新しい部屋
「また何か思いついたの?」
私の独り言に、一緒に食事をとってくれていたナディアさんが笑う。
ついつい考えが口をついて出てしまうのだ。
「ちょっといいことを思いついてしまって。チーズやミルクに肉も沢山生産できたら、いいなと思って」
「そうね。ちょっと高いから沢山買えるわけではないけれど、栄養価が高いしね。あと、リズはもっとお肉類を食べてくれるといいと思うのよ。大きくなるためにも栄養が必要だから」
ナディアさんはそう言い、私はあいまいに微笑む。
(私、薬で小さいだけなんですよ。黙ったままでごめんなさい)
心の中で謝るしかない。
午後からは、光の力を増強した植物成長剤を作った。
アインヴェイル王国ではどちらがふさわしいのか、明日から実験して確認し、その様子を見ながら最適な物を作って行こう。
一仕事終えて、作った薬の瓶六本を持って部屋に帰ろうとしたら、エントランスホールでメイドの一人に声をかけられた。
「あらリズ、お部屋の場所が変わったのよ、こっちこっち」
気さくな四十代のふっくらとした頬のメイドさんは、笑顔で新しい部屋に案内してくれる。
「もう部屋移動が終わったんですね」
「大急ぎだったわよ。まだ少し足りない部分があるから、気をつけなくてはいけないけれどね……ほらここよ」
案内されたのは、ディアーシュ様の執務室に近い場所だった。
豪奢な彫刻がほどこされた扉が、かなりの間隔を置いて並んでいるので、部屋の広さをそれだけで推し量れる。
(何か必要だから、広い部屋にしたんだろうけど……)
今までの部屋でさえ、お客さん扱いのとても広い場所だったのに、と思ってしまう。
そもそも広い場所なんてもらってしまったら、錬金術の品を部屋にまで持ち込んで貯めてしまいそうだ。
(ただでさえ、机から紙があふれそうになってきてるのに、だめだめ)
広くても物を持ち込んではいけないと決意しつつ、メイドさんが開いてくれた扉から中に入った。
そして私は目を見開いた。
「――――え」
すごい部屋だった。
壁には金の装飾が、きらびやかなのに上品だ。白を基調にしているからかもしれない。金と白の枠の窓を飾るカーテンの色は落ち着いた臙脂色。それも下側には美しい刺繍がほどこされている。
ソファとテーブルがあるのは、広さからいって当然かもしれない。
綺麗な猫足の家具は白っぽい木でできているけど、これって私の見間違えじゃなければ、高級品と名高い白陽樹の家具じゃないのかな?
希少なのと、加工が大変なので、かなりの値がつくはず。
ここは居室用らしく、続きの間の扉の向こうには寝室があった。
天蓋はえんじ色の天鵞絨。黒のレースが重ねられて、重い雰囲気ながらも優美だ。
なにより寝室にも書き物机があって、そちらに私が色々書きつけていた紙もきちんと収納されていた。
とにかく、すごい。
「お姫様の部屋みたい」
こんな豪華な部屋、ラーフェンでちらりと見た王妃の部屋のようだった。家具の質も部屋の装飾も、同格のものを探せば王妃の部屋ぐらいしか思い浮かばない。
「まだ揃っていない物もあるけど、気に入ってくれたみたいで良かった」
中にいたナディアさんがそう言って微笑む。
「まだ他に物を入れるんですか!?」
「ティーセットを飾る棚とか、まだ置く必要があるのよ。アガサさんから、女王陛下をお通しできるような部屋で、最高の家具を入れて、でも小さな女の子の部屋らしくと言われたのだけど……。うーん、このままだと成人した貴婦人の部屋っぽいのよね」
何をくわえたらいいかしら、と、ナディアさんが私と一緒に来たメイドさんと話し込み出す。
やっぱりピンク色を足すべきだとか、それなら花柄模様のソファにしようとか、可愛い花柄のソファに公爵閣下が座ったら面白いだろうとか、だんだん話が脱線していく。
私も、ディアーシュ様が花柄いっぱいの部屋にいたら、吹き出す自信がある。似合わなさ過ぎて。
でも、使う私の方が落ち着かなくなりそうだ。
「ええと、花柄は控えめに……」
カーテンも花柄に替えようとか、絨毯を花柄の可愛い物にしようと言い出した二人に、私は思わず口をはさむ。
「でも、女の子らしい部屋にならないわ。せめて絨毯はピンクにして……」
「絨毯がそれなら、カーテンの色も少しは変えませんと。いっそピンク色の家具にしてしまいましょうか」
「いえ、ピンクはやめて……」
ピンクが嫌いなのではない。私の実年齢的に、可愛らしい色を控えめにしてもらいたいのだ。
「では壁を、少しピンク色まじりの色にしましょうか」
「それならカーテンはそのままで、絨毯はもう少し落ち着いた色にできるかしら。でもやっぱり家具は花柄の物を足しましょう」
そうしようとナディアさんとメイドさんが合意してしまった。
ダメだ、ピンクの侵略を止められない。ならば死守するべき物だけは主張しなくては。
「寝室だけは今のままにしてください」
他は譲歩する。
だけど目が覚めて最初に見る部屋ぐらいは、落ち着いた色あいにしてほしい。ナディアさん達のセンスがいいのはわかっているし、多少ピンク色っぽくしても綺麗にしつらえてくれるだろうけど。
ナディアさん達も、私がピンクを避けたがっていることはわかってくれたので、それでうなずいてくれた。
ほっとしつつ尋ねる。
「それで、どうして『女王陛下をお通しできるような部屋で、最高の家具を入れて』ってなったんですか?」