私に新しい身分が付与されましたが
適齢期の婦女子が、男性の部屋に侵入するとかちょっとやりたくないんですがね!?
ていうかディアーシュ様はどう思っているの? 唯一、私の年齢を知っている人なのに!
ディアーシュ様の目をじっと見ると、つるっと視線をそらされた。
安全優先で手っ取り早い方法だから、考えないことにしたんだ!
一方で、ディアーシュ様が私を大人だとはわかっていながら認めたことで、今度は唐突にはずかしさがこみ上げる。
かといってナディアさん達に反論して、部屋を変えてもらうわけにはいかない。
子供が妙に異性を意識するのも、おかしいでしょう? いや、十二歳ならそれでもおかしくはないか?
結果「ぐぬぬぬ」と唸るしかできなかった私だったが。
ナディアさんとメイドさんが立ち去った後、ディアーシュ様に「あきらめろ」と言い渡される。
「神殿も相当追い込まれて、お前がいそうな場所に人を無数に貼りつかせているぐらいだ。侵入ぐらいはする。実際、商人や貴族の従僕のふりをして中へ入り込もうとした人間が何人もいる。そういった手合いでは、ナディアが控えていたところで、ナディアが被害を受ける可能性が高い」
「ううぅ」
ナディアさんに傷ついてほしくはない。
「それに、事情を知らない騎士が見張り続けるのも困るだろう」
ぐうの音も出ない。
何も知らない騎士が、うっかり私の姿が戻るところを見たら……。びっくりするだけならまだいい。私ラーフェン王国の間者だとか、公爵家にあだなす存在みたいに思われたらやっかいだ。
「私で我慢しておけ」
ディアーシュ様が慰めるように言うので、私は色々のみ込んだ。
「ご迷惑をおかけします」
私の事情を加味してくれての決定だ。
とにかく私が受け入れたとわかり、ディアーシュ様は私の頭をぽんぽんと撫でるように叩く。
「とりあえず説明しておくが、私の部屋に繋がっているのはあちらの部屋からだ」
先に立って歩くディアーシュ様について行ったのは、寝室。
まぁ、寝室で眠っている時が一番逃げにくいよね。
寝室の奥に扉があり、そこを開けると……。
「…………なるほど」
そう言うしかない。
なにせ扉の向こうは、ディアーシュ様の寝室だった。
私の部屋と似た、えんじ色のカーテンと絨毯、そして黒を基調にした天蓋のベッド。
(私の部屋、公爵夫人用の部屋だなこれ)
寝室同士が繋がっているなんて、それしかあるまい。
考えてみれば、公爵家でもっとも豪華な女性用の部屋といえば、公爵夫人の部屋か、公爵令嬢の部屋しかない。
私が心配しているのはただ一つ。
「これ、ディアーシュ様がみんなに誤解されませんか?」
たとえ私が元の姿に戻るところを目撃されなかったとしても、公爵夫人の部屋に他人の子供を寝泊まりさせるのだ。
公爵家のメイドさん達は、私が狙われているし、重要人物だと思ってくれているからいいとして……。神殿関係者がこれに気づいたら、ディアーシュ様がなんと言われるか。
「緊急事態だ。その対策も考えている」
切って捨てるディアーシュ様に、私は「左様でございますか」と答えるしかない。
とりあえず、ディアーシュ様がロリコンと噂されないように祈っておこう。
翌日から、私の二重生活が始まった。
朝は優雅な貴族令嬢生活。
ドレスを着て、貴族令嬢がいますと言わんばかりに庭へちょっとだけ散歩に出て引っ込む。
それをわざと見える場所に外部の人が入り込めるようにしておいて、公爵家に仕えている人はうわさを刷り込んだ。
「実は女王陛下の命令でご両親を魔物の襲撃で亡くしてしまった、気の毒な貴族令嬢を預かることになった」と。
私は部屋に戻ると、メイド見習いのごとく黒のお仕着せに白いエプロンを身に着け、髪をすぐ落とせる茶色の染料で染めて三角巾までして作業場へ行く。
飲み物などを届けるメイドに見えるよう、バスケットも用意した。
作業場では、弟子達への講義を行う。
元々、広くてちょうどいいからと、弟子への指導もここでやっていたのだ。
今日は敷地内にみんながいるので、いつもより朝早い時間から全員勢ぞろいして自習し、私を待ってくれていた。
最初の一時間は講義を行う。
魔力図の基礎を覚えてもらっているのだけど、魔力を流して確認させることで、体に叩き込む。
間違っていると紙が爆発したり(小さな爆発なので、本人と隣の人が少し驚くだけ)、よくわからない赤い液体が出て来て慌てることになるので、しっかりと失敗が心に刻まれるのだ。
同時に、線の一つも間違ってはならないという理由もわかる。
練習の後は、新しい魔力図の課題を写してもらう。
学んだ線がどこにどのように使われているかを理解し、続く実践で、どんな作用をするのか目で見て覚えてもらうのだ。
課題に取り組んでもらっている間に、私は大急ぎで髪の染料を作成することにした。
「師匠、何を作っているんですか?」
横にやってきたのは、細目のニルスだ。商人だけあって、新しい物に目がない。
きっと彼は、錬金術師になったら新しいものを次々と生み出す開拓者となってくれるだろう。
「髪の染粉ですよ。落としやすいけれど、雨で落ちたりしないものを作ろうと思って」
染料は通常、鉱石の粉で作る。魔法まで使う物ではない。
だから興味が湧いたんだろう。
「それは、この作業場に来る時にも、師匠が髪を染めていたことと関係あります?」
ニルスの目がさらに細い糸のようになる。