植物成長剤を試作します
ひと晩が経ち、その日から公爵邸は騒がしくなった。
「え、もう引っ越ししてきたんですか!?」
朝食後に、公爵邸にどやどやとやってきた集団。それは私の弟子になった十人と、その家族だった。
引っ越すとは聞いたけれど、二・三日はかかると思っていたのに。
「師匠、おはようさん」
真っ先に挨拶してくれたのは、薬師ギルド長のゴラールさん。
屈強な傭兵風の外見をしている人で、短髪の四十代だ。彼は自分よりも強そうな細君を連れていた。
「噂のちっちゃなお師匠様だね! うちの旦那のこと、よろしく頼みますよ!」
ぶんぶんと手を握って振られると、私の足まで浮き上がってしまいそうだ。
「は、はい、私の方こそお手柔らかにお願いします……」
あははと笑ってやりすごす。
長い金の髪を結んだ、いかにも家の中にこもっていそうな薬師のアレクと、目が細いニルスは単身のようだ。
他の七人は、全員薬師ギルドの人間だ。妻帯者が三人いて、小さな子供を連れている人もいる。
弟子の家族はみんな、私を見てちょっと驚いたように目をみはってから挨拶をしてくれた。
私がまだ十二歳ぐらいの子供だと聞いてはいても、実際に見るまではなかなか納得できないのかもしれない。
残りは単身者で、まだ十代。新しいことに興味津々で弟子になった人達だ。
妻帯者やギルド長の方は、生活がかかっていることと、錬金術で救われる人がいるという使命感から、弟子入りを選択した感が強い。
でも錬金術を面白いと思ってくれているのは、間違いないようだ。
ギルド長のゴラールさんなんて「俺は来年、副ギルド長に役職を明け渡して、錬金術ギルドを作るからな!」と言っていた。完全に薬師ギルドを出て行く気らしい。
薬師ギルドの構成員から弟子になった人達は、みんなゴラールさんについて行くことが決まっているんじゃないのかな。
「今日は片づけなんかがあるので、勉強はお休みにしましょうか」
引っ越しの日は休みにしなくてはと思っていたので、私はゴラールさん達にそう伝えた。
「師匠は何か作るんだろう?」
「ちょっと実験したいものがあったので」
昨日レド様に教えてもらったばかりの物を、すぐにでも作ってみたい。
「上手く行ったら、次にみんなに作ってもらいたいんです。先に一度作っておかなくちゃ、上手く教えられないので」
自分が作ったこともないものは、どう教えていいのかわからないのだ。
レド様が描き忘れなくても、私の力量でレシピ通りに作業ができるかどうか、なにか工夫が必要かどうかは、やってみないとわからない。
「手伝おうか?」
「いえいえ。今日は大丈夫です」
笑顔で断る。家族で引っ越しなんて大変な作業だ。いくら公爵家の方で色々用意してくれても、荷物をほどくのも一苦労だし。
私はさっさと作業場の方へ向かう。
まずは大量に必要になるだろう、植物成長剤。
できれば通常の三分の一の期間で収穫までこぎつけたいので、それなりの量が必要になる。
「それでいて、大地の力を削がないようにしないと……」
作物を育てるのには、大地の力が必要だ。
同じ作物を作るほど土地が弱って、上手く成長しなくなる。精霊がいても、だ。
私は土地からもらうべき力を薬で補えば、土地を弱らせることなく作物を作り続けられるだろうと思っている。
鉢植えの花ぐらいなら、それが可能な薬はあるのだ。
ただ大規模にばらまく必要がある。
薬がどれくらいの間効果があって、成長する速度もある程度把握したい。成長速度が足りなければ、また配合を考えないといけないだろう。
私はレド様に教えてもらった魔力図を用いて、他の材料を揃えて作成を開始する。
「夕方までに、何個か作れるかな」
使う材料を多少変えて二パターン作り、明日はそれを使って鉢植えの植物で試そう。
まず一つは、大地の力を供給することを主とした薬。
種を撒いた土地から奪って供給するのではなく、薬に大地の力を込めたものを作る。
「植物の化石……はあまり沢山ないから、大量生産には向かないし。だとしたら、炭に、大地の力をため込む植物を使うとして」
北の大地は太陽の光の恵みが少ない。だから冬が長いのだ。
畑を温かくする物も作るけれど、光はまた別物。なので光の力がこもった結晶を作り、薬に混ぜ込む。
そうしてお昼ごろ、最初の試作品ができた。
「よしよし」
美しい緑色の薬を、小さな瓶に分けて入れる。おおよそ三個分だろうか。
ここでナディアさんがお昼を持ってきてくれた。
「さぁ少し休みにして、たっぷり食べてね」
笑顔のナディアさんにうながされて、休憩室にしている隣の部屋で、暖かいまま持ってきてくれたスープと、チーズをはさんだパン。
それを見ていて思う。
牧草も必要だった。
草はにんじんやキャベツより成長しやすいけど、植物成長剤の多少効果が弱い物でも効けば急成長するだろうし、牧草不足にもならないかもしれない。いや、むしろ薄めてみてはどうだろう?
それに牧草なら、多少生育が良くてもあまり目をつける人はいないから、作物を増産する土地以外では、そちらに力を入れてもらってもいいかもしれない。
「ディアーシュ様に、こっちは範囲を設けずに配って使ってもらうようにしようかな。もしくは国内を見回る人に持たせて、撒いてもらって来た方がいいかも」
急にわさわさと成長した牧草を見たら、酪農や牧畜をしている人達はびっくりするだろうけど、迷惑にはならないと思う。