あなたにも感謝を
それで話は終わった。
(正体を……バラしたら、少しすっきりしたかもしれない)
ずっと後ろ暗かった。だから肩の荷が下りたのかもしれない。
そしてディアーシュ様は怒らずに聞いてくれて、私のことを守ると約束してくれた。
(守るって、個人的に言われたのは初めてというか……)
思い出すと気恥ずかしい。
お飾りの聖女に就任する時も、決められた行事で決まり文句として、神殿騎士から『お守りします』という言上を聞いたことはあるけど。それは『私だから』言ってもらえたわけじゃない。
だから、たぶんあんな風に言ってもらえたのは初めてで。
嬉しくて、心が軽い。
だから私は、退出しようとして扉の前に立ったところで、笑顔で再びお礼を言おうとした。
「あの、ずっと、色々と隠していてすみませんでした。お話しすることができて良かったです。あり……」
ありがとうございました、と言いかけた時だった。
「君はアインヴェイル王国の恩人だ。何も気にすることはない、その恩を覆せるほどの罪は、あのおかしな聖女と同じくらいの災厄をもたらすぐらいのものだろう」
ディアーシュ様がそう言う。
「でも、騙すような形にはなっていたわけですし」
だから、謝りたくなるのだと言うと、ディアーシュ様は少しむっとしたようだ。
「君は、どれほど我々が感謝しているか、もう少し実感するべきだな」
ディアーシュ様がその場にひざをついた。
私の背の高さに合わせてくれたのだと思うけど、十二歳ぐらいの背丈の私だと、ディアーシュ様の方から少しだけ見上げられる形になる。
それだけならまだしも、私がびっくりしている間に、ディアーシュ様が私の右手を持ち上げてその手の甲に口づけた。
「…………!?」
手の甲をこする柔らかな感触が、くすぐったい。
いつもの、剣を握り続けて固いディアーシュ様の手と違いすぎて、なんだか落ち着かない。
ディアーシュ様の表向きのものではない、もっと内側に触れてしまったような気になってしまって。
そしてディアーシュ様が膝をついた理由が、私と視線を合わせるためではなかったとようやく察する。
(――これは、普通なら上下関係がある時にだけするもの)
アインヴェイル王国の公爵、そして王家と血のつながりがある人がするようなことではない。彼がこんなことをするのは、女王陛下ぐらいのはず。
なんで私に?
「慌てるのだから、意味はわかっているようだな。それだけの礼を尽くされてしかるべき恩を感じている、ということだ。わかったか?」
「え、でも、私……女王陛下と同じような対応をされるほどの者では。むしろ迷惑をかけてるのに」
たしかに知識はある。それで誰かの役には立った。
でも材料を集めるのも、場所を提供してもらうのも、それ以外の衣食住をまかなったあげくに、傷つかないよう守ってくれていたのに。そうでもなければ、私が役に立つことなんてできなかった。
「まだわからないのか?」
ディアーシュ様は呆れたように言うと、もう一度私の手を掴んだ。
今度は私も、とっさに手を引っこ抜こうとした。公爵閣下に何度もそんなことはさせられない!
だけどディアーシュ様の手の力にかなうわけもない。
ディアーシュ様はやや睨むように言った。
「なぜそんなに強情なんだ。礼を尽くされるのが嫌なのか」
「だって、ディアーシュ様がいなかったら、私はアインヴェイル王国にここまで貢献できてません。私がそんなに感謝されるなら、私に魔力石を作らせたあげく自由に錬金術で物を作ってもいいと許可して材料をそろえてくれた、ディアーシュ様もすごい人では?」
だって、ラーフェン王国では私が魔力石を作ったところで、あんな風に保護してくれなかった。
それにアインヴェイル王国でも、ディアーシュ様のように判断し、私を自由にしてくれる人はそうそういないはず。
せいぜい、魔力石製造機械扱いをして終わりだろう。
「絶対、偉かったのはディアーシュ様です!」
「いや、知識なんてない私が称賛されてどうする。私だけなら、冬の精霊についても手を出すことが難しかっただろう」
「それにしたって、私一人じゃ冬の精霊のいる場所に行けませんでしたし、そもそも対応策になるアイテムの材料を手に入れられずに、どこか家の隅で震えるしかありませんでしたよ」
「だとしても、お前は称賛されるべきだ。礼を尽くすに値する」
「なら、私もディアーシュ様に礼を尽くします」
どうしてもディアーシュ様もすごいんだということを納得してほしくて、つい私は頭に血が上ってしまったんだと思う。
自分の手を引き寄せ、私の手を握ったままのディアーシュ様の手の甲に口づけてみせた。
(…………あれ)
実行した後で、心の中に(やらかした)という言葉が思い浮かぶ。
なぜ、私はそうまでディアーシュ様に抵抗してしまったんだと、急に自分が意地になっていたこともにも気づいた。
遠慮だけではなく、たぶん、ディアーシュ様にされたことが恥ずかしすぎて、頭が誤作動を起こしたのではないだろうか。
そしてディアーシュ様は……珍しく驚いたような表情を見せて、じっと私を見ていた。
彼の手から、力が抜ける。
それに気づいた私は、どうしたらいのか一秒だけ考えて、実行した。
――よし、逃げよう。
「とにかく、そういうことで、おやすみなさい!」
私は逃げるように執務室を後にした。
走って部屋に向かったので、
「私は……おかしいのか?」
ディアーシュ様がそんなことをつぶやいたなんて、私は知るよしもなかった。