レド様の姿
「え、いえ、そんな! 大変凛々しいお姿でございます!」
へそを曲げて、猫生物の姿から変わってしまったら可愛くなくなる!
慌ててヨイショしたものの、レド様の機嫌は治らなかった。
「フン。せっかく我が驚かせないように、女子供が好む姿で出てやったというのに……その思い違いを正してやろうではないか」
レド様が「今日は新月だな、日もちょうどいい」と言い出す。
「え、待ってください!」
私は可愛い姿から変わってほしくなくて、引き留めたものの。
そこでハタと気づく。
――レド様って、本当はどんな姿をしてるんだろう?
猫姿が可愛らしいので、本当の姿に興味がなかったのだけど、一度くらいは見てみたい。
(いや、見たらなんか印象が変わりそう)
可愛らしい猫師匠から、近所のおじさんになってしまうのでは。
夢で猫耳をしたおじさんが出てきたら怖い気がする。
やっぱりだめだ!
思い直したものの、レド様はもう決心していた。
「吾輩だって、ちゃんとペンを持てるんだ!」
しょうもない理由で怒ったレド様の姿が、ぶわっと白い砂煙のように消え失せる。
いや、拡散した砂煙がふわふわと集まって、私よりもずっと大きくなっていく。
(見たいような、見たくないような)
複雑な気持ちながらも、つい注目していると、とうとう白い砂煙が固まっていく。
最初はマシュマロで作った人型のようだったけれど、シュッと一気に人間らしくなっていく。
金色の髪、漂白されたような白い服。
白い肌に整った横顔……。
青い瞳を向けられた瞬間、息が止まるかと思った。
「あ……」
今現在の私と同じような年齢の少年。
柔らかな金髪が、その微笑みまでもそっくりで、白昼夢を見ている気がする。
まさか私、うたた寝でもしたのかと思って、頬をつねるが、ちゃんと痛い。
そして目の前にいる人は、間違いなくサリアン殿下だ。
――リズ! 今日はどんな錬金術を見せてくれるの?
私が錬金術を学んだことを聞き知っても、笑顔でそう言ってくれたのはサリアン殿下だけだった。
他の王子達は、元からお飾りの聖女など見下していたのだけど、嫌悪の表情を向けるようになったのに。変わらず姉のように慕ってくれたサリアン殿下に、私はずっと心慰められていた。
そのサリアン殿下の姿に、レド様が変化した。
(これはどういうこと?)
戸惑う私の前で、レド様は無邪気にペンを持ってドヤ顔をした。
「これでペンが持てるぞ! これなら文句はないだろう!」
「わー、すごいですー」
とにかく拍手をしておいた。
内心の困惑は押し隠す。とにかくレド様が書いて遊んでいる間に、心を落ち着けよう。
とにかくサリアン殿下の姿に驚いた後は、可愛いサリアン殿下の姿でレド様の口調で話されるので、違和感がすごくてたまらない。
(これはレド様、殿下じゃない……)
なんとか自分に言い聞かせる。
そしてサリアン殿下との違いを探す。髪の長さは同じ、瞳の色も同じ、可愛い顔立ちも一緒。
どこか、どこか見分けるポイントは……服ぐらい?
(なんでこんなにそっくりなの!)
だめだ。もう聞いてしまおう。
レド様に質問しようとしたら、レド様の方は早々に別の行動に移っていた。
「よし、色々描いておいてやろう。説明しにくい魔力図が多くてな」
レド様は、私が席を譲ったので机の前に座り、紙に次々と魔力図を描いていく。
とても助かるけど、質問する隙がなくなってしまった。
だから一通りレド様が描ききるのを待つ。
「よし、こんなものだろう。見るがいい」
渡された紙の束を受け取り、さらさらとなんの魔力図なのかを確認してみたのだけど。
「え、どうして……」
植物成長剤に使う魔力図。
周辺の温度を少し上げられるアイテムの魔力図。
どれもレド様に相談しようと思っていた物ばかりだ。
私はまだ、質問もしていなかったのに。
「レド様、あの、これ……」
「もちろん吾輩は、君の悩みを知っていたとも。魔王だからな、知る方法はいくらでもある」
魔王だからと言われてしまうと、納得するしかない。
「ほら、他にも相談があるのではないのか? ん?」
せっつかれて、私は急ぎの質問をする。
「あの、精霊がいなくなる不安があっても、欲しい鉱石とかって思いつきますか?」
手短に、アインヴェイル王国が食料の輸入を考えている件について話す。
するとレド様が、フフンという表情をする。
サリアン殿下の顔でそんな表情を見るのは初めてだったので、違和感がすごかった。でもその気持ちはぐっと飲み下した。
「ツォルン王国に輸出するものなら、流炎石がいいだろう」
「流炎石ですか?」
名前を聞いたことが無い鉱石だ。
「アインヴェイル王国の火山地帯にあるが、そうそう持ち出せない品だ」
「火山地帯ですか」
「だが火山の裾野でも見つかる柘榴石。それを使えば作れるだろう。畑を温めるアイテムにも、柘榴石は使える」
「一石二鳥!」
二つも作れるならお得だ。ぜひ欲しい。
「多少、調合などが難しいが、君ならもうできるはずだ。材料などを書いておくので、作ってみるといい」
レド様がさらさらと新しい紙に材料や調合法を書いてくれた。
そして立ち上がる。もう帰ってしまうんだろうか。
「あ、あの!」
なぜその姿なのか、聞くのは今しかない。
慌てて声をかけたものの、私を振り向いたレド様は微笑んで首を横に振る。
「気になっていることはわかっている。そして関係があるのも確かだ。だが、今はまだ話す時ではない」
「話す時……?」
時期が来たら、教えてくれる? そもそも時期が来ないと話せないってどうして?
困惑する私に、レド様は続けた。
「次は猫の姿で会おう。理由はいずれわかるから、それまで待っていてもらおうか。ではな」
そう言って、レド様は白い煙に変化し、瓶の中へすっと消えて行ったのだった。