったところで、原液を瓶に入れ、少し残った物に水を混ぜ、薄めてから髪の毛の先に塗ってみる。
「いい感じ」
樹皮のような茶色に、綺麗に染まった。
塗った手の方にはつかないので、染める時もやりやすい。
「いいですねそれ、すごく売れそうだ」
喜んで目を細くするニルスに笑いながら、私はみんなの課題の状況を確認し始めた。
そうして三日後、満を持して弟子のみんなに植物成長剤を作らせ始めた。
複雑な調合なので、みんなは慎重に進めてくれている。なので、時間がかかりながらも着実に仕上げてくれている。
慣れたら私と同じ生産量は楽に作れるはず。
そんな想定をしていた一週間後には、無事に調合に慣れてくれていた。
ほっとしつつ、ディアーシュ様と相談した目標数を話し、改めてみんなで気合を入れた夜のこと。
「はい? 王宮へ?」
夕食時。
最近、この時間に王宮へ行く事が多く、久々にディアーシュ様と夕食に同席したのだけど。
おおよそ食事が終わる頃、ディアーシュ様から王宮へ行くことになったと告げられる。
「しかも明日」
直前すぎやしませんか?
「お前が、女王陛下のお声がかりで我が家に保護されている、というのを証明するために、謁見はしておくべきだという話になった。ついでに――」
ディアーシュ様はカップのお茶を飲み、続ける。
「例の、ツォルン王国への輸出品について、詳しいことを聞きたいそうだ。試作品は?」
「一応できています」
材料がそろったので、ここ数日は流炎石の調合をしていた。
魔力の調整のコツをつかむために二日ほどかかったけれど、なんとかうまく作れたし、ある程度大量生産もできることは確認した。
山のように、とはいかないけど。
魔物と戦って採取するよりは、ずっと楽に沢山作れる。
「それを見せに行く。衣装や準備については、アガサに指示してあるので任せればいい」
そこまで行ったところで、ディアーシュ様は室内に視線を走らせる。
給仕をしてくれていたメイドさんや従者さんは、ディアーシュ様と目が合うと退室する。
ディアーシュ様と二人だけになったところで、話が続けられた。
「王族……特に国王との正式な謁見の経験はあるな?」
「はい。何度か」
儀式の一つとして、国王との謁見はしたことがある。王族との謁見も問題ない。
「謁見の間を使わない予定だが、最初だけ侍従などが同席するだろう。その間の礼儀作法について、アガサから今日中に伝えておくように言ってある。他国のものでも、知っているなら大丈夫だろう。多少の違いがあるくらいだ」
「わかりました」
数年、聖女の役割をしていたので、謁見の作法は身に沁みついている。アインヴェイル王国の作法が、それと大きく違わないことを祈るばかりだ。
(一般的な挨拶や礼儀作法も同じだし、そう変わらないはずだから、大丈夫だろうけど)
それはそうとして、少し気になることがある。
「あの、アガサさんは私のこと……どこまでご存知でしょうか?」
礼儀作法を教わるにあたって、アガサさんは私が『何も知らない状態』として教えてくれるんだろうか。
「アガサには話してはいない。ただ、神殿で聖女の側にいただろうから、ある程度は把握しているかもしれない、とは言ってある」
少しほっとして、少し……まだ嘘をついたままの状態に、申し訳なさを感じる。
とはいえ、アガサさんも保護した子供が『実は十七歳でした!』と言われても、困惑するだろうし、反応に困ってしまうだろう。
(困るだけならいいけど……。騙していたと怒ったらどうしよう)
そんな気持ちがあるせいで、私の姿が薬で子供になっていることを話せずにいるのだ。
「まぁ、アガサとしてもショックが大きいだろうから、まだしばらくは黙っておけ。私としても説明しにくいからな」
続けて言われた言葉に、私は目を丸くした。
(説明しにくい? あのディアーシュ様が!?)
敵に対しても、人への指示や話でもズバッと切り込んでしまうディアーシュ様が、説明しずらいと言うなんて。
「私、ディアーシュ様なら、あっさりと『実は魔法薬の作用で子供の姿になっていたようだ』と話してしまうだろうと思っていました」
あまりの衝撃に、ぽろっと本心のまま話してしまう。
するとディアーシュ様は渋面になった。
「私とて言い難いことはある」
「そう……ですよね」
あれだ。アガサさんはディアーシュ様のまだ幼い頃のこともご存知のようだったから、そういう人にはなにかと気まずい部分があるのかもしれない。親に打ち明け話をしにくいような感じで。
納得した私は、それではと席を立ち、部屋を出た。